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第二話・トモダチ

「まきちゃんってお父さんいないのー?」


 小学生にオブラートはない。当然だ。本心と口が直結で繋がっている年齢、何か一枚、二枚とその気持ちを隠す余裕と理由がないのだから。


「そ、そうなの。でもだいじょうぶだよ、お母さんがいるから。」

「まきちゃんのお母さん授業参観こないじゃん。」

「あー確かに。みたことなーい。」

「……。」


 更にタチが悪いのは、悪意がないのだ。大多数の当たり前を盾に会話が進められる。世の中の世間一般的普通に順応し始めている頃合いが、一番残酷なのだ。

 知る、曝け出す、慣れる。この情報の3ステップの大序盤である『知る』の時点で、全く別のカードを持っている人間が少なからずいることを知らないから。


「忙しい…んじゃないかな。お母さん。」

「そっか。なら仕方ないね。」

「いやいや、嫌われてんじゃね~?親に!」

「ちょっとたかしくん!そういう事言わないでよ!」


 もう一度言おう、悪意はない。けれど悪意がないからと言って何をしても良いわけではない。抵抗の二文字を、私は知らなかっただけ。


 ・・・


「……嫌な夢見た。」


 体を起こし、まだ少しほの暗い窓の外を眺める。時刻は5時。早く起き過ぎたみたいだ。ちょっと眠くて、気持ちはアンニュイ。

 目が覚めた瞬間は夢の余韻が残る。トラウマに近い夢であればあるほど、その継続時間は長い。


「…?…あ、あれ。嘘。」


 頬に熱い何かが垂れた。私は泣いていた。小学生の頃の嫌な思い出が心を揺らして、脳に伝わり眼へと命令を出す。『悲しい』って。


「なんで…今さら?思い出しても、泣くなんてなかったのに…。」


 止まらない涙に、ベットがどんどん濡れていく。パジャマで目を拭うと知らない匂いがして。暗い部屋、音のない環境。意味も分からず流れていく感情に私は

 パニックになってしまった。


「はっ、はっ…どうして、止まらない。泣きたくない、汚しちゃう。ううっ…あぁあっ…。」


 怖くなってクマのぬいぐるみを抱きしめる。零れ溢れる手遅れな抵抗が、クルミへと垂れていく。しんなりともふもふを失っていく親友が、何故か今だけはただの無機物に見えた。


「ひぐっ…う、ううっ…んむっ。」


 だが泣いていないことにした。大きな声を出せば、日崎さんを起こしてしまう。仕事で疲れているはずの、居候先の親切な優しいあの人を私のせいで起こしたくない。

 両手で口を押さえた。体を前に倒して顔を埋めた。

 私は泣いていない。そう、泣いてなんか…


「泣きなよ、ちゃんと。防音しっかりしてるから大丈夫。」

「え…。」


 びっくりして顔を上げると、すぐ横に寝ぐせを少しつけた日崎さんが傍にいた。私の背中に手を置いてくれて、さすりながら小声で語り掛けてくる。


「真紀、人とロボットの違い。なんだと思う?」

「………冷たい。」

「正解。他には?」

「……力持ち。」

「間違いではないかな。けどまだあるよ。」

「…わかんない。」

「感情があるかないかだ。真紀、君は人だよ。笑える時は無理にでも笑いなさい。泣ける時は無理にでも泣きなさい。」

「うっ…あぁああああ…!!」


 多分30分くらい私は泣き喚いた。ベットをびちゃびちゃにして、嫌われたくない人をずっといてもらって。私が泣き止むと日崎さんがベットに潜り込んできた。


「……!」


 ぽん、ぽんと私のお腹当たりを優しく赤ちゃんを寝かしつけるように叩く。

 別に何か言う訳でもなく、無言で。とても暖かくてすぐにもう一度睡魔が来た。

 最後、意識が落ちる寸前。


「ここを安心できる場所って思ってくれて、嬉しい。…おやすみ、真紀。」


 ずっと耐えてきた反動が、どうしてこのタイミング、今さら流れ出したのか。

 答えがわかった。日崎さんの言う通り、私はようやく心を露出させられるほど安心できる場所を見つけられたからなんだ。



 雀の囀りで私は今日2度目の朝を迎えた。一緒に寝たはずの日崎さんの姿がない。


「…夢、だったのかな。」


 トラウマに涙を流したのが夢だったらいいな。

 日崎さんが一緒に寝てくれたのが夢だったら残念だな。


「起きよ。…うわ。」


 足を怪我していることを思い出して、両腕で布団を押し体を持ち上げようとしたその瞬間。触れた毛布がびちゃびちゃだった。どうやら夢ではなかったらしい。


「よいしょ、よい…しょっと。」


(昨日より痛くないけど、安静にはしとこ。早く家事を手伝いたい。)


 時間をかけて確実に前に歩いて良い匂いのするキッチンへとたどり着く。


「おはようございます。」

「あれ、起きた。気づかなかったわ。おはよ。」

「……甘い匂い。」

「フレンチトーストにしてみました。出来立てだよ。座りな。」


 食卓について、用意されていた刃の丸いナイフと持つところが木製のフォークを手に取ってかぶりつこうとすると…。


「逆。右がナイフで左がフォーク。」

「え、あ。そうなんだ。」

「そうなんです。私も最初知らなくてバンドメンバーに笑われたっけ。」

「日崎さんも知らないことあったんだ。ですね。」

「そりゃ生まれた時からこの状態じゃないからね。日々成長してるよ。」


 言われた通りナイフを右手に、左手にフォークを持った。


(…持ったは良いもののどうやって食べるのが正解なんだろ。)


