第五章・ハンニン
誰もいないライブハウスの階段を一段一段下って行く。昨日、この階段を昇って家に帰る時の記憶はほとんどない。ついに出来た友達を失ったショックと絶望の二つに意識を奪われてしまっていたからだ。でも、日崎さんが手を引いてくれたのはよく覚えていた。温もりが伝わって来たから。
「さっそく調査しましょう。」
「うん。すぐにお昼ご飯のつもりだったけど、延長戦だね。ホームズさん、一応確認していい?」
「はい?」
日崎さんは狭い廊下で一度足を止めた。
「この先はわかってるだろうけど、人が死んだ現場だよ。浩太朗はもう病院に運ばれてるけどまだ血とかは残ってる。できる限り真紀のわがままは叶えるつもりだけど、気が滅入って倒れることになるんだったら私は手伝わない。準備は、できてる?」
「はい!大丈夫です、私は……。」
「人が、死んだんだよ。」
「……は、はい。」
突然声色を変え、天井のライトを後ろに影になる日崎さんの雰囲気はとても怖くて。足が震え、逃げ出したくなった。本当に私には、その決意があるのかと再確認せざるを得ない。
(……いや、別に。)
「ふふっ…」
「真紀?」
「大丈夫です。気味が悪い物も、汚い物も。もういっぱい、見て来てます。」
伊達にあの環境で13年生き延びたわけじゃないんだ、こちとら。
「あー…はは。ごめん、これは私が悪いわ。そうだった、真紀は普通の中学生じゃなかったね。」
「だけど、倒れたらすいません。先に謝っておきます。」
「事前謝罪ほどフラグになるもんはないよ、真紀。」
今度こそ、私たちは前進した。男子トイレの一番奥の個室は遠目から見ても異様な気配が漂っていた。
「消毒液の匂い…。」
中のトイレに、私は目が釘付けになった。もう何もないこの場所に、間場さんが吐血して座っていた様子が脳裏によぎる。そこにはいないのに、それ以外の全てが間場さんの存在を作り出していた。
「もう清掃が入ったみたいだね。血もそこまで残っていない。体調は、どう?」
「大丈夫ですってば!過保護!です!」
「1分置きに聞くから。」
「もはや日崎さんの精神状況の方が不安ですよそれ。さて…。」
ここにきた理由を思い出し、私は事件現場を個室の中、外もじっくりと眺めた。争った形跡も、物が壊れて居たりもしない。間場さんはここに1人で籠った…のかな。
「どうして病院に行かなかったんだろ……。」
「発作は高度なものになると体が動かせなくなるくらいの症状になる。腹の調子を崩しトイレへ、そのまま発作や激しい動悸が発症。で、衰弱、吐血。死亡。」
「あれ?でも近藤刑事は先に吐き気がしてトイレへって……。」
「あれは単に検出された薬の一般症状を並べて予測しただけだよ。もし怠さを感じれば病院にいきなり行かなくとも、麻衣子が何かその様子を見てるはずでしょ。そういう変化は麻衣子、ちゃんと見るはずだから。多分下剤も薬の中に含まれていたんじゃないかな。」
「す、すごいですね……。日崎さん。」
「覚えてた真紀もすごいよ。ギタリストだけじゃなくて探偵も向いてるのかもね。」
「そこは警察になってくださいよ、お2人とも。」
「わぁっ!?幽霊?!」
「今回の被害者はアタシじゃないですから!……いや次回もアタシじゃないし。」
いつの間にか背後に立っていた高坂さんに私は飛んで驚いた。足音とかないの?
「な、何をしに?」
「証拠隠滅してないか確認に。」
「犯人はまぁ、事件現場に戻るとは言うけど警察を突破してまで戻ってくるのは飛んだ肝の座ったやつだな。」
「冗談です。子連れの犯人がいますか。」
「へぇ?私が容疑者だと?」
「貴方は謎が多いですからね……。橘ちゃんはまぁ、普通だとしても日崎さんでしたか。どうにもこういう場面に慣れているように見えます。失礼ですが、前職は何を?」
「警察が何か新しく手に入れた情報を教えていただけたら、私も教えましょう。」
「ふん。……まぁ良いでしょう。」
「うわ、ダメ刑事。真紀、こんな責任を軽んじる大人にはなってはいけないよ。」
「こっちから願い下げです。」
「ならばこっちもお手上げです!今回の事件、難解すぎてこのままじゃ迷宮入りですよ。アタシの経歴に傷がつきます。」
「つくかバカ。」
「あー誹謗中傷で訴えます~。」
この二人、そりが合うのかな。やけに活き活きとしてる気がする。お互いに。
「それで、何か見つかったんですか?」
「と、ホームズさんが聞いてますが。」
「あくまでも貴方は助手ですか……。これが待機室から見つかりました。」
高坂さんは実物ではなく写真で証拠を見せてくれた。
「ナイフ?」
「サバイバルナイフです。しかも先端、血が付着していました。」
「何?浩太朗に切り傷は?」
「見当たりませんでした。付着していた血も被害者の物と照合はされず。さらに不思議なことに、このサバイバルナイフ。持ち手から検出された指紋は被害者の物と一致。橘ちゃんにもわかりやすいように言うなら……。」
「間場さんは、誰かを傷つけた?」
高坂さんが言いきる前に私は結論を言い切った。
(自分が死ぬことを知っていて、ナイフを持っていた。てことは……間場さんは死を受け入れたんじゃなくて、抵抗しようとしたってこと?)
