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生命を貰ったデネブ

作者: 陽向

物には魂が宿ると言うお話。


天体望遠鏡になった気分で読んで頂けると嬉しいです。


 薄暗く少し埃っぽい空間に差し込む一筋の光。その光はだんだんと光量を増し、目の前が霞んだ。


「あぁ、此処に居たんだねぇ。探したよ」


 懐かしい手の温もりがあった。そしてまた少し歳をとって皺が深くなった顔を覗かせる。

 話し方は昔に比べたら、とてもゆっくりになったね。でも今の話し方が僕はとても好きだよ。

 

 また迎えに来てくれたんだね。ずっと待ってたよ。君の手はいつも温かいね。とても心地が良い。

 僕を迎えに来たと言うことは僕の出番かな。

 それじゃ行こうか。

 またいつもの様に、星見会に。





☆☆☆





 気が付けば僕は君の腕の中に居た。


 えっ、何これ? 君、誰?

 ってか寝てるの? 僕を抱えたまま寝てるの?

 大丈夫かな、重くないかな。何か、抱えているって言うよりも僕の重さに押し潰されているようなかたちになってるけど、寝苦しくないの?



 僕が生命を持った日、眠る君に僕は抱えられて走る車に揺られていた。

 君は時々攣縮しながら眠っていて、赤く少し腫れ上がっている目元には泪の跡があって君は泣いていたんだって思った。

 車の運転席には男の人、助手席には女の人が居た。君のお父さんとお母さんだ。

 

「あんなに泣いて。欲しくて仕方なかったのね」

「そうだな、あいつが我儘を言うなんて初めてじゃないか? 誕生日でもないから無理だろと思って泣いたんだろうな」


 そう話す二人はとても穏やかな雰囲気で、君がとても愛さてるんだって分かったよ。

 クスクスと笑いながら、時々後ろを振り向き君の寝顔を見て微笑む両親の顔はとても嬉しそうだった。


 君はねデパートで僕を見つけたんだって。

 もうすぐ七夕っていうものがあるからそれの関連商品が売ってるコーナーに僕は居たらしい。

 よく分かんないけど、団扇とか蚊取り線香とかと一緒の所。

 僕はそこには不釣り合いなものらしいんだけど僕の出番が回ってくるときはそういうものも欲しくなるんだって。

 それでね、僕を見つけた君は目を見開いて立ち止まったらしい。

 いきなり止まった君に両親は驚いて、何回も話しかけたけど無反応でとても心配したんだってよ。

 暫くすると君はわなわなと震えて泣き出した。「あれが欲しい」って一言だけ呟いてそこを動かなかったんだって。

 あれって僕のことなんだけど、少し高価なものらしい僕を購入するか両親は悩んだらしいんだけど、君の初めての我儘だったからそれを許しちゃったんだ。


 よかったね、買ってもらえて。

 それで僕は此処に居て君に抱きかかえられてる訳だけど、やっぱりその体勢キツイよね?

 それよりも僕は寝ている君の腕から滑り落ちないかがとても心配。落とさないでね、お願い。





 君と一緒に暮らすようになった僕は、君の部屋の窓辺にいつも陣取っていた。

 六畳くらいの部屋にはベッドと勉強机、そして本棚。おもちゃは少ないと思う。

 本棚の上に少しロボットみたいなのが飾られているけど、それよりも丸っこいボールみたいなのが部屋に飾ってあった。それは色取り取りで、赤、黄色、青、緑、他にも沢山の色があり、天井から吊るされたそのボールを君は指で突ついては喜んでいた。

 後で君が教えてくれたのは、あれは惑星というものらしい。宇宙というところにはそれが沢山あって、しかもこれよりも何倍も何十倍も何千倍も大きくて、太陽系がどうのこうの銀河系がどうのこうのと難しいことを君は言っていた。僕にはチンプンカンプンで、君は頭が良いんだなって思ったよ。

 壁紙は綺麗な碧色をしていた。それは夜になると光るんだ。無数に散らばる光はとても綺麗で、君はよくベッドに仰向けになりながら見上げていたね。

 その光がだんだんと弱くなり、それに誘われるように君はいつも眠りについた。本当に星が好きだったよね。




 僕が部屋に来てから、君は触ったり拭いたりして綺麗にしてくれることはあったけど、決して僕を使おうとはしなかった。

 僕は何の為に此処に来たのか分からなかったよ。泣くぐらい僕のことが欲しがったのに、そんなに大切じゃなかったんだろうかって心配したんだ。

 