 自然と、日崎さんの手元を見た。フォークで抑えながらナイフを前に、後ろに引き柔らかそうなフレンチトーストを一口サイズに切り取って口に入れる様をまじまじとみる。


「……ごくん。何、じーっと見て。食べにくい。」

「あ、その。模範解答が見たくて。」

「なるほど。難しい言葉知ってるね。そんな真紀には牛乳を。」


 とぽとぽと注がれる牛乳を横目に、日崎さんがやっていた通りにフレンチトーストを切って、口に入れる。優しく温かい甘さが口いっぱいに広がった。


「ん~♪」

「ご満悦って感じの顔ね。」

「美味しすぎる。ます。」

「でしょ。昨日から準備したんだから。」

「い、いつの間に…。」

「けどちゃんとできたか不安になって朝確認しにいったら、部屋から泣き声が聞こえてきた。」

「そ、そのときですか。」

「どう?気は晴れた?」

「……すっきりはした。けど体は重い。」

「そう。まぁ良いんじゃない。…泣くのは恥ずかしくないから。大人だって泣くし。」

「そうなんですか?」

「そうだよ?大きいだけで、人だからね。」


 日崎さんの言葉はたまに少しわからない。答えと経過があってないように聞こえる。大人にしかわからない秘密の暗号があるのかもしれない。

 その後は黙々と、最高に美味しい朝ご飯と冷たい牛乳を飲み切った。お皿を片付けようと洗い場へ持って行く。


「よし、じゃあ真紀。今日は出かけるからね。」

「どこにですか?」

「昨日言ったでしょ。連れて行きたいとこあるって。」


(あれ夢じゃなかったのか…。)


 寝る直前に言われたせいで半分夢だと思っていたが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。


「どこに行くんですか?」

「ふふん。アパレルショップ。真紀用の可愛い服買ったげる。」

「かわいいふく…。」

「そうだよ?今あるのアラサーのおばさんの服しかないからね。」

「アラサー…ん?日崎さん30代?」

「そだよ?え、見えない?若い?いやぁ困っちゃうなぁ。」

「20代くらいかと…。」

「それはそれで困っちゃうなぁ……。そんな若く見えた?」

「喋り方とか。」

「あー名残はあるか…。」

「何歳なんですか?」

「35。」

「私は13です!」

「なんで今言ったの?!」


 と、言う事で今日はお出かけの日になった。とは言え私は足がまだ完全に治ってるわけではない。移動は日崎さんの車でだけど歩くときはずっと日崎さんの腕を借りることになるだろう。


「シートベルトしましたかー。」

「しました!」

「クルミちゃんは?」

「贅沢に一人分つかってます。」

「よろしい。じゃ、しゅっぱーつ。」

「服以外は他に行く?んですか?」

「秘密。」

「ひ、ひみつ。」

「大丈夫変なとこじゃないよ。楽しいとこ。」

「……ペットを病院に連れてくときのやつ。」

「いや本当に!絶対好きだから、安心して。」


 一瞬、警察とか、孤児院とかに連れていかれるのかと不安になった。でも日崎さんはそういう大切なことは事前に言う人だ。嘘つくけど、つかない時はつかない大人だと短い時間で知ったんだから。


(それでも…あくまでも日崎さんは他人だ。いつかは自立しなきゃな。)


 車に揺られること20分。大きくてキラキラしているアパレルショップで、若者向けって感じがするカジュアルな雰囲気のお店だった。一見の感想が口からこぼれ落ちる。


「日崎さんこんなとこ来ませんよね?」

「遠回しに日崎さんにしては若すぎますよねって言ってるね?いやまぁ来ないけど。場所は知ってたからさ。さぁ好きなの選んで。お金はあるから、安心して。」


 店内は外から見た時よりもさらに若さを感じた。現役中学生が若さとか言うのも少しおかしいかもしれないけど、派手な感じが正に。


「わ、若けぇ。私にもこんな時代がありました。」

「何言ってるの…。」

「これどう?似合う。」


 早速日崎さんが私に見せて来たのは猫の絵柄が入ったトップスだった。可愛い。綻びそうになる口角だったが、値段を見てきゅっと引き締まる。


「高い。」

「いや高いじゃなくて…。」

「他のにしましょう。」

「えぇ。」


 高かったので次に行った。今度はスカートを勧められた。丈が長く、中学生が履いても背伸びしてないように見える丁度いい塩梅のもので。


「高い。」


 高かった。0が想定以上に多い。


「あの、真紀さん…。」

「なに。」

「値段気にしなくていいって言ったよね?」

「けど…買ってもらうなら気がひける。ます。」


 もっと簡単に言うならば。誰かに何か物を買ってもらうと言うのが初めての経験だった。日崎さんは優しいから、欲しい物あれこれ言ったら本当に買ってくれてしまう。お金があるとはいえ無限ではないんだから。


(慎重に考えなきゃ!)


 そう念頭に置いた私へある意味トラウマとも呼べるクリティカルショットが飛んでくる。


「私、本当は欲しいのに相手の顔伺ってやめる子供。嫌い。」

「はっ?!」


 一番私が言われたくない言葉が胸に刺さり、頭の中から『お金事情』が吹き飛んだ。


「店員さーん、この子に合う服適当に探してくれませんか。」

「え。」

「承知いたしました。それではこちらへ。」

「あ。」


 その後は流されに流され、様々な服をとっかえひっかえ着せられた。もはや私の意見などない。店員さんと日崎さんの私を巡った討論会が始まる。角ばっていた部分が削られて、丸く整えられた“私”が鏡の前にいた。


「はい可愛い!優勝!」

「くっ…お客さんやりますね。負けました。」

「………何の勝負?」


 ガッツポーズを決める日崎さんと項垂れる店員さんは置いておいて。


(けど確かに我ながら可愛い…。)


 ベージュ色のゆるめのニットに薄手のアイボリーカーディガンを羽織った秋らしい上半身に、ブラウンの控えめなチェックの入ったスカートと中学生として清純さを保つための透けない黒いタイツ。おまけに可愛いショルダーバッグまで買ってもらってしまった。クルミがすっぽり入る。


