【短編版】8回婚約破棄された令嬢、夜だけムキムキマッチョマンに変身!ドラゴンの首を手土産に魔熊公爵へ嫁入り大作戦
第1話 祝、8回目の婚約破棄
「侯爵令嬢マリアンヌ・シュタルツ。私は貴女との婚約を破棄させて頂く!」
切羽詰まったような震える大声が響いた。
先程名前を呼ばれた私――マリアンヌ・シュタルツは実家の応接間で仁王立ちをしている。
一方、婚約破棄を宣言した青年――伯爵令息カルロ・ジュエルは、床に張り付くように土下座していた。
その両隣には、彼の両親であるジュエル伯爵夫妻も並んで、一緒に土下座している。
「本当に、本当に、婚約破棄を望むなどという不義理をしてしまい申し訳ございません」
「しかし息子にはどうしても無理なのです。どうかお許しください。罰ならば代わりに私が受けます。命だけは、どうか――」
完全に怯え切った三人を前に、私は軽く途方に暮れていた。
「……一応、お聞きしますけれど。婚約破棄の理由は、他に好きな令嬢が出来たからとか、そういうことかしら?」
「めめめ、滅相もございません!!」
渾身の婚約破棄宣言を絞り出した後は、しばらく土下座の格好のまま放心状態だったカルロが、意識を取り戻したように顔をあげた。
「浮気だなんてそんなこと、神に誓ってありません。調査して頂いても構いません!」
「はあ……」
死にそうな顔で訴えるカルロの様子に、私は小さく溜息を吐いた。
彼が浮気をしたのではないことは分かっている。彼は誠実で気弱な男だ。女性を二股なんてできる性格ではない。
そもそも公爵家の調査で、彼らにやましいことが何もないことは判明していた。
「それでは、どうして婚約破棄を」
「言いませんっ。誰にも、言いませんから!」
「そうです、一家全員、このことは死んでも話しません」
「どうかお許しください、お許しください……」
「……」
まるで悪魔に追い詰められて命乞いをするかのような伯爵家一同に、私は遠い目をした。
彼らは非常に善良な人たちだ。よく知っている。
これ以上苦しめるのは、さすがの私も心が痛む。
「分かりました、婚約破棄を受け入れます」
私がそう告げた途端、ジュエル伯爵家の三人は心から救われたような表情を見せた。
「あああっ、ありがとうございます!」
「この御恩は一生忘れません!」
「神よ! ご慈悲に感謝いたします!」
「そんな大げさな……」
何度も床に額を擦り付けて礼を言う彼らへ、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「では、このことは御内密にお願いしますね。くれぐれも。婚約破棄については……双方の家の事情ということで、こちらから処理しておきます」
静かにそう告げると、私は応接間を後にした。
◇ ◇ ◇
「8回目の婚約破棄、おめでとうございます!」
「うるさいっ!!」
自室へ戻ってきた私は、古くからの従者リリアンに拍手で迎えられた。
彼女はカルロが訪ねてきた時点で、婚約破棄の話だろうと見越していたらしい。
――そんなの私だってそうよ!