「…最近の中学生はここまで冷静なんですか?」
「ティーンエイジャーを舐めちゃいけないよ巡査さん。だが…そうだな。あんたが難解って言った意味がわかったよ。」
「あの、日崎さん。間場さんって……。」
「あぁ、抵抗するためにナイフを持っていたんだろう。あいつにキャンプの趣味はない。」
「ん?何かアタシ共でも掴んでいない情報を持ってそうな匂いがしますね……。教えてもらえませんか。」
「私の前職と今の情報。うーん、とんとんだと思いません?ホームズさん。」
「ですねぇ。」
「親子でもないくせに似た者同士ですねあなた方……。はぁ、わかりました。被害者の胃から検出された成分は主となる毒物以外にあと2種類あったんです。」
「1つは下剤か。」
「はい、先ほどの話の通りにどこでも買える下剤が。それともう一つ。砂糖に酸味料、香料、着色料が。」
1つと言ったのに、高坂さんは何故か5つも挙げだした。
「え、あ、さ、砂糖?ですか?」
「……もう1個あるんじゃないか。水あめが。」
「ふふん、やっぱり貴方ただ物じゃありませんね。」
(水あめ……飴?)
「毒物ってあの、粉とか固形状の物じゃなく……飴に含まれていたってことですか?」
「そういうことになるな。自作の飴なら舐めるのに時間がかかるから、下剤、本命と遅効性もある。被害者は1人で勝手に死ねる。」
「さらに言えば不審がられることもなく被害者に渡すこともでき、ゴミも市販の飴の封を事前に持っておけばどうにでもなる。」
日崎さんと高坂さん。はたから見ていると、2人の推理をしあう姿はとてもカッコよくて見惚れてしまった。だから2人より気付くのが遅れてしまった。今の発言で、あらかた誰がその飴を渡したのかが。
「す、すごいですね!飴を使うなんて……考えもつきませんでした。」
「でもこれで、確実に犯人はバンドメンバーですね。」
「またそんなこと言って……。高坂さん、私言いましたよね。『アイビー』が仲間を殺すわけないじゃないですか。ねぇ、日崎さん。」
「……。」
「……?日崎さん?」
日崎さんは何も言わなかった。苦虫を嚙み潰したような顔をずっと、下に向けている。
「真紀、メモをもう一度。見てみたらどうだ。」
「え?は、はい。」
今まで書き貯めて来たメモ帳をぱらぱらと捲って行く。
『・新原さんの荷物は飴とか水とか、特に目立ったものはなし。』
「のど飴とかを常備してるのはボーカルくらいですよねぇ。普通に考えれば……まぁ、怪しいのは新原麻衣子以外ありえません。」
「……でも、ファンの人から貰った可能性もあるじゃないですか。」
「飴玉だけを?不審じゃありませんか?もちろん、完全に否定できる証拠はありません。しかしピアノを弾く彼にのど飴を差し入れる方は本当にファンと呼べるでしょうか?それならば、メンバーから緊張をほぐすために差し出された飴を口にした方が自然じゃありませんか?」
『・間場さんはライブ前は絶対緊張してたらしい。』
「……日崎さん。」
「もう一度、確認すべきだ。」
「……嘘だ。」
そんなはずがない。新原さんが、優しくていつも元気で、バンドのムードメーカーが間場さんを殺すわけが……。
放心し、私は首を下げる。すると、運が良いと言うのか悪いと言うのか、視点を変えたおかげで新たな発見があった。
「………これ、血?」
「どうかしましたか?」
よく見るとトイレの個室から少し離れた辺りに、まだ拭き取られていない血の跡を見つけた。
「あぁ、確かに血ですね……。これは見つけられなかった。ゴミ箱の裏とは。鑑識を呼びます。」
そうして高坂さんは一度その場を離れていった。私はその場にしゃがみ込む。
「はぁ……。」
「真紀、大丈夫か。」
「どうして日崎さんはそんな冷静なんですか。」
「信じてるからさ、麻衣子を。」
「でも…。」
「私たちは真実を解き明かすって決めたんだ。麻衣子がやったんじゃないって証拠を集めよう。」
「……はい。」
(そうだ。飴が凶器だってわかっただけ。それが新原さんとまっすぐ直線で繋がるわけじゃない。)
ただ、線の向かう方向にたまたま新原さんがいただけ。その線は直角に曲がる可能性だってまだ否定できないんだから。
「お二人さん。あと10分もしないうちに鑑識の人が来ちゃうんで早く帰ってください。」
「もうここで見つけられる情報はないですかね。」
「多分な。後は警察を頼りにしよう。」
「アタシ1人でも十分ですけどね。あ、そうだ。教えてくださいよ。日崎さんの前職と、そっちだけが気づいたこと。」
「癪ですけど約束ですもんね。わかりました、これです。」
「橘ちゃんという人間をアタシは少し見誤ってた気がしますよ、本当。えーと?うん?このくしゃくしゃは何ですか?ゴミ?」
「ゴミじゃないです!……当日のライブのチケット。間場さんにもらったんです。」
「ほう、被害者から。それで?」
「私、昨日はこのチケットを使わずに日崎さんに裏方に入れてもらったんです。けど、後から気づいたんですがすでにこのチケットは使用済みでした。」
「……変ですね。アタシが聞いたライブハウスのスタッフさんから聞いた話ではあのスタンプを出演者が触ることはまずないはずと…。どうして被害者はそんなことを……。」
「私を守ろうとしたんだと思います。知ってたんですよ、間場さんは。ライブの日に殺されることを。」
情報提供をすると、高坂さんはゆっくりと私にチケットを返しながら宙の一点を見つめ始めた。彼女の中の思考回路という名のパズルが組み立てられていく。
「一言目で笑ってやろうと思いましたが、あながち笑い飛ばせる内容でもないですね。日崎さん、あなたはどういう見解で?」
「警察が一般人の意見を参考にするのか?」
「アタシは普通じゃないので。それに、前職ももうわかりましたよ。警察関連でしょう?元警察なら一般人じゃぁ……」
「ぶー。」
「え。」
