ドアマット令嬢の家族(本来の意味で)ズルいズルい
超適当晩餐会ルールがございます。
子供は夕方になったら帰れ〜。
社交シーズン中は、どこかで毎日のようにパーティーやお茶会が開かれている。一昨日は公爵家主催の舞踏会、昨日は侯爵家で大がかりな昼食会。
大抵は、私とソリドール様の両方ともが招待されている。だから他の貴族との社交に励みながら、婚約者としての関係も育むことができるのが嬉しい。
ソリドール様。
エスコートしてくださる時、彼は私が貴重な宝物であるかのように、そっと優しく触れてくれる。
ダンスの時、彼はメリハリのある強いリードで、私を導いてくれる。
食事や散歩の時、彼は会話があまり得意でない私に、積極的に面白い話題を提供してくれる。そしてあの美しい笑顔で、私の言葉を、興味深く楽しそうに聞いてくれる。
ああ……これが愛なの?
理屈っぽい本の虫の私が、今まで抱いたことのない、胸の中の泉から何かが湧き上がるようなこの気持ちが恋なの?
私は、貴方にこの喜びと感謝をきちんと返せているかしら?
私は、この方となら一生を共にできる。
貴方も同じ思いを抱いていらっしゃるの? いえ、そうであって欲しい。例え政略結婚でも。
……そんな不思議な高揚感の中、私は社交シーズンの催しをこなし続けた。
今日は……なんと王宮の、収穫を祝う晩餐会。社交シーズンのクライマックスといえる、貴族の中でも選ばれた者だけが参加できる大がかりな催しだ。
わが家もいろんな家から招待されるようになったけれど、ついに王宮からお呼びがかかるなんて……。
正確に言うと、招待されているのは両親だけ。
ただ通例として、晩餐開始前の午後の時間帯に、数人の家族を連れて宮殿の中に入ることはできる。
ソリドール様のご両親も招待されているそうだ。
なので、午前中にソリドールさまに迎えに来ていただき、私の家族と共に昼食を摂ってから一緒に王宮に向かうこととなった。
いくつもの広間や部屋が開放されている。部屋の中は、刺繍や手描きの模様で飾られた衝立で区切られ、客は小さいテーブルで軽食を摂ったり、カードで遊んだりしている。
シャンデリアや天井画も美しい広間では、楽士たちが音楽を奏でている。本格的な舞踏は夜になってからだそうだ。
「すごく広くて豪華ですねお義姉さま! 迷いそうだわ!」
「本当ね。はぐれないように手をつないでおきましょう、ディアレット」
「は〜い!」
まだ明るい時間帯なので、私たち義姉妹も両親に連れられて回ることができた。晩餐の時間になったら帰るか、家族用のエリアで待機しないといけない。
さすがにコスチュームジュエリーを身につけた客はいない。女性は皆、先祖から伝えられた骨董宝飾品や、新しく作らせた宝石と貴金属で身を飾っている。
その代わりと言っては何だが、テーブルにはティースタンドに乗ったお菓子やオードブルが並べられていた。以前にカフェで見たものよりも洗練されたデザインで、優美な曲線を描く金のスタンドに、純白の皿が美しい。
義父が私にささやく。
「あれも、うちの出資した商会の新作だよ」
「商才がおありですのね、お義父様」
「それもこれも、君とディアのおかげだ」
そこでディアレットが、眉をよせて口を挟んでくる。
「もう……ソリドール卿ったら、昨日と同じクラバットです!」
ソリドール様が、口元をほころばせた。
「これはエルヴェルート嬢から贈られたクラバットなんだよ。だからずっとつけていたくて。
やっぱり、おかしかったかな?」
「私は嬉しいですわ、気に入っていただけて」
「エルヴェルート嬢の言葉に免じて、許してもらえないかな? ディアレット嬢」
「むむう……。仕方ないですわ」
私が2人に微笑むと、ソリドール様も私をご覧になりながら、うっとりするほど美しく優しい微笑みを浮かべた。
と、横から声がかけられた。
「だから言ったろう、ソリドール。
身だしなみにはとびきり気をつけないと、ゼフィルリース家のお眼鏡にはかなわぬとな」
からかうような男性の声。
「伯爵」
ソリドール様のお父君の、アーガスライト伯爵だ。
息子同様、穏やかな笑みを浮かべた知的な紳士だ。奥様をエスコートしておられる。
親同士が挨拶を交わした後、私も腰をかがめて礼をとった。もちろん、こっそりディアレットにも礼をうながすのも忘れない。
「ご無沙汰しております」
「ご機嫌よう、エルヴェルート嬢。
このような美しく聡明なご令嬢と結婚できるとは、わが息子は幸せ者だな?」
伯爵夫人も、機嫌良く夫に微笑む。
「その通りだわ、あなた。
エルヴェルート嬢、うちの息子はちゃんと手紙やプレゼントを贈っているかしら?
