第七十五話 離別
一学期最後の古典の授業が終わろうとしていたとき、健三さんが物々しく語り始めた。
「私がここで教えるのは今日で最後になるかもしれません」
……なんだって?
「どういうことですか先生!?」
「まさか病気とか……」
「水くさいじゃないですか!どうして何の相談もなしに辞めるなんて言うんです!?」
「私たちはできる限り先生の力になりますよ!」
がやがやと生徒たちが健三さんに問い詰める。なんだかんだいって、健三さんは生徒間で人気が高い。主に俗世から離れたような不思議な存在感がその理由だ。
「まあ落ち着いてください。かもしれないというだけですから。可能性は高いですが」
「ダメじゃないですか!」
「体力の限界とか!?」
「私は病人ではありませんよ。疲れるのが嫌なだけで」
それは教師としてはどうなんだ。
「じゃあ借金とか!?」
「私のモットーは堅実な生活です。借金は家のローンくらいですから問題ないですよ」
堅実だ。正に健三さん。
「なら一体なんでですか!!」
そうだ。理由がわからん。
「理由はですね……」
理由は?
「サマージャンボ宝くじで三億円当てるからです!!」
…………。
「「「…………」」」(みな、あまりの自信と現実味のなさに無言)
……この教師は何を考えて生きているんだろう。
「……それで、どうして最後の授業になるんですか?」
いち早く立ち直ったHR会長がみんなの気持ちを代弁した。
「三億円あったら働く必要ないでしょう」
駄目人間がここにいる。生まれる時代が違ったら、ニートになってたんじゃないか、この人は。
「……でも当たる可能性なんてごくわずかですよね……?」
「当たる?何を言ってるんです。当てるんですよ」
当てるてそんな。超能力にでも目覚めましたか。
「ある生徒と出会い、フォースを習得した私にとっては造作もないことでしょう」
ある生徒って石井だ!!あいつが原因かよ!!
「……当てたとして、残りの授業はどうするんですか?」
「藤田先生に一千万で引き受けてもらいます。なに、三億の中の一千万ですからね。はした金ですよ」
なんで当てた気分になれるんだろう。そもそも宝くじって堅実から遠い気もするが、どうなのその辺。
「しかしあなた方には一銭も渡すことはありません。残念でした」
残念なのは健三さんの脳内だよ。
「では授業を終わります」
……まあ、どうせ当たらないだろうな。あんな堕落した人にそうそう運がいくとは思わんし。
「ああそうでした。あと一つだけ」
あなたはどこぞの刑事ですか。
「佐藤先生も買ったそうです」
サッティーもかよ!!
「彼も言っていましたよ」
……なんて?
「この人生を変えてみせる……だそうです」
たかが宝くじなのに、それにかける執念が怖すぎるよ!