「今度はうまくいくと思ったんだけどなぁ」
「カルロ様は気弱でお優しいから、押し切れるかと期待したのですがね」
「まさか家族全員で土下座してくるとは予想外だったわ」
「流石のお嬢様でも、心が痛みましたか」
「どういう意味よ!」
「お部屋を出る前は、『良心に付け込んで婚約を継続してやるわ!』と息巻いていらっしゃいましたので……」
「うぐっ!」
一通りの会話を終えると、私はそのままベッドへと倒れ込んだ。
見慣れた天井を、ぼんやりと眺める。
「あーあ。結婚したいわぁ」
「また候補を探しましょう」
「もう手当たり次第に声をかけた後じゃない。次が見つかるかしら」
「……」
「ちょっと、黙らないでよ!」
「すみません。嘘を吐くのも従者として不適格かと思いまして」
「はあ」
本日、一番大きなため息をついて、私は大声で叫んだ。
「結婚したーい!!」
◆ ◆ ◆
第2話 絶対厳守、私の秘密
私、マリアンヌ・シュタルツは自分で言うのもなんだが、可憐な見た目をしている。
華奢な体躯に、焦げ茶色のカールした短髪、睫の長い大きな青い瞳。
かつては社交界でも、絶大な人気を誇ったものだ。
唯一、お淑やかな女性が好まれる社交界での欠点があるとすれば、武術を嗜んでいることだろうか。
我がシュタルツ家は武術に長けており、私も幼少の頃から厳しく指導を受けていた。
……いや嘘だ。
私は身体を鍛えるのが大好きで、むしろ積極的に鍛錬に乱入して己を鍛え続けた。
婚期を逃すと憂う母の嘆きもよそに、私は武術に邁進していた。
そのおかげで、一騎当千と呼ばれるほどの剣使いへと成長していた。
幸いだったのは私の体質で、どれだけ鍛えても見た目に筋肉はほぼ付かなかった。
だから鍛錬と魔物退治の合間に社交場に顔を出した時にも、違和感を覚えられることは少なかった。
私の武勇伝は既に知れ渡っていたが、華奢な外見でその豪傑話をカバーできていたのだ。
それに一部ではあるが、武術を嗜む女を好んでくれる貴族の殿方もいた。
結婚適齢期が近づき、それなりに結婚に憧れを抱き始めた私は、シュタルツ家の為にも良い伴侶を探そうと試みたのだが――。
――婚約破棄!
――婚約破棄!!
――婚約破棄!!!
積み重なった婚約破棄は、このたびで8回。
婚約破棄の理由は、やはり主に私の強すぎる武力の為だ。
ただし、元婚約者の彼らを強く責めることはできない。
彼らの多くは、私に誠実に寄り添おうとしてくれたのだ。
しかし現実は厳しかった。
婚約後の交流期間において、私と元婚約者の仲は縮まるどころか隔絶されていった。
ある者は、男の自分より遥かに強い私への劣等感に押しつぶされ引き籠ってしまった。
ある者は、戦場での私を目撃して、恐怖で口をきけなくなってしまった。
また、ある者は……もういいか。
そんなわけで婚約破棄が相次ぎ、次第に社交界での私の立場も悪くなる。
以前は沢山舞い込んできた婚約の申し込みも、今ではすっかりなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
そんな中、私の婚約者になったのが、カルロ・ジュエル伯爵令息だった。
カルロは気弱ではあるが、穏やかな男性だった。
私の武勇伝も、「頼もしくて素敵です」と微笑んでくれるような人だった。
私も私の家族も、この鴨――ではなく、殿方を逃すまいと気合を入れた。
こうして涙ぐましい努力の末に、私とカルロは結婚直前の所まで来ていたのだ。
「お嬢様、あと少しです。油断は禁物ですよ!」
「分かっているわ。任せておいて、リリアン!」
