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十六話 お風呂でのこと

本当に、物凄く、間が空いてすいませんでしたすいませんでした…!土下座というか土下寝ものです。今後もなかなか浮上できないと思いますので、枠を圧迫するようならお気に入り等外して頂ければと思います….

ちまちまと書ければいいなとは思っていますので、よければお楽しみ下さい。


 無言のままに案内された風呂場に、千鶴はあっけにとられたまま硬直していた。

 一言で表すなら、高級なホテルの大浴場。巨大なそらまめ型のものと、丸い中くらいの浴槽に満ちた湯からもうもうと湯気が上がっている。

 床は全て磨き上げられて顔が映りそうな黒い石造りで、浴槽は細やかな色タイルで複雑な模様が描かれていた。

 天井を見上げればそこは総ステンドグラスの吹き抜けになっており、降り注ぐ太陽でお湯の表面に光の花が咲いている。壁の彫刻、全身の映る巨大な鏡、横に置かれた蔓を編んで作られた巨大な寝椅子。どこを見ても煌びやかで千鶴の口は開きっぱなしだ。


「しゅげえ…」

「……妃よ」

「ひっ!? あっすいません! ええと、ええと……!」


 間抜け面を晒す千鶴に、王は怒るでもなく平坦な声をかける。大げさなほどびっくーん! と体を跳ねさせた千鶴にも、特に無反応。入り口に仁王立ちしたまま、表情すらなく彼女を見ているだけだ。

 しばらく王と無言で見詰め合っていた千鶴は、二、三度瞬きをして眉を寄せる。大臣の月刃や花霞は敵意、白羽は呆れと興味とちょっとの憐憫、朔や紅雷には好意と、皆なにかしらの感情を千鶴に向けてきた。

 けれど、王から感じるのはほぼ「無」。声をかけてくるということは完全に興味が無いわけでもなく、道を聞けば素直に教えてくれる辺り虐めて楽しみたい訳でも無さそうだ。

 良く言えば威圧感のある仁王立ち、悪く言えばぬぼーっと突っ立っているだけの王の積極性の無さに、千鶴はもしや、と初めてまともに王の目を見返す。


「……なにかあるか」

「あー……いえ。特には。あの、じゃあ始めますんで、えっと……あ、寝椅子に……」

「そうか」


 こくり。特に抵抗するでも疑問に思うでもなく、素直すぎるくらい素直に寝椅子に向かう王に、千鶴は、ああ、と肩の力を抜いて納得した。


 この人には、「意思」が無い。


 王になったからなのか、王だからこそなのか。よく分からないが、仕事おうさまに必要なこと以外には、彼はとことん関心が無いらしい。


「流石に服を濡らすわけにいかないので、ブラッシングと、マッサージと、蒸しタオルだけにします。シャンプーはちゃんとお風呂に入るときにして頂ければ……。お疲れみたいですし、ちゃんと寝たり、ご飯食べたりした方がいいと思いますよ」

「そうか」

(この人これしか言えんのか……)


 無表情で壁のほうを向いたまま答える王に、千鶴は多少の呆れを含んだため息をつきつつその辺にあった巨大なたらいに湯を張り、寝椅子の横に置かれていたふかふかのタオルを沈めた。

 作る蒸しタオルは二つ。小さい方を固く絞って肩に広げ、大きい方も水気が落ちない位に絞る。


 タオルからじんわり伝わる温かさにほんの少し目を細めている王の背後に回っても、微かに耳がこちらを向くだけだ。警戒どころかほぼ意識されていない状況に、段々悲しくなってくる。


「失礼しまーす……」 


 そんなに自分に魅力が無いかと向けた視線の先には、すとーんと胸元から足元まで楽々見える体。

 ユキヒョウの例の彼女のばいんばいんの姿を思い出して、静かにへこんだ千鶴は、大分低い声で王に断りを入れてそのぺったりと厚みを無くした可哀想な鬣に蒸しタオルを被せた。


 ほこほこと湯気の上がるタオルでそっと優しく鬣を挟む。皮膚を引き攣れさせたりしないよう、細心の注意を払って少しずつ鬣に水気を含ませ、頑固に毛玉になっている場所を解きほぐす。

 しんなりと柔らかくなっていく鬣と、タオルの下でひこひこと微かに動く耳の感触が気持ちいい。

 

