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追放令嬢はドレスを捨てて鍬を持つ。  作者: 月雅


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第10話 黄金の食卓


あれから、五回の季節が巡った。


かつて赤茶けた荒野だったこの場所は、今では見渡す限りの緑と黄金色に染まっている。

地平線まで続く小麦畑。

たわわに実る果樹園。

そして、整備された街道を行き交う荷馬車の列。


ここ「エレノア皇妃領」は、帝国のみならず、大陸全土の胃袋を支える一大穀倉地帯へと変貌を遂げていた。


「こらー! レオン、ミア! 畑の中で鬼ごっこは禁止よ!」


私が声を張り上げると、トマト畑の向こうから二つの小さな影が飛び出してきた。

銀髪の男の子と、黒髪の女の子。

今年で四歳になる双子、レオンとミアだ。


「きゃはは! ママ、つかまえてー!」

「ベア吉、逃げろー!」


二人がしがみついているのは、巨大な赤熊――ベア吉の背中だ。

かつて私と死闘を繰り広げたAランク魔獣も、今ではすっかり子供たちの専用乗り物(兼、最強のベビーシッター)になっていた。


『ヴォッフ〜(やれやれ)』


ベア吉は私に「仕方ないですねぇ」という視線を送りつつ、器用にうねを避けて歩いている。

その背中でキャッキャと笑う子供たちを見て、私はふっと溜息をつき、同時に頬が緩むのを止められなかった。


「……たくましいこと」


私は汗を拭い、愛用の鍬『あかつき丸』を地面に突き立てた。

今の私は、煌びやかなドレス……ではなく、動きやすい麻のシャツにサロペット姿だ。

頭には麦わら帽子。

これが、ガルディア帝国皇后の普段着である。


最初は揉めたものだ。

「皇后陛下が土いじりなど!」と議会が騒ぎ立てたが、私が鍬一本で反対派の貴族を論破(物理的な意味ではなく、食料自給率のデータで)し、アレクセイが無言の圧をかけたことで沈静化した。

今では「大地と共に生きる聖母」なんて大層な二つ名までついているらしい。


「おーい、エレノア!」


畑の向こうから、野太く、それでいてよく通る声が聞こえた。

手を振っているのは、袖をまくり上げた大柄な男性。

アレクセイだ。


彼もまた、豪奢な軍服を脱ぎ捨て、ラフな作業着姿だ。

それでも隠しきれない王者の覇気が、周囲の空気をピリッと引き締めている。


「アレクセイ! そっちの収穫は終わったの?」

「あぁ。ジャガイモ掘りなら任せろ。……見てくれ、この完璧な芋を」


彼が近づいてきて、泥だらけの手で巨大なジャガイモを掲げて見せた。

その顔は、他国との条約締結に成功した時よりも誇らしげだ。


「すごい! また腕を上げたわね」

「ふっ、当然だ。妻の専門分野で足を引っ張るわけにはいかんからな」


彼は私の隣に立ち、愛おしそうに畑を見渡した。


「……いい眺めだ」

「ええ。本当に」


私たちは並んで風に吹かれた。

この五年間、色々なことがあった。


祖国オルド王国は、予想通り崩壊した。

鉱山を失い、財政難に陥った王家に対し、民衆がついに蜂起したのだ。

結果、王国は解体され、帝国の保護下で「オルド地方」として再編された。

無能な貴族たちは追放され、今は実力ある代官が治めている。


あのジェラルド王子とアンナは……詳しくは知らない。

ただ、北の鉱山で、今も借金を返すためにツルハシを振るっているという噂を聞いた。

彼らもまた、労働の尊さを学んでいる最中なのだろう。


「パパ! ママ! おなかすいたー!」


レオンの声で、私は我に返った。

見れば、太陽はもう真上にある。


「そうね。休憩にしましょうか」

「よし、俺が準備しよう」


アレクセイが指を鳴らすと、畑の隅に隠れていた護衛たち(彼らもまた、農作業の手伝いをさせられている)が、手際よくテーブルと椅子をセットし始めた。


今日のメニューは、もちろん畑で採れた野菜のフルコースだ。

巨大なバスケットから、私が朝一番で作った料理を取り出していく。


・完熟トマトとモッツァレラのサラダ

・揚げたてコロッケ(アレクセイが掘ったジャガイモ使用)

・カボチャの冷製ポタージュ

・魔猪肉の特製ハンバーグ

・そして、釜で炊いたツヤツヤの白米おにぎり


「わぁー! ハンバーグだ!」

「コロッケもあるー!」


子供たちが泥だらけの手を魔法で洗い(便利な生活魔法だ)、椅子によじ登る。

ベア吉も『待ってました』とばかりに、専用の特大ボウル(山盛りの野菜と肉)の前にお座りした。


「さあ、召し上がれ」

「「「いただきます!!」」」


青空の下、元気な声が響き渡る。

レオンがハンバーグにかぶりつき、肉汁を口の端から垂らす。

ミアはコロッケを両手で持ち、サクッという音と共に幸せそうな顔をする。


アレクセイは、私特製のおにぎりを手に取った。

具は、彼の大好物である焼き鮭だ。


「……ん」


一口食べた彼が、目を閉じて深く頷いた。


「やはり、世界一だ」

「ただの塩むすびですよ?」

「それがいい。……この米には、君の愛と、大地の力が詰まっている」


彼は真面目な顔で言うと、私の肩を引き寄せて、こめかみにキスをした。

子供たちが見ている前で堂々とやるものだから、私はいつも赤面してしまう。


「も、もう! 子供たちの教育に悪いです!」

「何を言う。両親が仲睦まじいのは良いことだ。なぁ、ベア吉?」

『ヴォフ(ごちそうさん)』


ベア吉は我関せずといった様子で、ガツガツと食事に集中している。


私は苦笑しながら、自分の分のサラダを口に運んだ。

シャキッとしたレタス。甘酸っぱいトマト。

口の中に広がる、太陽の味。


(幸せ……)


心からそう思った。

かつて王宮の夜会で、偽りの笑顔を張り付けていた頃には想像もできなかった。

泥にまみれ、汗を流し、家族と囲むこの食卓こそが、私が本当に欲しかったものなのだ。


ふと、自分の手を見る。

相変わらず節くれ立って、タコのある手だ。

でも、今の私にはこの手が誇らしい。

この手で荒野を拓き、国を変え、そして家族を守ってきたのだから。


「エレノア?」

「……いえ、なんでもないです」


私は首を振り、アレクセイと子供たちに向かって最高の笑顔を向けた。


「あー、今日もご飯が美味しい!」


私の言葉に、家族全員が笑顔で頷き返してくれた。


風が吹き抜け、黄金色の麦畑がさざ波のように揺れる。

その音はまるで、私たちを祝福する拍手のようだった。


悪役令嬢として追放された私の物語は、これでおしまい。

でも、農家としての、そして母としての私の毎日は、これからもずっと続いていく。

この愛しい大地と、大好きな人たちと共に。


【完】


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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