とにかく殿方というものは、細やかな気遣いに欠けるものだから。息子にも、よくよく言い聞かせているのよ」
「お気遣いありがとうございます、奥様。
ありがたいことに、先日素敵なブローチをいただきましたわ。とても気に入りました」
「あら、それは良かったわ……」
とおっしゃいながらも、伯爵夫人は一瞬怪訝そうな顔をなさった。
どうなさったのかしら?
だけどすぐに、親同士の会話が始まって、「じゃあ、ここからは年寄りと若者の二手に分かれて行動だ。ソリドール、淑女たちをご案内して差し上げなさい」ということになった。
「ありがとうございます、ソリドール様。
王宮はとても壮麗で、歩くだけでも緊張いたしますわ」
「そうだね。それにとにかく広いし、人も多いから。
ディアレット嬢も、はぐれないように気をつけて」
「わかりました〜!」
そんなわけで、他の客に混じって3人で宮殿内を歩き回った。豪華な調度や装飾に感嘆したり、皆でテーブルに置かれた銀の小箱からボンボンをつまんだり。
そうしていると、また別の客に後ろから声をかけられた。
「あらエルヴェルート様、ご機嫌よう」
見ると、リングレー子爵メルティーズ家のご息女、セルシエナ様だった。先日のお茶会で、私に義妹の悪口を言わせようとした令嬢だ。
小柄で、雛菊のように可憐な少女だ。異国的な装飾紋様を刺繍したドレスに、琥珀の鹿とエメラルドの葉をあしらった骨董ペンダントがよく似合っている。ただ、袖口に見える花模様のブレスレットはガラス製。格の高い催しに、コスチュームジュエリーはいただけない。
清楚な顔立ちに見合わず眼差しは強く、声は甘いが言葉には棘が潜んでいた。
「ご機嫌よう、セルシエナ様。ご家族は?」
「あちらにおりますわ。
両親は昨日、この王宮に泊まりましたの。ですから今日は、わざわざ一度屋敷に戻って改めて家族で参りましたのよ」
得意げにおっしゃる。
「まあ。リングレー子爵家は、王宮に部屋を与えられるほど王家の信頼が厚いのですわね。羨ましいこと」
面倒くさいマウントね……。
まあ乗ってあげるけれどね。礼儀だから。
「それほどでもありませんわ。
それにゼフィルリース男爵家こそ、最近のご繁栄、本当に羨ましい限りですわ」
羨ましいと言いながらも、顎を上げて私を見下すような笑いを浮かべる。
「なんでも、平民相手のお商売をなさっているんですって? 貴族ともあろうものが、汗水流して仕事をするなんてお気の毒ですこと」
「ご令嬢。エルヴェルート嬢のご一族は、自ら商売をなさっている訳ではありませんよ?
言わば、ファッションという芸術の出資者でいらっしゃるのです」
私の隣にいたソリドール様が、間に入ってとりなしてくださった。
だけど、それが逆に彼女の気を悪くしたらしい。なめらかな頰に朱が差す。
「言い方を取り繕っても、それって下賤の者がするのと同じ、お金儲けでしょう?
