第一章 こうして俺は 世界の敵と なった
雨は激しさを潜め
雲は黒さを薄め始めた頃
天を見つめ続ける男の背後
何も無い空間に色が付いていく
その色は、徐々に形を造り、様々な色が混じり合い・・
異形のモノへ
そのモノは、音も無くゆっくりと、男の元へ・・次郎の元へと歩いていく
そのモノは、次郎から2メートル程離れた場所にひざまずき、言葉を掛ける
「次郎様。少し・・よろしいでしょうか」
「・・・・・・・・」
男・・次郎は生気の無くなった目を細め、後ろへとゆっくり視線を動かす
目線の先にいたのは、 異形のモノ
身を屈ませているので正確には分からないが、体長は170cm程。人型ではあるが、身体全体が黒く染まっており、額にあたる部分には角だろうか。昔話で言う鬼のような・・明らかに日本人、いや、ヒト科には属さないであろうモノが、グレーのスーツを着こなしていた
「・・お前は・・・・っ・・ぐぅっ?」
そのモノを視界に納め、既に枯れきった声で問い掛けた、その時
次郎の頭が、砕けるような痛みを訴える
「がっ・・・・ぅあ・・・・がぁあああぁぁぁぁぁーー!!」
痛みを自分の叫び声で和らげるかのように、逃しようの無い痛みを口から吐き出すかのよう
次郎の叫び声は空へと吸い込まれていく
どれだけ叫んでも痛みは去らない
大切な妹の死の真相すらも分からず
こんな意味の分からない奴の目の前で
俺は
死ぬのか・・・・・・
細い細い糸のような意識にしがみついていた俺は
妹を失った絶望感と、その後に襲った激しい痛みによって
その手を 手放した。
「後・・任せい・・ま・・・・・・様・・」
遠くで、さっきの声が・・
視界が黒く包み込まれ、次郎は気を失った。
どれくらいの時が流れたのだろう
周りが明るい感じがする
ここはどこだろう。
何かに手を引かれて来たような・・
手に残る優しい感触
次郎は目を開け、周りを見渡す
さっきまで外に居たはずなのに、ここは室内だ・・
いや、ここは、まさか
「次郎、聞こえているか?」
懐かしい声がする。
決して今は聞くことの出来ない懐かしい声。
・・・・父さん
「か、母さん! 反応が無いっ! どうしよう、意識まで持ってくるのは失」
「バカな事は言わないの。取り乱したりしてみっともない・・でも、あの子達・・」
・・・・どうしよう。今から反応しても遅いかな
「え、えっと」
「「!!」」
あぁ、ここは、家だ。
家族みんなで暮らしていた・・家だ。
そして、
俺を抱き締めている女性と、先を越されて固まっている男性は、やっぱり・・
「お母さん・・・お父さん」
死んでしまったと思っていた、父親と母親なんだ。
両目に 涙が溢れ、零れ落ちる
あぁ 嬉しくても涙 出るんだなぁ
「おかえりなさいっ!!」
「いやいや、おかえりってやつでも・・」
泣いてしまった俺を見て感極まったのか、涙で濡らした母親の顔が横に見える
何が何やら分からない。
さっきまでの事は・・・夢だったのか?
「次郎、時間はあまり無いから初めに聞くよ。今の君は西暦何年から来たのか、僕に教えてくれるかい?」
母親と入れ替わりに一度抱きついた父親は、俺の肩に手を置き目を合わせると、唐突にそんな事を聞いてきた。
「・・・えっと、西暦? えっと、2020年だよ。」
え? 今の君?
「そうか。いいかい、落ち着いて聞いてくれよ。今、ここでの西暦は2016年。つまり、次郎の´今´から見ると、4年前ということになるね」
え? 4年・・前?