「ありがとうございましたー!」

「勝った気でいたけど金払うの私だった…。あのスタッフやるな。」

「や、やっぱり高かった?んですか…?」

「1万円ちょい。」

「ひゃああ!!」

「安い安い。大人のもっと良い服なら上着だけで5万とか行くよ。」

「日本?」

「日本だわ。…うん、可愛い。」

「ん…。」


 ぽん、と頭の上に日崎さんの手が乗っかった。優しく撫でられて、心地が良い。今この瞬間はぬいぐるみ気分を味わった。


「よっしゃ次行こう。」

「動物病院…。」

「違うから。連れてってどうすんの。」


(私を連れて行きたい秘密の場所…わかんないな。)


 ある程度日崎さんの事は知ってきたけど、それでもまだまだ読めない部分はあるしわからないことも多い。でも当然だ。1年くらい一緒にいた気分だけど、まだ2日ほどしか経っていないんだから。


「到着!ぬいぐるみ屋さん、『プラッシュ』です。」

「!、!…~~!!」

「声出てないよ。」


 秘密の場所というのはぬいぐるみ専門店のことだった。広さはさっきのアパレルショップに比べるとやや劣るけど、私の目には遥かに魅力的に見えていた。

 子供みたいにぴょんぴょんと跳ね、口元を抑えて私は喜びを表現する。


「ふふっ、連れて来ただけでこんなに喜んでもらえるなら本当に良かった。でも珍しいよね、ぬいぐるみ専門店なんて。」

「そ、そう!見たことない!」

「ギリギリ都会でセーフ。それじゃあ行こうか。なんでも一個買ってあげるよ。」

「お、お金…。」

「もう一回言おうか、真紀。」

「なんでもない!…です。」


 高い物を買おうとして怒られるならわかるけど、安い物を買おうとして怒られる経験は生涯の中でもそうそうない経験だろう。

 店内へ足を踏み入れると、甘い匂いが鼻をくすぐって。視界いっぱいに広がる可愛いの連鎖。ピンク色だけじゃない、ライトグリーン、スカイブルーと爽やかな色彩のぬいぐるみさん方々がずらりと並んでいた。


「天国だ…。」

「ネタにならないからやめて。でもすごいな、いつも遠目から見てただけだけど、一面可愛いで埋め尽くされてるじゃん。」

「いつも見てたんですか?」

「目立つからね。…お、あれどう?」


 そう言い日崎さんが指を指したのはゾウのぬいぐるみだった。可愛いは当たり前、目が惹かれたのはその大きさだ。


「あっはっは!真紀乗れそう!」

「こんなの部屋のどこに置くんですか!」

「真紀のベッドの横。」

「重圧感で寝れないですよ…。」

「いらっしゃいませ、ご家族ですか?」


 コントのような会話を繰り広げていると店員さんが話しかけてきてくれた。胸ポケットに小さなお猿さんのぬいぐるみを入れてる。もはやあざとい。


「あーえっと…そうだな。なんだろ。」


 日崎さんが困ったように視線を向けて来た。その意味を私はわかっていた。


(ご家族ですか…。)


 私と日崎さんの関係は何度でも言うけど他人だ。命を救われた恩人と気まぐれで拾ったヒーロー。とは言え、他人ですなんて言うのも店員さんを困らせてしまいそう。

 それに…他人だなんて、言いたくない自分もいた。


「か、家族!…です。」

「…!」

「うふふっ、硬くならなくていいのよお嬢さん。ここは女の子の理想郷、『プラッシュ』なんだから。ぬいぐるみみたいに柔らかくなきゃ。」

「や、やわらかく?」

「そうそう。あ、ごめんね言い忘れてた。私、店長の見里玲子と言います。今日お客さん少なくて暇で暇で。フランクに話させてくださいお願いします。」

「てんちょーさん!?ひ、日崎さん!?」

「別にてんちょーさんは人を食べるモンスターじゃないよ。そんな目で見ないの。えっと…店長さん。おすすめのぬいぐるみってありますか。こうも種類が多いと中々…。」

「今日は娘さんの誕生日ですか?」

「そんなとこです。真紀は、ぬいぐるみが好きで。」


 じっ、と大人二人の目線が私に集中する。


(な、なんだなんだ。…若干目線が下向きのような。あ。)


「クルミと言います…。」

「可愛い!…し、これ結構高いやつかもしれませんね。」

「え?」

「少し見せてもらえますか?お友達を。」

「ど、どうぞ。」


 恐る恐るぬいぐるみを店長さんに手渡した。日崎さんと同じように、クルミのお尻と後頭部に手を置いて優しく持ち上げてくれる。


「ん~…有名なブランドのやつですね。しかもかなり昔の限定品。」

「そうなの?ですか?」

「はい。私ぬいぐるみオタクですから。確か…3万円くらい?」

「さ!?」

「へぇ、そんなにしたんだ…。確かに洗ってる時肌触り良いなぁと思ったけど。」

「お母さまが洗濯なさってるんですか?」


(お母さま…。)


「はい、まぁ。インターネットで調べながらですけど。何か特別な方法でもありましたかね。」

「でしたら大丈夫だと思います。どこもほつれていませんし、お上手ですよ。…っと、すいません話が逸れてしまいましたね。ぬいぐるみ、どんなのが良い?真紀ちゃん。」


 その後、店長さんの聞き上手のおかげで私はするすると欲しいぬいぐるみの情報が出てきた。勧められたぬいぐるみは梟のぬいぐるみで、ふわふわで可愛かった。


「こちらでよろしいですか?」

「良いですか?」

「ん?あぁ大丈夫よ、何でも良いって言ったでしょ。」


 そうして、誕生日でもないのに私はぬいぐるみを買ってもらってしまった。丁寧に放送され高そうな袋に入れられた梟さんを、日崎さんが会計を終えている間ずっと眺めていた。それくらい、嬉しかった。


(この子にも名前つけなきゃ。)