珍しく日崎さんは両腕を交わらせ罰を作った、子供らしい対応をしてから私を引っ張った。
「よし、行こう真紀。とりあえずお腹が空いたからお昼ご飯にしようか。」
「あ、ちょっ!これじゃ情報の渡し損ですよ!」
「へへっ、回答権は一回だよ。」
「後付けルール卑怯!」
「あの……高坂巡査。その方々は?」
「「あ」」
鑑識の人たちに見事にバレて、そのまま近藤刑事まで高坂さんが私たち一般人を無許可で事件現場に入れた事も伝わったらしく……。
「ささ、お昼ご飯は何にしましょうか!アタシおそばなんかが好みなんですけど。」
「高坂さんよぉ、そのメンタルは認めるよ。でも反省の色は見せた方が良いんじゃないの?」
「だって追い出されたんですもん……。今日一日は捜査に参加させないって。行き殺しですよ。」
近藤さんに5分くらいきっちり怒られている様を愉快に眺めていたら高坂さんが虫みたいにくっついてきて。どうやら今日一日限定のクビを言い渡されたらしく、本人もヤケクソで『調査のお手伝いするので車アタシも連れて行ってください!』と私たちに行ってきた。もちろん断ったのだけど、道端で土下座しかけたので日崎さんが折れた。
(見てないでさっさと行けばよかった……。)
「橘ちゃんはお昼ご飯何が食べたいですか?」
「……オムライス。」
「良いですねぇ、アタシはおそばが良いですけど。」
「この車運転している私の食べたいものの行く先に決まってるでしょ。」
「えぇ。」
「えぇ、じゃない。下ろすぞ。」
「ごめんなさい日崎様。」
「三枚に。」
「あ、アタシ魚ですか!?」
日崎さんが食べたいものなら私だって食べてみたい。助手席で凹んでる高坂さんとは違って、私はなんだか逆に楽しくなってきていた。そりゃ、人の心ない人と協力するのは生理的に無理だけど、優秀な人であることは先ほど理解してしまったんだから仕方ない。
「話は戻しますが、日崎さん。前職は何を?」
「……前職は言えない。それに高坂さんくらい賢いならわかるんじゃないか。もうヒントは出し切ってるよ、私。」
「あぁ、そうでした。前前職でしたっけ。そうですねぇ、少し考えますか。警察関係じゃないのにあの捜査慣れした着眼点と何故か持っている事件関連の知識。むむむ~。」
「私も知りたい。です。」
「真紀も?」
「日崎さんがどういう人なのか、もっと知りたいんです。」
「そんな面白い人生は送ってないんだけどな。」
「あの……今答えが1つ思いついたんですけど。」
「どうぞ?」
「えー、まさかとは思うですが。」
高坂さんにしては歯切れが悪くて、私は初めて彼女の言葉を心から待った。
「探偵、でしょうか?」
「え……。」
「惜しい。探偵の助手さ。」
「ひ、日崎さん探偵さんの助手さんをやってたんですか!?」
(ど、どこが面白い人生は送ってない、だ。新しく日崎さんの事を知れたのに、謎が増えた気分……。)
「混乱して『さん』の量産が起こってるよ真紀。その探偵帽も、私のお下がり。」
「本当に探偵ってこれ被るんですね。」
「な訳ないだろう。探偵からの褒美だって初めて事件を解決した時貰ったんだ。一度も被ることはなかったけど。」
「なんでですか?」
「恥ずかしいから。」
「そう思って尚私に被せたんですか……。というか、探偵って存在したんですね。私フィクションだけの話だと思ってましたよ。」
「橘ちゃんは知らないかもですねぇ。意外にいるもんですよ、探偵。けどテレビで見るような派手で煌びやかな活躍はほとんどありません。人間関係のもつれを解いたり、探し人を見つけ出したり。情報を秘密裏に集めることに特化してるところがありますから。事件解決なら警察で事足ります。あまり舐めないでくださいよ、我々を。」
「一般人を現場に入れる人が警察を語れるんですか?」
「貴方達が入りたいって言ったんじゃないですか!アタシはいつだって善良な市民の味方なんです~。」
高坂さん、揚げ足取ると全力で返してくるからちょっと楽しい。私の心に悪の芽がほんの少し芽生えた瞬間だった。
「言い争うのはそこまで。ついたよ、お昼にしよう。」
日崎さんの食べたいもの。その正体が窓の外にあった。でも、私はそれを食べたことがなかった。
「いらっしゃいませ~。三名様でしょうか?」
「あ、この人とは別です。」
「仲間外れダメ絶対。すいません3名です。」
「ど、どうぞ?カウンター席しか空いていませんが。」
案内されたカウンター席に私たちは座る。高坂さん、私、日崎さんの順番で。
「アタシは並のおしんこ味噌汁セットですかねぇ。」
「定番だな。私はねぎ玉の並。いつものだ。」
「おやおや、大人ぶってるんですかぁ?そんな渋い物を頼んで。」
「大人なんだよ。てか、高坂さん何歳?」
「……アタシ、永遠の16歳!」
「なわけないだろうおばさん。」
「はー?おばさんにおばさん言われたくないです~。」
「あの、私を挟んで喧嘩しないでくれませんか。大人の方々。」
「ごめんなさい。」
「すいません。」
「日崎さん、私この…ご飯?のやつ食べるの初めてで。どれ頼めばいいんですか?」
「橘ちゃんはお子様セットでしょ。」
「少なくないか?ミニに卵だろ。」
「じゃあそれでお願いします。」
日崎さんが3人共の注文を終えると、また二人が喧嘩を始めるよりも先に頼んだものがやってきた。
「お待たせしました。牛丼ミニと卵です。」
「真紀、これが世界で一番美味しいと個人的に思ってる食べ物だ。」
「ぎゅーどん。」
私はその名前を聞いて、クルミをぎゅっと抱いてる時の事を思い出した。
「い、いただきます。」
「いただきまーす♪」
「いただきます。真紀、まず卵なしで食べてみなよ。」
「はい。」
言われた通り、私はぎゅーどんをスプーンでひとすくいして食べてみる。程よいしょっぱさに真っ白なお米が合いすぎる。思わず嚙まないで飲みこんでしまいそうになるくらい、日崎さんの好物は美味しかった。
