舞い込んだ仕事
大陸屈指の科学力と軍事力を誇る眠らない都市、アークトゥルス。
その都市を支配する企業「夜砂」
王制だった国のインフラを握り、実権を王から預かり、都市の実際の支配に至る企業である。
インフラを握り都市の商売を牛耳る事業部門、大陸全土の技術の粋が集まる研究部門、治安維持や戦争を行う軍事部門。
アークツルスを始めとする周辺の街や村ではこの三つの部門のどれかに採用されればその後の人生は安泰、出世できればそれ以上の名誉はないという程の企業なのだ。
これはそんな企業の軍事部門の端っこに名を連ねる、地味で激務な調査部の、一癖も二癖もある第三班のお話である。
ドライアドの秘宝
その単語を聞いた時、調査部三班を牛耳る少年班長、笹凪 遊の頭をよぎったのは
「あ、また面倒に巻き込まれるな」
という確信であった。
均整の取れたまだ幼さの残る顔とは裏腹に、その表情には年相応の柔らかさや素直さは見られない。
彼が天井を仰ぎ見るのに合わせて金色の髪が微かに揺れ、空の色をした瞳が瞬きを繰り返す。
…多額の横領をしていた幹部役員の件がようやく片付いたばかりで、溜まっていた書類の整理を始めるところだったのに。
その彼以上に疲れた顔をした50代半ばの上司が濁った泥のような目をしている。
無理もない。
ここしばらくは研究部門や事業部門からだけでなく軍内部からも調査依頼が立て込んで、四班からなる調査部全てが完全なオーバーワーク。
調査部長である彼がのんびりしていられる訳がないのだ。
「ドライアドの秘宝って、あの成金貴族が最近手に入れたっていう噂の美術品ですか」
丁度直近で家族と話題に上がったので、その単語に彼は聞き覚えがあったのだ。
「知らん。それを調べるのが仕事だ。依頼内容は渡した書類に書いてあるが、俺は今読む時間すらない」
遊は渡された書類の束をもう一度眺めた。
上司は疲れがピークをとっくに超えているようだ。
「……この書類『軍部秋の部内運動会について』って書いてあるんですが」
調査部長の手が止まり、遊に手渡した書類を見る。
「……」
目頭を抑えて瞬きを繰り返す部長を
「……」
遊は根気よく待った。部長の顔が憤怒の色で染まる。
「こっ…んな書類即刻シュレッダーにかけろ!!このクソ忙しい時にそんなもん参加できるかボケえええぇっ!!」
部長は激怒した。
結局遊はもうかれこれ何十時間起きてるかわからない部長に濃いコーヒーを淹れて、自分で概要の書かれた書類を探して部屋を出た。
廊下で他班の人間が死んだように寝ていたが、正直起こして仮眠室に連れて行く気力もない。
それにどうせ仮眠室もいっぱいだろうし。
しかもなんか酒の匂いがする。潜入捜査なのか普通に二日酔いの結果なのかもわからない。
アステア大陸屈指の科学力と驚異の軍事力を誇る眠らない都市アークツルス。
その巨大都市を支配する企業『夜砂』はこの都市全てを牛耳る企業だ。社長以下取締役、上層役員の下に、インフラ整備の事業部門、あらゆる技術を開発する研究部門、都市内外の治安を守り支配するための軍事部門。この企業では、事業部門に勤める者を夜砂社員、研究部門に勤める者を夜砂研究員、軍事部門に勤める者を夜砂軍人と呼び明確に区別している。
都市中央部にそびえる六十階もある巨大タワーが夜砂の権力と技術力の象徴であった。
軍事部門総合調査部
軍事部門に置かれたその課は、その名の通りに調査が仕事だが、その調査範囲は多岐にわたる。
四班からなる調査部だが、一番人数が少ないのが遊が率いる三班だ。以前から何故か変わった毛色の性格の人間ばかり集まる少人数の班ではあった。そして、三年前に突然上層役員からねじ込まれた経歴不明の美貌の少年。その少年が異例の人事で班長になったのが二年前。以来益々変人の巣窟になったと他班からはもっぱらの評判である。
実力至上主義の会社なことと、数年前まで続いた戦争の影響もあり、若くても役職に就く人間は多いが遊はまだ18歳。若すぎる班長ということで他班からは敬遠される存在であった。
二班の次で四班の前。
数字としてはそうなるはずが、三班の部屋は通路の突き当たり。一、二、四班に続いた奥の小さな部屋をあてがわれている。
理由は単純に三班の人数が少ないからなのだが、遊の部下達は何故か納得していない。事あるごとに部屋割りに不満を言うのでその度に遊が合理性について説く羽目になる。
ドアを開けると机が向かい合わせに10台程並べてあり、資料が詰め込まれた棚が並んでいる。奥にある遊の部屋に続くドアと、資料室だった部屋に続くドアは開け放たれて換気をしている最中だった。
部屋では指示した通りに班員達が片付けと資料の整理を行っていた。
遊は班員をぐるりと見回して声をかける。
「仕事が来た。明日の予定は休みのままで構わないが、資料整理を中断して概要だけ打ち合わせしたい」
それを聞いた三班所属の七名はそれぞれ疲れを隠せない様子で頷いた。
「わかりました、部長どうしてました?」
真っ先に声を掛けたのは濃紺の髪と瞳の穏やかそうな青年だった。
「機嫌も体調も最悪だ。今にも過労死しそうな顔をしていた」