「ありがとうございました。真紀ちゃんまた来てね。見ていくだけでも良いから。」

「こ、こちらこそです。ありがとうでした!」


 その後、『プラッシュ』を後にして私と日崎さんは車の中へと戻った。


「梟、出す?」

「お家に帰ったらにします。汚したくない。」

「偉いね。じゃあ後ろ置いときな。」

「わかりました。」

「それと……あー、真紀。一応確認なんだけどさ。」

「はい?」

「その…さっきの、えーと…。」


 いつもハキハキと喋る日崎さんにしては途切れ途切れに言葉を紡ぐので、私は頭を傾げる。頭をぽりぽりと掻きながら、小さな声がこう聞こえた。


「私がお母さん、は。嫌だった、かな。」

「え…?」

「いや、ほら。店長さんがお母様って私の事言った時、真紀目線下げてたから。嫌だったのかなぁって。でもそうだよね、真紀には真紀のお母さんがいるもんね。ごめん、今度からあーゆー嘘は吐かないように…

「しなくていいです!!」

「びっ…くりしたぁ。」

「しなくて、いいです。」

「…わ、わかった。です。はい。」


 私の突然の大声に驚いたのか、日崎さんはまるで私みたいな敬語の使い方をした。数秒経って、シートベルトを着けエンジンをかける。

 お昼のニュース番組のアナウンサーの声だけが車内に響く。

 ぽすんと、私もまた後部座席に座りシートベルトをカチャリと着ける。もちろんクルミも。


(そんなこと、気にしなくていいのに…。)


 私のお母さんではない。でも、だからって他人ですなんて言ってほしくもなかった。せめて嘘の時くらい、私のお母さんでいてくれたら…。


(だ、ダメダメ。そりゃ、日崎さんがお母さんだったら嬉しいけど…流石に重いよね。あくまでも、他人。いつかは独り立ちするんだ。忘れないように、私。)


「そろそろお昼だね。」

「そう、ですね。」

「何食べたい?好きなので良いよ。」

「じゃあ…オムラ

「オムライス以外ね。」

「え。」

「好きすぎ。栄養が偏っちゃうでしょ。他に美味しい物…ハンバーグとか。」

「おにぎりですか?」

「あぁまぁあるけど…ちゃんとしたやつ。私はもっと真紀に美味しいの食べてほしいの。」

「じゃあちゃんとしたハンバーグ食べてみたい。です。」

「よっしゃ了解。レッツゴー!」


 日崎さんと一緒だと初めてがいっぱいになりそうで、心臓が持つか不安だ。

 車が走り出そうとした、その瞬間。


 コンコンコン


「ん?」

「え?」


 車の窓の外に、ギャルがいた。


「やっほー!りめっち!奇遇じゃん!」

「あのなぁ、車動かすときに近づかないの。危ないでしょ。」

「ごめんっぴー。」

「……不審者!!」


 我ながらとんでもなく失礼だと思う。

 ただ、世間知らずの中学生の目から見たら耳に大量ピアスとギラギラ鞄とくるくる金髪は不審者に見えちゃうんだよって弁明させてほしい。


「なっはっは!不審者!不審者だって!ふぅ……え?隠し子?」

「違う。あー…違わない!」

「どっち?」

「とりあえず乗りなさいよ。助手席。あんま外で話してると麻衣子目立つんだから。」

「私もちょーど買い物終わりだから助かるぅ!」

「え、乗せるの。」

「不審者じゃないから。私のバンドメンバー。」


 物凄い速度でギャルが助手席へと飛んで来た。ぱたんと。


(あ、ドアの開閉はゆっくりなんだ…。)


「そそ!初めまして隠し子ちゃん!私は新原にいばら麻衣子まいこ!まいまいって呼んでいいよん。」

「まいまい。」


 首をぐるんとこちらに向けてきて一瞬ビビったが、怖くはなかった。両手の荷物を自分の太ももの上に乗せぎゅっとしてるとこになんだか好感が持てたから。


(良いギャルだ。)


「そう!良いね!隠し子ちゃんは?」

「た、橘真紀。です。」

「まきまきだ!」

「まきまきだ!?」

「けどりめっちと苗字違うよ?」

「だから違うんだっての。今家に住まわせてる子なの。ギターの才能あるんだから。」

「ま?まきまきギター弾けるんの!?チョー尊敬!今度聞かせて聞かせて!」

「ぜ、全然下手、ですよ。」

「見なよ私のネイル。無理っしょ。ギター。だからうらやま~。」

「取れよ。」

「ヤダよ!りめっち冷たい!」

「うっさい。…麻衣子、メシ食べた?」

「まだ~。」

「なら今からハンバーグ食べに行くけど。」

「良いねぇ。久々だ!りめっちとご飯。しかも可愛い可愛いまきまきも一緒!今日超幸せだぁ!」


 一気に静かな車内がパーティーと化すほど、新原さんはうるさかった。でも耳がキンとならない具合で、全然苦ではなかった。むしろなんだか楽しい。


「シートベルト。」

「はぁい。てかなんで助手席?隣乗せてくれないじゃん。」

「後ろ見てみ、満員でしょ。」

「え?」


 またもぐるんと後部座席へ新原さんは首を向ける。目線がまっすぐクルミへと注がれる。


「あ、じゃ、邪魔ですか。荷物、後ろおきますか?」

「んーん、ダメでしょ。満員じゃんね!その子も可愛い!」

「あ、ありがとうございます…?」

「クルミって言うんだってさ。」

「まぎか名前も可愛いやん。センスあるねぇまきまき!てかお腹空いたまだ~?」

「今走り出したばっかりでしょうが!!」


 新原さんがいると日崎さんがいつもとは違ったテンションで話してくれてて。私の知らない日崎さんの一面を見るのはとても面白くて、嬉しかった。


(心がぽかぽかする。優しい人と優しい人が笑い合ってるのって、幸せだ。)


「ふふっ。」

「え。」

「うぇっ。」

「……へ?」


 思わず笑ってしまうと、前から二人の素っ頓狂な声が飛んで来た。


「どったんまきまき。なんで今笑ったーん?なんかおもろいの外あった?」

「い、いえ、その。二人が仲良いなぁって。」

「何年くらいだったかなぁ、麻衣子と知り合ったの。」

「3年前じゃない?ほら、私たちが誘ったんじゃん。メンバーならない?って。」

「そうだったそうだった。」

「元々は新原さんのとこに日崎さんが加入したんですか?」

「そだよー。りめっち、めちゃくちゃギター上手くて1人で弾いてるってうちらがお世話になってるライブハウスで有名でさ。いろんなチームからナンパされてたんだけどすぐフんの、この人。酷くない?酷いよね~。」