「おいひいすぎる。」
「でしょ。安いし美味いし、昔はよく食べてたなぁ。」
「日崎さんもお金がない時があったんですか?」
「まぁ……そりゃね。探偵のとこ自立してからは本当にお金なくて。そのせいで……。」
そこまで言いかけて、日崎さんはまたあの暗い顔をしてから。思い出したくなかったんだろう思い出と一緒に牛丼を喉にかき込んだ。
「アタシも気になります。日崎さんの過去。」
「ごくんっ…。…話しただろ、探偵の助手。」
「その一言で語り切れてると思ってるんですか?」
「なんだ、警察は一般人のプライベートまで疑わないと気が済まないのか?」
「そういうわけじゃありませんが……。」
高坂さんは警察と普通って言葉に弱いと学んだ。
「ほへで、つぎはどこにいひまふか?」
「食べてから喋りなさい。」
「ごくん。次はどこに行きますか?」
「さて、どうします?ホームズさん。」
(でた。あくまでも助手ですよの顔。さっきみたいに日崎さんはもう次行く場所の目当てをつけてるんだ。)
「ちょっと考えます。」
「どうぞ。」
今一度、目的を思い出そう。私は間場さんがどうして死を選んだのかが知りたくて調査を始めたんだ。けれど、間場さんはナイフを持っていた。つまり死にたかったわけじゃないんだ。なら目的の根本から覆る。
(あくまでも犯人探しをしたかったわけじゃないけど、自殺ではなかったのなら…犯人の動機が知りたい。必然的に、犯人を見つけなきゃいけない。)
「今一番、犯人に近い人……。」
「新原麻衣子でしょうね。飴の件や、当日被害者と唯一会話をしているであろう関係者でもあります。アタシは明日からその線で捜査を進めますよ。」
「その線って、例えば?」
「そうですね……。まだ残っている錠前は、どこから毒物を入手したかという点です。飴自体は子供でも作れますが、薬はそうは行かない。新原麻衣子の身辺を調べてみますよ。今回の事件で使われるようなものは1人で手に入れることはまず不可能ですからね。」
(そうか、入手経路。新原さんの周りにそんな人はいない、もしくはそんな薬を持っていける場所がないと証明できれば、犯人から遠ざかれる。)
「日崎さん。」
「ん?あ、ちょっと待ってね、後一口だから。」
「は、はい。」
日崎さんが最後の一口を飲みこむのを待つ。私はもう食べ終わっていた。今度は並盛でも全然いけるからそうしよ。
「けふっ。で、何?」
「新原さんがよく行く場所、知ってますか?」
「麻衣子はエステとか、あと塾だろうな。言ってたでしょ、バイトしてるって。」
「薬はなさそうですね、どちらも。」
(わざわざ調べに行く必要もないかも。)
そう安堵しかけた所、右隣の高坂さんが囁く。
「……新原麻衣子が卒業した大学に行ってみては?」
「大学、ですか?」
「実はアタシはそこが怪しいと踏んでいました。大学は様々な分野に特化した方々が多いですからね。医療関連に詳しい友人などがいたかもしれません。」
「私も同意見だ。永遠の16歳と同意見なのは不本意だけどな。」
「人の羞恥心を何度も弄ばないでください。」
「それじゃあ行きましょう、新原さんの通っていた大学へ。ひざ……ワトソン君!」
「お、良いね。どこまでもついて行きますよ、ホームズさん。」
「え、ちょっと。まだアタシ食べ終わってな……おーい。」
車内で3分ほど高坂さんを待ってから、私たちは出発した。日崎さんは新原さんの大学も聞いたことがあるみたいで、美功大学という名前らしい。
「日崎さんと新原さん仲いいですよね。大学の名前とか部屋を片付けたりとか。『アイビー』の中でも特にって気がします。」
「私は麻衣子の本心を知ってるからね。あいつが私を誘った時、泣きながらだったって言ったでしょ?」
「あぁ、そう言えば。結局アレどういう経緯だったんですか?」
「逆になんて言ったと思う?ふふっ、私はくだらな過ぎて笑っちゃったと。麻衣子には申し訳なかったけどさ。」
(新原さんは泣いてたのに日崎さんは笑ってた?どんなカオスな場なんだそれは。)
考えてもわからなかったけど、とりあえず答えを出してみた。
「お金が欲しかった、とか?」
「半分正解だけど、真紀補正で100点。」
「おっと、野生の親バカ発見!」
「うっさい。あと親じゃない。」
「それで、本当の補正無し正解は何ですか?」
「麻衣子はな、『ブランド物のアクセサリーが欲しいのでうちのバンド入ってください!』って言ったんだ。」
「えぇ……。」
「欲望に忠実ですね、新原麻衣子。」
「しかも泣きながらだよ?なんか事情があるのか聞いたが、別にないし。ただただお金稼ぎの為だけに私を誘ったんだ。笑えたよあれは。」
「で、でも日崎さんOK出したんですよね?欲望まみれの理由じゃ日崎さんがやる気出すとは思えない。です。」
「言ったでしょ。麻衣子は本心で話したんだ。今まではさ、私をバンドに入れようとしてきた奴は全員嘘を吐いてた。腕に惚れました、自分たちが支えます、自分たちがバンドとして一段階上に行ける気がします。……聴こえは良いけど要するに『人気になりたい』か『お金が欲しい』の二つだろ?」
「冷たい大人ですねぇ。純粋にバンドを楽しみたい若者がいた可能性も捨てきれないと思いますが?」
「わ、私もそう思います。」
「売れなくても良い、自分さえ満足なら誰に聴かれなくても良いってやつ。満足の意味わかってないんだよ。自分一人で事足りるならわざわざギターなんて刺激すらいらない。必ず他の誰かからの感情エネルギーを欲する。だからこその満足なんだ。」
「うーん……。」
「おばさん、自分語りで若者が困ってますよ。」
「高坂さん、次おばさんって言ったら橋のど真ん中でおろしますよ。」
「お姉さん。」