――実は、この段階まで辿り着いたことは初めてではなかった。
3番目の婚約者だったライラック侯爵令息のときも、あと1か月で結婚という所まで来ていた。
しかし、私の「とある秘密」が露呈してしまい、儚く婚約破棄に至ったのだ。
「今度は絶対に隠し通してください。結婚さえしてしまえば、あとは押し切れます!」
「勿論よ。これも幸せな結婚の為!」
そんな私とリリアンの綿密な作戦会議は、残念ながら功を奏さなかった。
運命の分かれ道となったその日、カルロは夕方に我が家を訪ねてきた。
彼は珍しく声を弾ませて、私の姿を見るととても嬉しそうに笑った。
「マリアンヌ様。実は珍しい武術書が手に入ったのです。以前お話していた――」
「なんですって!?」
私は彼の手にしている本に目を輝かせた。
前にお茶をした時の会話を覚えていてくれたことにも、密かに感動を覚えていた。
「きっとマリアンヌ様に喜んで頂けると思って、約束も無いのに訊ねてきてしまいました。ご迷惑だったでしょうか」
「まさか、そんなはずがないわ。ありがとう、カルロ様!」
このときの私は二重に浮かれていた。
希少な武術書が読めること、そして、婚約者カルロからの温かな気遣い。
だからすっかり、気が緩んでいたのだ。
「さあ、お入りになって」
私は応接間にカルロを招き入れ、二人でお喋りしながら武術書を読み進めた。
信じられない位楽しい時間だった。
時が経つのも忘れる位に。
不運だったのは、このときリリアンが不在だったことだ。
彼女がいれば危機に気付いてくれただろうが、生憎、買い出しで出掛けていたのだ。
そして夜がやってくる。
時計が19時を知らせる鐘を打つ。
その瞬間――ボフンッ、という変化音と共に私の姿は霧に包まれた。
次に現れたのは、身の丈190㎝近い筋骨隆々の大柄の男だ。
そう、私は夜になると、ムキムキマッチョマンに変身してしまう体質なのだ。
◆ ◆ ◆
第3話 熊でも何でも良いから嫁入りしたい
華奢で可憐な令嬢の姿から、私は一瞬で筋骨隆々の大男へ変化した。
「あっ……」
しまったと思った私は、慌ててカルロへ視線を移した。
彼は白目を剥いたまま気絶していた。
――気弱な青年には、ちょっと刺激が強すぎたようだ。
「カルロ様ーっ!!」
シュタルツ家の屋敷に、私の虚しく野太い叫び声が響き渡る。
その後は放置するわけにもいかないので、彼のことを担いで運んで客間へ寝かせた。
ショックを与えた罪滅ぼしに自分で介抱すると申し出たが、「お嬢様の顔をこれ以上見ると、カルロ様が本当に昇天しかねないので」というもっともな理由で却下されてしまった。
意識を回復させた彼は逃げるようにシュタルツ家を後にした。
そして、その1週間後があの婚約破棄騒動という訳である。
◇ ◇ ◇
自室の窓から、いそいそと帰宅するジュエル伯爵家の三人が見えた。
私は腰に手を当てながら、今後についてリリアンへ愚痴る。
「また社交界で、いい笑いの種だわよ。全くもう!」
「ああ、それなら大丈夫そうですよ?」
「どうして」
「社交界は今、魔熊公爵の12回目の婚約破棄の話で持ちきりだからです」
「魔熊公爵?」
「南方に広大な領地を有するアストリア公爵のことですよ。元は伯爵位でしたが、数多の魔物を退けた戦績を評価され、数年前に公爵位を授かったという」
「アストリア公爵のことは私だって知っているわ。でも、魔熊公爵って?」
「お嬢様は、こういった噂話に無頓着ですからね。何でも、現在ご当主となったガルム・アストリア様は熊のような恐ろしい大男で、結婚話も次々と破談になっているとか」
