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第四章・チョウサ

 

 私は自分が叫んでいることもわからないくらい、衝撃を受けた。耳が麻痺するほど目の前の光景は頭が本能的に無視したいものだったから。後ずさりして、壁にぶつかってもまだ離れたくて、座り込む。つい先日まで会話をしていた人が死ぬ。自分が死のうとしたことは気にしなかったくせに、周りの人が死ぬのは信じられなかったんだ。


「真紀ち?!どうし……は…。」

「け、警察!来都!救急車も呼んで!!早く!」

「どうしたんだよ、麻衣子先輩?そんな驚い…て。」


私の声に気付いて集まってきてくれた美華さん達が、トイレの個室の中の惨状に気付く。間場さんが血を吐いて、虚ろな目をしているその現場を。

『アイビー』を象徴しているかのようなバンドTシャツが、血で赤くなっている様を。


「あ、間場?どうしたんだよ……なぁ。俺たちこれからってときじゃねぇか!」


便器に座っている間場さんの元へ走って行こうとした万崎さんを、新原さんがすぐに止めた。


「来都ストップ!ダメ、警察来るまで入らないで!冷静になるの、わかって。」

「お、おう……そうだな。すまん麻衣子先輩。」

「美華、真紀ちゃんを待機室に連れてってあげて。それとリメさんを呼んできてほしい。あとライブハウスの人にも伝えて。できる?」

「は、はい。」


新原さんの口調がいつものギャルらしさを失っていた。淡々と目の前の汚れを掃除するかのように、冷静で。私の事も美華さんの事もあだ名で呼ばず、まるでこの現状が当然かのように進行していくのが疑問だった。


「に、新原さんはどうして平然でいれるんですか!!」

「私がこの中だと一番、大人だからだよ。……何とも思ってないわけないでしょ!?」


ガンッ!と新原さんは思い切りトイレの壁を叩いた。私はびっくりして、それ以上何も言えなかった。


「行くよ……真紀ち。」

「……。」


美華さんに連れていかれる最後、新原さんの目には涙が浮かんでいた。


待機室に連れて来られた私は美華さんに飲み物と椅子を用意してもらった。一口含んだけど、味がしなかった。


「真紀ち、ちょっと一人で待ってて。うちやらなきゃいけないことがあるから。」

「……うん。」


 その後、暗く沈んだ視界の中周りがどんどん騒がしくなって行くのが分かった。警察が来て、救急車が来て。日崎さんの絶句した声も、すぐ近くで聞こえた。間場さんはすぐに回収されていった。まだ謝れていなかったのに、間場さんは……いなくなってしまった。


(……人が、死ぬ。こんなに悲しくなるんだ……。)


間場さんとの思い出が蘇る。少なくても、どれも大切な物。さっき見てしまった光景と、思い出が重なって涙が出た。人の感情は想像より遥かに簡単に溢れてしまうと、知った。

もうどれくらいの時間が経ったのかわからない頃、暖かい何かが私の頭を撫でた。


「真紀……大丈夫、か。」


日崎さんだった。大丈夫かと言う日崎さんの顔こそ、沈んで真っ青で。大丈夫じゃなさそうで。それでも私の心配をしてくれるなんて。どれだけ優しいんだろう。


「日崎、さん。……間場さんは…。」

「病院で死亡が確認された。…今警察が現場を調べてるよ。殺人の可能性があるから、ライブハウスのお客さんも帰せていない。」

「さつ、じん?」

「真紀が考える事じゃない。まだ事情聴取が終わってないから私たちも帰れないが……明日からはいつもの日常だよ。大丈夫。」

「それじゃ、『アイビー』はどうなるんですか?」

「……。」


投げかけた言葉が返ってくることはなかった。あの幸せが詰まった最高のメンバーが帰ってくることもないのだと悟った。


「リメさん、準備出来ました。」

「あぁ……ありがとう麻衣子。お前も傷心してるはずなのに。」

「大丈夫……ではないですけど。もう大人なんで…。」

「泣いても良いんだぞ。」

「……はい…。」


その二文字はとてもかすれていて、新原さんはしゃがんでから壁に頭を預け、それ以降動かなくなった。


「真紀、私は少し行ってくるよ。お客さんたちに説明してこなきゃいけない。このバンドのリーダーだからね。」

「解散、しませんよね。『アイビー』。」

「……わからない。……誰か、真紀を任せた。」


『そんなことはない』。そう言い切って欲しかった、というのはあまりにも傲慢だ。

任せた、その返事を待たずに日崎さんは会場の方へとマイクを持っていなくなった。


「……ぐすっ。」


(美華さん……泣いてる。)


