第1話 ドレスを捨てて、鍬を持て
「エレノア・ヴァン・オルド! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄とする!」
王宮の大広間に、ジェラルド王子の甲高い声が響き渡った。
シャンデリアの煌めき。
着飾った貴族たちの嘲笑混じりの視線。
そして、私の目の前で勝ち誇った顔をする金髪の王子と、その腕にへばりつく小柄な男爵令嬢。
まさに、テンプレ通りの断罪イベントだ。
私は手に持っていた扇をゆっくりと閉じた。
内心でガッツポーズを決めながら、あくまで令嬢としての淑やかな仮面を被る。
「……理由は、横領の件でしょうか?」
「白々しい! 我が国の農業予算を不正に流用し、私腹を肥やした証拠は挙がっているのだ!」
王子が投げつけた書類が、バサリと床に散らばる。
もちろん、全部でっち上げだ。
横領していたのは宰相とその取り巻きたちだし、私はむしろ私財を投じて地方の飢饉を食い止めていた。
けれど、ここで反論なんて野暮なことはしない。
だって、この瞬間を待っていたのだから。
「弁解の余地もございません」
「なっ……認めるのか?」
王子が拍子抜けしたような顔をする。
私は床の書類を優雅に拾い上げ、懐から万年筆を取り出すと、サラサラとサインをした。
「はい、認めます。婚約破棄も、罪も、すべて受け入れましょう」
「お、おい待て。泣いて縋るとか、そういうのはないのか?」
「殿下のご判断は絶対ですから。それで、処分は?」
王子の背後に控えていた宰相が、ニヤリと笑って進み出た。
「罪人エレノアは、爵位剥奪の上、国境の緩衝地帯『オイレンベルク』への追放とする! 即刻立ち去れい!」
オイレンベルク。
魔物が蔓延り、水もなく、岩だらけの不毛の大地。
貴族の間では「あそこへ行くくらいなら処刑台の方がマシ」と言われる、事実上の死刑場だ。
会場がざわめく。
哀れみと、優越感の混ざった視線が私に突き刺さる。
普通なら、絶望のあまりその場で泣き崩れるところだろう。
けれど、私は必死に口角が上がるのを抑えていた。
(やった……! やったわあああああ!)
あそこなら、夜会も、コルセットも、お化粧もいらない。
書類仕事も、王子の相手もしなくていい。
ただひたすら、土と向き合える!
私は深々とカーテシーをした。
感謝を込めて。
「謹んでお受けいたします。皆様、どうぞお元気で」
さようなら、堅苦しい王宮。
こんにちは、私のスローライフ。
***
翌日の夕方。
私は国境の検問所を抜け、馬車から放り出された。
「……悪いな、嬢ちゃん。俺たちも命令でね」
護送役の騎士が、申し訳なさそうに水筒と乾パンの入った袋を投げて寄越す。
彼らの目には、私が「死に行く哀れな女」に映っているらしい。
「ここから先は魔の森に近い。運が良ければ数日は生きられるかもしれんが……」
「お気遣いなく。ここまで送っていただき感謝します」
私が淡々と告げると、騎士たちは逃げるように馬車を走らせて去っていった。
砂煙が舞う荒野に、私一人が取り残される。
周囲を見渡す。
見事なまでの荒野だ。
赤茶けた大地。ゴツゴツとした岩山。
草一本生えていない、死の世界。
「ふふ……ふふふ」
笑いがこみ上げてくる。
誰も見ていないことを確認し、私は叫んだ。
「最高じゃないのーー!!」
誰にも邪魔されない。
この広大な土地、全部私のものだ!
私はまず、息苦しいドレスのスカート部分を両手で掴んだ。
高級なシルク生地だが、躊躇なく引きちぎる。
バリバリといいう音と共に、足元が軽くなる。
膝丈になったドレスは、動きやすい作業着へと早変わりだ。
そして。
太ももに巻き付けていた革のホルスターから、愛しい「相棒」を引き抜く。
ジャキッ。
鈍い銀色の輝き。
柄の長さは約一メートル。
先端には、鋭利な刃と重厚な爪を備えた金属塊。
私が15歳のデビュタントの際、ドレス代を全額突っ込んでドワーフの名工に特注した逸品。
純度100%のミスリル合金製農具。
その名も、『あかつき丸』。
「久しぶりね、あかつき丸。王宮じゃクローゼットの肥やしだったけど、今日からフル稼働よ」
私は鍬を握りしめ、地面を踏みしめた。
まずは拠点確保だ。
人間が生きていくために必要なのは、一に水、二に安全な寝床。
私は目を閉じ、大地に意識を同調させる。
足の裏から魔力を流し込む。
私の「土魔法」は、派手な攻撃魔法じゃない。
けれど、地面の下がどうなっているか、手に取るように分かる。
(……硬い。岩盤だらけね。でも、地下30メートルに水脈がある)
普通の魔法使いなら、ここで諦めるだろう。
水を掘り当てるのにどれだけの魔力がいるか分からない。
でも、私には物理がある。
「ふっ!」
気合い一閃。
ミスリルの鍬を振り上げ、岩盤へ叩きつける。
同時に、インパクトの瞬間に爆発的な魔力を流し込み、岩の分子結合を「解く」イメージを送る。
ドォォォォォォン!!
爆音と共に、直径5メートルほどのクレーターが生まれた。
岩が豆腐のように砕け散る。
私は休まず、鍬を振るった。
耕すように、掘る。
掘るように、殺す。
「せいっ! はっ! どっこいしょぉぉ!」
淑女らしからぬ掛け声と共に、私は猛スピードで大地を掘り進めた。
土魔法で周囲の壁を固めながら、螺旋階段状に掘り下がる。
一時間後。
最後の一撃を振り下ろした瞬間、プシュッと湿った音がした。
「ビンゴ」
じわりと、澄んだ水が湧き出してくる。
冷たくて綺麗な地下水だ。
私は手で水を掬い、喉を潤した。
極上の味がする。
「ぷはーっ! 労働の後の水は美味しい!」
見上げれば、頭上の穴から夕焼けが見えた。
狭い縦穴の底だけど、王宮の寝室よりずっと落ち着く。
今夜はここで野宿だ。
魔法で入り口を塞げば、魔物が入ってくる心配もない。
騎士からもらった乾パンをかじる。
ボソボソして味気ないけれど、ここには「自由」という最高のスパイスがある。
「さて、明日はあの岩山を崩して畑にしましょう」
私は鍬を抱きしめ、泥だらけの顔で笑った。
追放された悪役令嬢?
いいえ、私は今日から、この荒野の開拓村長よ。
そんな私の様子を、遠く離れた岩陰から、漆黒の装束を纏った「誰か」が見ていることになど、この時の私は気づいていなかった。
【第2話へ続く】




