第九話 油断
部室に行ったら、イタチがいた。学校の敷地内に森があるくらいだから、おそらくそこに住んでいるのが、水のあるプールにひかれて部室に迷い込んできたのだろう。しかし今、そんなことは重要ではない。
「……なんて可愛いんだ……」
つぶらな瞳にふさふさした毛並みと、物凄く可愛い。天使だ、天使がここにいる……!
「……ほら、怖くないからこっちにおいで……」
そう言って手を差し出すと、興味がわいたのか寄ってきて、抱くことができた。
「ああ、可愛いなあ、ふわふわしてるなあ、やわらかいなあ、お前は。いくつだ?何食って生きてるんだ?飼われてるわけじゃないよな?ほんといいなあ……って石井何撮ってやがる!」
いつの間にか石井が来てビデオカメラをまわしていた。
「お前何してんだ!」
「見てわかるだろー、撮影だよー」
「何撮影してんだ!」
「可愛いものを見つけて悶えている三井ー」
「……なんでビデオなんて持ってんだ!」
「部室に置いてあるやつだよー。さすがだよねー、フォームチェック用のが備えられてあるんだからー。これが公立高校でもいい成果が残せる理由の一つだろうねー」
「……なるほど、さすが北高……じゃねえ!なんでそんなもんで撮ってんだ!」
「脅迫よ……ゲフンゲフン、思い出として取っておこうと思ってー」
「今脅迫って言ったぞ!」
「……聞き違いだよー」
「今の間は何だ!?」
「じゃあ幻聴だよー」
「じゃあって何だ!?しかも悪化してるじゃねえか!」
「何騒いでんだ、お前ら」
「なんだその動物?」
俺たちが話している間にほかの部員が集まってきた。するとイタチは、人が多くなって警戒したのか、暴れて逃げてしまった。ああ………。
「そうだ、石井は!?」
早くあのビデオをなんとかしなくては。
「石井ならもう帰ったぞ、用事があるらしい」
「俺も帰ります!」
「何言ってんだ、筋トレやるぞ」
「ちょっと待ってください、急用が今できました!」
「今って何だよ。ほら、始めるぞ」
「うわああああああああああ」
この日は結局、石井を捕まえることはできなかった。
そして翌日。
「大丈夫ー、とりあえず誰にも見せないからー。ビデオも消去して返したしー」
「……とりあえずという言葉に物凄く不安を感じるのだが……」
「いざというとき以外は使わないからー」
「……いつかそれを使って何をするつもりだよ……」