第六十一話 小倉号
高校初の大会当日。今日は義人の親も仕事がないそうで、義人を起こしておいてくれたので俺が起こす必要もなかった。……というか幼なじみの男子を毎朝のように起こしてる俺っていったいなんなんだろうか。自分の運の悪さに涙が出てきそうだ。
「ふあ〜、おはよう旦那。朝からテンション低いな、どうしたんだ?」
「……お前のせいだ。せめてお前が可愛い女の子だったら、まだよかったのに」
「何言ってんだ?」
「……すまん、今言ったことは忘れろ」
俺も朝早いからどうかしていたようだ。現在の時刻は朝の五時だし。
「てっきり小倉さんの車に乗るのが憂鬱なのかと思ったよ」
「それは間違いなく憂鬱だ」
「即答すんなよ」
「事実だからしょうがねえじゃねえか!」
「逆ギレすんな」
したくもなるわ。
そして五時二十分。俺たちは北高の正門にいた。石井はまだ来ていないようだ。
「イッシーはまだみたいだな」
「そうだな……。義人、小倉さんの車ってどんなのだと思う?」
「やっぱりワゴンじゃないか?部員を連れて行くくらいだし」
「そうだよな、ワゴンとかだよな。……ならあれは幻覚か」
「どうした?旦那」
「……後ろ向け」
「なんでだ?まあいいけど……っておい!」
「……やはりお前にも見えるか。見えてしまうのか」
「あれって外車じゃねえか!」
そう義人が言ったとおり、俺たちの目の前には外車が止まっていた。その中には当然のように小倉さんが座っている。高校教師(しかも体育課)なのに外車ですか。本当に「教師は副業で本業はヤ○ザだ」とか言い出さないよな?お願いしますよ?
「お前らもう来とったのか……中入れ」
「……旦那、中で簀巻きにされて三河湾に沈められないよな?」
「……俺に聞くな。普段の素行を思い返してみろ」
「なら大丈夫だな」
「その根拠は!?」
「何しとる。とっとと乗れ」
「「了解」」
「石井は」
「そのうち来ると思います」
五分後、石井が来た。その五分間、車の中は静寂に包まれていた。……恐ろしい威圧感だ。あの義人ですら話題に困ってしゃべれないでいるとは……!
「おはようございますー」
「ああ、おはよう」
「よく来た石井。待ってたぞ」
「イッシー、歓迎する」
「どうしたのー?二人ともなんか衰弱してるけどー」
「気にしたら負けだ」
「先生、どこ行くんですか?静岡に向かうなら、こっちの方に来なくても……」
「ああ、高城も乗せていくからな」
「そうなんですか?」
「あれー、知らなかったのー?」
「そんなこと聞いてないからな」
高城さんとは水泳部一年の紅一点(もう一人いた女子は途中で退部した)。この人も自由形で中学時代、県大会に出場している。五月後半まで自由形で俺より速かったのは、ここだけの秘密だ。泣いてなんかいないよ?
「おお、おったおった」
「……おはようございます」
未だにこの人の性格は読めない……俺が女子苦手だという理由が大半でもある。そのくせ夢見るなって?余計な御世話だ。俺だって、女子に好かれたいという思春期男子のむなしい欲望くらい持っているんだ。
「全員揃ったな。出発するぞ」
この後のドライブも、俺の胃を痛くしたのは言うまでもない。