「誘導尋問すんな、うちの子に。…単純に合わなかったの。若い子ばっかりで、私ばっかり浮くじゃない。」

「日崎さんは見た目若いです。」

「ん、ありがと。でも精神的な問題。バンドって絆が大切なのに、年齢っていう一番人間関係を深めるうえで大切なものが私はかけ離れてた。だからずっと一匹狼でやってくつもりだったんだけどね。このアホギャルがしつこいから。」

「ふふーん。大手柄だぜぃ私!」

「泣いて頼まれたらねぇ。」

「な、泣いてないし!」


 日崎さんは大人も泣くって言ってたけど、新原さんのことだったんだ。泣いてまでどうして日崎さんをバンドメンバーに入れたかったんだろう…。


(日崎さんギター上手だからかな、やっぱり。)


 アスファルトを移動中、2人の中身のない話を聞いていれば時間が過ぎるのはあっという間で。クルミと私は特等席で聞けたのでとっても贅沢だった。

 気づけばハンバーグのお店に車が到着した。


「いらっしゃいませ、3名様ですか?」

「そでーす。」

「では奥の席へお願いします。」


 外食なんて初めてだったから、ちょっとそわそわする。指定された席はソファの四人掛けで、私と日崎さんが隣。新原さんが反対側に座る。


「んやぁ、りめっちの奢りかぁ。」

「んなこと言ってない払え社会人。」

「酷い!」

「えっと…。」

「真紀は好きなの食べな。なんでもいいよ、スイーツも食べられるなら食べていいからね。」

「…優しすぎない?」

「良いの、徹底的に甘やかすから。真紀は。」

「へへーん、まきまき良かったね。りめっちが誰かに優しくするなんて奇跡だよ。」

「私を血も涙もない暴君みたいに呼ぶな。っと…私も久々だ。何にしようかな。」

「チーハンにしよかな、けど後半重いからなぁ……。」

「ちーはん?」

「チーズハンバーグ。まきまきへのお勧めはこれだ!」


 びしっ、と新原さんが人差し指をぎゅんと押し付けたメニューは甘口デミグラスハンバーグだった。美味しそう。


「じゃ、じゃあこれ。」

「麻衣子、選ばせてあげてよ。」

「えーいいじゃん。美味しいよデミグラ。」

「日崎さん、私これが食べたいです。」

「まぁ真紀が良いなら良いけどさ。じゃ私和風おろし。」

「やっぱ私チーズ!まきまき、ピンポンおして。」

「ぴんぽん?」

「これこれ。ぽちっと!」


 新原さんの言う通りに机の上にあったボタンを押すと、遠くで音が鳴ったのが聞こえた。

 すぐに店員さんが来てくれた。新原さんが自分のメニューを、日崎さんが私の分も一緒に頼んでくれた。


「それではお待ちください。」


(こうやって頼めばいいのか。勉強になった。)


 うんうんとイマジナリー頷きをしていると、新原さんが話しかけてきてくれた。


「あれ、クルミちゃんいない。」

「汚したら悪いので。お留守番です。」

「偉い!ほんと良い子だなぁ、りめっちぃ、私もまきまきと一緒に生活したーい。」

「悪影響。」

「三文字でドストライクぅ。あ、そうだ。まきまきライブハウス連れてきたら?今日ライトとか、ミカもいたはず。」

「コウタロウは?」

「あいつぁ推しのライブだってよ。ま、今日は全員集合練習じゃないし良いでしょ。」

「わ、私ライブハウス行って良い?のですか?」

「元々そのつもりだったよ。車、後ろギター積んでるし。」

「そうだったの!?」

「うん。真紀に私のメンバー紹介したかったしね。」

「逆だね。まきまきを自慢したかったんだね!」

「うぐっ…。」

「私を?」

「絶対そうだよ。今『うぐっ』って言ったし。こんな可愛い子、紹介しないわけにはいかないよねぇ。あ、だいじょぶだよ。はっちゃけてるの私だけだから。うちのメンバー。」


(はっちゃけてるって自分で言うんだ。)


「最初は無難にミカに会わせたかっだけどな。大誤算だよ。」

「あははー、大誤算ま?」

「ミカ、さんはどんな人なんですか?」

「清楚だよねっ!」

「高校生なんだ、ミカは。うちの紅一点。」

「それおかしくない?りめっち。」

「あんた黄色だろ。」

「それもそだ。」


 高校生とギャルと日崎さん。それだけで十分に濃いメンバーなのにまださらに二人いるなんて、日崎さんのバンド仲間は仲睦まじそうだ。


「おまたせしました。チーズインハンバーグと甘口デミグラスハンバーグ、和風おろしハンバーグ。ライス小盛です。」


 机の上に良いの匂いが並んでいく。新原さんのおすすめのデミグラスハンバーグのソースがとても熱そうで、じゅわじゅわ言っていた。


「わーい!食べよ、まきまき!」

「い、いただきます。」

「真紀、これつけな。エプロン。せっかく可愛い服買ったのに汚れちゃう。」

「わ。ありがとござます。」


 くるっと日崎さんが紙エプロンをかけてくれた。ふわりと日崎さんの匂いが一瞬鼻をくすぐる。


「…日崎さんお日様みたいな匂い。」

「そ、そう?うーん…自分じゃわからないな。あ、ほら。ナイフとフォーク。…ちょっと危ないかな。私切ろうか?」

「やってみたい。です。」

「そっか。んじゃ頑張って。」

「……親子か。」

「あん?」

「お母さんと娘過ぎるよ二人!本当に親子じゃないの?」

「違うって言ってるでしょ。苗字違うじゃん。」

「納得できねぇぜぇ。麻衣子ちゃん納得しません!」

「知らんがな。真紀、気にせず食べていいから。」

「わ、わかった。」


 お家でやったようにハンバーグを切り取って、ふーふーと冷めてから口の中に頬張る。冷ましてもまだ熱く、ほかほかで美味しい。デミグラスソースが肉汁と混ざって丁度いい味加減となっていて、オムライス越えかもしれない。


