第二十二話 設立
「旦那、新しく部活を立ち上げたいと思うのだが」
「何を唐突に」
義人が突然わけのわからないことを言うのは、今に始まったことではないが。
「まあいい、言いたいことがあるなら手短に話せ」
「冷たいな」
「聞いてやるだけありがたく思え」
「いや、昨日ニコニコ動画で昔のアニメを見ていたんだ」
ふむふむ。
「<ドラゴンボール>と<あずまんが大王>と<魁!クロマティ高校>を見たんだ」
またすごい組み合わせだな。
「その三つのアニメを見て気付いたんだよ」
何に。
「若本さんの素晴らしさに」
解説しよう。若本さんとは日本の声優の第一人者にして、六十歳をこえる年齢にもかかわらず、今なお男らしい美声を保ち続ける男性声優である。<ドラゴンボール>では<セル>役をこなし、<あずまんが大王>では<ちよ父>役、<魁!クロマティ高校>では<メカ沢>役を好演した。これでもまだわからない人は<サザエさん>の<アナゴさん>役の声だと言えばわかるだろう。とにかく凄い声優である。
「そこで部活を立ち上げようと思ったんだよ」
意味がわからない。
「……なんて部活にするつもりだ?」
見当がまったくつかないので聞いてみる。
「若本部」
……謎がさらに深まった。
「……その若本部の活動内容は?」
さらに踏み込んで聞いてみる。
「若本さんを崇め讃えること」
どこの宗教団体だ。
「……そもそもお前は水泳部に入っているだろう」
「それとは別にだよ」
「部員のあてはあるのか?」
「今二人」
「誰だ?」
「俺と旦那」
……やっぱり。
「俺は入らんぞ」
「あとは顧問だな」
話を聞け。
「健三さんがどの部の顧問もやってないらしいから、そこから当たろうと思う」
勝手にしろ。俺はその部には入らんしな。
「勝負は授業後だな」
この情熱をもっと別のことに注いでほしいものだ。
そして授業後。
「健三先生、俺が部を立ち上げるので顧問になってください!」
「いやですよ面倒くさい」
やはり撃沈したか。部の内容も聞いていないのに、生徒の頼みをばっさりと切り捨てるのは教師としてどうかと思うが。
「旦那、もっと別の方法を考えてみるよ」
勝手にやってくれ。できれば俺を巻き込むな。どうせ無駄だと思うが。
そして翌日。
「旦那、宿題見せてくれ」
「……若本部はどうした?」
それが原因で宿題を忘れたんじゃないだろうな。
「ああ、あれはもういいや」
もういいやって。なら何で宿題忘れたんだ?
「いや、ニコニコ動画見てたら徹夜して」
馬鹿だ、馬鹿がここにいる。
「……若本部はもう本当にいいのか?」
昨日の俺が付き合った時間を返してほしい。
「いや、どう考えても非現実的だろ」
お前が言うな、この大馬鹿野郎。