ああ、でも、ゼフィルリース家は領地を切り売りなさって、貴族らしい生活を送るのに難儀なさっていましたものね。なら仕方ありませんことよ、お可哀想に。
それにしても、人間とは困窮すると何でもできるといういい見本ですわね。わたし感心いたしました!」
ソリドール様が周囲にさっと視線を走らせ、人目を集め始めていることを確認なさった。
低い小声で、だけど強い口調でセルシエナ様を叱咤する。
「セルシエナ嬢、失礼ですよ! お控えなさい」
……あらまあ。
男爵家が爵位に見合わない莫大な富を得たことを、お気に召さない方々もいらっしゃるだろうけれども。
ソリドール様が庇ってくださっても、ここまで露骨に喧嘩を売られては、私も買わない訳にはいかない。
引き下がってしまうと、わが家の沽券に関わるのだから。
ああ、だから社交は面倒くさい。早く家に帰って本を読みたい。
そんな内面を押し隠し、私はわざとらしく悲しげな顔を作った。
「ああ、おっしゃりたいことは分かっております。
昨今の、平民の台頭と困窮貴族の増加……なんと嘆かわしいことでしょう。身分制度が守られ、皆様が爵位に見合った生活を送っていた時代は、過去のものになろうとしています。
淑女としての気品とマナーも。そう思われません?」
要するに『あなた、子爵令嬢のくせにマナーがなっていないわよ』ということだ。
それがちゃんと伝わったらしく、セルシエナ様のお顔がさらに赤くなった。
まあ怒らせたのは私なのだけれど。
「何ですって! だいたい貴女だって、澄ました顔をしていても所詮──」
「やめなさい、セルシエナ嬢! それ以上は──」
「ズルいズルい! セルシエナさまったらズルいズルい!」
制止したソリドール様をさらに遮って──というより状況を全部無視して、ディアレットが突如大声を上げた。
ディアレット! どうしてここでズルいズルいなの?
この流れの中で、セルシエナ様のファッションチェックを始める気なの!?
だが次の発言は、私の予想を大きく裏切るものだった。
「セルシエナさまったら、姉君のグリゼルディアさまのアクセサリーを奪って身につけてるとかズルいズルい!!
それどころかセルシエナさまのご家族も、グリゼルディアさまをないがしろにして虐げてろくに食べ物も差し上げないで暴力を振るって、それどころかセルシエナさまが悪い子だなんて大嘘おっしゃってばかりなのズルいズルい!! ズルすぎですわ!!」
「「えっ!?」」
えっ!?
それは、称賛じゃなくて本当にズルい……というか虐待……というか犯罪……。
そうよ犯罪の告発じゃないの!
大急ぎで、貴族の姻族関係の記憶を引っ張り出す。
セルシエナ様は、リングレー子爵メルティーズ家の、2人いる令嬢の妹君だ。
伯爵は、シストリー家出身の夫人との間に長女グリゼルディア様を儲けられた。だけど出産後夫人は身罷られ、後添いとしてイーロウ家の女性を迎えられた。その方との間に生まれたのが、目の前にいるセルシエナ様。つまり、姉君グリゼルディア様と妹君セルシエナ様は母親の違う姉妹。
グリゼルディアは数年前に病を得て、領地の屋敷からお出にならない。病苦から、とても偏屈でわがままな性格になってしまったと、セルシエナ様から聞いている。
つまりディアレットは、それは嘘で、グリゼルディア様が義母と母親の違う妹に虐げられていると主張していると。
なんで突然……!
「きゅ、急に何を言い出すのよ!?」
セルシエナ様が、驚愕もさめやらぬお顔で叫んだ。
そこは私も同感です。
「あなた! それは、ゼフィルリース家からうちのメルティーズ家への侮辱なの?
そうだとしたら、到底見過ごせないわ。
どうして、私や家族がお姉様を虐げたなどと思ったの?」
「えっ……それは、えっと……」
急にたじたじとするディアレット。
案の定、説明できない。
だけど彼女は一転、凛々しい顔つきになると私の方を振り向いた。
「それは、お義姉さまが全部説明してくださいますわ!
お義姉さまはとっても賢くて、なんでもお分かりになりますもの!」
「え」
ちょっと待ってディアレット。私に丸投げ?
私は、どの方向へボールを投げてもキャッチできる犬じゃないのよ!