「……何故かしら、他人事とは思えないわ」
「なかでも先日、アストリア家に嫁いで数日で出戻ってきたというミスリル伯爵家のご令嬢が、その詳細を喧伝して回っているとのことですよ」
「ミスリル伯爵令嬢といえば、有名なお喋り好きのご令嬢だものね。どうせ大げさに話しているのでしょう?」
「それが、かつての元婚約者たちも、そのお話に同意されているとかで……意外と真実に近い話なのかもしれませんね」
「へえ。どんな噂を?」
「曰く、アストリア公爵は夜な夜な熊のような雄たけびを上げるとか」
「あら」
「曰く、捕らえた魔物を煮込んだシチューが好物であるとか」
「あらあら」
「曰く、女性を抱きしめただけでその背骨を折ったとか」
「あらあらあら」
あんまりなその逸話の数々に、私は圧倒される。
世の中にはいろんな人間もいるものだな、などと暢気に考えていたのだが、ふと私の中に閃きが生まれた。
その瞬間、全身に衝撃が走る。
「待って、リリアン。これは……使えるわ」
真面目な顔をして告げる私に、リリアンが訝し気な顔を向けてくる。
「使える? お嬢様、一体何を考えていらっしゃるのですか」
「魔熊公爵は12回も婚約を繰り返すくらいなのだから、結婚したいのよね?」
「まあ、公爵位ですし、お世継ぎも必要でしょうからね」
「けれど恐ろしすぎて、婚約者の女性が全員逃げ帰ってきてしまうと」
「そうなりますね」
「私ならいけるわ!」
「はい?」
「熊のような雄たけびはお父様やお兄様で慣れているし、魔物シチューだって毒さえなければ抵抗ないし、抱きしめられただけで折れるやわな背骨は持ち合わせていないわ」
「ふむ」
「もはや、これは、運命ではないかしら!?」
息巻く私を、リリアンがじっと見つめる。
重い沈黙の後、彼女はにっこりと笑顔になった。
「確かに!!」
――こうして、私の「アストリア公爵へ嫁入り大作戦」が始まったのだ。
◆ ◆ ◆
第4話 恐怖の嫁がやってくる(★ガルム視点)
「くくくっ、くくくくっ……」
執務室で部下の報告を受けながら、僕は低く声をあげていた。
「くくく……、くううっ、うっ、ううっ……」
勿論、泣き声の嗚咽である。
なんだかよく分からないけど、1週間ほど前より、突然シュタルツ公爵家から手紙が送られてくるようになったのだ。
しかもその数が尋常じゃない。
7日間で20通くらい来た。
そして大問題なのが、その内容だ。
要約すると全ての手紙において、シュタルツ家のご令嬢マリアンヌ様と僕との婚約を望むものだった。
「怖い。怖すぎるよぉ」
僕は、ほんの数週間前に、ミスリル伯爵令嬢との婚約が破談になったばかりだ。
しかも社交界では、とんでもない噂話が飛び交っている真っ最中。
その上で、どうしてこうなっているのか全く理解できない。
「えー、最新のお手紙ですが、マリアンヌ様からの直筆ですね。ガルム様の様々な噂話について、問題ないと示す内容のようです」
執務室の大きな椅子に巨体を縮こまらせて座っている僕へ、部下のルーカスが淡々と報告をおこなう。
『熊のような雄たけびは家族で慣れているので大丈夫です。むしろ私も一緒に叫びます』
「慣れてるって何? 一緒に叫ぶのは、もっと何!?」
『魔物シチューについては、むしろ好物です』
「いやいやいや、魔物シチューなんて嘘に決まってるでしょ。あの赤いのはトマト。トマトだから!」
『背骨については私も折るのが得意なので、ご安心ください』
「何もご安心できない! 不安しかない!!」
僕は頭を抱えながら、ぶるぶると震えた。
――どうして。一体、どうしてこんなことに!!
