第四十七話 二試合目
前期クラスマッチ一日目、ソフトボールの部第二回戦。俺たち一年七組はいわゆる逆シードのため、優勝するには五連勝しなければならない。しかし組み合わせ抽選の結果、バスケとは反対に野球部が多かったり、経験者九人といった強豪とは三回戦まで当たらない。そのため、この試合も楽勝かと思って余裕をかましていたのだが。
「……どうせ俺には恋人なんてできねえよ……」
エース清水の大乱調(主に精神的なものによる)で、まさかの点の取り合いとなってしまった。
球の切れがそこまで悪いわけでもないのだが、ストライクがとことん入らない。そして清水の球でも打てるバッター(主に野球部員と経験者)が、カウント有利にしてからこちらの守備の弱点(運動神経はいいが野球、ソフト未経験のサード城田とセカンド兼子)をついてきた。そのためファーストの俺とショートの柳はカバーでてんてこ舞いだ。
「清水、いい加減立ち直れよ」
「このままじゃ分が悪い」
「……所詮この世はイケメン有利……」
……駄目だ、清水はもう当てにできん。
「「「そーらーをこーえてー、らららほーしーのかーなたー」」」
あいての応援も活気づいてきた。応援の歌が鉄腕アトムなのは謎だが。
「おい!こっちの応援ももっと盛り上がれよ!」
一年七組の応援は試合を終えたバスケ組と、バドミントン組だけ。女子はソフトの前に試合開始したドッヂボールの応援に行っている。ドッヂもハンド部の一年エースがいるらしく、なかなか強いチームらしい。
「わかったよー」
「さっき旦那には応援してもらったしな」
……ついさっきできたトラウマに触れるな。
「次のバッター!」
「三井、次だ」
いつの間にか俺の打順だったらしい。五番金澤のツーベース、六番原君のセンター返しでノーアウトでランナーが一三塁。絶好のチャンスだ。三回の表で7-9と負けている。下手を打ったらこのまま試合終了になりかねない。
「わかった。応援、頼むぞ」
「りょーかーい」
「任せとけ、旦那」
「お願いします」
バッターボックスに入るときには一礼。これは大事だ。審判の印象もよくなるし、バッテリーにも悪印象は持たれまい。遅い球とはいえ、ぶつけられたら痛いのには変わりない。
相手の球自体は大したことない。冷静に守備の手薄な右方向を狙うか、もしくは意表をついたセーフティバントで相手守備の攪乱を狙うか……
「「ひかるかーぜーをーおいーこしたらー、きみーにーきっとあーえるねー」」
「応援歌にハピマテなんか使うんじゃねえ!!」
俺がそっち系の人だと思われるだろうが!
「バッター、静かに」
「……すいません」
何この状況。もしかしてあいつらが何やっても突っ込めないのか……?
「「あるーはれーたひーのことー」」
今度はハレ晴レかよ!しかも踊りつきって応援する気あんのか!?……と心の中で突っ込む。もはや俺に冷静な思考など出来そうもなかった。
「「わたしのーおはかのーまーえでー、なかないでくださいー」」
<千の風になって>ってテンション下がるだろ!むしろ打てなくなるわ!……と大声で突っ込みたい……!拷問だ。集中できん……!
「カウント、ワンツー」
……くそう、この状況じゃ何ともできん。
「「あったまてっかてーか、さーえてぴっかっぴーか」」
お次はドラえもんだと……!?何考えてやがる……?
「「そーれがどうしーた、ぼく、<フランソワーズ大木>」」
誰だーーーっ!?しかもハモってんじゃねえーーーっ!!と突っ込みたいのを耐えに耐え、その怒りを歯を食いしばって球に伝える。
「いったぁーーっ!!」
打球はライナーで左中間を抜けた。球場とは違い、フェンスがないので打球は点々と転がっていく。その間に俺は一気に三塁ベースを駆け抜ける。本塁までいけるか……!?しかしさすがに身体能力の高い北高生。ボールは本塁に戻ってきた。しまった、挟まれる……!?
「つっこめーっ!!」
三塁コーチに入っている深谷の声が響く。……それなら存分に突っ込ませていただこう。
「<フランソワーズ大木>って何者だーーーっ!!!」
……俺の気迫に押されたか、キャッチャーはボールを取り落とした。そのままホームに滑り込んだ俺は大声で叫んだ。
「よっしゃーーっ!!」
「よくやった三井」
「ナイスガッツ」
「逆転スリーランか、劇的だな」
「サンキュー、みんな」
われながらよく打てたな。自画自賛していい仕事っぷりだ。
「お疲れー、三井」
「旦那、かっけー」
「お前ら……」
……俺の体が震える。もちろん感動などの理由ではない。
「踊りつきで応援にハレ晴レ歌うな!!<千の風になって>はテンション下がるだろうが!!応援歌にドラえもんって!?しかもフランソワーズ大木って何者だ!?」
「……そんなに突っ込みたかったのか……」
原君がぽつりとつぶやいたのが印象深かった。
その後、ドッヂを応援していた女子が戻ってきたことで清水が復活。試合は15-9で決着した。……清水は調子に乗せておかないと大変だな……。教訓として覚えておこう。