第七十一話 黒
化学なんてものは、人類の歴史に必要のない―むしろ弊害ばかりが付きまとう―恐ろしい学問だ。人の利便さのみを追求していった結果、地球の環境は破壊され、二度とは戻らない事態を数え切れないほど引き起こしてきた。化学が発展してこなければ、大量の工場が作られたことで排出されるガスによる大気汚染などという、この地球全ての生命体に悪影響を与える害悪をなすことはなかっただろう。化学が発達してこなければ、日常的に生じるヘドロでの水質汚濁などという、あらゆるものに傷を負わせる悲劇は起こらなかっただろう。ある人はこう言うかもしれない。その科学のおかげで、今お前たちは便利な生活を送れているのだと。それはある点では正しいだろう。しかし、便利な生活が必ずしも充実した生活だと言えるだろうか?生産者が化学物質を使うことで食物を偽り、消費者である私たちを騙しているこの日常が素晴らしい日々だと自信を持って言えるだろうか?それでも化学が存在していてよかったと言えるのだろうか?確かに便利なことはいいことかもしれない。しかしそれが存在しなくても人間以外の生き物は生きている。食物連鎖という厳しい現実と向き合いながらも生きている。その生活はくだらないものではものでは決してないだろう。人間もかつてはそうして生きていたのだ。今からでも遅くはない。化学を捨てて、自然に帰ることで得られるものは少なくないはずだ。化学を捨てよう。そうすれば今正に起きている悲劇を食い止めることができる―
「というわけで化学の追追試はやめにしましょう」
「言うに事欠いてそれかね、三井君。いいから問題を解きたまえ」
期末テストでまたしても化学で赤点を取った俺は、化学の小林先生とマンツーマンで追追試を受けていた。追試に落ちたから追追試なのである。化学なんていらねえよ!!(逆ギレ)
「小林先生、もういいじゃないですか。追追試なんですから甘く採点してください」
「それじゃ君のためにならんだろう」
「先生も忙しいでしょう?早く終わりにしましょうよ」
(本音)もう七十歳過ぎて残り少ない人生なんだから時間は大切に使え。
「私も終わりにしたいんだが、困ったものだ」
(本音)お前が馬鹿だから悪いんだろう。
「そこをなんとか。やめにしましょうよ」
(本音)時間の無駄遣い。帰らせろ。
「仕事だからな。いいからやりなさい」
(本音)こっちはこれで給料もらってるんだ。簡単なのになぜできないんだ。
「…………」
「…………」
(無言で二人にらみ合う)
「旦那ー、終わったか……って何この空気!?重っ!!!」
「……義人、今は忙しい。部活には後で行く」
「……杉田君、そういうことだから顧問の先生には言っておくように」
「黒旦那だ……黒旦那と張り合ってる講師がいたなんて……」
「「わかったな?」」
「わかりましたあ!!」
義人は恐ろしいものでも見たかのように小走りで去っていった。
「さあ、続きを始めようか……」
「望むところです……」
結局この日、部活には行けなかった。……なかなかの好敵手だった……。