当然だ。長く同じ道を歩いてきた仲間が亡くなったんだ。いつも笑っていても、彼女も高校生なんだと。私と同じ子供に分類されることを思い出した。

美華さんも、新原さんも沈んでしまった待機室は静寂に包まれてしまった。

そんな中、1人が私の傍に来てくれた。


「大丈夫か、嬢ちゃん。」

「……万崎さん。」


いつものアフロもなんだか元気がなさそうに見える万崎さんが背中を手でさすってくれた。


「万崎さんは落ち着いてるんですね……。」

「落ち着いてるフリだよ。できるならドラムも、全部壊して暴れたいくらいだ。でも俺は大人だから。それにリメさんに嬢ちゃん任せたって言われたからな。」

「すごいですね。」

「いやぁ、すごいのは嬢ちゃんの方さ。」

「私?」

「中学生で、あんな現場に出くわしたら気絶したっておかしくねぇよ。嬢ちゃんは強い意思があるんだな!俺なんて一瞬ふらつきかけたぜ。」


すごい、のだろうか。私は人の死を軽んじていたということにはならないだろうか。


「……間場さんに、謝りたかったんです。私。」

「謝る?浩太朗に?」

「はい。これ、もらって。」


万崎さんに見せた、間場さんからの今日のライブのチケット。手で握りしめちゃったからか、かなりくしゃくしゃだけど。


「もらったのに裏方入れるって知らなくて。……せっかくもらったのに。」

「……?このチケット、なんか…。」

「お待たせいたしました、ライブメンバーの皆さん。」


静かに開いた待機室の扉、入ってきたのは渋い顔の怖いおじさんの刑事と若い女性の警官だった。


「私は光来警察署の刑事課の近藤次郎と申します。」

「アタシも光来警察署刑事課で、巡査の高坂久留実と申します。」

「クルミ……?」

「そだよ、女の子ちゃん。珍しいでしょ。」

「高坂、私語は慎め。」

「あい、すんません。」


随分と高圧的な刑事さんとは真逆のほんわかとした不真面目そうなお姉さんが訪ねて来た。人の名前で久留実なんてあったんだと、少し意識が逸れる。


「今、全員が揃っていますか?」

「いや、私もです。」

「日崎リメさんですね。貴方からもお話を聞かせていただきたい。」

「はい。あの、お客さんたちはまだ帰さない方が良いですか。」

「お願いします。」

「……わかりました。」


ステージから帰って来た日崎さんはまっすぐ、座ってた私の傍に来てくれた。


「今日16時49分、間場浩太朗さんの死亡が確認されました。死因は毒殺。」

「毒殺……。」

「被害者は激しい動悸とめまい、吐き気などに襲われトイレへ。そのまま動けないほどの体のだるさに襲われて、吐血し死亡。具体的な薬物の名前は言えませんが、即効性のある、手違いなんかじゃなく確実に殺そうとしている量の薬物反応が被害者からは検出されました。」

「で、す、が。おかしい点が2つあります。」


厳格に説明していた近藤さんを遮り、高坂さんが割って入る。


「まぁまず?殺人という時点でおかしい点は多いのですけどね。一つ、被害者が口に含んだであろう薬物のゴミが見つからない点です。当然ですよね、犯人が持っているか、それか薬そのものを持ってきていたか。けどよく考えてみてください。被害者はそんな明らかに危なそうな薬を、手渡され飲むでしょうか?少なくとも水か何かと一緒に飲んだり、何か飲み物に混ぜたりするものじゃありません?紙コップもプラスチックカップも見つからない……ミステリーですねぇ。」

「高坂、前に出るな。」

「まだ話終わってません!」

「お前なぁ……。こほん、すいません皆さん。お見苦しい所を見せて。高坂は新人でして。」

「あの、もう一つのおかしい点って何ですか?」


私は純粋に気になっていた。誰が、どうやって間場さんを殺したのか。復讐してやろうとかそんな物騒な事は考えていない。ただ、どうして殺したのか、なんでわざわざ薬を準備してまで決行したのか。その感情の正体が知りたかった。


「真紀、こら。」

「にはは。気になるのかい?小さな女の子ちゃん。では刑事、どうぞ。」

「帰らせるぞ……。あー、被害者の体にはもう一つ、不思議な点が見つかったんです。薬物で亡くなったあと、何者からか首を絞められていた跡がありました。」

「くっきりと、手の形がですよ?こわぁ~~いですねぇ。」

「もう死んでいるのに、もう一度殺したってことかよ。なんて奴だ。」

「な、なんでそんな酷いことができるのよ……。ううっ。」


美華さんは怖くなったのか、私の近く。というより日崎さんの隣に移動した。


「我々はこの不審な点も含め調査をしていこうと思います。そして、皆様に聞きたいのは犯人の被害者への殺人の動機が何なのか、教えてもらいたいのです。」

「そんなのわかるわけないじゃん。私たちは犯人じゃないんだから。もう帰らせてくださいよ。……こっちは疲れてもう、横になりたいんです。」


立ち直ったわけではないだろう、カラ元気の新原さんが話に参加して来た。


「あーもう、近藤刑事。素直に言えばいいじゃないですか。《《犯人はあなたたちバンドメンバーの中にいる》》って。」


高坂さんの一言は、場の温度を一気に下げた。


(みんなの中に、間場さんを殺した人がいる?そ、そんなわけ……。)


「あのな……」


近藤刑事が何か言うのを遮り、私は立ち上がった。


「あり得ないです!」

「ほう?理由を聞こうか女の子ちゃん。」

「私は橘真紀です。」

「……理由を聞こうか、橘ちゃん。」

「皆さんは昔からのバンド仲間ですよ、お互いがお互いを信頼してて……演奏も一致団結してました。大切な仲間を、殺すわけがないじゃないですか!!」

「感情論。」

「え……?」

「良いかい橘ちゃん。人は、人を殺すんだ。そこに過去の楽しく輝かしい思い出も固い絆からの信頼も関係ない。」

「あの、真紀に変な事教えないで貰えませんか。」


咄嗟に日崎さんが高坂さんと私の間に入ってくれた。


「高坂!小さい子供に何言ってるんだ!」

「それは……そうですね。すいません。」

「申し訳ない本当に。……ですが、私たち警察が貴方達を疑っていることも事実ではあるのです。身の潔白の為にも、事情聴取の協力。また荷物検査など協力お願いします。」

「橘ちゃんもだよ。」

「わ、わかってます!……高坂さんは人の心無いですね。」

「おわ、真紀ち言うね…。」

「ふふん、強気の子は嫌いじゃない。でもね、人の心がない奴の気持ちを考えるには無くさなきゃいけないだよ。そんなお荷物。」


どうにも私は高坂さんを今後ずっと好感を持つことはない気がした。こんな人がぬいぐるみと同じ名前の事ですら嫌悪感が募る。

その後は1人1人、別室で個別に事情聴取を受けて、持ち物を確認。身体検査までされた。


「えーっと、橘真紀ちゃん。13歳ね。」

「なんで高坂さんがなんですか。」

「そりゃアタシ女子で、橘ちゃんも女子だから。身体検査、男の人にやられたくないでしょ。」


最悪なことに、どうやら私はこの人の心ない人間に事情聴取されなきゃいけないらしい。加えて身体検査まで。


「正直言って君が一番怪しくて、一番無害なんだよね。」

「どういうことですか?」

「無害判定なのは、まず中学生という点。子供が人を殺さないなんてルールはないけど、度胸もないだろうしさ。そして第一発見者であるということ。わざわざ死体を見つけられるようなことするメリットがあるとは考えにくい。被害者の首から君の指紋が見つかったらそりゃぁ話は別だけど。」

「……怪しいと言うのは?」

「日崎リメさんからの話じゃ、君居候らしいじゃない。中学生という若さに、2人は養子関係でもなく。日崎リメさんは拾ったって言ったけど猫じゃないんだからさ。で、君の本当のお母さんは?場合によっては殺人事件とは別の犯罪を取り締まることになる。」