 それから数日後の夜、君は僕を袋に入れた。大事に、壊れないように慎重に。

 この袋はお母さんが君専用にって作ってくれたもので、僕が収まると、地面に着くことなく肩から下げるような形で背負うことが出来るようになっていた。

 お母さん、グッジョブだね。

 君は僕を背負うと嬉しそうにクルッと回ってみせた。ちょっと仕草が女の子みたいだなって思ったのは内緒ね。


 僕と一緒に君は玄関で両親に見送られて外に出た。

 辺りはもうすっかり夜だった。梅雨が明けたばかりの空は、曇りの日がまだ続いていたけど今日は快晴だった。そのまま夜になり、今も雲一つない星空は君の部屋の壁紙を思い出させた。あの壁紙の光よりもはっきりと輝く星たち。

 君は空を仰ぎながら夜道を歩く。


 あぁ、危ないよ。電柱にぶつかる。

 君は本当に星のことになると周りが見えなくなるよね。一生懸命な君は好きだけど、怪我をして泣く君は見たくないよ。



 浮かれている気分の君の足取りは軽い。五分も経たないうちに目的に着いた。家のベルを鳴らすと、君のお母さんと同じくらいの女性が出てきた。

 緊張した面持ちの君に、その女性は微笑んで今呼んでくるからねと言い残し扉を閉めた。中から階段を上がる音が聞こえて、誰かを呼んでいた。

 待っている間の君はとにかく面白かった。

 直立不動で玄関に立ち、息をすることも忘れてしまったというほど緊張しているのがわかる。

 ドキドキという鼓動が背中から伝わってきて、君は何処が悪いのではないかと心配するほどだった。


 ねぇ、大丈夫? 顔も真っ赤だよ。何処か悪いの? 痛いの? 何か変な物食べた?


 僕はすごく心配したんだけど、もう一度扉が開いた瞬間、君はビーンって効果音が付きそうなぐらいの硬直を見せた。


 えっ、本当に大丈夫⁈ 今、人間とは思えない動きだったけど⁈


 目の前には可愛らしい女の子が居た。

 チェックのワンピースがクルッと回る度にヒラヒラと靡いて可愛さを際立たせている。肩にかかる艶のある髪の毛を、耳の上に付けられたリボンが固定し、少し照れたような仕草で君の前に立っていた。


「こ、こんばんは…」

「こんばんは。待たせちゃってゴメンね」

「だ、大丈夫‼︎ ぜ、んぜ、全然、待ってないから‼︎ じゃ、じゃぁ行こうか!」

「うん‼︎」


 全然、大丈夫じゃないからね‼︎

 …何かゴメンね、此処に居て。

 覗き見してるみたいで、僕の方が恥ずかしい。

 しかも君は右手と右足を同時に出して歩き出した。いやいや、緊張し過ぎだから!

 ダメだ、見てられない…恥ずかしい! なんで僕、一緒に来てるんだろ。早く帰りたい。

 君の背中から動けないのに僕は自分の居場所を探しちゃったよ。



 君と彼女は一人分のスペースを空けて歩く。会話は宿題した? とか、夕ご飯何食べた? とかそんなありきたりなやつ。何か歯がゆいしもどかしい。

 君はこの子が好きなんだね。

 顔が緩みきってて、好きだよって気持ちがただ漏れだけど彼女には伝わってないみたい。鈍感ちゃん? 何で僕がドキドキしなきゃいけないんだ。



 十数分歩くと、坂の上にある見晴らしの良い公園に着いた。

 滑り台、ジャングルジム、砂場、鉄棒。何処にでもあるような遊具が設置されている。その遊び場の後方には階段があり、上へと続いていた。そこを二人は歩く。勿論、僕も一緒。

 三十段ぐらいの階段を登り終えるとそこは休憩のスペースのようで固定されているテーブルがあり、その周りをベンチが囲っていた。

 小高い丘の上にあるそこからは、街が全体が見渡せるようになっていて視界を遮るものなど何もなかった。

 下を望めば創られた小さな町の人工の明かり。上を仰げば、遙か昔からつづく不変の那由多に広がる自然の灯り。

 