◇ ◇ ◇
戦闘民族と称されるアストリア家の長男として生まれた僕は、幼い頃から体格にも恵まれ、戦士としての将来を期待されていた。
しかし、家族はすぐに大きな問題に気が付いた。
僕の性格が、とにかく戦士に向いていないのだ。
引っ込み思案で大人しく、誰かと争いになることを嫌う。
良く言えば平和主義、悪く言えば臆病。
可愛いものや綺麗なものが好きで、格好良いものや武器にはあまり惹かれない。
鍛錬は責任感から続けていたが、それよりも本を読んだり絵を描くことが好きだった。
初めて戦場に連れて行かれたとき、僕は血を見て失神した。
そんな僕を見ても、父は怒りはしなかった。
意外なことに、家族は僕の個性を受け入れてくれたのだ。
これまで努力を積み重ねて、それでもどうしても変わることが出来なかったのを、理解してくれたのかもしれない。
僕は主に内政面で、家に貢献していくこととなった。
直接戦うことは無理でも、巨体と怪力は健在だったので、戦場でも裏方として出来る限り尽力した。
こうして何年かは穏やかに過ごしていたのだが、再び問題が発生する。
僕が結婚適齢期に入ったのだ。
アストリア家は伯爵家から公爵家へ異例の昇爵を賜ったこともあり、婚約の申し込みが殺到した。
「どうしよう。僕が臆病者だとばれたら、家の評価に関わるかもしれない!」
「うーん。取り合えず、怖い振りとかしてみます?」
ルーカスの気軽な思い付きにより、僕は魔熊公爵として生きていくことになった。
他の家族も、ノリノリでこの企てに参加してくれた。
しかしこの作戦は、思い通りの結果を生んでくれなかった。
婚約した筈のご令嬢たちが、次々に怖がって逃げていくようになってしまったのだ。
「やり過ぎだよ! これじゃあ、別の意味で家の評価に関わるよ!」
「まあ、しかし、当主の威厳は保たれていますので良いのではないですか?」
「そうかなぁ」
それでも、僕一人で突然の路線変更なんてできない。
僕はひたすら、恐ろしい魔熊公爵を演じるしかなかった。
◇ ◇ ◇
「罰だ。これまで嘘を吐いてきた、罰が下ったんだ」
僕は生気の失せた顔で、ひたすら神に祈った。
せめて楽に死ねますように。
「あっ」
そんなとき、ルーカスの不穏な声が洩れた。
僕はびくりと肩を震わせる。
「な、なに!? これ以上、何かあるのかい?」
「この手紙が出されたのが、3日前のようなんですけどね」
「うん」
「最後に書いてありますね。『埒が明かないので、3日後に会いに行きます』と」
「はっ!?」
「会いに来るという日付も今日ですね。間違いありません」
「手紙と同じ速度で、南の辺境にあるこの領地に向かってきているってこと!?」
――僕が叫んだのと同時に、執務室の扉がノックされる。
「ご当主様! 御来客です!」
「ぎゃああああっ!!」
僕は恐怖のあまり、椅子ごと転んで床に崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
第5話 貴方のハートを狙い撃ち大作戦
思い立ったが吉日ということで、私は早速、リリアンを連れてアストリア家を訪れた。
街道を進めば10日以上はかかる道のりだろう。
しかし、馬で森を突っ切ったので予定通り3日で到着することが出来た。
手紙もたくさん出していたのだが、返事を待ちきれなかった。
『やられる前に、やれ』が我が家の信条である。
アストリア領は辺境ながらも、非常に賑わって活気にあふれていた。
街の雰囲気も明るく、人々は笑い合い、武器店がとても多い。
実に素晴らしい。
この結婚、是非とも成立させなければならない。
私は馬を城下の厩舎へ預けた。
最低限の荷物だけ携えて、リリアンと共にアストリア公爵の住まう城へ向かう。
街の最奥にあるその居城は、頑丈な石が積まれた厚い城壁に囲まれていた。
装飾は少なく、防衛機能を重んじた建物のようである。
私は努めて柔らかく微笑みながら、屈強な門番へと声をかけた。
「突然のご訪問すみません。どうしても、アストリア公爵閣下とお会いしたくて」
第一印象が大切だと考え、身なりにはかなり気を配った。
相手は武家一門ということで鎧でも着こんで行こうかと悩んだが、討ち入りと勘違いされても困る。
ここは無難に、清楚で美しいワンピースドレスを選択した。
派手過ぎず品の良いデザインの衣服を纏って、私の可憐な見た目を全面に押し出していく作戦だ。
シュタルツ家の娘という身分を証明してみせると、門番は慌てて屋敷内へ連絡を繋いでくれた。
そしてほどなくして、「魔熊公爵」その人が姿を現す。
「……!」
私は彼の登場に、思わず息を飲んだ。
アストリア公爵は噂通りの大男で、いかつい顔立ちに鋭い眼光を備えていた。
その眼差しは、冷酷に突然の来訪者である私の本質を見抜こうとしているかのようだ。
「魔熊公爵」と称されるに相応しく、彼の見た目は獰猛な熊を連想させる。
長い黒髪は癖っ毛なのか乱雑に跳ねて、動物の毛皮を彷彿とさせた。
彼の纏う白いシャツは、隆々とした筋肉ではち切れそうだった。
首も、腕も、胸板も、脚も、規格外の太さだ。
これほどの巨体は我がシュタルツ領でも、滅多にお目にかかれない。
その上に羽織った金色の家紋の刺繍の入った黒いジャケットが、彼の威厳をより引き立てる。
(相手にとって不足なしだわ!)