事情聴取に協力する、ということなら私は素直に自分の背景を話さなきゃいけないのだろう。話したところで困るのは京子さんだ。私じゃない。

だがなんか、この人に正直に話すのは癪に障る。


「い、言いません。」

「ほう?黙秘権?まぁ確かに君は容疑者でもないし、話すのは任意だ。良いでしょう。……でも今回の事件に関係していた場合、否が応でも話してもらうからね。中学生の変な意地で悪を逃がすわけにはいかない。」


その瞬間の高坂さんの顔は、不本意ながら頼り強く見えた。悪は絶対に許さない。そんな強い意思をひしひしと感じた。


「じゃ次。被害者との関係は?」

「知り合い。です。」

「話したことはある?」

「はい。以前道端で猫を拾ってて、その時話したり。前にライブハウスで一曲聴かせていただいた時も、少し。」

「あぁ、確かに被害者の持ち物やけに猫の毛がついてたっけ。嘘じゃなさそうだ。橘ちゃんは被害者の事どういう人だと思ってた?」

「変だけど良い人。」

「変?どこら辺が?」

「喋り方とか、雰囲気とか。です。オタク?みたいで。」

「ふむふむ。他のメンバーとの供述も一致。ちなみに良い人だと思ったのは?」

「今日のライブのチケットをお礼だと言って、くれたんです。」

「お礼?何の。」

「私が来たら日崎さんが笑うようになったらしくて。」


この説明はもう何度目かわからない。けどそれだけ多分嬉しかったんだ、私。こんな人の心ない人間に話すのはあまり望んではいなかったけど。


「へぇ……君がもう少し早く救われていたら、今回の殺人は起きなかったかもしれないね。」

「え?」

「今のは勘。気にしないで。じゃあほら、立って。危ない物持ってないか検査しまーす。」


高坂さんに身体を触られるのは嫌だったが、意外にも優しくいちいち「ごめんね」「ありがと」と言ってくれて。しかもすぐ終わった。


「このクマのぬいぐるみ何?お気に入り?」

「大切な親友です。クルミって言うの。です。」

「アタシと同じじゃん。なんかごめん。」

「いや別に……関係ないです。」

「それもそうだわな。はい、おしまい。待機室戻って良いよ。ご協力ありがとうございました。これあげる。」

「飴玉……。」

「アタシのお気に入りなの。仕事中食べてよく怒られてるけどね。」


そう言って高坂さんは小さな飴玉をくれた。ソーダ味だった。


「高坂さんはどうして、皆さんの中に犯人がいるって思ったんですか。」


どうせ教えてくれない。もしくは変にまた嫌な事言ってくるんだろうと分かった上で聞いたのだが、高坂さんは真顔で答えてくれた。


「簡単だよ。このライブハウス、ファンが出演者へ何か送るのは禁止にしているらしいんだ。知らずに渡してる可能性もあるけど、そんなの被害者は不審に思う。今日のお客さんの中に被害者の親族、知り合いもいなかった。加えてライブハウスのスタッフさんの中で被害者と接触した人も確認されなかった。嘘ついててもお客さんが見てるからね。全員に聞いたけど、誰も被害者とスタッフが喋ってるところは見てないってさ。もちろん、メンバーの方々もね。」

「ちゃ、ちゃんとした理由。」

「まぁね。アタシ遊びでやってるんじゃないんだよ、警察。」


高坂さんの事は嫌いだけど、だからって敵にはしたくないなと思った。


結局誰からも何も見つからず、その日は帰ってもいいことになった。とは言え、全員住所や電話番号などを聞かれたうえで。『逃げられはしないぞ』と言われているようだった。


(誰も逃げるわけないのに……。だって『アイビー』が、仲間を殺すわけがない。)


そう強く考えても、言い切れはしなかった。高坂さんのある言葉がまだずっとひっかかっていたからだ。

【人は、人を殺すんだ。】

人間がどれだけ残酷になれるか。13年間間近で見てきてしまったからこそ、強く否定でいなかったんだ。

日崎さんの家に帰ってきてすぐ、夕ご飯を食べた。どちらも何もしゃべらない食卓は寂しくて、辛くて。嫌に新鮮だった。


「……クソッ。」

「日崎さん。」

「悪い、真紀。今日はもう……寝てくれないか。ギターも教えられない。」

「……わかりました。」


 その日、帰る道中もご飯の時も日崎さんはほとんど笑ってくれなかった。

私は足を怪我していた時と同じように、引きずりながらゆっくりと歩く。ベッドに戻り、クルミを置いて。間場さんから貰ったチケットを寝転び、眺める。


「……あれ?このチケット…。スタンプがついている。」


ライブ会場に入場するにはこのチケットが必要で、スタッフの人がスタンプを押していたのを見た。今まで表側ばかり見てたから、裏側に押されるスタンプの存在に気付かなかった。

私は日崎さんに裏方に連れて行ってもらったから、このチケットを実際に使いはしなかったはずだ。つまり、渡してくれた時点でこのチケットは無効扱いだったということ。


(間場さんはどうして私に使用済みのチケットをくれたんだろう?)


間場さんがおっちょこちょいだった?いや、わざわざそんな仕掛けはしないだろう。しかも偶然、あの道端で猫を拾った時にもらったんだ。ずっと前から準備をしていたということになる。つまり……。


「私を、ライブに来させたくなかった?会場に入れたく……なかった?」


どうして?何か私が来て不都合なことが間場さんにあったのだろうか。

今日のライブで起きた事件、そして間場さんは悪い人じゃない。良い人だったという点。ピースを組み合わせて出来たパズルの絵柄。そこには……


「自分が殺されることを知っていたのか。私にそれを見られたく、いや違う。見せたくなかったんだ。」


まだ中学生である精神を気遣い、ライブから追い返そうとしたのではないか。

もちろんこんなの子供の勝手な憶測。でも確かに違和感はあった。


「気になる。知りたい。間場さんがなんで……自殺したのか。」


そう、これはある意味自殺だ。わかっていて、犯人からの毒物を飲みこんだのなら。日崎さんが私を助けてくれたように、もう手遅れだとしても最後の意図はくみ取りたかった。

小さな体で、大きな決意を私はみなぎらせて。座らせたクルミをやっぱり取って、抱きしめながらその日は眠った。



・・・



翌日、私は朝早くに目が覚めた。早く、と言ってもいつもより30分だけだけど。学校に行く平日は、私より必ず日崎さんが先に起きていて。


「……まだ起きてないや。」


クルミを抱えてキッチンに向かったが、冷たい空気が漂ってるだけで日崎さんの姿はそこにはなかった。まだ寝ているのかな。

もしくは、起きてるけど起きたくないのか。


「よし。」


見に行くことにした。もし昨日の事があって疲れて寝ているなら起こしはしない。目を覚ましているなら、言いたいことがあった。

ノックはせずにゆっくりと扉を開く。


「日崎さん……?」


ベッドからは寝息が聞こえて来た。どうやら寝過ごしてるだけみたいだ。


(あの後すぐ寝ちゃってたみたいだし、目覚まし時計かけるのも忘れたんだろうな。)