「ふまいです、ひさきはん。」

「飲みこんでから喋りなさい。」

「ごくん。美味しい。コンビニのおにぎりと全然違う!」

「コンビニ?…あ、あれか!あれも美味しいよねぇハンバーグおにぎり。」

「はい!」

「ふふっ、良かった。オムライスとどっちが美味しい?」

「選べないです。」

「素直な子は嫌いじゃないよ。」

「ほら、まきまき私のチーズちょっとあげる。美味いぜ!」

「いただきます。」


 人生初ハンバーグは最高に美味しくて、多分一生忘れられないと思った。もしかしたら、新原さんと日崎さんと一緒に食べたからよりおいしく感じのかもしれない。


「んやぁお腹いっぱい!食べた食べた!」

「さ、最後パフェ丸々食べてた…。」

「だから麻衣子には奢らないって決めたんだよ。」

「ふふん、私いくら食べても太らんもーん。」

「年取ったら太るぞ。」

「まだ22です~。」

「私13です!」

「な、なんで今言ったのまきまき。てか中学生かよ勝てねぇ~。肌すべすべぇ。」

「触んな。」

「りめっちのじゃないでしょ!!」


 食べ終わって、車に乗り込みライブハウスへと私たちは移動した。方向は日崎さんのお家と同じようで、聞いてみると歩いてすぐのところにあるらしい。


「いつでも歩いてきていいからね。」

「今真紀はケガしてるから。落ち着いたらね。」

「え、怪我?」

「足ひねったの。」

「んりゃダメだよ寝てな~。」

「は、はい。」


 体のケガについてはもうほとんど気にせず歩けるくらい回復した。まだ少し足に違和感はあるけれど、流石に外を歩く時まで日崎さんにおんぶされるのは恥ずかしい。

 駐車場に車を止め、少し移動した先にライブハウスはあるらしい。


「腕貸そうか、真紀。」

「ありがとございます。…ライブハウスって大きいんですか?」

「地下だから外見はわからないけど、広くはあるよ。何人くらい入れるんだったかな。」

「200人だよん。私たちが演奏するときはいつも満員なんだから。」

「すごく有名なんですね!」

「半分以上りめっちのファンだけどね~。なはは、りめっちさまさま。」

「はいはい。私は時間が長いからね。麻衣子たちは1年で私と同じくらいのファン捕まえてるんだから、すごいのはそっち。」

「りめっちが褒めてくれた!しあわせハピネス~。」

「真紀、こういう大人にはならないでね。」

「ぜつぼうクライシス~…。」


(新原さん、別に頭悪いってわけでもないと思うんだけどな。)


ギャルってもっときゃぴきゃぴしてて話の通じない人種なのかと思ってたけど、新原さんを見てるとそんな認識も間違いだと改められた。言葉の節々に知性を感じる。合わせてくれてるだけなのかもしれないけど。


「着いたよーん。まきまき、私たちのライブハウス!」

「借りてるんだけどね。」

「わぁ…かっこいい。」


『vibes』とネオンライトで書かれた看板。地下へと続く階段。真っ黒な壁に大人っぽい匂い。道中は至って普通の景色だったのに、この先は異世界のような。全く違う町に来たみたいに勘違いするほど、良い意味で異質な空間。


「階段気を付けて。ゆっくりでいいから。」

「はい。…あの、新原さん。クルミ持っててもらえますか。落としたらかわいそうなので。」

「任された~。」


新原さんのぬいぐるみの持ち方は日崎さんとは違って、クルミの両手を握って胸の中にぎゅーっと抱きしめるような形だった。絶対落とさないもん!と言いたげなその持ち方に、私は安心した。

階段を一段一段降りて、扉を開くと…狭い廊下がお出迎え。壁にいくつかポスターと綺麗なステッカーが何枚も貼ってあった。遠くからドラムの激しい音と、低めのギターみたいな音が聞こえて来た。


「ライトとミカやってんね。」

「こんなに離れてるのにもう迫力を感じます…!」

「まきまき?飲み物飲む?奢るよん。」

「じゃあ…お茶で。」

「なははっ、ライブでお茶て!」

「普通に飲む人いるから。私頼んでくるから、麻衣子。スタジオ連れてってあげて。」

「んやんや、ママはちゃんと一緒にいなきゃでしょ~♪。」

「だから…。」

「はい、まきまき。クルミちゃん返すね。じゃ私が行ってくるわ~。」


高速道路を走る車の如く、麻衣子さんは消えた。ローラースケートでも履いてるのかなと勘違いするくらい早かった。


「……ま、行くか。」

「その、日崎さんはどう思ってるんですか?」

「何をよ。」

「私が、日崎さんの子供だったらってこと。」


日崎さんは少し驚いてから、あまり考える素振りは見せず答えた。


「ないね。私にこんな可愛い娘できるわけないじゃん。」

「そう…ですか。」

「…ふふっ、ごめん突き放すつもりはなかった。でも嫌じゃないよ。」

「なら良かったです。」


ぎゅっと、腕を掴む力を強くした。日崎さんの言葉、あながち間違いじゃないなと思う自分とそんなのやだってわがままを言う本心の自分がメンチを切りあってる。


(日崎さんが私のお母さんなら、もっと素直で嫌いなんて言われない子供だよね。…真反対だ。)


廊下の、入口にBスタジオと書かれた扉を開けると今度は広い部屋に出た。ジーっとアンプのノイズが流れてて。


「お疲れ様。ライト、ミカ。」

「おー、おつか…ガキ!?リメさんにガキが!?」

「嘘でしょ…。リメさん、いつの間に結婚したんですか!?アタシ以外の女と!!」


濃い。

ドラムを叩いていたのはアフロのお兄さん。麻衣子さんと比べると落ち着いた服装だったけど、道端で歩いてたらまず目につく派手な格好をしていた。

ギターみたいな楽器、多分ベースってやつを奏でていたのは高校生の制服を着た女の子だった。天井のライトから反射する光がロングの綺麗な黒髪に反射して少し眩しくて、生足の出た短いスカートは今の時期は寒そう。


