side-悪魔城にて-5
その時だった。
ぎゅるるぅぅぅぅ~。
静かな部屋に変な音が響き。
顔を真っ赤に染めたシイナは自身のお腹を咄嗟に両手で覆う。
―――うっ……わあぁぁぁ恥ずかしいー! なんで鳴るのよー! さっき食べたじゃないー!
ゆでだこのように顔を真っ赤に染めて、体を丸め小さくなり恥ずかしそうに目を伏せているシイナの姿を見たガッチは、顔がゆるむのを抑えきれなかった。
「ぷっ……」
小さくだが、抑えきれなかった笑い声がガッチの口から漏れる。それを耳にしたシイナは恥ずかしさを誤魔化すために、ガッチに一言いってやろうと顔を上げた。
が。
恥ずかしさと苛立ちから顔を真っ赤に染め鋭さを増していたシイナの瞳は、ガッチの顔を見た途端怒気を削がれ、きょとんとしたものへと変わった。
目を瞬かせながら、ガッチを見つめる。
ガッチは腰を軽く折り顔を横に向け目を下に逸らし、肩を震わせていた。
震えながら時折ガッチの口から漏れてくるその笑い声に、シイナは羞恥心で顔を再度赤くしながらも、じっと彼を見つめ続ける。
―――なんだ、この人……こんなに笑ってる。全然、怖くないじゃない。
無意識に、シイナの口が綻んだ。
じっと見ていると、ついにガッチは顔を上げたかと思ったら腹を抱えて笑い出した。
「ははははははっ」
初めて見た、心からの、その笑顔。
何故だか、シイナの視線を奪って放さない。
急に、心臓がドクドクと鳴りだし、それに気が付いたシイナは目を奪われたままで右手をそっと胸に当てる。
ドックン、ドックンと強く跳ねているのを、触れた手で強く感じ取る。
―――え……。やだ、何これ……。なんで……。
変。
胸に触れているその右手で、胸元の服の裾をぎゅ、と掴み、急にいたたまれなくなったシイナは咄嗟に180度回転し、ガッチに背中を向けた。
そのまま数秒じっとしている間にも、ガッチの収まりつつある笑い声が聞こえてくる。
シイナの脳裏には、彼の笑顔が浮かんで離れない。
―――やだやだ、収まってよ……!
シイナは心臓の鼓動が収まるのを、心から願った。
己に背を向けたシイナに気が付いたガッチは、笑い声が収まるとじっとその背中を見つめた。
―――細い……。
華奢な両肩を見ながら、そう考える。
途端、ガッチの心臓が高鳴りだす。
右手が、そっと上がり、シイナの背中へと伸びていく。
しかし、あと数センチの距離というところで、その手が止まった。
体に触れるのを躊躇する。
その時、シイナの首筋に流れている髪に目が行った。
突然、その髪の感触が気になってくる。
―――この、くらいなら……。
いいだろうか。
触れても……。
止まっていた手が再度ゆっくり伸びていき、指先が髪の毛に触れそうになったとき。
急にシイナが屈みこんだ。
瞬間、冷や汗が出ると同時にガッチの伸ばされていた手が一瞬で元の位置に戻る。そして両手を背中の後ろへ回し、何気ない風を装った。
―――あっぶねぇ……!
今度は違う意味で心臓がバクバクと音を立てていた。
シイナは目下に未だ転がったままの衣服達にやっと気が付き、しゃがんだのだった。一枚一枚丁寧に拾って、腕に掛けていく。
―――あーあ……折角の服が……汚れちゃったよね。あとで洗わなくっちゃ。それにしてもいっぱいある……! 嬉しいなぁ。
シイナも年頃。服を見るだけでワクワクしてくる。
―――でもこっちの服は、重ね着が多いみたい……あっちとはやっぱり違うんだなぁ。布地もちょっと厚いような……向こうじゃ薄いワンピースしかなかったし……。
首を傾げながら拾った服を見つめる。
―――うん、でもこれはこれで、色々組み合わせれば大丈夫? うん、大丈夫大丈夫。
一人で自問自答し、頷くシイナ。
その様子を背後から立ったまま見下ろす形でずっと見守っていたガッチは、また笑いを抑えるのに必死だった。
―――何コイツ一人で……考えてること丸出し!
「……かわい」
無意識に、小声で囁いていた。
瞬時に我に返ったガッチは勢いよく口元を両手で押さえる。
―――やばっ! 聞こえた!?
じっとシイナの様子を観察するが、しゃがんだまま身動きせず、後ろを振り向きもしない。
―――せ、セーフ……か?
行動を見守りながら、焦りで心臓がドクドクと鳴っているのを感じていた。
シイナは、ガッチの言葉が聞こえていた。
脳裏に反芻されて、顔が赤く染まる。
ついでにガッチの笑い顔まで思い出してしまい、若干心臓の鼓動が速くなった。
―――うわぁ……どうしよう……顔、熱いし……今絶対顔赤いよね! これじゃあ振り向けないよ! どうしよう……!
数秒考えた末、シイナは腕に掛けてある服に視線を落とした後、すくっと立ち上がる。
―――うん! 逃げよう!
そしてガッチには何も言わず背を向けたまま、脱衣所に入って行った。
扉は開いている為ガッチからは丸見えなのではあるが、背中を向けていられるので問題ない。
シイナは急いで桶に新しい水を注ぐと、その中へ腕に掛けてある中の一枚を取り、中へつけ込んだ。
―――洗濯してればそのうち収まるはず!
軽く中で揺らし、埃を浮かせるようにした後で服を取り出すと軽く絞る。そして桶の水を流すと真新しい水を注ぎ、同じ服をもう一度つけて揺らして洗い、取り出すと絞る。
それを持って立ち上がると、しわを伸ばすために服の端を持つと、勢いよく宙で振った。
パン! と小気味の良い音が室内に響き渡る。
伸ばした服を正面に掲げ、じっと見つめる。
―――うん、これでよし! 他のも洗って、乾かして……って、あ。
そこで、重大なことに気が付いた。
乾かす方法がない。
―――……ど、どうしよう……。
そのまま固まっていると、後ろから腕が伸びてきて、服を掴んだ。
瞬間、びっくりして飛び上がるように背後を勢いよく振り向くと、予想外に近距離にガッチの顔があり、頭が真っ白になる。
緊張で、心臓がバクバクと強く打ち始めた。
―――や……! ど、どうしよう……近い!!
あまりに突然のことで、シイナは咄嗟にガッチの体を両手で押しやっていた。
両手に、硬く、柔らかい感触が伝わって、離れる。
「っ……」
ドン、と後ろに押されたガッチは、驚いてシイナを見つめた。
少し緊張した面持ちの彼女と、押されたことを拒否と取ったガッチは、混乱し憤る。
―――なぜだ? さっき怖くないと言っていたのに……結局怖いんじゃないか!
ぐっと歯を噛みしめたガッチは大きく前に出てシイナが持っている濡れた服と腕に掛けているそれを奪うように取ると、無言で踵を返す。
「あっ……っ……!」
シイナの伸び掛けた手が、宙で空しく止まった。
ガッチは、後ろを振り返りシイナの悲しそうな表情を見ることもなくそのまま部屋を出ていった。
またも彼が居なくなった部屋の中、シイナは罪悪感と後悔で一杯になり、肩を落として俯いた。