そっとしておこうと思い、出て行こうとしたその時。部屋に一つだけあった机の上に大量の紙があるのが見えた。近づいてよく見てみると、全てレシートや領収書で。

私が買ってもらった服や、ぬいぐるみ。日々のご飯代や水道代電気代。病院からの領収書まで全てまとまっていた。


「一万五千円に、九千円、三千円。二千円のぬいぐるみ代。……いつか返さなきゃ。」


買ってもらった梟のぬいぐるみを見る度にそう思っていたけど、こうして実際の数字で見ると余計気持ちが早まった。


「ん……まき?」

「あ、日崎さん。起こしちゃった。ですか。」

「おはよぉ…。いまなんじ。……え、もうこんな時間?やばいやばい。朝ご飯つくるわ、ちょっと待って。」


時計を確認した日崎さんは目をぱっちり開いてから急いで起き上がる。


「あの、日崎さん!」

「どうした?」

「これ、見てください。」


私は間場さんから貰ったチケットを日崎さんに見せた。


「あぁ…浩太朗から貰ったやつだっけ。これが?」

「使用済みになってたんです。使ってないのに。貰った時から。です。」

「へぇ……ミスったやつ渡したのか?浩太朗。…いやそんなのないな。わざわざスタンプ押さないし。」

「変です。」

「そだね、変だ。じゃあ朝ご飯作って……」


移動しようとする日崎さんはまるで、現実からも逃げようとしているように見えた。私はすぐに腕を引っ張り、扉の前に仁王立ちになった。


(逃がさない。間場さんの死の真相を解き明かすには日崎さんが必要だ。)


「私は!間場さんは私をライブから追い返したくてこのチケットを渡したんだと考えた。ました。自分が死ぬのわかってて、私を巻き込みたくないから!」

「……はは、そんなわけないよ真紀。浩太朗が死を受け入れるわけがない。今の考えは気のせいだよ。なんか偶然、スタンプ押されてただけだって。」

「日崎さん、手伝ってください。」

「何を。」

「間場さんがなんで殺されたのかと、どうして死を選んだのか調べるのをです。自殺、したんですよ。間場さんは。」

「っ……。」


日崎さんが一歩退いた。私は一歩前進した。


「そ、そういうのは警察の仕事だ。私たち素人にできることはない!」

「高坂さん達が突き止めるのはあくまでも犯人です。被害者と加害者の気持ちじゃない。……仲間じゃなかったんですか、間場さんは。日崎さん。お願いします、手伝ってください。私一人じゃ、間場さんの意図を汲めない。」


真っすぐ、日崎さんの目を貫く如く私は見つめた。じっと、離さないよう。


「……もうそういうことは、やらないって決めたんだけどな。」

「え?」

「良いよ、わかった。真紀が本心からわがままを言うなんて初めてだもんね。手伝ったげる。」


なんだか久しぶりに日崎さんが笑った気がした。心から、というより無理矢理作ったような笑顔。それでも、私にとっては日崎さんの笑顔に変わりない。


「日崎さん…!」

「でもまずは腹ごしらえね。腹が減っては戦はできぬ。だよ。」

「はい!」


日崎さんはぱぱっと朝食を作って、私たちは食べながら今後の方針を決めた。


「調べるって言っても、具体的にどうするか決めてるの?」

「何も考えてない。です。」

「うん、素直でよろしい。じゃあ助手としてアドバイスをあげよう。」

「じょしゅ。」

「そ。探偵さんの助手。」

「私が探偵ですか。」

「そだよ。で、アドバイスだけど。地道に情報を集めましょう。」

「情報?けど現場には入れないんじゃ……。」

「そうだね、私たちは警察官じゃないから。でも昨日現場にいた人たちがいるでしょ?」

「あ、『アイビー』の皆さん!」

「そ。手始めにまず私に聞いてみなよ。練習練習。」


一度食べる手を止めて、昨日の事について私は日崎さんに質問をした。


「えっと、昨日は何をしましたか。」

「ライブまで真紀にギター教えたり家事したり。一緒にいたよね。」

「そ、そうでした。じゃあ……ライブハウスに行ってすぐ何をしましたか。」

「真紀の飲み物を頼んで、麻衣子たちに預けてバンドTに着替えにいったね。で、丁度着替え終わったら……美華が血相を変えて報告してくれた。浩太朗が、死んでるって。」


昨夜の出来事を思い出しながら話し、段々と眉が下がっていった悔しそうな顔を見て、私にも伝染し気持ちが暗くなってしまった。


「……ありがとうございます。」

「その後は、そうだな。真紀の隣にいたかな。高坂さんとの事情聴取は浩太朗との関係と、真紀のことについて聞かれた。」

「私もどうして居候なのか聞かれました。」

「正直に言った?」

「いや、なんかあの人に話すのは癪だったんで話しませんでした。事件とも関係ないだろうし。」

「ふふっ、私もぼやかした。ダメな大人だけどね。」

「あの人嫌い。」

「わからなくはない。」


日崎さんと高坂さんは人の心読めない人という共通認識を結んだ。


「そんなもんかな。私はあの日浩太朗に会えてないし、話せることは少なかったよ。」

「私も、会えませんでした。……他の三人は会ってますよね。」

「そうだね。てことは?」

「聞きに行きましょう。」

「ですね、ホームズさん。」

「ほーむず?」

「そういう小説の探偵のキャラクターがいるんだよ。助手はワトソン。」

「ワトソン……。クルミは何役ですか?」

「……探索犬とか?」

「クマです。」

「いやわかっとるわい。お、もう食べ終わったね。片付けるよ。」


お皿を日崎さんに渡しつつ、質問をした。


「あの、間場さんとはどういう関係だったんですか?」

「お、続き?良いよ教える。って言ってもバンドメンバーなだけだよ。プライベートで会う事はほとんどなかった。加入した時に反対した話もしたよね。」

「あまり話さなかったんですか?間場さんと。」

「いや、そういうわけじゃなかったな。元々のバンドチームのリーダーは浩太朗だったから。麻衣子はどういうやつかとか、来都のクセだとか。そういうのを色々教えてくれたよ。浩太朗は。」