「よろしい。……まぁ、要するにあんなまっすぐ『お金欲しい』って心から言うやつ初めてだったから、『アイビー』に入ったんだ。想像とは違って良いチームだったし、浩太朗や美華は一緒に居て飽きないやつだ。他二人も。私の人生ようやくゆっくりできる場所を、見つけたと思ったんだけどね……。」
(間場さんが亡くなった今、『アイビー』そのものの存続も危うい……。)
さらに言ってしまえば、新原さんに容疑がかかってる現状。日崎さんの落ち着けたあの空間を、私は自分の手で壊しに行っているような気がして。手元のメモ帳が少し嫌になって来た。
沈黙が終わったのは、大学近くに日崎さんが車を止めたところから。
「あそこが新原さんの大学……。」
「広いですね!もしや新原麻衣子はぼんぼんだったんでしょうか?」
「それならお金が欲しいなんて理由で日崎さん誘わないんじゃないですか。」
「まぁそらそうですが。行きましょうか、とりあえず。」
「待て待て。どうやって入るつもり?私たちは美功大学とは無関係の人間よ。」
「警察パワー。」
「一日クビだろ高坂さん。」
しゅん、と首を下げた高坂さんだったがすぐにピン!と背筋を伸ばす。何か思いついたようだ。
「どうでしょう、ここは橘ちゃん1人で頑張ってもらうと言うのは!」
「なんだって?」
「我々大人が新原麻衣子の知り合い、または友人と話しても怪しいだけです。どうにも、新原麻衣子は人間関係拗らせているところも多々ありますしね。」
「あー…まぁ一理ある。」
「あるんですか!?」
「子供ってのは怪しまれない特権だからね。麻衣子とは友人で、大学が気になってとか適当言えばなんとかはなると思うよ。でも高坂さん。真紀が嫌だって言ったらやりませんから。」
「どうなんです?橘ちゃん。」
大人二人の視線が私に集中する。知らない大人からだったら怖いけど、さっきまで子供みたいに言い争っていた二人なら、なんか怖くない。
「……や、やります。そのために来てるんです。」
「橘ちゃん、頑張ってくださいね。チャンスは今日この瞬間だけです。警察パワーで事情聴取を始めてしまえば、お友達の方々は返って犯人を守るため、発言がひきだせない可能性がありますから。」
「ま、まだ新原さんは犯人と決まったわけじゃありません。私は新原さんの無実を証明しに行くんです。」
「……なんにせよ、頑張ってください。」
高坂さんがまっすぐ応援してくれたのは、自分が提案した責任からか。はたまたただの気まぐれか。
(よし、行こう!)
と、息込んだものの。車から降りて大学の入り口までの間でもう心細くなってきた。今まで隣にいた日崎さんがいないと言うのは中々に不安で。久しぶりにクルミ頼りだった。
(やっぱりクルミは温かい。)
校門をくぐるとすぐに先生のような人に見つかった。
「おや?こらこら、小学生が大学に何の用だい?」
「ちゅ、中学生……です。新原さ、新原麻衣子さんから、えっと……。」
「あぁ!新原君の…え、お、お子さん?ちょっと待てそれは……。」
「と、友達です!新原さんの大学を、その、知りたくて。何してたのかなって。」
「はっはっは!随分行動力のある中学生だ。新原君の友人らしいね。今僕少し時間があるんだ。話すかい?」
「良いんですか!?大学の先生って忙しいのかと……。」
「今はお昼休みだからね。それに、僕も久しぶりに彼女の事を思い出したい。」
親切な先生について行き、自販機のあるフリースペースの椅子に私は座らせてもらって。コーンポタージュまで買っていただいてしまった。
「初めて飲みます。これ。」
「そ、そうなの?ま、まぁ新原君の友達ならそういうこともあるのかな。」
「どういう意味ですか?」
「あー…こういう話が聞きたかったんじゃないだろうけど。新原君はお金持ちなんだ。正しく言えば親がね。こんな庶民的な缶の飲み物なんか飲まないだろうなと思ったけど、少し発想がアニメ過ぎたか?ははっ。」
(新原さんがお金持ち?なら、日崎さんを誘った理由は、嘘?)
「新原さんは大学でどんな人でしたか?」
「そうだなぁ。一言で言えば真面目で几帳面で、人当たりの良い十全十美って言葉がそのまま当てはまるような人だったよ。プライベートではどうだったかは知らないけどね。」
「じゅうぜんじゅうび?」
「優等生、って言ったらわかりやすいかな。」
(とんでもなく申し訳ないのだけど、新原さんがそんな人とは全然思えない……。頭が良いのは何となく、話した時感じたけど真面目で几帳面?大学ではキャラを隠してたのかな……。)
ギャル全開の新原さんにはどうやっても当てはまらない言葉過ぎて、今までのイメージがごちゃっと崩れてしまう。
「大学では新原さんは何をしてたんですか?」
「彼女は医学部でね。大学生の内から論文を出すくらい、頭が良くて有名だったよ。それなのに奢ることもなく、いっつも謙遜してたかな。卒業後の彼女がどうなったかは知らないけどね。何してるんだい?彼女。」
「えっと……先生?をやってるって。」
「教える側になったのか、彼女は。そうだね、天職かもしれない。新原君は物事を教えるのも抜群に上手かったから。」
「ちなみに聞きたいんですけど、新原さんは最近大学に戻ってきたりしましたか?」
「いやぁ、来てないんじゃないかな。研究室に顔を出したって話も聞いてないし。」
「そうですか…!」
(良かった、これなら新原さんは毒物の入手経路が無いことに……。)
「あれ、教授?何してるんですかそんな小さな子と。え、子供ですか。」
廊下の方から一人の女子生徒がやって来た。大学生らしい自由全開の私服はおしゃれで可愛くて。いつかこんな服を着てみたい。
「違う違う。新原君の友人らしい。」
「新原先輩の!?確かにあの人交友関係異次元レベルに広いですもんね……。一週間前くらいに来た時も『今日おじいちゃんと政治について語りあっちった~』とか言ってましたもん。」
「一週間前って言いました?今。」
「う、うん。ふらーっときて、ふらーっと帰ってったよ。」
