第七十八話 思い
「よっしゃ!革命だ!」
「うわ、まじで!?やばいわ、このままじゃ負ける」
「誰か革命返しやってくれよ」
「ジョーカーなしで貧民ごときに何ができるというんだよ」
高校総体水泳の部、愛知県大会が開催される名古屋のプールに向かうため、俺たち北高水泳部は電車に乗っていた。電車で一時間ほどかかるので、その間の暇な時間を使ってエロ大魔王をしている。今は田村が神。エロ大魔王の地位には、石井という適任者がついている。カードは常に正直なのだよ。
「あー、また僕がエロ大魔王かー。ついてないなー」
「ついてないんじゃなくて、イッシーが弱いんだよ」
「確かに」
石井には戦略性というものが感じられない。すぐに強いカード出すし。切り札をとっておこうと考えないのだろうか。
「それにしても田村は強いな」
田村の場合、引きの強さが尋常じゃない。1とか2とかジョーカーとかを、毎回のように引いてくる。守護霊か何か憑いているのか?
「……ただの運。次は負けるかもしれない」
「そう言って平民より下には、一度も落ちてないじゃないか」
「……ただの偶然」
田村にはなんか、黒魔術とかをやってそうなイメージがある。あくまで俺の主観だが。顔がいいのに謎めいた雰囲気が漂ってるし。
「こんな調子で大会は大丈夫なのか」
「問題ないっすよ部長」
「大丈夫ですよ」
「浜口、片山。リレー三種目(400フリーリレー、800フリーリレー、400メドレーリレー。県大会から800フリーリレーが追加される)はお前たちにかかってる。頼むぞ」
「部長もバタフライとフリー、頑張ってくださいよ」
「俺たち三年にとって、東海大会で最後だからな」
水泳選手にとって、奇跡は存在しない。東海大会は、県大会で八位以内に入賞すればいけるのだか、全国大会に出場するには、一定のタイムを切らなければならない。そして、そのタイムを切るのは、ごく一部の限られた才能の持ち主だけ。部長は必死で練習したが、それでも全国とのタイムには開きがある。東海大会で最後なのだ。県大会で入賞できなければ、県大会で最後になってしまう。終わらせないためには入賞するしかないのだ。
「部長、俺を誰だと思ってるんですか」
浜ちゃんにも、部長の思いがわかるのだろう。いつになく真剣な表情で、しかし自信に満ちた口調で告げた。
「中学時代、愛知県最速だった俺です。部長の晩節を汚す真似はしません」
プレッシャーは他人の比ではない。しかしそれでも言いきった。このような修羅場も何度も経験してきたから、今度もやってくれる。そう確信させてくれる。このとき、水泳部は結束、一つにまとまった……!
「やった!革命!」
「うあわっ!!やめてくれ!!死ね!マサ死ねっ!!」
……五分後、エロ大魔王での革命を発端に、リレーメンバーで喧嘩。結束は粉々に。
……勘弁してくれ……。