それだけ間場さんは面倒見のいい人で、元リーダーだったってことか。


「ちなみに間場さんって何歳なんですか?」

「19だったはず。大学二年生だよ、浩太朗は。」

「わかりました。」

「あ、そうだ。ちょっとついて来て、良い物を上げよう。」

「はい?」


洗い物を早々に終えた日崎さんへついて行くと、天体望遠鏡の置いてあった星の部屋だった。日崎さんは段ボールの中を漁る。


「あったあった。ほい。」

「わっ、ちょっ、ふっ!」


投げられた三つの道具をうまい具合に私はキャッチした。

めちゃくちゃべたなTHE探偵みたいな帽子に、かなり持ち手の色が褪せている虫眼鏡。最後にメモ帳だった。


「な、なんでこんなのあるの。」

「趣味だよ趣味。被ってみてよ。」


言われた通り被って、虫眼鏡も構えて見た。」


「パジャマだと似合わないね。」

「じゃあなんで被せたんですか!」

「あっはっは!悪い悪い。はい鉛筆。さっき私がいった情報メモしときな。」

「あぁ、なるほどだからメモ帳。」


メモをぺらぺらと捲ると、何も書いてなかったが一番最初のページに文字ではなく絵が描いてあった。


「なんですかこの……紐みたいなの。」

「花だわ。私が描いたの!」

「え、へたく……ユニーク!」

「無理があるでしょその誤魔化し方。さっさとメモしなさいよ。」

「あれ?でもこの部屋の、ほら。あの星の絵は上手です。」

「練習したからね。これは中学…2?3?くらいの時に書いたんだよ。」


もう一度、ただの線の集合体を見てみる。これを描いた人とあの星の絵を描いた人が同一人物だとは到底思えない……。


「ちなみに何の花ですか?」

「……クロユリ。」

「へぇ…どこがですか?」

「なんか真紀、最近随分と素直よね……。良い事だけど。」


それから、バンドメンバーの皆さんの家に向かうため私と日崎さんは着替えた。いつも私の方が先に準備が終わるから、日崎さんを待つ間、メモ帳に鉛筆を走らせる。

『・第一発見者は私。』

『・貰ったチケットは使用済み。』

『・日崎さんは当日間場さんとは会っていない。』

『・間場さんは元々リーダー。面倒見のいい人。19歳の大学二年生。』

『・日崎さんは元々絵が下手。』


「最後の書かなくていいんじゃないですかー。」

「あ、ぬ、盗み見!」

「ならばこちらは誹謗中傷といこう。準備は?」

「ばっちりです。」

「なら出発だ。まずは…麻衣子の所かな。美華はもう登校しちゃってるかもしれないし。」

「了解です。」


新原さんの家は車で行く距離らしく、日崎さんと少しの間ドライブとなった。新原さんの家に着くまで、私たちは何も話さなかった。言葉を交わさなくても、気まずくないこの距離感が私は好きだった。

15分ほどして新原さんの家についた。綺麗なマンションの4階に住んでいるらしい。


「インターホン、鳴らします。」

「どーぞ。」


ピンポーンと音が鳴る。けれど、部屋からは何も物音はしなかった。


「留守かな?」

「よく見て真紀。郵便受け、チラシ詰まってるでしょ。今日まだ玄関から出てないよ。麻衣子はこういうのちゃんと回収するタイプだから。」

「じゃあ……寝てるってことですか?」

「そうなんじゃない?」

「一回改めますかね、なら。」

「ふふっ、そんな面倒な事する必要はない。」


瞬間、日崎さんはインターホンを超高速で5回押した。随分と慣れた手つきで。

するとすぐに部屋の中からどたどたと誰かが走ってくる音がする。


ガンッ!


「なんでカギかかってんの!?もう!」


(自分でかけたんでしょ……。)


ガチャリと鍵の開いた音と同時に、玄関の扉が開かれた。そこには……。


「おはよーっす、りめっち。と、まきまきも。」

「……誰?!」


知らない顔の人が新原さんみたいな声で新原さんみたいな口調で現れた。


「すっぴんはこうだから、麻衣子。」

「まきまきには見せたことなかったっけ。なはは、驚いちった?」

「メイクってすごいですね。」

「残酷ぅ。ま、どぞどぞ。何しに来たかわからんけどとりあえず入りな~。」


昨日のライブハウスでは随分と雰囲気が変わっていたから少し不安だったけど、新原さんの様子は普通そうで良かった。


(でも、目が赤かった。……泣いてたのかな。夜通し。)