「星見会、始めていい?」


 君はテーブルに僕を設置して、彼女には囁く。


「うん!」


 とても元気良く返事をする彼女に君は、ボッとまた効果音が出たんじゃないかなってくらいに顔を赤くする。湯気が頭から出てると思うくらい真っ赤。


 本当にゴメン、この場に居て。彼女の笑顔、僕を見ちゃってゴメン。

 気がつかないでやってんのかな、彼女。まさか天然を装ったぶりっ子…

 わぁーーあぁ、怖いよー女の子って怖い‼︎ 君、騙されないように気をつけてね! 僕も見張ってるけど‼︎



 星見会は、君と彼女が名付けた天体観測のことだった。

 あれは夏の大三角形。デネブ、アルタイル、ベガ。君は雄弁に語る。さっきまでの滑舌の悪さなんてどっかに吹っ飛んでいた。さすが星好きだね。


 ほらほら、もう少し絞って。ボヤけているよ。

 あっ、見えた? 今箒星が走ったよ。


 僕が考えていることはすぐに君に伝わるみたいで、君は僕をとても上手に操っていく。そして君は僕を隔て星を見ながら、彼女に説明する。

 有名な夏の大三角形のアルタイルとベガは彦星と織姫のことなんだって君は言った。二人は七夕の今日、天の川を渡って一年に一度の逢瀬を果たす。

 その説明に釘付けの彼女の目はその星を確認して更にキラキラと輝く。


「じゃぁ、今日は天の川もアルタイルもベガも綺麗に見えるから織姫と彦星は会えたね!」


 とても嬉しそうに話す彼女を見て君は破顔した。


 本当にもう…何回も言うけど此処に居てゴメン。

 織姫と彦星は逢えたね。きっと今はイチャコラしてたりすんじゃないかな。邪魔しちゃダメだよ。

 それよりも僕が気になるのはデネブのこと。残ってるもう一つはどうしたの? ベガを争って負けたのかな? それとも潔く身を引いた? 僕の思考は別の方に行ってしまっていたけど、楽しそうな二人を見てあっ、って思ったんだ。

 織姫と彦星が無事に逢えるように、いつも二人を見守って居たんじゃないかなって。

 君と彼女が幸せそうにしているのを見ている今の僕みたいに。二人が幸せだったらいいなっていつも思っていたんだと思うよ。

 だって今、僕は幸せだから。

 星見会、無事に出来てよかったね。



 君は僕を隔てて、夜空に瞬く星々を覗く。

 綺麗な星たちを君の瞳に映しているようにして、本当はね僕は君の瞳を見ていたんだ。

 君の眼はとても煌めいていた。

 あの天の川よりも。

 その眼が僕から見える光で更に輝くのを見るのがとても好きだったんだよ。




 君と彼女は一年に一回、七夕の日にあの公園のあの場所で星見会をするようになった。

 七夕じゃない日は君の家に彼女が来ていつもの定位置から空を仰いだ。


 星見会の日は何時だって雲一つない星空だった。二人がいつも楽しそうにベガとアルタイルを見つめるのを僕は見守っていた。




 君はいつだって僕を大切に扱ってくれた。綺麗に拭いてくれて、調節をして、油も差してくれた。それがとても嬉しかったんだ。

 でもいつの頃からか、君は僕を使うのをやめてしまった。

 手入れはいつだって丁寧にしてくれる。でも僕を使おうとはしない。

 そう言えば彼女が家に来なくなってから、君は星を見るのをやめてしまったんだ。

 思春期に差し掛かった二人だったから、逢うことに照れてるだけなんだと思っていた。

 でも君は七夕の日も外に僕を連れ出すことはなかった。


 二人で星見会をしていたときは雨なんて降ったことがなかったのに、今年は梅雨の影響を受けているせいか、僕が来てから初めての雨の七夕だった。

 君は部屋の窓から外を見つめる。


「逢いたい…」


 君は一言だけ呟いた。


 何かの理由で二人は離れてしまったんだってこのとき知ったんだ。

 窓を叩く雨音はどんどん強くなり、泣けない君の代わりに泣いているんだって思ったんだよ。


 どうから悲しまないで。きっとまた逢えるよ。

 だから泣かないで。


 君は前に言ったよね。彦星と織姫を逢えるようにしたのは本当はカササギが架け橋になって、二人の間に天の川を橋渡ししたんだって。


 君はきっと彦星。彼女は織姫。

 

 じゃぁ、僕は?