私は心の中で、気合を入れ直した。
確かに並の貴族令嬢であれば、アストリア公爵の迫力に圧倒されて逃げ帰りたくなるというのも理解できる。
しかし、このマリアンヌ・シュタルツを見くびらないで頂きたい。
今まで越えてきた死線の数は、大抵の相手には負けはしないのだ。
「アストリア公爵閣下、このたびは面会の許可をありがとうございます。シュタルツ公爵家の娘、マリアンヌでございます」
私は優雅に微笑み、美しい姿勢で浅いカーテシ―を捧げた。
「まだ手紙の返事もできていなかったが」
ぼそりと呟くアストリア公爵の声は低く、凄みを感じる。
その迫力に負けないように、私はにっこりと笑みを浮かべた。
「ええ、存じておりますわ。でも、私、待つのは苦手ですの」
「ここまでは遠かっただろう。一体、どうやって」
「あらあら、うふふ。森の中を馬を走らせれば、そんなのすぐですわ」
「……あの魔物の巣になっている森を抜けて来たのか?」
アストリア公爵の瞳が、僅かに見開かれた。
それを好意的な反応と解釈し、私は心の中で喜んだ。
きっと彼は、私が今までの貴族令嬢とは違うと思い始めているはず。
――ならば、ここで一気に畳みかけて、勝負を決めるわ。
私がアストリア領でも十分に生きていける強さを持っていることを見せるのよ!
「はい。そして、アストリア公爵閣下に贈り物がございます」
私がリリアンに合図すると、彼女は大きな黒い箱を取り出した。
相手方の許可をとってから、その蓋をゆっくりと開く。
「道中で私が仕留めた、ドラゴンの首でございます――」
◆ ◆ ◆
第6話 僕のハートは停止寸前大惨事(★ガルム視点)
マリアンヌ様が突然やってきたという報告を受けて、僕は慌てて城門へ向かった。
相手は公爵家のご令嬢だ。失礼があっては大問題だ。
それに何より、怒らせてしまったらと思うと恐ろしい。
手紙の内容通りに、背骨を折られてしまうかもしれない。
こうして碌な心の準備も無しに、僕はマリアンヌ様と対面した。
(かっ、可愛い……!)