新原さんの部屋は少し散らかっていた。ファッション雑誌や高そうな鞄。メイク用品が転がっていて。


「ちょっち散らかっててめんご。」

「一回かたずけに来たよな、私。」

「時が経つの早いねぇ。」

「そういう話ではない。」

「飲み物取ってくるわーい。」


新原さんは冷蔵庫へといなくなった。


「はぁ……コイツの家いつも汚いんだよな。」

「あの、日崎さん。なんで新原さん確認もしてないのに来たのが私たちってわかったんですかね。」

「ルールを決めたのよ。5回鳴ったら私だって。あんまり大きな声じゃ言えないけど、麻衣子って男運悪いから。居留守よく使うんだよ、あの子。」

「へぇ…?」


男の人の運が悪いとどうして新原さんが居留守を使うのかはよくわからなかった。

2人の仲の良さはもっと深く知れた。


「ほいお茶。んでどったの2人。何の用事?てかまきまきその探偵さんの恰好なに~?かわいいんですけど~!」

「は、恥ずかしいんですからねこれ。日崎さん……。」

「私は助手だから。どうぞ。」

「わかりました。……あの、新原さん。」

「はいはい、なんじゃいな。」

「昨日、ライブ会場に来た時の話とか、事情聴取で何話したのか。教えてくれませんか。」

「あー…なんで?」


少し、新原さんの表情が曇る。


「知りたいんです。どうして間場さんが死ななきゃ行けなかっのか、なんで、自殺したのか。」

「自殺って……え?ちょちょ、どゆこと?浩太朗は殺されたんじゃないの?」


私は今朝日崎さんにしたチケットの話を新原さんにした。新原さんは途中で茶々入れることもなく、真面目に聞いてくれた。


「……まぎか。」

「憶測ですが、私は確かめたい。です。どうして使用済みのチケットを間場さんはくれたのか。協力してくれませんか。」

「……りめっちは?良いの?」

「私はもう折れた。真紀が満足するまで付き合うつもりだ。」

「そっかー。りめっちもまきまきも、想いが同じなら私も同じだよん。話してあげる。あ、だから探偵さんなのか!事件解決ごくろーさんです!」

「それは警察がするんです。」

「メリハリぃ~。んーでもね、言っても昨日のことはまだ自分でも整理しきれてなくて…話すのに時間かかるかも。」

「なら、私の方から知りたいことを聞くので、答えてもらえませんか。」

「それ楽ちん!そうしてそうして!」


早速、私は新原さんへ質問を開始した。


「昨日は何時くらいにライブハウスに着きましたか?」

「16時だよ。1時間前から。声だしって時間かかるし、みんなが楽器鳴らし始めたら聞こえないしー。私はいつも早めなの。」

「16時…。間場さんには会いましたか?」

「うん。私が来てから10分後くらいに来た。いつもより早かったなぁそう言えば。」


(間場さんがいつ来たかの情報だ。メモメモ。)


「それじゃあ…新原さんは私が間場さんを見つけるまで何をしてたか教えてください。」

「いいよん。えっとねぇ、着いてすぐ着替えてから声だしでしょぉ?そのあと浩太朗と挨拶して、声出しまたやって。んー…16時20分くらいに来都が来たのかな?で、その後すぐミカんが来たの。3人で喋ってたらいつの間にか浩太朗はいなくなっちゃってた。その後はほら、まきまきとりめっちが来たよ。」


(16時20分に万崎さん、その後に美華さん…。間場さんの姿を最後に見たのは、新原さんってことかな?)


「なるほど…。間場さんは何か、変なところはなかった?ですか?」

「いつも変じゃん。」

「そ、それはそうですけど。」

「あぁ、でも少しそわそわしてたかも。いつもぼーっとしてるけど、昨日だけはなんか緊張してた。…今思うと、死ぬってわかってたからかもね。」

「事情聴取は何を聞かれましたか?」

「浩太朗との関係?くらいだよん。バンドメンバーとしか答えなかったけどね。てか私あの警察の人きらーい。雰囲気がこう、ネズミみたい!」


(ネズミ?)


「えっと、新原さんと間場さんって何か話したりするんですか?普段から。」

「するする!あったら漫画の話するもん、流石オタクって感じ?私が読んだ漫画絶対にもう読み終わってんだもんね、アイツ。すげぇよ本当。」

「昨日はしなかったんですか?」

「あー、最近読んでないんよね私が。仕事が忙しくてさー。」

「仕事?」

「そそ、私塾のせんせやってんよ。なんか最近講師減ったらしくて。歌の練習と生徒の授業内容の予習で時間なかったわ!なはは。」

「えぇ?!そうだったんですか。」

「天才っしょ、私!」

「バイトだろ。」

「バイトでも!りめっちできるのかっての。」

「うっせ。」

「理不尽~。」

「あれ?でももう大学は卒業してますよね。」

「してるよん。あぁ、就職?してないよん。バンドで十分稼いでるからね。」

「そんなに有名だったんだ…『アイビー』。」

「だよね、りめっち。」

「まぁな。」

「ならどうして塾のバイトを?」

「人に教えるの好きなの!私!」


唐突なギャルピに私は眩しさに目を閉じた。


「そんくらい?まきまき。」

「あ、最後にいいですか。」

「なになに?」

「日崎さんが入る前の間場さんの印象を聞きたいです。」

「んー…そだねぇ。浩太朗はね、おせっかいだった。」

「おせっかい?」

「うん。僕らは上手くいかないかもしれないから、必ず他の人生の道を考えておけよ的な?いや私らはバンドがしたいから集まったんだし!っていつも思ってたわー。」

「そんなこと言ってたのか、浩太朗。」

「りめっち加入して軌道乗ってから言わなくなったね。もう推し活のめり込みぃみたいな。リーダーの責任みたいなの、一応背負ってたんじゃない?知らんけど。」


(間場さんは他の人の事も考えつつバンドをしてたんだ…視野が広かったのかな。)


「これくらいです。ありがとうございます。」

「おー、終わった?これなら昨日の事情聴取もまきまきにしてほしかったな~。」

「私から一ついいか、麻衣子。」

「なにさ?りめっち。」

「昨日何を持って行った?マイクだけか?」

「うわ、疑ってんだ私の事。心外だわ~。」

「すまん。でも知りたいんだ。」

「あ、謝らないでよ。マジみたいじゃん。ほら、いつも持っていってる鞄。ハンカチとかティッシュとか。今は言ってないけど水とのど飴も持ってたかな。」

「新原さんは声が仕事道具ですもんね。」

「そゆこと!みんなの楽器とは違ってただ歌ってるだけだけどさ、一応舐められないよう努力とか準備はちゃんとしてんのよ?」

「疑ってないですよ。新原さんの声、私大好きです。」

「ちょ~うれしぃ!りめっち、まきまき置いてって良いよ。うん。」

「やらん。」

「けち~。」


(2人がじゃれてるうちにメモをまとめよう。)


『・新原さんは16時にはライブハウスにいた。』

『・間場さんはその10分後にきた。』

『・万崎さんと美華さんは16時30分ごろに来た。』

『・新原さんは塾の先生のバイトをしてる。』

『・間場さんはおせっかい。責任を深く受け止めていた。』

『・新原さんの荷物は飴とか水とか、特に目立ったものはなし。』

『・新原さんと間場さんは漫画友達。』


「よし、と。新原さん。ありがとうございました。」

「こんなんでまきまきとおしゃべり出来るならいつでもいいよーん。インターホン5回鳴らしてね。」

「良いんですか?私も。」

「もちもち!まきまきなら大歓迎だよ。」

「やらんぞ。」

「ちっ、私のお家にぞっこん作戦が。」

「こんな汚い家にぞっこんになるかよ!」

「あはは……。それじゃあ日崎さん、次に行きますか。」

「だな。次は…来都だな。」

「あ、みんなのとこ周ってるんだ。大変だねぇ。なんかわかったら教えてね。私も気になるから、なんで自殺したのか、とか。」


新原さんは無理して話しているように終始見えた。実際、昨日の今日なんだ。心の傷はまだ癒えてないんだろう。

玄関まで向かう際、固定電話が光っていた。


「あれ?新原さん電話光ってますよ。」

「それ留守電!気にしないで~。どうせ男だから……。」

「あ、は、はい。」

「麻衣子、いつかきっぱり切れよ。」

「うぃ~。」


今度は万崎さんの家だ。まだこれと言った核心には全然近づけていない。でも、『アイビー』というバンドがどういうものだったのか。これを解き明かせば、私は何かがわかると思った。