「な、何をしに来たとかはわかりませんか?」
「さぁ……でもキリュウ先生を探してたよ。」
「キリュウ先生……。あの、会えませんか。その先生に。」
私はさっきの親切な先生に詰め寄った。
「あ、会えるけど……。どうして?」
「ここ最近の新原さん、なんか様子がおかしいの。です。なので何かあったのかと不安で。」
「へぇ…そうなのか。わかった、少し待ってて。キリュウ先生呼んでくるから。」
「はい。」
その人は足早にいなくなった。気になる事に関するとここまで私は嘘をぼろぼろつけるのかと自分で自分に驚く。
「ねぇ、君。新原先輩の友達なんだよね?」
「そうですが……。」
さっきの女子学生が話しかけて来た。
「もしかして今新原先輩、バンドとかやってる?」
「やってますよ、ボーカルで。」
「やっぱり!?なんかネット見てたら流れて来てさ。『アイビー』っての。今度行ってみようかなぁ♪私先輩のファンなんだ!」
「…そうですか。」
「あ、そろそろお昼休み終わるじゃん。ばいばい新原先輩のお友達ちゃん。」
「は、はい。」
去って行く彼女の背中。
もう二度とライブは開かれないかもしれない、なんて伝えても意味はないのに。
(物事を隠すって、辛いな……。)
「やぁ、君かい?新原のご友人というのは。」
「ひゃ、ひゃい!?」
突然話しかけられてびっくりして、想像以上に怖い顔をしている人で二重のびっくりをしてしまった。どうやらスーツがぴっしり似合う威厳ある人がキリュウ先生らしい。
「さ、さっきの先生は……。」
「講義だ。それで、私に聞きたいこととは?」
「い、一週間前新原さんがキリュウ先生に会いに来たってき、聞きました。な、何の御用時だったのか教えてくれませんか!!!」
「そんなかしこまらなくていい。それに彼女も用事があったわけじゃない。ただ世間話をしただけだ。」
「世間話……。」
何かある気がした。
「その世間話、思い出せる限りで良いので教えてくれませんか。お願いします。」
「……何の目的だ?本来、何の関係もない中学生を大学に入れること自体あり得ないのだが。」
「えっと……。」
新原さんが大学で有名人だったからこそ、今この環境は成り立っている。それだけあの人は良い人なんだ。絶対に人を殺したりなんかしない。
ここで引き下がるわけには、いかない。
「私は新原さんに感謝を伝えたい。」
「感謝?」
「友達がいなかった私と、年齢も事情も関係なく友達になってくれたんです。けど、今新原さんは周りの人からあまり良く思われていません。その無実の証明をお礼に、私はありがとうを言いたい。」
感情論が通じる人じゃないかもしれない。でも、私はやっぱり嘘は苦手だ。最大限ぼやかした本音をぶつけてみた。
「ふっ、相変わらず新原はやんちゃをやってるようだな。」
「え?」
「だが運もあるようだ。こんな素晴らしい友人を持っている。」
キリュウ先生はその時ようやく笑ってくれた。最も、その顔も怖かったけど。
「新原がこの学校を卒業する前、何か困ったことがあれば何故か毎度私の所へ来ていた。我ながら、学生からは良く思われていないとわかっていたのだがな。」
「あぁ…。」
「中学生は素直で良いな。」
「あ、いや?!」
多分『ですよね』みたいな顔をしてしまったんだと思う。馬鹿私。
「久方ぶりに会った新原は随分とこう……派手になっていたな。簡単な挨拶と、お互い最近はどうかとか。その程度だよ。」
「新原さんなんて言ってました?」
「元気にやってる、だとか。先生は変わってないね?とか。相変わらず生意気に『まだ薬品管理の責任者なんて面倒なことしてんだね』とかな。勉学に励む姿勢はどんな学生よりも素晴らしいが、気を抜くとただの悪ガキだったことを思い出したよ。」
(薬品管理……。)
「その薬品の責任者って。面倒なことなんですか?」
「あぁ、面倒だ。医学部の生徒がいちいち薬を使うたびに使用した容量を記載しなければいけないし、当然責任者である私も同席しなければいけない。鍵の管理者でもあるからな。」
「新原さんも医学部って聞きました。」
「そうだったな。……嫌な思い出を思い出したよ、今。」
「嫌な思い出?」
「新原は研究熱心で学生の時から論文を出すようなやつだったって話は知っているか?」
「さっきの優しそうな先生に聞きました。」
「その理念は別に否定しないが、周りが見えなくなる癖があるのかたまに私が出張などの時、待てないとか言って私の部屋から鍵を探して勝手に薬品管理室に入ったりしてたんだよ。その時は私も、当然新原もかなり怒られた。だがまぁ、実際悪い事には使わず世のためになるような成果も出していたから退学や停学にはならなかったが。」
「へぇ……。」
「話せるのはこのくらいなものだ。十分だったか?」
「はい。ありがとうございます。おかげで……新原さんが助けられそうです。」
私は表情を悟られないよう、メモ帳で隠しつつそう言った。
嘘は、苦手だから。
「こんな話で救われる事案とはなんなんだか……。まぁ玄関まで送ろう。」
「どうもです。」
その後、私は日崎さんと高坂さんの待つ車まで戻る。
「だからさぁ、酒にはイカだろ!」
「ははーんこれだからおばさんは。タコに決まってるじゃないですか。」
「なんだと頭イカれてんのか。」
「タコ殴りにしてやりましょうか!?」
「ただいまです……。」
「お、真紀。無事で何よりだけど……なんでそんな落ち込んでるんだ?」
「橘ちゃん追い返されたんじゃないですか?入り口で。」
「……メモ、まとめますね。」
「う、うん…?」
日崎さんと高坂さんが不思議そうに珍しくお互いの顔を見合ってる中、私は淡々とメモを書いて行った。
『・新原さんはお金持ち。』
『・新原さんは大学で慕われていた。』
『・新原さんは医学部だった。』
『・新原さんは勝手に薬品管理庫に入れないわけではない。』