「もうその反応飽きたよ…。真紀、自己紹介できる?」

「えっと、橘真紀。です。日崎さんのとこでお世話になってます。」

「あ、苗字は違うんだな。俺は万崎来都だ。普段はサラリーマンで、このバンドのドラムをやってる。よろしくな、嬢ちゃん。」

「頭ばくはつ…。」

「がっはっは!こりゃインパクト出すためにやってんだ!似合ってんだろ!」

「クール!です。」

「わかってんねぇ。」


ジャーン、とあふれ出した感情を爆発させるように万崎さんはシンバルを小さく叩いた。かっこいい。


「リメさんのとこで?羨ましい…ズルい。ねぇ真紀ちゃん。アタシの家住んでいいから住む家交換しない?」

「え、それはちょっと困る…かもです。」

「私が許さん。というかミカも。自己紹介して。」

「はい…。アタシは内藤美華。よろしくぅう…。」

「よ、よろしくお願いします…。」


眼がすっごい細くなってる。睨まれてる…。どうやら内藤さんは日崎さんことが好き?みたい。私は目の仇ってことか…。


「リメさん、なんで連れて来たんだ?いや別にいちゃもんつける気はないですけどよ。あー、嬢ちゃん何歳だ。」

「万崎さん何歳ですか。」

「お、俺?21だけどよ。」

「私は13です!」

「ごめんなんか後から年齢言うマイブームを持ってるわ真紀。」

「おもろ。って13!?中1かよ。尚更悪影響じゃないんすか?」

「聴かせたいんだ。ちゃんとした場所で、私の音。」

「あぁ、だからギター持ってるんすね。」

「リメさんは年下好き…。リメさんは年下好き…。私も可能性あり…。ふっ、ふふふっ。」

「おいそこ。捻じ曲げるんじゃない人のストライクゾーンを。」

「あれ、リメさんでも2本も持ってきて。片方はメンテですか?」

「んや、こっちは真紀のだ。」

「え……。」

「嬢ちゃんギターできるのか!?」

「CとGとDと…あとEmだけです。」

「1日でな。」

「はぁっ?!4つのコード1日で覚えたのか?まーじか嬢ちゃん天才ギタリストか。」


突然大きな頭の大きな人の大きな声に思わず日崎さんの背中に隠れる私。


(そ、そんなにすごいこと。なのかな。指は痛くなったけど…すぐできたのに。)


「コラ、来都。大きな声出したら真紀が怯えるだろ。」

「あ、すんません…。」

「……あの。リメさん。まさかリメさんが教えたんですか?」

「いや、コード自体は1人で本読みながらやってたな。ただやっぱり1人だと変な癖とかつくから後から調整はしたけど。」

「教えたってことですよね!」

「ま、まぁ…そうね。少しは。」

「……帰ります。」

「え、あ、おい!美華!」

「あちゃぁ…。」


突然美華さんはベースを置いて出て行ってしまった。


(ど、どうしたんだろう。)


「おわあっ!?ミカん?!あぶないヨ!?」

「あーぁああすいません…って麻衣子姉さん!!?すいませーん!!」

「どこ行くねーん!?」


扉を開いた途端、丁度良く飲み物を買ってきてくれていた新原さんとぶつかりそうになって、それでも止まらず内藤さんは逃げて行ってしまった。


「麻衣子先輩来てたんですか。」

「そだよーお疲れアフロ。でどうしたってばよミカんは。思わず内なる陣内智則とナルトが出て来たわ。なはは!」


(ミカんにアフロ…。)


「笑い事じゃない、麻衣子。どうしたんだ美華のやつ。」

「あのー…実はですね。リメさん。」

「何か知ってるの?来都。」

「はい。美華は元々ギターやってたじゃないですか。」

「あぁ、まぁ…。私が入る前だな。…そうか。ベース嫌いって言ったな。」

「そうなんです。実力としてはベースの方が得意なんですけどね、美華って。けどギターの方が好きで。んでリメさんが教えてくれたらなぁっていつも言ってて。」

「あったねんなこと。でもりめっち、得意を伸ばした方が自分の為になるぜ、少女!みたいな感じで言ったんだよね。ミカんに。はいまきまき、お茶。」

「あ、ありがとうございます。」

「はぁ…わかった。私のせいか。」


(そっか、私もなんとなくわかった。本当は日崎さんにはギターを教えてほしかったんだけど、内藤さんは我慢してたんだ。)


昔の私のように、耐えてたんだ。何とか抑えていた感情の蓋が、私のせいで吹っ飛んで。こんな子供に自分の尊敬してる人を奪われるのは、それはもちろんいい気分じゃないよね…。


「ごめんなさい…。」

「…ふふっ、どうして真紀が謝るんだ。」

「だって、私がギターやりたいって言うから…。」

「良いんだよ。やりたいことやって。人なんだから。私は美華にそのことを伝え忘れてた。美華にはベースしかない、みたいな言い方しちゃってたのかー…あー。ごめんちょっと行ってくる。そんな離れてはないだろうから。」