新原さんの家から10分ほど、万崎さんの家に着いた。少しぼろいが、かなり広いアパートだった。


「そういえばなんで日崎さんは皆さんの家知ってるんですか?」

「浩太朗が教えてくれたんだ。みんなは人に頼るのが下手だから、家までいってやってくださいって。流石にこんなおばさんが来ても迷惑だろうから、結局麻衣子の家以外は一度も行かなかったけどな。」

「日崎さんはおばさんじゃないですよ。」

「ど、ども。」

「ここですね、万崎さんの家。」

「確かね。」


私はインターホンを鳴らす。


[はーい。……ってリメさんに嬢ちゃん?すいません寒いっすよね、今開けます。]


声が聞こえてきて1分も経たず、扉は開かれた。まだ全然朝だけど、アフロはアフロだった。半袖のシャツにズボンという何とも男らしい恰好で万崎さんは現れる。


「どうしたんですか、こんな朝っぱらから。」

「事情聴取です!協力してください。」

「頼むわ、来都。」

「なんか昨日も聞いた言葉だな……。まぁいいや、とりまどうぞ。」


快く中に入れてくれて、今度は飲み物と一緒に和菓子がいくつか出て来た。部屋はなんというか、和が散りばめられていた。達磨とかこけしとか、凧まで飾ってある。


「日本っぽい部屋ですね。」

「俺はアイラブ日本魂だからな!野球もサッカーもバスケも全部日本人選手を応援するぜ。」

「何かこだわりが?」

「愛国心ある奴がモテるって大学で聞いたのさ。」

「真紀、ちなみに言って置くと来都はそこまで賢くない。」

「了解です。」

「そんな淡々と了解しないでくれよ!?事実だけどな!?……ってか、よくみたら嬢ちゃん探偵みたいな恰好してるんじゃねぇか。なんだ?捜査ごっこか?昨日の浩太朗の事件絡みなんだったらやめとけやめとけ。あーゆうのは本業がやるもんだぜ、嬢ちゃん。」

「私が一緒に行動してる時点で、冗談じゃない事はわかるだろう?」

「……確かに。」

「あの、万崎さん。私間場さんは自殺したんだと思うんです。」

「なんだって?そりゃどういう意味だよ。」

「このチケットなんですが……。」

「あぁ、そうそう!俺も気づいた。スタンプ押されてたよな。おかしいなぁと思ったんだ。リメさんに裏方入れてもらったはずなのによ。」


万崎さんに見せた時、何か言いかけてたのは気づいてたからか。


「多分、渡された時からスタンプ押されてて。前々から準備してたものだと思うんです。間場さんは、自分が死ぬことを知ってて私を追い返そうとしたんじゃないかって。」

「ははぁん?なるほど……子供の戯言にしては違和感が残りやがる。それでなんだ、現場には入れないからこうして情報収集ってとこか?」

「そ、そう!です。よくわかりしたね。」

「まぁな。美華が貸してくれるんだ、推理小説。」

「美華さんが?読書家なんだ…。」

「あぁ、私も勧められた。けどダメだな、私は活字嫌いだ。」

「はは、そんな感じしますもんね。」

「来都?」

「あ、や、なんでもないっす。」


(美華さんが読書好き。一応メモしよう。)


「それで、質問するので答えてくれませんか。昨日の事。」

「ふぅ……あんまりしない方が良いとは思うがな。素人が捜査なんて。」

「でも!」

「わかるぜ、なんで死を受け入れたのか気になる。俺だって気になるさ。だがよ、もう浩太朗はいないんだ。死人に口なし。何をどう悩んでたかなんて、わかってもどうしようもないだろ?」

「それは……。」


(間違いじゃ、ない。)


むしろやめた方がいい気までしてきた。間場さんがどう思っていたか、もしかしたら知られたくないことを隠していたのかもしれないんだ。死にたくなるほどの重たい嫌な事。私だからこそ、より深く胸に刺さった。


「教えてやってくれ、来都。」

「リメさん……。」

「私が入る前の『アイビー』を私は知らないんだ。私が知っていたら、浩太朗を救えたのかもしれない。今後『アイビー』を続けるんだったら余計知っておくべきだと思うんだ。わざわざ首を吊るでもなく、他人にライブハウスで殺されることを選んだ浩太朗の意思を解き明かすことは、きっと将来の私たちに必要なことだよ。」

「はっ、リメさんは本当、大人っすよね。その通りだって思っちゃいましたよ。そうだな、俺より何歳も年下の嬢ちゃんが暗闇に踏み込もうとしてるんだ。……わかった、できる限り伝えよう。どんとこい!」

「ありがとうございます、万崎さん!」


ドン!と胸を叩く万崎さんはとても頼り強く見えた。アフロ効果かもしれない。


「じゃあまず……万崎さんは何時にライブハウスへ来たんですか?」

「俺は16時30分ぴったりに来たぜ。どんな場所でもどんな時間でも俺はいつもそうなんだ。ですよね、リメさん。」

「いや、私はいつも一番最後だから知らん。」

「そ、それもそうでした。」

「万崎さんが来た時は誰がいましたか?」

「麻衣子先輩と浩太朗、あと確か先に美華が……あれ?いやどっちだったかな。後だったかもしれねぇ。でもほとんど同時だったと思うぜ。」


(今の所新原さんと言っていたことはあまり変わらないな。)


ふと横に座っていた日崎さんを見ると、無言でうんうんと頷いていた。聞き方あってるよ、ってことなの?


