ドアマット令嬢の妹(本来の意味で)ズルいズルい
思い出すのよ私。ディアレットは何と言った?
『セルシエナさまったら、義姉のグリゼルディアさまのアクセサリーを奪って身につけてるとかズルいズルい!!』
セルシエナ様が、義姉のアクセサリーを奪って身につけている? 何故そう思ったの?
彼女のアクセサリーは、花の形の腕輪と、鹿のペンダント──。
鹿のペンダント?
それだわ!
私は顎を上げて、まっすぐセルシエナ様を見た。
「セルシエナ様、今お召しのペンダント。
琥珀の鹿とエメラルドの葉をあしらった、その骨董ペンダントはどなたの物ですの?」
セルシエナ様のお顔が困惑に揺れた。
「はい? どなたのって……」
「通常の骨董装飾品に、動物の意匠は使われません──その動物を紋章とする家を除いては。
琥珀の鹿。鹿を紋章とするのは、例えばシストリー家ですわね。グリゼルディア様の亡きご母堂の家です」
以前、平民向けのカフェで、私はディアレットにそのことを話した。鹿はシストリー家の紋章だと。
「対して、貴女の母系はイーロウ家。その紋章は藤と星であったはず」
ディアレットを置いてお茶会に出席した時、彼女は紋章を模ったイヤリングを着けていた。藤と星のイヤリングを。
「つまり、そのペンダントは明らかに姉君グリゼルディア様の、つまりシストリー家女系の所有物。
何故、イーロウ家女系の貴女が身につけておいでなのです?」
語尾を上げたけれど、それは疑問ではない。『姉から奪ったわね?』という確認だ。
「そっ、それは……」
セルシエナ様は答えられない。
グリゼルディア様の両肩をつかんだまま、母君である子爵夫人が一歩進み出た。
「それは、このグリゼルディアが癇癪を起こしたことがございましたの! 要らないからと言って投げ捨てようとして……それくらいなら、せめて妹にあげなさいと……」
大声で言い訳をする。
そう、それは説得力のない、ただの言い訳だ。
なぜなら。
周囲の人垣の一隅から、男性の声がした。
「よしんばそうだとしても、何故そこのご令嬢が身につけるのですか?」
その声は、私がまさに言おうとしたことを代わりにおっしゃった。
人垣が割れて現れたのは、大柄な青年紳士だった。先日王子様問題で手間をおかけした、公安警察のシュライエン卿だ。
発言は私たちに向けてのものだったけれど、視線はちらちらとグリゼルディア様の方を向いていらっしゃる。
この方も、彼女の衰弱ぶりに疑いを持っていらっしゃるようだ。
「失敬。そちらのご令嬢の具合が悪そうでしたので、別室で休むよう申し出るつもりだったのですが。
あなた方のやり取りが聞こえて、つい口を出してしまいました。
さて、ご令嬢」
と、シュライエン卿はセルシエナ様に顔を向ける。
「骨董装飾品は、母から娘、さらにその娘へと受け継がれていく家門の宝です。
聞けばそれは、シストリー家の女系に伝えられるべき品。こちらのグリゼルディア嬢が要らないとおっしゃるならば、シストリー家にお返しするのが筋でしょう?」
これには、周囲の人々も一斉にうなずいた。
彼らも貴族、自分たちの一族に代々伝わる骨董品には、並々でない愛着と誇りを持っている。亡き母から娘に譲られた骨董ペンダントを、他の家系の者が身につけるなどもっての外。
一同の非難の眼差しが、今度はセルシエナ様に向けられた。
セルシエナ様が、再び瞳を潤ませる。
「そ、そんな……わたしはそんなこと、姉から知らされなくて……!
そうと知っていたら、姉かシストリー家にお返ししましたわ!」
弱々しくすがるような声は実に可憐で、その姿はつい慰めたくなる愛らしさだった。
とは言え、どう転んでも苦しい言い訳だ。
彼女も、未成年だが子供とも言えない年齢。知りませんでしたでは常識を疑われるし、親はそれ以上の非難に値する。
「ならば、すぐにそうすべきですね、ご夫妻。それにご令嬢も」
「ぐっ……」
子爵は言い返せずに黙っている。
「はい……」
「ええ……申し訳ないことをいたしました」
すぐにシストリー家にお返しいたしますわ……」
夫人とセルシエナ様はしおらしくうつむいているが、2人とも内心はさぞや悔しがっていることだろう。明らかに嫌々言っている。
だけど、これで潮目が変わった。
彼女たちに非があると、周りに印象づけることができた。
だけど、持ち物を取り上げたことだけでは、グリゼルディア様への虐待とまでは言えない。
もう一手、何か追及できるものがあれば……。
「お義姉さま」
横からディアレットが、そっと袖を引いた。
私は前を向いたまま、小声で尋ねる。
「どうしたの」
ディアレットも小声で言う。
「グリゼルディア様がズルいんです。伸びしろの塊すぎてズルいんです」
今か……。
今ここで、ファッションチェック令嬢の本領発揮なのか……。
小声で聞く。
「なんで今なの? それに、王子様問題の後に『ズルい時はまず、家族にこっそり言いなさい』って教えたのに、どうしてセルシエナ様の時はこっそり言ってくれなかったの?」
「えー、だってグリゼルディア様、とってもお気の毒じゃないですか。絶対虐められてるじゃないですか」
だから、その根拠を具体的に説明して欲しかったわ……。
「まず小声で教えてくれるようになったのは進歩ね……」
とりあえず褒めて──。
──それよ! 相手に追撃できる一手!




