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第五十三話 けつ

「ピッチャー、投球練習は?」

「結構です」

「バッター、入って」

 前期クラスマッチソフトボールの部第一試合。1-0で、後攻の俺たち一年七組が勝っているものの、四回表、エース清水の思わぬ負傷で二死一塁ながら最大の山場がやってきた。俺がピッチャーに入り、代わりにファーストには控えの玉野が入っている。

「み、三井、おおお落ち着けよ!」

 玉野、お前が落ち着け。今、俺は気持ちいくらいに集中できてる。

「ストライク!」

 こちらの有利な点は、相手にデータが一切ないということが一つ。そして清水の速い球に慣らされて遅い球にタイミングが合いづらいだろうということ。そしてもう一つ、俺がソフト出身でピッチャーとしての練習も積んできたことだ。

「ストライク!」

 だからこそ俺が今頭に描いている作戦が使える。相手の意表を突くことに重点を置いた作戦。それは―

「ストライク!バッターアウト!」

「なんだあの投げ方は!?」

 いくつかの投法を組み合わせて抑えるものだ。



 ソフトボールにはいくつかの投法がある。後ろに手を引き、そのまま投げる<スリングショット>。腕を一回転させ、勢いをつけ投げる<ウインドミル>。そして今ではほとんど投げられていない―しかし俺は第二のピッチャーとしてこれを重点的に練習させられた―八の字を書くようにして投げる<フィギュア・エイト>。俺が投げられるのはこの三投法だ。

 本来ソフトボールでは、二つ以上の投げ方をすることは禁止されている。それをしてはさらに投手有利となってしまうからだ。しかしこのクラスマッチではそのルールは除外されている。なぜならば、ソフト投手経験者のいるクラスがどうしても有利になる以上、経験者以外にもせめて始めだけ<ウインドミル>を投げさせてやろうとするためだ。このルールが除外されれば、ストライクが入らなくて四球ばかりになったとき、後から下からほうるようにしてストライクを入れる投法に変えることもできる。その弱者のためのルールを最大限に活用させてもらったのが今回の作戦だ。卑怯というなら言えばいい。人が怪我して喜ぶような相手に同情の余地はない。

「三井、お前普通に投げられるじゃねーか!」

「誰も投げられないなんて言ってないだろ?」

「清水とは比べ物にならんが、今まで対戦した相手より球も速いし」

 比べ物にならないとか言うな。俺だって傷つくぞ。まあ、ソフト投手経験者の中では遅い方だろうな、俺の球は。別ブロックの投手経験者の球見てへこんだし。

「でもまだあと一回あるからな、油断大敵だ」

「この調子じゃこの回も点取れそうにないしな」

 鉄壁の相手守備陣は崩れず、長距離砲清水が消えた以上ホームランも期待できない。勝負は最終回で俺が一点を守り切れるかどうかだ。

「ああーっ!おしい!」

 五番右翼手ライト原君のセンター返しはセカンドの好守に阻まれた。打者の構えなどから打球の行方が事前にわかるのだろう。野球部の守備は本当にいやらしい。

「さて、最終回だ」

「清水の弔い合戦といきましょうか。それとも返り討ちですか」

 ……健三さん。ぱっと出てきて不吉なこと言わんでくれ。



 先ほどの攻撃で、俺の作戦は相手にわかっただろう。あとアウト三つ。相手の実力なら十分に対応してくることは予想できる。俺の残る切り札(カード)は一つ。できれば使わずに終えたいところだ。

「かっ飛ばせー、茂手内もてない!」

 相手バッターの名字は茂手内らしい。かわいそうな名字だ。心中お察しする。

「かかってこい!」

 しかしなかなかの美男子だった。一瞬同情した俺自身に腹が立つ。集中。



 二死一三塁。打順は一番。ここまで無失点はよく持った方だろう。この回は三振こそとれていないがクリーンヒットもない。そして、

「ファール!」

 このバッターも追い込んだ。最後のカードを切るときが来たようだ。深谷、頼むぞ……!

「いけっ!」

「ストライク!バッターアウト!」

 俺が投じたのはチェンジアップ。コントロールはいまいちだが、ツーストライクでは振らざるをえまい。ぎりぎりまでチェンジアップを見せなかった俺の作戦勝ちだな。

「三井!チェンジアップ持ってるなら先に言え!危うく取り損ねるところだったぞ!」

 ……深谷には悪いが。



「それではこの試合、1-0で一年七組の勝ち。礼!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 あいさつを終えベンチに戻ると、クラスメイトに囲まれた。

「三井すげえ!」

「やるときはやる男だと思ってたよ俺は」

「お前の机の中にエロ本隠しておいて悪かった」

「かっこいいぞ、三井!」

「待て!今エロ本隠した犯人名乗り出ただろ!誰だ!」

 あの時は女子に白い目で見られて大変だったんだぞ!

「さすが三井です。私が教えたものを出しつくしましたね」

 俺健三さんにソフト教わってねえ!!

「そうだ!清水は!?」

 清水の腕が気になる。俺が決勝も投げるのかもしれないし。

「怪我は右腕だけ。数日で治るそうだ。ただ……」

「決勝は投げられない、か……」

「まあいい!ここまできたら勝とうぜ!」

「そうだ!俺たちは清水のワンマンチームでないことを見せてやるんだ!」



 そして決勝。三年三組<白い光の中に萌える山波>との対戦。15-0で敗北。

「ソフト出身ピッチャーってすごいな、ありゃ打てんわ」

「清水味方でよかったよ」

「野球部レギュラー四人はずるすぎだろ」

「俺たち頑張ったよな」

「ドンマイ三井」

「……ソフト怖い」

 一年七組ソフトボールの部。記録準優勝。

 


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