「まきまきは私に任せてーん!」

「ん。」


日崎さんは急いでスタジオから出ていこうとして…自動で開いた扉に動きを止める。


「おわっ?!」

「ども、今北産業。日崎氏乙。みんな乙。迷いネコは僕が捕まえた。ちなみに嫁はアスカ。」

「離ーなーしーてーよ!!コウタロウ!!」


スタジオに入ってきたのは、最後のバンドメンバーであろうイケメンだった。顔だけ見たら日崎さんを抜いて一番まともかもしれない。顔だけ見たら。


「Tシャツ…。」

「あぁそうなんだ嬢ちゃん。俺も思う。コウタロウはゲームオタクじゃなかったら今頃女にモテモテなのにって。」


萌え全開の露出高めなもはや下着レベルの恰好をした二次元の少女を見に纏う男性。そこにアフロと高校生とギャル。なにこのバンド。


「助かった、コウタロウ。」

「いえ、日崎氏が求めていたのなら幸いです。どうぞ。ハンコはいりません。」

「コウタロウ離して!うちもうこのバンド抜ける!」

「ぬるぽ。」

「は!?」

「これが返せないようじゃあ離せませんなぁww。ぬふふふ。」

「キモい!」

「ぐはぁっ!?」


コウタロウさんはいともたやすく内藤さんから手を放した。元々本気で捕まえてるわけじゃなかったのかもしれない。


「美華、話したい。二人きりで。」

「えっ、プロポーズ?!」

「違う。けど大切な話なのは変わりない。」

「…わかってます。良いですよここで。というか…わがまま言ってるのはうちです。ごめんなさ

「今日からいつでも私の家来て良いぞ。」

「え、同棲を視野に入れた結婚?」

「違う。私がいる時なら教えてやるって意味だ。ギターを。好きなんでしょ。…てか私の方こそごめん。あの時はどうやってこのバンドの知名度あげるかで…あぁいや、言い訳か。美華、好きな事していいんだ。ギターがやりたいならやれ。ライブでも弾きたいなら弾け。」

「でもそれじゃあ、良い音にはならないです…。それに、誰が代わりにベース弾くんですか。」

「ふん…。来都、ちょっとどけ。」

「え?あ、は、はい。」


日崎さんはドラムの椅子に座っていた万崎さんに立ってもらって、代わりに自分が座った。バチを握り、一呼吸。


「~♪」


場の全員が口をあんぐりと開けた。プロと差し支えないテクニックとスムーズさで、日崎さんがドラムを叩き始めたからだ。


「え、嘘…。俺のアイデンティティ…。」

「いや、私はそこまで筋肉と持久力がないから来都ほど続かないよ。次、美華。ベース貸して。」

「は、はい。」


 今度はベースを構え、心地よい重低音を響かせる。なんでもそつなくこなす日崎さんは、多分今誰の目から見ても本当にかっこいいと思う。


「とまぁ、誰かがいついなくなっても変われるよう練習はしてた。だから美華。いつでもわがまま言いなよ。私がカバーする。」

「リメさん…!惚れ直しました!!」

「抱き着くな。」

「めでたしめでたし~ってなかんじ!」

「なのか?これは。」

「状況説明キボンヌ。」


(とにかく…ひと段落着いた。ってことでいいのかな。)


本当に良かった。私のせいでバンド解散なんてことになったらもはや迷惑かけたじゃすまなくなってしまう…。


「あ、あの。内藤さん。」

「何。今リメさんとお互いの好感度を確かめ合ってるんだけど。」

「してない。」

「私のせいでその、嫌な思いさせてごめんなさい。」

「…そのクマなに。」

「え?」


美華さんは私の鞄から頭だけ飛び出していたクマのぬいぐるみが気になったようだった。


「あ、あぁ。クルミって言います。私の親友…です。」

「ふぅん。…いいね。」

「あ、ありがとうございます?」

「ギター、絶対負けないから。ね。」


美華さんは拳を私に突き出してきた。一瞬殴られるのかと思って、私は固まってしまう。


「ひっ…。」

「ん?グータッチ。やらない?友達と。」

「と、友達……クルミだけ。」

「あ、なんかゴメン…。じゃあ今日からうちが友達!ライバルとしても、よろしく。真紀ち。」

「よ、よろしくしゃす!内藤さん!」

「苗字呼び距離感あるからやめて。美華でいいよ。真紀ち。」

「み、美華。さん。」

「まぁ良いでしょう。」


私は美華さんとグータッチをした。歳が離れていても、友達ってできるなんて。知らなかった。


「あれ、んじゃりめっち歌も歌えるの?」

「…。」

「おーい、りめっち?聞いてる?」

「聞いてやるな、麻衣子。リメさんの歌はその…あれだから。」

「だよね~!前聞いた時耳腐ったかと…

「麻衣子。二度と真紀に会わせない。」

「だ、だんなぁ。それはないですぜ。」

「…そうだこの子何。」


置いてけぼりにされていたコウタロウさんが私を見た。そう言えばまだ自己紹介してない。


「あ、橘真紀です。日崎さんの所で居候中で…。」

「へー。僕は間場浩太朗。生まれたときからネットスラングを言ったとされている生粋のオタクだよ。よろしく、真紀氏。」

「よろしくお願いします。」

「真紀氏もぬいぐるみが好きなんだね。」

「あ、いや多分同じでは…。」

「僕の推し、椎名ちゃんだよ。ヨロシク。」

「……よろしくお願いします。」


間場さんも優しそうな人だ。ズボンに女の子のぬいぐるみがいっぱいついてるから振り回したらぶつかりそう。物理的には危ない人だ。


「さて、全員なんか揃ったし。一曲お客さん二人に聴かせよう、みんな。」

「二人?誰ですか後1人。」

「クルミちゃんでしょ。これだからアフロは空気読めないんだよ。」

「真紀ち脅かしたげる!」

「おk。」


新原さんが用意してくれたパイプ椅子に私はクルミと一緒に座った。間場さんはピアノを、美華さんはベースへと。万崎さんはドラムに向き直し、新原さんはマイクを握って。

日崎さんが、ギター箱から藍色のギターを取り出す。

チューニングをそれぞれ済ます、この30秒間。私が演奏するわけじゃないのに。なんだか心臓がばくばくして止まらない。


「準備できたか?」

「「「「おう!」」」」

「よし。それじゃあ聴いてくれ。私たち『アイビー』の代表曲。『袖の時雨』。」


その日、私は人生最高の音楽を耳にした。誰が何と言おうと、この曲が、この皆さんの音が。世界で一番だと声を大にして言いたい。

そんな、最高の演奏だった。

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