僕は驚愕した。
手紙の勢いと内容から推測して、てっきりゴーレムのような女性なのかと思っていた。
しかし其処にいたのは、華奢で可憐な美しい公爵家の姫だった。
「アストリア公爵閣下、このたびは面会の許可をありがとうございます。シュタルツ公爵家の娘、マリアンヌでございます」
礼節を守った彼女の挨拶を受けて、僕の緊張は一気に高まった。
本来ならば、こちらも丁寧に挨拶を返すべきだ。
しかし、その前に手紙が返せていなかったことを謝罪すべきだろうか。
いやでも、物理的に返事が間に合わないタイミングではあったし。
それにしても可愛いな、マリアンヌ様。
――僕は突然の情報過多に、完全に思考が追いつかなくなった。
「まだ手紙の返事もできていなかったが」
その結果、ぼそぼそとそんな言葉を呟いてしまった。
最悪だ。
何だか言い訳がましいし、嫌な奴だと思われたんじゃないだろうか。
だが、マリアンヌ様は気にした素振りは無く、会話を続けてくれた。
「ええ、存じておりますわ。でも、私、待つのは苦手ですの」
「ここまでは遠かっただろう。一体、どうやって」
「あらあら、うふふ。森の中を馬を走らせれば、そんなのすぐですわ」
「……あの魔物の巣になっている森を抜けて来たのか?」
マリアンヌ様の優しさと寛大さに安堵していたのだが、続く言葉に僕は硬直した。
彼女が馬で走り抜けてきたという森は、獰猛な魔物が多く棲みついており、アストリアの戦士ですら滅多に近づかない場所だ。
そこをマリアンヌ様は、苦もなく通過してきたのだという。
「はい。そして、アストリア公爵閣下に贈り物がございます」
どこか誇らしげに言う彼女に、僕は嫌な予感がした。
従者の女性が恭しく取り出した黒い箱を、じっと凝視する。
背を伝う冷や汗を感じつつ、ゆっくりと開けられる蓋の中身とご対面した。
「道中で私が仕留めた、ドラゴンの首でございます――」
「………………」
僕は何とか悲鳴を耐えた。
気絶しそうになったのも耐えた。
しかし駄目だ。
可憐で可愛いご令嬢だと思ったけど、やっぱり駄目だ。
――怖い。怖すぎる。
どうして気軽に、道中のついで感覚でドラゴンを退治しているの?
「シュタルツ公爵令嬢、その、この首は」
「あら、どうか気軽にマリアンヌとお呼びくださいな」
「……マリアンヌ様、ひとまず今日は」
僕が何とか言葉を選んで、丁重に失礼なく彼女にお引き取り願おうと試みていると、背後からどよめきの声が響いた。
「凄いじゃないですか、これ、ブラックノックドラゴンですか!?」
「もしや、ガルム様が討伐されたんですか?」
「すげー!!」
それは訓練帰りの、アストリア領の新兵たちだった。
無邪気に目をきらきらと輝かせて、黒い箱のドラゴンを見つめている。
「いや、これは俺ではなく」
「私が倒しましたわ!」
ここぞとばかりに、マリアンヌ様が胸を張って主張した。
「まさか、こんな華奢な女性がドラゴンを!?」
「貴女様はもしや、名のある武人ですか?」
わっ、と沸き立つ新兵たちに、マリアンヌ様は優雅に微笑んだ。
「いえいえ、そんな、私はただ――将来、アストリア公爵閣下の妻になる女ですわ」
「なんと、ガルム様、いつの間にこんな綺麗な女性を」
「おまけに武も優れているなんて、素晴らしい御方だ」
「また婚約破棄されたという噂は嘘だったんですね!」
(……????)
どうしよう、おかしいな。
僕の意思と無関係に、僕の婚約話が進んでいく。
助けを求めるように背後に控えていたルーカスへ視線を送ると、彼はにこにこ笑っていた。
「良いではありませんか。もう、このまま婚約なさってはどうですか? 私もドラゴン討伐のお話、聞きたいですし」
そうだった。彼もまた、生粋のアストリア戦士だった。
一番頼りになるはずの従者に裏切られて途方に暮れていた僕の腕を、マリアンヌ様が掴む。
「ぬわっ!?」
「うふふ、これから宜しくお願いしますわね――アストリア公爵閣下」
「俺は、こんなむさくるしい見た目だ。貴女にはもっと他に」
「あら、野性味があって素敵ですわ。好みのタイプです」
「ぐぬうっ」
「ひとまず、このお城を案内して頂けませんか? とても興味がありますの!」
「……良いだろう」
こうして僕は、彼女の城への滞在をなし崩し的に許可することになってしまった。
一体、どうしてこうなった。
心中でそう叫びつつ、僕は彼女と仲良く城の中へと向かっていくのだった(終)
お読みくださり、ありがとうございました!
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今回のお話は短編として纏めましたが、また別のお話も書けたらと思っています。
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