だって、お父さんもお母さんも目の前にいて
え? 4年前って、それじゃ、
混乱する俺の顔の前に、父親の横に立った母親が涙を拭きながら真剣な顔で見つめ話し出す
「いい、次郎。よく聞いて。こうやって話が出来るのは嬉しいことなんだけど、次郎を引っ張ってきたこの力、お母さんの力は条件発動なの。次郎の身体・精神的に死が近付いた時。そして、護衛の子達が姿を現さなければいけなかった時。そして、私達と華が・・死んでしまっている時」
若干早口に、最後まで俺の目を見てはっきりと告げられた条件
あぁ、そうか、俺のココロは死にかけていたんだな
他の条件も・・・・・華は
死んだんだな。
「次郎。お前の気持ちが分かるなんて傲慢なことは言わないよ。でも、本当に時間がないんだ。少しでも良い、気を持ち直してしっかり聞いてほしい」
父親は肩に置いた手に力を込めながら俺に伝えているのだろう
視界がぼやけて良く見えない
父親が死んで
母親も死んで
棺桶の中には 真っ黒焦げの何かが入ってて
生まれ育った家は、引っ越しと同時に更地になって
それでも妹と二人でなんとかやってて
俺に笑いかける妹はいつも眩しくて
でも
駆けつけた時には 何もかもが手遅れで
なぜか妹の顔は穏やかで
そして
光になった
バチン
頬に走る痛み
「次郎! しっかりしてっ!!」
泣き顔のお母さんが見える。
お父さんも泣いてる。
「次郎! お前はお前の´今´に戻らなくちゃいけない。分かってるか! 華はいない、お前の心が砕けそうなその状況で! お前の´今´には敵がいるって事なんだぞ!!」
てき・・・?
そっか、そうか、あぁ、そうか
華を 殺した
そんな 俺の敵が
まわりに居たんだな
視界が少しずつ綺麗になっていく
父親も母親も、顔は涙でぐちゃぐちゃだ
「ごめん、俺には、やることがあったんだね」
「次郎、あなたは無理に戦う必要なんて無いの。無事に生きてくれれば良いの。私とお父さんが殺されていたとしても、華がどんな状況で殺されてしまったのだとしても」
「そうだ、逃げても良いんだ。いや、少しでも危険があるのなら逃げるんだ。いいか、絶対に、絶対に、命を簡単に落とすような事はするんじゃない。護衛を盾にしてでも生き延びろ!」
生きることが最優先。
あぁ、俺は、あの世界で、生きなければいけない
「これから、次郎にかけていた封印を解く方法を教える。それは、この世界で生きる助けになるはずだ」
「次郎、あなたの持っている本来の力は大きいの。でも、平和な時に、それは邪魔になる。だから封印してしまったの。私達を恨んでもいい。だから、最後まで生きることを諦めないで!」
身体が何かに引っ張られていく感じがする
二人の声が、だんだん遠く小さくなっていく
色々伝えたかった
たくさん話したかった
でも、それは´今´では出来ないこと。
消え行く意識の中
「ありがとう」
よかった、二人に 届いたかな
そして、俺は´今´に戻ってきた。
父親に教えてもらった通り
ゆっくり右腕を上げ
手首に意識を集中させ
声を発する
「闇の現よ、枷を外せ」
こうして俺は
この世界の
敵となった。
ようやく第一章が始まります。
始まったからって何も変わりませんが?
そう。気分の問題です。
恒例の謎解き
・頭痛はなぜ起きたの?
護衛の我々さんが何かやった訳ではありません。
次郎君のお母さんが使った「条件発動型存在移送」によって、意識をブラックアウトさせる際に起きてしまう副作用的なものと思ってください。
なお、話しかけてきた我々さんの容姿は鬼ですが、次郎君のお父さん曰く「普通の人型では通行人と間違っちゃうよね」だそうです。詳しい事は後程明らかになるかもしれません。
・移送された先の日にちは?
2016年9月20日 つまりは報告書にあった消息不明確認日の前日になります。
移送する際、次郎君の記憶のトレースによって
「両親の死亡認識日」「認識日の比較」「値の少ない方-1」「時刻は0300固定」「座標はリビング固定」「移送予定30分前に両親へアラーム発令」
というプログラムが実行されています。
なお、次郎君の存在が存在出来たのは5分。
それ以上は、帰したくなくなってしまう【主に父親が】だからだそうです。
以上、次回は・・また報告書の流出がありそうですね。委員会、研究所でも大荒れみたいです。
大隊長の動きは「いつも通りっすね」
では、また未定の頃に。誤字脱字、疑問点は作者まで。