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追放令嬢はドレスを捨てて鍬を持つ。  作者: 月雅


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第4話 覇王様、森で迷子になる


ジュワァァァァ、という食欲をそそる脂の音が、荒野の静寂を切り裂いた。


香ばしい醤油と、ピリッとした生姜の香り。

そして、肉が焼ける野性的な匂い。


「うん、いい焼き色!」


私は中華鍋(土魔法で鉄鉱石から精製した特注品)を煽り、分厚い肉にタレを絡めた。

今日のメインディッシュは、ベア吉が狩ってきた「グレートボア(魔猪)」の生姜焼きだ。


魔猪の肉は少し硬いが、すりおろした玉ねぎに一晩漬け込むことで、驚くほど柔らかくなる。

そこに私の育てたニンニクと生姜をガツンと効かせれば、疲労回復効果抜群のスタミナ料理の完成だ。


「ベア吉、ごライスの準備は?」

『ヴォフ!(炊けたぜ!)』


かまどの方で、割烹着(私の古着をリメイク)を着たベア吉が親指を立てる。

羽釜からは真っ白な湯気が立ち上り、お米の甘い匂いが漂っている。


完璧だ。

完璧なランチタイムだ。


そう思った時だった。


ザッ、ザッ、ザッ……。


畑の入り口から、重たい足音が近づいてきた。

ベア吉がピクリと耳を動かし、鍋から目を離して警戒態勢に入る。


「お客様かしら?」


私は火を止め、エプロンで手を拭きながら振り返った。


そこに立っていたのは、一人の男だった。

黒髪に、血のように赤い瞳。

身なりは地味な旅装だが、纏っている布地は上質だ。

ただ、その顔色は最悪だった。

目の下には濃いクマがあり、頬はこけ、まるで数日間寝ていない亡霊のよう。


けれど、その目は死んでいない。

獲物を射抜くような鋭い眼光で、私とベア吉、そして手元の中華鍋をじっと見据えている。


(うわ、すごい威圧感……)


普通の令嬢なら悲鳴を上げて逃げ出すレベルだ。

腰には使い込まれた長剣が見える。

剣ダコだらけの手。隙のない立ち姿。


(間違いなく、ベテランの傭兵ね。それも、かなり腕の立つ)


