第十八話 内容
水のないプールは広くて、水を張っているときにはわからないほど深い。その広さはたいていの競技はできてしまうほどである。……というわけで水泳部一年は、掃除の前にボール鬼をすることになった。
ボール鬼というのは、鬼ごっこのタッチの代わりにボールを当てるというシンプルな競技である。ただし、<ドキッ!?水泳部特別ルール〜疾風のボール鬼編〜>(命名:義人と石井のオタクコンビ)により、ボールは壁(プールの内壁)に跳ね返って当たっても有効、バウンドして当たっても有効ということになった。ボールはどこかに落ちていたのを池内先輩(平泳ぎで県入賞、二年)が「水泳部が保管しておこう」と言って拾ってきたのを使用する。……使っていいのか?
25メートルプールは逃げ回るのには狭く、当てる鬼には有利なので、普通にやるよりも白熱した展開になった。鬼がめまぐるしく変わることもあり、かなりおもしろい。機会があったらぜひやってみることをおすすめする。機会なんて水泳部以外ないだろうが。
しばらくして、鬼が浜口(例の全国レベルの猛者)になったところで、古川部長(200メートル平泳ぎとバタフライで県出場、三年)が掃除を始めるよう言ってきた。
……さて、今日も掃除を始めるか。
本日の作業は、水でプールの底にこびりついた砂を洗い流していくことだった。水を上からホースで出す係に三年と二年が付き、一年がブラシで底をこする係に付いた。雑談をしながら作業を進める。
田村「浜口と片山って中学同じだよな」
片山「そうだね、保育園のときからずっと一緒だね」
浜口「いわゆる腐れ縁だな」
おれ「二人って去年の県大会団体優勝してるよな、確か」
片山「昌史は県の記録も塗り替えたしね」
まじでか。
杉田「片山も東三大会の記録は塗り替えてるぞ」
松田「二枚看板が二人とも北高にきたわけか」
石井「松田は一年の時、杉田と三井は二年の時に東三大会団体優勝してるよねー」
おれ「……そうだな」
俺は200バタフライで五位がせいぜいだったが(タイムは三分二秒)。ちなみに、中学のときの大会は<市内大会>、<東三大会>、<県大会>、<東海大会>、<全国大会>の順番で大きくなっている。高校では市内大会がないらしいので一つ減ることになる。
石井「このメンバーはみんな賞状をもらったことがあるんだよねー」
俺は市内新人戦二位(二年)だから価値はほかの人より低いけどな。……ん?
おれ「……なんでそんなこと知ってるんだ?」
石井「三井は新人戦二位だよねー」
浜口「なぜそんな細かいことまで」
細かい言うな。傷つくぞ。
杉田「俺は言ってないぞ」
石井「……先生に聞いたんだよー」
視線をそらすな。口笛吹くな。あやしすぎるぞ。
そうして話しながら掃除を終えると、小倉先生が来ていたのでその件を聞いてみた。
小倉「そんなこと話してないぞ」
おれ「本当ですか?」
小倉「個人情報がどうので教育委員会がうるさいからな、あの脳なしどもは」
脳なしは教師として言っていいのか?小倉先生がそう言うのは物凄く怖いんですけど。
……それはともかく石井に対する疑念が強まった。すると石井が小倉先生の耳元で何か囁いた。
石井「…………」
小倉「アアソウダ。オレガイッタンダ」
何した石井!?
おれ「大丈夫ですか!?」
小倉「アアソウダ。オレガイッタンダ」
小倉先生が廃人同然になってる!?
おれ「しっかりしてください!」
小倉「アアソウダ。オレガイッタンダ」
駄目だ!頭にヤのつく自由業にしか見えない小倉先生がやられた!
石井「だってさー」
おれ「……何したんだ?」
石井「ちょっとしたお話だよー」
……石井の謎が深まった一日だった。……小倉先生、何を握られてるんだ……。