『・新原さんは一週間前に大学を訪れていた。』
私は書き終わったメモ帳を二人に見せる。
さっき聞いた話は全て犯行を決定づけるものじゃない。
昨日の事件さえなければただの先生との仲睦まじい笑い話だった。
ただ、キリュウ先生の話は疑いの色をグレーから黒色に近づけるには十分すぎた。
2人の顔がふざけあっていた表情から一変、探偵の警察に戻る。
「これはこれは……。橘ちゃんの情報収集能力はすごいですね。大手柄です。」
「……嬉しくありません。」
「でしょうね。……しかし確定、じゃないですか?日崎さん。それにお金持ちだった点。事件とは関係ありませんが……。」
「言うな、わかってる。私が嘘を見破れなかったことは、わかってるから。……麻衣子のマンションに戻るよ、真紀。」
「お願いします。」
後部座席から見えるルームミラーに映った日崎さんの顔は、冷たく怖い顔で、何処か寂しそうだった。
(無実の証拠を探してのに、どうして……。)
盾を探しに行ったはずが、いつの間にか。私たちには新原さんを殺すのに十分な剣を見つけてしまっていた。それが必然の運命であることから、私は顔を背けた。
沈黙が続く車は、今朝も来た新原さんのマンションに到着する。一度来た時より足が重たいのはただの疲労か、それとも自分で無意識にストップをかけているのか。
クルミをぎゅっと抱きしめ、私は車から降りた。すると、もう一人の久留実が言った。
「日崎さん、橘ちゃん。アタシはここで待ちます。」
「え?な、なんでですか。」
「不審がられるでしょう、新原麻衣子に。あくまでも、何の抵抗もなく自首させたいのです。警察として、新原麻衣子の為にも。」
「高坂さん、貴方は……。」
「橘ちゃん。君の眼にはアタシのやり方は随分と意地悪に見えるかもしれない。だけど、アタシは遊びで警察やってるんじゃないんですよ。……って、言いましたかね、もう。日崎さん、これ。私の電話番号です。終わったら、連絡してください。」
「……わかった。」
高坂さんは本当、憎いくらいちゃんと警察だ。
エレベーターで4階まで上がり、新原さんの家のインターホンを5回鳴らす。
やはりすぐに扉は開いた。今度はメイクをしていた新原さんが出迎えてくれる。
「ありぃ~?どしたんまたまたお2人さん?私の事ラブかぁ?」
「……新原さん、話したいことがあります。」
何をしても許されるなら今すぐこの場から逃げ出したい。でも、私は解き明かした責任がある。最後まで、片付けなきゃいけない使命がある。
亡くなった間場さんの為にも、私は心を鬼にした。
「…良いよ。」
新原さんは素直に部屋に入れてくれた。玄関で、新原さんは日崎さんの顔をちらっと見ていた。もう悟っていたのかもしれない。自分の敷いてきた嘘のレールが、ばれてしまったことに。
「さっき、高坂さんに会ってきました。」
「ヤな警察の?アイツ嫌いなんだってば、まきまきもそうっしょ?」
「『間場さんは飴を舐めて毒物を摂取してしまった』そうです。」
「…。」
「新原さん教えてくれましたよね。『荷物は飴とか水とか』って。」
「そうだね。それで?」
「『間場さんはライブ前は絶対緊張してた』とも、万崎さんから聞きました。緊張をほぐすため、新原さんは飴を渡したんじゃないですか?」
「…いや、そんなわけないっしょ。だって私が持ってるののど飴だよ?あんま美味しくないやつ。ピアノ弾くの浩太朗に渡すわけないじゃん。大体浩太朗の緊張しいはほっといても大丈夫だもん。本番じゃ絶対ミスんないし、アイツ。」
「美功大学にも行きました。」
「は?」
一瞬で、新原さんの大きな目が私から日崎さんに移る。仲が良かったからの、この視線移動はなんて虚しいんだろう。
「『新原さんは一週間前に大学を訪れていた』らしいですね。」
「あー…久しぶりに会いたくなって。ユキちゃんとかリンちゃんに。」
「キリュウ先生という方から『新原さんは勝手に薬品管理庫に入れないわけではない』と聞きました。『新原さんは医学部だった』んですね。頭もよくて、愛嬌も良いと。言いたかったことはこれが全てです。新原さん、お願いします。本当の事を、言ってくれませんか。」
こちらはもうすべてのカードを出した。新原さんに、逃げる道はないはずだ。
「……違うもん。私じゃない。飴も渡してない。毒を飴に混ぜるとか無理だもん。というかなんで私がそんなことしなきゃいけないのさ。動機は?ないから。私無意味なことしないし。」
「それは……。」
そう、そこなんだ。間場さんを殺した犯人として濃厚なのは確かに新原さんであるはずなんだ。けれど理由がわからなかった。私だって知りたかった。
「私、悲しいよまきまき。浩太朗殺した犯人だって疑うなんてさ。私たち、友達だと思って……」
「麻衣子、あんた金に困ってないんだってな。」
「……全部聞いてんじゃん。ふざけんなよマジ。」
「正直に答えてくれよ、麻衣子。全部をだ。別に怒らない、否定もしない。悲しいんだよ。メンバーの中じゃ一番信頼してた。なのに……
「うるさいうるさいうるさい!!!私は子供じゃない!嗜めないでよ、泣かそうとしないで!大人なんだよ!!」
大きな声で反論をする新原さんから体が本能的に逃げた。日崎さんが、私の少し前に出る。大人もこうして大きな声で醜く抗うなんて、知らな……
(いや、もう大人じゃない。こんなの子供と大差ない。)
「新原さん!!!」
「な、何よ!大体まきまきには関係ないでしょ!?」
「本当に大人なら、認めましょうよ。……もう私の前で、醜い大人を見せないでくださいよ。新原さんはかっこいくてやりたいことやってて。理想に見えました。なのに……こんなのあんまりです。」
「まきまきにはわからないんだよ。大人って大変なの。時間と自由を払って責任とお金を買うだけの余生をさ。」
「新原さん……。」