魔物討伐の帰りだろうか。

あるいは、戦場から逃れてきたのか。

どちらにせよ、私の診断ジャッジは一つだ。


――この人、お腹が空きすぎて不機嫌なんだわ。


ハンスの時もそうだったけれど、男の人って空腹になると殺気立つ生き物らしい。

私は営業用スマイルを浮かべ、一歩進み出た。


「いらっしゃいませ。お食事ですか?」


男――アレクセイは、私の顔を見てわずかに眉を顰めた。


「……ここが、報告にあった場所か」

「え?」

「いや。……匂いに釣られて来た。ここは飯屋か?」


声は低く、威厳がある。

けれど、語尾が少し震えているのを私は聞き逃さなかった。

視線がチラチラと私の手元の肉に向いている。


「ええ、定食屋『エレノア』へようこそ。今はプレオープン中ですけど、お一人様ならすぐにご案内できますよ」


私は近くの切り株(客席)を手で示した。

男は警戒するように周囲を見渡した。

畑で水を撒くスプリンクラー(魔法具)や、割烹着姿の熊を見て、呆気にとられたような顔をする。


「……熊が、米を炊いているのか?」

「うちの従業員です。衛生管理は徹底してますからご安心を」

『ヴォフ』


ベア吉が「へい、らっしゃい」とばかりに会釈をする。

男は眉間の皺を深くしたが、背に腹は代えられないらしい。

ゆっくりと切り株に腰を下ろした。


「……毒見は?」

「はい?」

「いや……なんでもない。何か、食えるものをくれ。体が動くものならなんでもいい」


切実だ。

よほど過酷な依頼クエストをこなしてきたのだろう。

私は「お任せください」と胸を叩いた。


「じゃあ、日替わり定食でいきますね。スタミナつきますよ!」


私は再び中華鍋に火を入れた。

強火で一気に仕上げる。

皿に千切りキャベツを山盛りにし、その横にタレが絡んだアツアツの生姜焼きをドサッと乗せる。

どんぶりには、炊きたてツヤツヤの白米。

そして、採れたて野菜の味噌汁(風スープ)。


「お待たせしました。特製『魔猪の生姜焼き定食』です!」


ドン、と目の前に置くと、男の喉がゴクリと鳴った。


しかし、彼はすぐには箸をつけなかった。

じっと料理を凝視している。

疑っているのだ。

野良の飯屋で出されたものなんて信用できない、という傭兵特有の警戒心だろうか。


「毒なんて入ってませんよ。ほら」


私は横から小さなお肉を一切れ摘んで、ポイと口に入れた。

「ん〜、美味しい! 今日も絶好調!」


それを見た男は、意を決したようにフォーク(箸はないので)を手に取った。

そして、肉を一切れ口に運ぶ。


咀嚼。

一回、二回。


カッ、と男の目が開かれた。


「――っ!?」


次の瞬間、彼の動きが変わった。

フォークが残像が見えるほどの速度で動き出す。


肉を口に放り込み、すぐさま白米をかき込む。

肉の脂とタレの塩気を、甘いお米が受け止める黄金のコンビネーション。

口いっぱいに頬張り、飲み込むと同時に、また次の一切れへ。


「うまい……。なんだこれは、うまい……!」


男はうわ言のように呟きながら、一心不乱に食べ続けた。

冷徹そうに見えた仮面が剥がれ落ち、そこにはただ「美味しい」に感動する一人の青年の顔があった。


(ふふ、いい食べっぷり)


作り手として、これほど嬉しいことはない。

私はお冷(レモン水)を注いで渡した。


「ゆっくり食べてくださいね。ご飯のお代わりも自由ですから」

「……この米、魔力が込められているな。体が……熱い」

「この土地の水が良いんです。疲れが取れるでしょう?」


男は味噌汁を飲み干し、ふぅっと長い息を吐いた。

顔色が劇的に良くなっている。

どんぶりは空っぽだ。


「……信じられん」


彼は空の皿を見つめて呟いた。


「城の……いや、高級店の飯より、はるかに美味い。それに、体が軽い。長年の頭痛が消えている」

「お仕事、大変なんですね。また疲れたらいつでも来てください」


私が片付けようと皿に手を伸ばすと、男がガシッと私の手首を掴んだ。

ビクッとして見上げると、真紅の瞳が至近距離で私を射抜いていた。


「……名は?」

「え、エレノアですけど」

「エレノア。……覚えた」


男は満足そうに頷くと、掴んでいた手を離した。

そして、急激な睡魔に襲われたように瞼を重くした。


「すまない、少し……横になってもいいか……?」

「え? あ、はい。そこのハンモックなら……」


私が指差す前に、彼は切り株から崩れ落ちるように芝生の上へ倒れ込んだ。

慌てて支えようとしたが、すでに寝息が聞こえている。


「スー……スー……」


深い、泥のような眠りだ。

相当無理をしていたに違いない。

顔立ちは整っているのに、寝顔はあどけない子供のようだ。


「しょうがないわねぇ」


私は小屋から毛布を持ってくると、彼にかけてやった。

ベア吉が心配そうに覗き込んでくる。

『ヴォフ?(食うか?)』

「ダメよ。お客さんだもの」


私はしゃがみ込み、寝息を立てる「傭兵さん」の顔を眺めた。


「起きたら、お代をもらわなきゃね」


この時の私はまだ知らなかった。

この無防備な寝顔を晒している男が、大陸最強と謳われる軍事国家ガルディア帝国の皇帝、アレクセイ・ガルディアその人であることを。


そして、岩陰からその様子を見ていた数名の護衛たちが、

『陛下が……野宿した!?』

『しかも毒見なしで完食されたぞ!?』

『あの娘、何者だ……?』

と、頭を抱えてパニックになっていることなど、知る由もなかった。


風が吹き抜け、荒野の午後は穏やかに過ぎていく。

私の作ったご飯が、一人の孤独な王の胃袋と心を、がっちりと掴んでしまった午後だった。


【第5話へ続く】


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