 二、三度タオルを温め直して奇麗に拭われた鬣は、膨らみこそ無くなったが艶々と輝きを取り戻していた。素晴らしいキューティクルにむしろ千鶴の方が嫉妬する。

 そこに片手に持ったスライムブラシを差し込んで少しずつ動かしてやると、王の頭が少しだけ動いた。

 くすぐったいのか、先程よりも忙しなく耳が動いている。微笑ましくその様子を眺めつつ、千鶴はわしわしとブラシを動かして王の頭皮を揉み解してやった。

 ぷにぷにと感じたことのない感触が鬣の中を優しく行ったり来たりして、髪の根元が動く。温められて痺れるような感覚があった箇所を、程よく刺激される感覚はなかなかに気持ちがいいだろう。

 微妙に顔から険が取れているような気がする王の顔をちらりと確認して、千鶴はここぞとばかりにブラシを外した。

 その勢いのまま四度目の温め直しの終わったタオルを器用に耳だけ外して王の頭に巻き、肩にかけてあったタオルを外した千鶴はそのまま彼のそこを鷲掴む。


「……」

「うぉえ……!?」


 ぐ、と力を入れた瞬間、千鶴の喉から思わずといった声が漏れた。

 手のひらをいっぱいに開かないと掴むことが出来ない逞しいその肩は、岩だった。

 無駄な贅肉のひとつも無いほぼ筋肉だけで出来上がったそこは、それなりの力で掴んでいる千鶴の指を断固として受け入れてくれない。

 実は嫌がらせに力入れてるんじゃ、とジト目で確認した王の顔は、とことん無表情のまま微動だにしないで壁を向いていた。頭にタオルの風呂上りおば様スタイルで。

 自分でやったくせに、若干間抜けなその姿に毒気を抜かれつつ、千鶴は小さく息を吐く。

 どうやら嫌がらせどころかこの程度触れているのも気にならないらしい。本来ここまで凝り固まってしまっていれば、頭痛のひとつも起こしそうなものなのに、どういうことだ。


 しれっとした顔の王に、俄然千鶴の中の何かが燃え上がった。


 両手で肩を掴みなおし、ぎゅううっと体重をかけて上から押す。ぴくりと王の耳が反応したのをいいことに、ぎゅっぎゅっとリズミカルに肩から首、頭の付け根まで指圧していく。

 首筋中央、頭との境目を摘まんでぐっと押し込んでやると、くう、とほんの微かに王の喉が鳴った。

 ここぞとばかりに千鶴の手が王の後頭部に入り、わしわしと力強く動き始める。首から耳の横を通り、鬣の生え際まで固まった頭皮をほぐす様に摘んでは離し、強弱をつけて揉みこんでいけば、ほんの少しずつだが王の眉間の皺が消えていた。

 タオルから飛び出た耳を掴んで、むにむに揉む。猫の耳より、分厚くて硬いが、冷え切っていた耳の先は、むいむいと指を動かす間に温かくなっていた。

 優しく引っ張って毛並みを整えるように撫でてやると、気持ちいいのかくすぐったいのか、ぴぴ、と小刻みに震えるのが存外可愛らしい。

 

「む……」

「刺激が強すぎたら仰って下さいねー」


 耳から優しく移動して、緩く鬣を引っ張りながら生え際まで辿り着いた指を、唐突に広げて後頭部まで一気に梳ってやると、とうとう王の口から小さい呻きが漏れた。

 いかん。これ結構楽しい。

 口からは優しげなことを言いつつにたあ、と少々いい年の女がしてはいけない顔で、数回それを繰り返してからほんの少しだけ硬さがとれた首から肩を摩ってやる。

 これほどまでに頑固な肩こりに、あまり急な刺激はまずいだろう。リズミカルに衣擦れの音を立てながら摩っていると、唐突にすとんと王の体から力が抜けた。


「……かい、な」

「はい? 陛下、なにか仰いました?」

「温かい、な」


 ゆるりと細まった視線は、どうも焦点が合っていない。眠いのだろうか。ぼそりと呟かれた初めての肯定的な言葉に、千鶴は目を丸くした。

 首の辺りを摩る時に微かに手に感じる振動は、もしや喉鳴りだろうか。

 うとうとと瞬きを繰り返す王の姿に、千鶴は小さく吹き出す。シュールな風呂上りおば様スタイルが余計笑いを誘った。


「鬣を乾かしたら、お休みになるまで、こうしていますね」

「ああ」

「首、痛めないようにして下さい」

「……――」

「はい?……あれ寝てる」

 

 座椅子の上で、王は静かに目を閉じている。

 微動だにしないのをいいことに、わしわしと鬣を拭きあげいる途中、ぴこ、とこちらを向いた耳に気をとられて、王が最後になんと言ったか千鶴には聞こえなかった。



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