彼女はあまりにも、大人であることに執着していた。思い返せば事件発覚直後もそう。私は大人だからと、私たちを落ち着かせてくれていた。
何かが、新原さんを大人にしている。
「麻衣子、一つだけ良いか。」
「何。」
「『アイビー』。好きか。」
「……好きだよ。私が私でいられる居場所だもん。
「『袖の時雨』、代表曲だ。好きか?」
「まぁ…うん。思い出もいっぱいあるから。その曲で私たち一段階段を昇れたんだもん。」
「なら早く戻ってこなくちゃだ。もう、遅いんだよ。」
「……?……あ。」
ばっ、と新原さんは私を見る。私は知らなかった、光り輝くバンドを眺め夢を思い描くように、演奏者も聴く人間を見て夢を味わうことを。
「そだね……。ファン、いるもんね。私ら。」
遠回しな日崎さんの語り掛けた言葉は新原さんを現実に戻した。勘づいたんだ。だって新原さんは頭が良いから。すでに警察が、近くにいる事を。私たちを帰したところで意味がないことに。
家を調べられれば、必ず飴を作った痕跡が出てくることに。
「そう、私がやった。浩太朗を殺したのは……私だよ。」
「……わかった。真紀、私は高坂さんを呼んでくる。」
「はい。」
日崎さんが電話しはじめると、滝のように新原さんは本心を口走った。
「浩太朗の事は元々気にくわなかった。合わなかったの。私はあの頃とにかく売れたくて、日崎さんを加入させた。理由も涙も嘘だよ。有名になりたかったんだ。でも浩太朗はズルだって言ったの。『星2のキャラしかいないチームに星5のキャラをいれるなんて、つまらない』って。は?って思った。そんなゲーム感覚でバンドしてたのかって。私たちは本気なのに。……漫画の話の時もそう。私が好きなキャラを散々ゴミだとかクズだとか。子供っぽいキャラが好きなんだねって……腹が立った。浩太朗は嘘、つけないから。」
「……新原さんはどうしてそんなに、大人に憧れているんですか。」
「大学行ったなら聞いたんじゃないの。論文書いたって。まだ子供なのに凄いとか、若いのにやるねとか。まるで経験が浅いから認められた、あくまでも私自身は凄くないみたいに捉えられるのが凄く嫌だった。大人になりたかった。」
いつものハイテンションとギャルの語彙を無くした新原さんは、皮肉にも落ち着いた淡い雰囲気がより大人に、私の目には映った。
「麻衣子。もうすぐに警察が来る。自首したってことにした。……が、犯行がバレた後で、しかも計画性がある。長くはなるぞ。」
「……りめっち、わがまま言って良い?」
「聞くだけならな。」
「1回で良いからさ、会いに来てくれない?お願い。」
「…わかった。」
「なはは~…あんがと。」
その一度だけの笑顔が、私が最後に見る新原さんの子供らしい笑みだった。
「あーあ、もう少し時間があればなぁ。」
「どういう意味ですか。」
「逃げられたのにって。」
最後まで、私は新原さんのこの独特の雰囲気にはついていけなさそうだ。
警察を待つ間、何故かじっと日崎さんが新原さんの家の固定電話機を眺めていた。
「どうかしたんですか?」
「……この留守電、引っかかるんだ。新原は確かに男の運が悪いが、家電の番号なんて渡すはずがない。スマホの電話番号で十分のはずなのに……。」
そんな日崎さんの疑問を近づくサイレンの音が遮った。そのまま無抵抗で、新原さんは連れていかれてしまった。最後に、パトカーに乗り込む寸前。私は言った。
「私にとっては新原さんはかっこいい、大人でしたから!!」
顔は見えなかった。笑ってくれてることを願った。
去って行くパトカーを、私と日崎さんは眺める。一日中色々回った割には、随分とあっさりで、残酷な終わり方だ。
「日崎さん、あの……。」
「なに。」
「……『袖の時雨』、また聴けますか?」
無駄な抵抗をしてみた。日崎さんを困らせるとわかっていて。
「…録音なら。」
日崎さんはこういうとき、正直だ。
車に戻ると、不気味なほど静かに高坂さんが窓の外を眺めていた。
クルミを隣に座らせ、シートベルトを締める。
「……。」
「橘ちゃん、お疲れ様でした。警察には犯人の動機ややり口はアタシの方からすでに説明済みです。それでどうでしたか。人を丸裸にする気分は。」
「…言葉って立派な武器ですね。」
「その歳で実感できたのなら、もうアタシは貴方の事を茶化しませんよ。……真紀さん。それと日崎さん、これを。」
「何?私今いい気分じゃ…………。」
日崎さんは高坂さんのスマホの画面を見て、絶句しているようだった。
「どうしますか。まだ、戻れますが。……ちなみに、昨日来ていたお客さんの方々の持ち物から手袋は見つかりませんでしたよ?」
「はぁ……戻れますが、だと。高坂さん、あんたやっぱり嫌いだ。」
「傷心した真紀さんに見せてないだけ、マシだと思いますが。」
「何の話ですか?日崎さん。」
「いや…なんでもない。高坂さんにもデリカシーがあるんだなと驚いただけだ。」
「そこまで悪魔じゃないですよ、アタシ。」
2人の会話はよくわからなかったが、何にせよこれで間場さんの殺人事件は解決。
そう、思われたが……。
「着いたぞ、真紀。」
「はい……。って、え?」
時間も時間だ。車に揺られ20分。てっきり家に帰るのかと思いきや、そこは万崎さんのマンションだった。
「どうして万崎さんの……?」
「真紀さん、思い出してください。」
「え……?」
「毒殺したのが新原麻衣子なら、誰が被害者の首を絞めたんですか?」
「そ、それは……。」
「それと。先ほど被害者の首の絞め後から指紋を検出しようとしたら……なかったらしいです。」
「何が……ですか?」
「ですから、『指紋』が。ですよ。」
『・万崎さんの持ち物はハンカチや飲み物。バチや《《手袋》》など楽器関連のものばかり。』
高坂さんがこの事件は難解すぎる、そう言った事を思い出した。その時ようやく実感した。まだ私たちは、氷山の一角を露わにしただけに過ぎないことに。




