第七十三話 モチベーション
梅雨も明け、気温も上がり、絶好の水泳日和。県大会も近く、部員のモチベーションは最高潮だ。
「夏だ!」
「プールだ!」
「水泳だ!」
「大会だ!」
「覚悟ーっ!」
「貴様!叩っ切ってくれる!!」
「初めてですよ……私をここまで馬鹿にしたおバカさんたちは……」
「愛よ!」
「勇気よ!」
「希望よ!!」
「ホーリーアップ!」
「ぶっ殺す!」
……モチベーションの上がる方向が間違っていることは置いておこう。とりあえず。
「覚悟って何を覚悟すればいいの!?叩っ切るって誰を!?お前はフリーザか!?愛よ!勇気よ!希望よ!って赤ずきんチャチャじゃねーか!!ホーリーアップすんな!誰と戦うつもりだ!?水泳で殺しは不味すぎるから!!」
……ふう、すっきりした。
北高水泳部は、燃えている。ここ数年、決して越えられなかった壁。県大会団体の部での入賞。それが、ある一名が入部したことで現実味を帯びてきた。その男の名は―浜口信也。中学時代、愛知県大会にて最優秀選手賞を受賞した、一年にして最速のエース。
「祭りじゃ!祭りじゃ!」
「うるさい!他の部に迷惑だからやめい!!」
そこで踊っているのを見ては信じられないが、間違いなくこの大会のキーマンだ。頑張れ。
「何をふざけとるお前ら!練習を始める!!」
おお、さすが小倉さん。鶴の一言でみんなが黙った。踊ってる連中も動きを止めた。残念ながら、両手を上げて振り向くという不気味なポーズで怪しさ満点だ。
「余裕のようだな……わかった」
何がわかったんですか。
「今日は短距離練習を行う!!五十メートルベスト−二秒が出るまで帰らせん!!」
「「「うぎゃあああぁぁぁ!!!!」」」
鬼!!悪魔!!ヤクザ顔!!無駄筋肉達磨!!……と心の中で悪態をついてみる。まあ、でも俺は県大会でないし。別にいいんだけどね。俺はタイム計測と声出しだけやらせてもらおう。
「旦那……お前もやれよ」
声が怖いですよ、義人君。
「後で私のフォースで消し去ってくれる……」
石井、なんでジェダイモードだと声が間延びしないんだよ。いつもそうしろ。あと消し去るって、どう考えてもやりすぎだろ。やっかみくらいでなぜ消されんといかん。
「…………死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………」
田村怖えええぇぇぇ!!!!!
大会前だというのに、部員は相当量を泳がされたのだった。そして、俺は嫉妬を一身に浴びるのだった。ガクガクブルブル。