第六十六話 騎士
「さて、次の種目は……100バタフライか。出るのは……義人、石井、村松先輩だな」
義人と石井は言わずもがな。村松先輩とは、ヘルニアで腰を痛めている二年の先輩である。
「順番から行くと村松先輩からか……出てきた。がんばってくださーい!」
水泳はエントリータイムが遅い順から登録される。よって怪我をしている村松先輩は最初の方だ。練習熱心でいい先輩なのだが……怪我をしているのが悔やまれる。がんばってほしい。腰の痛みを悪化させない程度に。
「Take your marks...」
ちなみにこれはスタートの合図。中学までは「用意」だったので、この前の大会では驚いた。こういうことに慣れたという意味では、この前の大会は決して無駄ではなかった。寒かったけど。
「タイムは……一分十二秒か。県は無理だったか」
怪我している身で、それだけのタイムが出せるのだから頭が下がる。県標準記録は一分十秒。俺のベストは一分十六秒。これでも中学まではバタフライが専門職だったんですよ?
「応援ありがとう」
村松先輩がこちらを向いて礼を言っていた。どれだけいい人なんだあの人は。あれで京大を狙えるほどの頭脳を持っているんだからうらやましい。うらやましいにもほどがある。これだから北高の連中は……。
「みっちゃん、次はイッシーだ。応援するぞ」
「わかった。奴は十五メートルくらいまでは敵なしだからな。スタミナさえあれば完璧なんだが」
「無茶言うなよ。あのイッシーだぞ?……お、出てきた」
「どれどれ……ぶぅーーーーっ!!!」
飲みかけていたスポーツドリンクを盛大に吹いてしまった。だがやむを得ないだろう。
「石井、なんて恰好してやがる!!」
石井はなんとジャージではなく、全身にタオル(しかも着替え用のやつ)を巻きつけて登場したのだ。馬鹿だ、馬鹿がいる。
バッ。
「ぶふぅぅぅーーーーっ!!!」
今度は口に何もいれていないのに吹いた。今度はタオルを変質者のように開き(コートを開くイメージ)、その中から、小島よしおがはいているような海パン(俺たちはそろって競泳用の膝くらいまである水着を買っている。なのになぜか、中がはみ出そうなほどきわどい水着)を出したのだ。何がしたいんだあいつは!?
そうして開いたポーズのまま観客席をぐるりと見回し、硬直している俺と目が合った。
「三井ー、どうー?いいでしょー?」
石井は馬鹿みたいに大きな声である。ドームに響くほどの。
「やめろ!俺に話しかけるな!!変人の一味と思われる!!!」
「みっちゃん、もう手遅れだ」
周りの目線が俺に向かっている。やめて!そんな目で俺を見ないで!!
「take your marks...」
スタートしたようだが前を向けない。というか顔を上げられない。恥ずかしくて悶死しそうだ。
「おお、イッシー県出場だ」
どうでもいいよそんなの。今は俺に話しかけないでくれ。
その後、義人も順当に県大会に駒を進め、前半の種目が終わった。俺は午後からの50と100の自由形に出場する。
「三井―、どうー?カッコ良かったでしょー?」
「どこがだ!?」
「イメージはジェダイの騎士、なんだけど―」
「どこが!?」
よくて風呂上りのおっさんだ。
「あのマントとかさー」
「あれマント!?」
タオルはマントだったらしい。
「あの格好のおかげで県に行けたかなー」
「そんな効果が!?」
恐るべし変態マント&海パン。
「みんなも真似したらー?」
「北高が危ない人の集まりだと思われるわ!!」
「今でも大して変わらないじゃないー」
「…………」
反論できん。
全国区の学校なんてそうそうないだろ!と思うかもしれませんが、作者の母校の地区にいました。実際消えてほしかったですね。レベル違いすぎ。さすが私立。公立では歯が立たない。浜口のモデルが一人食い込むくらいでした。海外遠征とか高校生がするなよ(笑)