「どしたんですかリメさん、赤べこみたいに。」

「首を寝違えた。」

「なら動かさない方が良いですよむしろ。」

「あの、万崎さん。次良いですか。」

「おう、良いぜ。」

「事情聴取は何を聞かれました?」

「浩太朗とはどういう関係かを聞かれたぜ。バンドメンバーで、プライベートでの関わりは一切ねぇですって話したわ。」

「へぇ…少し意外。です。バンドの男メンバー同士、何か話し合ってるのかと。」

「俺はオタクじゃねぇから話が合わねぇんだよ。あ、でも別に仲悪かったわけじゃねぇぜ!?年下だが、浩太朗は尊敬できる奴だった。」

「尊敬、ですか。」

「おうよ。アイツはな、どんな時だってバンドの事考えてくれてんだ。合わせの時は1人1人にアドバイスして、自分がミスったらめちゃくちゃ謝るし誰かがミスったら超フォローする。最高のヤツだったよ、浩太朗は。


全てが過去形で話されるのは、当然のことなんだけどなんだか悲しかった。


「ファンも大切にしてたな。ファンサとかも絶対返してよ。顔だけは良いからなぁ。バンドT来てピアノ弾けばいつものオタク感は0!正直言って俺とアイツが同じバンドメンバーってのは信じられないくらい幸運だと思ってたね。」

「良い人ですよね、間場さん。」

「だよなぁそう思うよな!しかもな、アイツどのライブも絶対緊張すんだよ。」

「あぁ、確かに。いつも足震えてたっけか。」

「へぇ……なんででしょう?」

「一回聞いたことがあるんだけどよ、最高のパフォーマンスができるか不安なんだと。その割に絶対本番はミスしねぇ。本当、あらゆる角度から浩太朗は誰よりも『アイビー』を大切に想ってたんだ。俺が女だったら惚れてるね。」


曇りない笑みからどれだけ万崎さんが間場さんを慕っていたのか、よくわかった。


「話は変わるが、来都。持ち物は何を持って行ってたんだ。昨日。」

「なんすか、俺の事疑ってるんですか?!」

「逆だ。仲間を完全に信じたいから聞いてるんだ。」

「なんか聞こえはいいですけどねえ……。ま、リメさんには隠し事はしませんよ。昨日持って行ってたのはマイバチとマイ手袋。ハンカチとティッシュに……あぁ、コーラとレジ袋持ってましたね!買い物した時のエコバック代わりで。」

「マイバチはわかりますけど、マイ手袋?」


(確かに肌寒い季節だけど、手袋をつけるくらいではない。)


「ドラムマンは手袋も使うんだよ。汗で滑ったり、案外疲労も減るんだぜ。」

「へぇ……手袋ですか。」

「あぁ、良く使ってるよな。」

「おう!まぁそんなもんかな。どうだ、他に聞きたいことは?」

「もうないです。ありがとうございました。」

「何かわかったら教えてくれよな。何をどう悩んでるか考えても仕方ないとか言ったけどよ、気になってないわけじゃないんだ。仲間が自殺したなんて信じられねぇけど、その理由がわかればまだ腑に落ちる気がしてよ。」


そう、万崎さんは自分に言い聞かせるように言った。私も同じ思いだった。

万崎さんに感謝と別れを告げてから、私たちは車内に戻った。

クルミが揺られるのを横に、私はメモ帳を鞄から取り出す。


(メモしとかなきゃ。)


『・間場さんはバンドの空気を大切にしていた。』

『・間場さんはファンサなど、ファンの事も大切にしていた。』

『・間場さんはライブ前は絶対緊張してたらしい。』

『・万崎さんは間場さんをそんな尊敬していた。』

『・万崎さんの持ち物はハンカチや飲み物。バチや手袋など楽器関連のものばかり。』


「よし。」

「真紀、次はどうする?まだ高校生の下校の時間まで随分とあるが。」

「ど、どうしましょう。」

「ふふっ。ではホームズさん。証拠が一番残っているのはどこでしょう?」

「えっと……事件現場?」

「正解。そして到着でーす。」

「えぇっ!?」


言った通り、ライブハウス『vibes』の向かい側の道に車が到着してた。日崎さんの中じゃ捜査の手順がもう決まってるみたいだ。


「ま、せっかく来たけど入れなさそうだね。諦め……。」

「あの入り口で立ってるの、高坂さんじゃないですか?」

「あ、ほんとだ。……行ってみようか、ちょっと。」

「え!?なんでですか?」

「もしかしたら警察が掴んだ情報教えてくれるかもしれないじゃない。」

「人の心ない人間ですよ?高坂さん。」

「そこまで思ってたの真紀……。大丈夫、まぁついてきなさいよホームズさん。ここは助手の腕の見せ所ってことで。」


ただでさえわがままを言ってついて来てもらってるんだ。この上さらにわがままを言う事は許されない……。私は意を決して、日崎さんについて行った。


「……おや?これはこれは。日崎さんに橘ちゃん。あれ、あれあれ?その探偵帽……ま、ままままさかぁっ!?」

「バカにされるのはわかってますよ……。」

「ふん、バカにはしますが否定はしませんよ。人間は身近な人が無くなれば何か行動を起こしたくなるものです。復讐、崇める、祈る。全て無意味ですが、気持ちを落ち着けられないその衝動は、理解してるつもりです。」


たまにだけど、高坂さんの発言は納得できるところがある。彼女も彼女で、何か重たい経験を積んできたのかもしれない。


「ですが現場には行かせませんよ。近藤さんに誰も入れるなと言われていますので。」

「わかってますよ……。」


だろうな。そう思った矢先、日崎さんが私の手を取った。


「仕方ないさ。高坂さんは普通の警察なんだ。普通に言われたことを普通にするこが仕事なんだから。さ、帰ろう。」

「は、はい?」


やけに普通を強調して日崎さんは背中を向けて、車に戻ろうとした。瞬間、背後から大袈裟に大きな独り言が聞こえてくる。


「あ、あー。今は現場には誰もいないしー。上司も当分帰ってこないしー。日差しが眩しくて何も見えないくらい平和だー。あー、見えない見えない。」

「あからさま。」

「うっさい!どーぞ、入ればいいじゃないですか。ただし責任は取りませんよ。」

「最初から通せばいいんだよ。現場を良く知る人間が入った方がまだ見つかっていない情報も見つかる可能性があるんだから。」

「こちらにもメンツがあるんです~。でも今地雷踏みまくられたせいでボロボロですけどね!!」

「ふふっ。」

「笑い事じゃない!」


こうして、私たちは事件現場へと戻ってこれた。


「なんで『普通』が地雷ってわかったんですか?」

「上司の前でもあれだけ自我があるんだから、我が強いんだろうなと思ってたんだよ。きっと夢は奇怪な警察とかなんじゃない?」


人をからかうように笑う日崎さんの笑顔から、その瞬間だけ子供の頃の彼女を彷彿させた。



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