 デネブはきっとカササギだ。二人が出会えるようにいつも手伝っていたんだ。

 僕に羽があれば。翼があれば君を大好きな彼女の所へ連れていけたのかな。

 それが出来ない僕は君に何が出来るかな。何て不甲斐ないんだろう。


 僕が出来るのは二人がまた逢えるように祈るだけだ。それしか出来ないけど、神様に届くように一生懸命祈るから。

 僕は箒星に向かって願う。


 僕に魂を与えた神様がいるなら、こんな僕を大事にしてくれる彼の願いを叶えてよ。

 どうか、どうか、お願いだよ。

 きっと叶えて。僕はどうなってしまってもいいから。




 でも僕の願いは、何処かで止まってしまっているのか神様には届いていないみたいで、ちっとも叶わなかった。

 七夕の日はずっと雨だった。





★★★





 数年後、君は僕を鞄に入れた。


 以前君のお母さんが作ってくれたものではないピッタリと嵌る四角い箱型の鞄。


 お出かけなんて久しぶりだね。何処に行くの? ちょっとワクワクしてきたよ。


「さぁ、行こうか」


 君は僕に微笑んだ。




 数年前まで毎年通っていた道を君はゆっくりと歩く。道中の景色はあの頃と全く変わらない。数分歩いて着いた目の前に広がる公園も全て同じで僕はちょっと安心したんだ。

 君は少し周りを見渡してから、いつものように階段を上がる。

 頂上に着くとそこにはもう先客が居て、ベンチに座っていた。

 胸の下まで伸びた黒い髪は風に煽られて、それを抑えるように耳にかける仕草はとても優雅だ。

 その髪の隙間から覗く大きな瞳には見覚えがあった。

 その様子を見つめる君とベンチに座っていた二人の視線が絡まる。

 ドキドキと脈打つ音は僕のかな、それとも君の?


「こんばんは」

「こんばんは」


 君はもう昔のよう言葉に躓くことはない。自然と言葉が出るようなったね。成長した。

 君たちの距離が詰められ、二人の距離がゼロになり影が重なる。


「逢いたかった」

「俺も」


 何度もゴメン…二人だけの雰囲気の中に僕がいてゴメンね。

 でも絶対に邪魔しないから、存分にイチャコラして!


「じゃ、星見会を始めようか」

「うん!」


 二人の姿も声もすっかり変わってしまったけど、二人の気持ちはずっと変わらなかったみたい。

 七夕の日に逢えた彦星と織姫。

 それと同じように君たちもまた出逢えた。

 僕の祈りが通じたのかな。

 僕は君たちのカササギになれたかな?

 そうだったら嬉しい。僕が少しでも役にたてたなら嬉しいよ。

 デネブは毎年こんな気持ちで二人を見守っていたのかな。そんなの気苦労が絶えなそうだ。

 でも幸せな気持ちになるんだね。

 本当によかった。


 その次の日から僕の意識は途切れたんだ。





☆★☆





 突然途切れた魂は、願い事を叶えたい代償だと思っていた。

 二度と君たちに逢えなくても、最後に二人の幸せそうな姿を見れたからもういいやって思った。

 思ってたんだけど、僕はまた眼を覚ました。

 目の前には君と彼女の姿。


 あれあれ、どう言うこと? ちょっと寝てただけかな? かなりよく寝た気がするんだけど、気のせい?

 まずはおはようとか言ってみる?

 

「今年もよろしくね」


 彼女が微笑む。長かった髪の毛は肩の長さになっていた。


「じゃ、今年も行こうか」


 君も笑う。背が伸びたような。顔も大人の顔付きになって声はまた低くなっていた。


 君はいつも公園のテーブルに僕を設置する。そして二人で仲良く星を眺める。

 



 僕は一年に一度七夕の日にだけ目覚めることが出来るみたいだった。

 また前のようにいつでも君の顔を見ることは出来ない。でもまた二人の笑顔を見れる。僕を隔てて星を眺めるキラキラした二人の瞳を見れる。


 神様は僕になんて素敵で粋なプレゼントをしてくれたんだ!

 ちゃんとカササギになれたってことかな。嬉しい!


