第六十三話 飛翔
「旦那……俺、もっと飛べると思うんだ」
「ついに壊れたか義人。いつか絶対なるとは思っていたが、案外もったな」
「ひどっ!!」
「……で実際は何の話だ?」
「わかってないなら、初めからそういう対応をすることを要求する」
「おーい、松ちゃん。義人がおかしくなったぞ」
「は?いつものことじゃないのか」
「悪化した。「俺は飛べる。神だ」とか言い出したからな」
「その言い回しだと俺が痛いヤツみたいじゃん!しかも俺は神だなんて言ってねえ!」
「そうか……重症だな、みっちゃん。スギを精神科に……」
「ええっ!?俺の言葉は全面的に無視!?」
「義人、日頃の行いで人の信頼は変わる。肝に銘じることだ」
「その信頼を悪用するなよ!!」
「おーい、浜ちゃん、義人がおかしくなったぞ」
「は?いつものことじゃないのか」
「もうやめてくれーーっ!!」
「……っていうか相談しようとしたのに、どうしてこんなことに……」
「急にお前が「飛べる」とか言うからだろうが」
「飛ぶって言ったって飛び込みのことだよ……」
「それで「もっと」とか言ってたのか」
「覚えてたのかよ!?」
「もちろんだ」
「確信犯じゃねえか!」
「無論だ」
「……もういい……。それで、俺もっと飛びこみの飛距離伸ばせると思うんだが」
「それは俺に対する厭味か?現時点でも俺より遠くまで飛び込んでるだろ」
俺の飛び込みのスタイルはスタンディングスタートで、義人はクラウチングスタートという違いはあるが。スタンディングスタートは腕で押し込む力が小さいため飛ぶ距離が少し短くなる。ただしスタートの反応が速いという利点もある。しかしこれも、熟練すればクラウチングスタートで素早い反応をすることも可能だから、俺の意見ではクラウチングスタートができる選手の方が有利だ。俺は練習してもうまくできないのでやらない。義人はそのクラウチングスタートが上手く、しかも反応が早いのだから、俺からすれば贅沢な悩みにしか思えない。
「いや、旦那って細かいところによく気がつくからさ」
「みみっちい男だと言いたいのか」
「いいからいいから、今から飛びこむから見ててくれ」
そう言うと、俺の了承も取らず飛びこんだ。まあ見てみるけど。
「どうだった?」
「もっと後ろに体重かけたらどうだ」
「よしやってみる」
もう一度飛んだとき、フォームは多少崩れたものの飛距離が伸びていた。あと何回かやってみれば、それも解消されそうだ。
「……義人は才能あるよ」
「いや、旦那の観察力も相当なものだと思う」