第七十二話 けん
大学生活って大変。
「おのれイーシイめ!!父の敵だ!!死ねえーーっ!!」
「愚かな……憎しみに囚われ、暗黒面に落ちたか、ハマグチ……」
「貴様のせいで……俺がどれだけ苦しんだと思っている!?その重さを知るがいい!!」
「私が引導を渡してくれる。かかってきなさい」
……いつから水泳部はイタイ人の集まりになったんですか。
期末テストも無事終わり(化学の追追試は許容範囲)、部活に本腰を入れようとしたらこれだ。プールサイドで何やってるんだ、お前ら。
「大体において、そのちゃちな剣はどこから調達してきた?」
「剣なんて言うなよ、みっちゃん」
「そうだよー、ライトセーバーだよー。見てわからないのー?」
ライトセーバーのつもりだったのかよ!
「百円均一ショップに売ってたよー。五本入り百円でー」
ライトセーバー業界には、デフレが到来してるのか!?
「……で、その格好は?」
首にバスタオルを巻いて、水着の中にライトセーバー(自称)を差している光景は、いつ通報されてもおかしくない状況だ。プールサイドで、しかも北高だからまだなんともなっていないが。いざというとき、この学校は大丈夫なのだろうか?
「この前も言ったでしょー?ジェダイの騎士だよー」
「前にも思ったがその格好から連想するのは変態だ。夜道で恥物を見せる露出狂としか思えん」
頼むから、将来夕方のニュースとかで見かける存在にはならないでくれ。頼むから。
「浜ちゃんまで何してるんだよ……。県大会まであと二週間くらいだろ?」
「だからこその気分転換だ。調整はスイミング(スクール)でやるから」
「……ああ、そうですか……」
もっと他に気分転換の方法はあるだろう!!とは突っ込まない。大人の対応をしないと。単に相手を突っ込むのに疲れたわけじゃないよ?
「三井もやらないー?」
「おもしろいぞ」
「遠慮しとく」
そんなのイタイだけだろうが。
「そっかー、残念だなー」
「ところで練習は?」
小倉さんの姿が見えない。もしかして今日は休みか?
「小倉さんは出張だから来ない」
「なら練習は休みか?」
基本的にプールでは大人がついていないと泳いではいけない。これ鉄則。
「いや、代わりの先生が来て見てくれるらしい」
そうか、それなら練習できるな。
「……その先生は?」
「さっき来たけど、今はちょっと出払ってる。もう戻るだろ」
「あー、帰ってきたよー」
やってきたのは健三さんだった。
「……なんで健三さんが……?」
「小倉さんに頼まれましてね。仕方ないから、一年間いつでも来てあげるので、秘蔵の日本酒一本もらうという条件で引き受けてあげましたよ」
「……教師がそんな生々しい取引しないでください……」
「ご苦労様です!マスターケンゾウ!」
健三さんも加わってたのかよ!!マスター!?
「これ頼まれた飲物です」
しかもパシられてる!?マスターなのに立場弱っ!!
「何やってんですか健三さん!!」
「すたーうぉーずごっこ、ですけど?」
「そんなことも知らないの?みたいな顔しないでください!!練習やりますよ!!」
「えー」
「取引してまで頼まれたのに、渋らないでください!!」
「仕方がないですね。では部員の皆さんを呼んでください」
仕方ないとか言うなよ!
「今日は私が練習を見ます。見るだけですけど」
見るだけですか。
「面倒ですので、事故起こさないでくださいね。足が攣っても、自分たちで対処してください。では始め」
……本当にいるだけのつもりか。いいけど。
「ああそうでした。小倉さんにメニューをもらっているので、それをやるようにとのことです」
…………。量、多っ!!
「では後はご自由に」
プールサイドで読書ですか。いる意味あるのか?まあ形式的なものだけど。
幸いにして、普段から鍛えられている俺たちは事故を起こさなかった。めでたしめでたし。