第五十五話 川端康成
「クラスマッチも終わりましたねえ」
そうですね、健三さん。今はクラスマッチ明け一発目の古典の授業。担当はもちろん健三さんである。いつもながらに無気力だ。
「いやー、実に疲れました」
あんた応援にすらほとんど来なかっただろうが。決勝も応援に来てないし。
「朝から職員会議で校長がぐだぐだと長い話をしてまして」
そっちかよ!
「聞くのも面倒なんで不貞寝してました」
なら疲れる要素ねえ!
「あなた方も昨日の疲れが残っているでしょう」
それは……まあ。
「勉強する気力もないでしょう」
……まさか。
「というわけで授業は今日は中止。別のことをやりましょう」
……やっぱり。
「皆さんは川端康成を知っていますね」
それはもちろん。……おい義人。そんな「何それ?食べられるの?」みたいな表情するな。
「それでは<雪国>の冒頭もわかりますね」
<国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった>ってやつか。……おい義人。そんな「ふん!そんなもの知らなくても人生に支障などないわ!」みたいな顔して開き直ろうとするな。常識だから覚えとけ。
「この<国境>は<コッキョウ>とも、<くにざかい>とも読めますが、どちらで読んでも構いません。本題はそこではないので」
何をさせる気だ?
「この<国境の長いトンネルを抜けるとそこは>に続いて、面白おかしい文にしてください」
……またですか。
「ではまず清水」
右腕を負傷中の清水か。
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこは追試のない世界であった>」
現実から目を背けるな!俺もその世界行きたいけど!
「次。菅原」
ドッヂで大活躍だった<カサゴ>こと菅原さんか。
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこは同人誌即売所であった>」
腐女子だ!菅原さんやっぱり腐女子だ!
「ああすいません。間違えました」
そうだよな!もっと別のがあるよな菅原さん!
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこはBL限定の同人誌即売所であった>」
修正箇所そこ!?いらないよその付け足し!
「次。原」
よかった。まじめな原君ならまともなのを言ってくれる……!
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこは工事で封鎖中であった>」
現実的だ!夢なさすぎだよ!話そこで終わりだよ!
「次。小坂」
野球推薦なのに軽音楽部の小坂か。
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこはトンネルの入口であった。その長いトンネルを抜けるとそこはトンネルの入口であった。その長いトンネルを抜けるとそこは……」
無限ループ!?
「もういいです。次、浜口」
浜ちゃんか。頼む、まともなのを……。
「<国境の長いトンネルを抜けるとそこは実家であった。
帰省!?トンネルの出口が実家とか立地条件悪いにもほどがあるだろ!
「次、……」
「授業を終わります、解散」
……やっと終わった。なんてカオスな空間なんだここは……。高校の教室とは思えん……。
「旦那、ようやく終わったな」
「ああそうだな」
「……でさ」
「なんだ?」
「<かわばたやすなり>って何?」
「やっぱり知らなかったのかよ!」