 星見会が終わって鞄に収めると僕の意識はまた途切れてしまう。

 そしてまた目覚める。

 一年に一度の逢瀬。何か織姫と彦星みたいだね。

 ちょっと、恥ずかしいや。



 天気はあいにくの雨模様の日もあった。でもそんなときも君は僕をちゃんと出してくれた。

 それから家庭用プラネタリウムを買ったんだって。だから部屋の中でも星を見られるようになった。

 二人で並んで寝転び天井を眺める。人工的な輝きは全部一緒に見える。

 僕から覗く星が一番綺麗だと君は言う。それがとても嬉しかった。




 それから数年、いつものように眼が覚めると君たちは左手に同じ指輪をしていた。

 その二年後には彼女の手に赤ちゃんがいた。

 そのまた二年後には君に手を引かれて僕から星を覗く君にそっくりな男の子と、彼女の手にはまた赤ちゃんが抱えられていた。

 星見会の人数は増えていく。そして僕の仲間も増えた。

 君にそっくりな男の子は、あるときの誕生日に僕を欲しがったらしい。でも君は僕だけは譲れないと言って、男の子に新しいものを買い与えた。

 だから僕の隣には今、僕より新しくカッコいいっていうのはちょっと悔しいけど最新型のやつが隣にいる。

 試しに「よっ」って先輩面して話しかけてみたけど、なんの反応も無かったの。変に気負って損した。




 星見会は家族行事になった。

 ある年、目覚めたときに箱からたくさんの子供たちの顔が見えてかなりビックリした。ビックリしすぎて心臓止まるかと思った。

 僕に心臓があるかは不明だけど。


 今日は男の子の友達と星見会。

 たくさんの笑い声があたりから聞こえて僕まで嬉しくなった。

 そして浮かれ過ぎた子どもたちが走り出して、僕に当たった。

 ドーンっていうかなりの衝撃。僕の視界ゆらりと傾く。

 人間は命が終わる瞬間の光景はゆっくり進むって聞いたことあるけど、こんな感じかなって思った。


 もう終わりかな。終わる瞬間って意外と呆気ない。でも幸せだったからいいや。


 そう思った僕を温かい大きな手が受け止める。


「こら、走るな‼︎ 壊れたらどうする!」


 子どもたちはその声にビックリして動きを止める。が、それも一瞬の事でまたキャッキャと騒いでいた。

 君は大きな溜息を着いてから、苦笑して子供達を温かい目で見守っていた。


 そんな僕はもう一度、命の危険があった。

 君そっくりの男の子が成長して君そっくりの青年になり、その隣に綺麗な女性が立ち腕の中には赤ちゃんがいた。

 その子はかなりの強者で、ハイハイがすごかった。すごいってレベルじゃないの。もう猪みたい。前見ないで一心不乱に前進するから、見事に僕に追突してきた。

 僕は傾き、あぁ今度こそ終わったよって思っていたら、傾いた先に座布団があって九死に一生を得て助かったけど、あの子を見る度毎年震えるようになったのは仕方ないことだと思う。

 星見会の度に君は僕の傍に立ち、倒されることのないように目を配る。

 君はいつだって優しかったね。




 二人で始まった星見会はいつの間にか人が増えて、そしてまた二人に戻った。

 君は歳をとった。顔の皺は増えて深くなった。背も縮んだ。僕を覗くときは脚立を低くして座布団に座ってみるようになった。


 あの場所にはもう行かない。月日が流れてあの公園はマンションになった。


 今の僕の指定席は二階の窓辺。君は僕を押入れの中から出して二階に運んで設置する。

 歳をとった君たちは生活スペースは一階だった。それなのにわざわざ僕を二階へと持っていく。僕を二階に置いておけばいいのに、毎回大事に大切に仕舞って、すぐに出し入れすることの出来る押入れの中で保管するんだ。

 

「夏の大三角形はありましたか?」

「あぁ、綺麗に輝いているよ」


 君と彼女は僕を覗き微笑む。

 今年も彦星と織姫は逢えたね。じゃぁ、きっとその隣にはデネブも輝いているのかな。


 七夕はベガとアルタイルが輝く日だけじゃない。その二つの輝きに感化されてデネブも輝く。

 きっとベガとアルタイルが出逢えたことに喜び、その二つが自分に逢いに来てくれたことに歓喜しているんだ。


 まっ、そう考えているのは僕なんだけど。

 だって僕はデネブになりたいから。

 二人は僕にとってのアルタイルとベガ。

 この日に二人に逢いたいんだ。


 いつまで二人に逢えるかわからないけど、僕は君たちを見守り続けるよ。


 だから七夕の日に、また逢いに来てね。




 君はアルタイル。

 

 彼女はベガ。


 


 そしてきっと僕がデネブ。






 

読んで下さりありがとうございました‼︎

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が人間ではなく、望遠鏡という斬新な点、でしょうか。 ゆっくり、ゆっくりと穏やかに流れる時間をなぞるようで読んでいてふわっとした気持ちになります。 [気になる点] すこし誤字が見られ…
[一言] とてもすばらしいですね。時間描写と、天体望遠鏡に感情移入してしまいました。 七夕にとても合う話ですね。また素敵なお話を読ませてください。
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