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そこのメカクレ男子ズルいズルい

「あの、前髪で目を隠している男の人、ズルいズルい!」


 ……はい。

 最近ズルいズルいが出ていなかったので、油断していたわ。

 このパーティーが終わって帰宅したら、家族の反省会の議題として出しておきましょう。

『ディアレットに、「ズルいズルいと言う時は、まず家族に小さい声で言いなさい」と徹底的に教えこみましょう』と。




 話は少し遡る。


 ディアレットは、おおむね私の予想通り、『ちょっと変わった、それゆえに優れたファッションアドバイザー令嬢』という立ち位置を獲得した。


「奥様は絶対に、大きな花飾りを帽子にお付けになるつもりですのね! 小顔に大きな花が映えてズルいズルい!」


「エイルローズ様は、間違いなく黒を基調にしたドレスがお似合いですわ! 差し色に赤や青や緑をふんだんに使って、アゲハ蝶のようにすっきりした華やかさをお出しになれるのよ、ズルいズルい!」


 もうそれはズルいズルいではない。ただのアドバイスで賞賛だ。

 元々ディアレットは『可愛いけれども常識のない子』と周囲に認識されている。逆に言えば、相手に忖度(そんたく)したり、心にもないお世辞を言うタイプではない。彼女が他の人を褒める時は、本心から言っていると信じられるのだ。

 だからズルいと言われた方も、悪い気はしない。それどころか彼女の言う通りにして、アドバイスが的確だったと喜んでくれる。


 おかげで彼女は社交の場に引っ張りだこ。空気を読まない発言も、今のところそういうキャラクターなのだと認知されて好意的に受け入れられている。

 友人も何人かできたようで、とりあえず私も一安心だ。




 そんなある日、レッドグライフ公爵家──先日お世話になったエイルローズ様のお家だ──のパーティーに、私たち一家も招待された。以前では考えられなかったような高位貴族からお呼ばれするとは、なんとも光栄だこと。

  

 ソリドール様は婚約者として、午前中に私を迎えにこられた。

 颯爽と玄関ホールを抜けて、迎えに出た私の前に立つ。


「おはよう、エルヴェルート嬢。少し早かったかな?」


「いいえ、待ちかねておりましたわ」


「ソリドール卿、おはようございます!」


 ディアレットも支度が終わって、ホールに入って来た。

 元気よく挨拶するが、まじまじとソリドール様を見て頰をふくらませた。


「もう、ソリドール卿ったら、昨日お義姉さまとお会いした時と同じお服ですわ!」


ソリドール様が苦笑なさった。


「まいったな。相変わらず目ざといね。

 実は友人たちと飲み明かしたせいで、昨夜は友人の家に泊めてもらったんだ。

 社交シーズンでもないと、大人数で集まれないからね」

 

「正装なのだからいいじゃない、ディアレット。

 私は気にしないわ」

 

「エルヴェルート嬢の言葉に免じて、許してもらえないかな? ディアレット嬢」


「むう……。仕方ないですわ」


「そんな顔をしないの、ディアレット。

 ほら、お義父様とお母様がいらしたわ。それでは出かけましょう」


  


 パーティーは昼から始まる。大広間に料理の置かれた立食形式で、食事を摂るも良し、壁際の椅子や続き部屋でお喋りするも良し、テラスから庭園に出て散策するも良し。


 私はソリドール様にエスコートされていた。横にはディアレットを、何かしでかさないように連れている。

 私たちも料理をいくつか取って、ソファーに座って食べ始めた。


 周囲を眺めながら生ハムを食べていると、隣のソリドール様が、面白そうに尋ねてくる。


「緊張しているの、エルヴェルート嬢?」


「それは、もちろん。

 公爵のパーティーは、色々な意味で厳選された人々が集まると言われていますもの」


「君が気圧(けお)される必要はないさ。なんといっても、ファッション界のリーダー一家なんだから」


「身に余る評価ですわ……」


 ひと通り食事を終えた客は、いくつものグループに分かれて談笑を始めている。

 上品な集まりだ。昼間だから、酔って羽目を外すような人もいない。


「確かに、気持ちのよいパーティーですわね」


「だろう? って、僕の主催したパーティーみたいに言ってしまったけれど」


 私が笑うと、ソリドール様も私の顔をのぞきこんで、ぱっと笑顔が浮かんだ。男性に言うのも何だけれど、花が咲くような美しさだった。


「そうだ。エルヴェルート嬢、こんな場所で申し訳ないが、贈り物があるんだ」


 そっと繻子張りの小箱を差し出される。

 開けると、黒い石を連ねた美しい猫の細工物が出てきた。

 銀色の合金の枠が座る猫の形になっていて、内側に黒曜石の粒を敷き詰めている。瞳は青い小さなガラス。伸びやかにデフォルメされた猫は、優雅に空を見上げていた。

 思わず頬がゆるむ。


「まあ、ブローチね。

 嬉しいわ、ありがとうございます」


「昨日渡そうと思っていたんだけれど、うっかり忘れていたんだ。

 君に似ていると思って」


 そこへエイルローズ様がこちらへいらっしゃった。

 先日の義妹の『ズルいズルい』に従って、黒を基調にしながらも様々な色彩を散りばめた華やかなドレスをお召しになっている。


「ご機嫌よう、ソリドール卿、エルヴェルート様。

 パーティーは楽しんでいただけて?」


「ご機嫌よう、エイルローズ様。もちろんですわ。

 なんて素敵なドレスでしょう」


 エイルローズ様が、ちょっと自慢げに微笑んだ。


「お褒めいただけて嬉しいわ。あなたの義妹の考案なさったデザインですのよ?」


 とおっしゃって、私の持つブローチに目を留める。

 

「あら、素敵なブローチですこと。

 最近流行の、コスチュームジュエリーですのね?」


「ご機嫌よう、エイルローズ嬢。

 そうです。面白いデザインでしょう? すっかり気に入ってしまいまして」


「ええ。

 今は貴族の正式な社交には身につけませんけれど、こういう目新しくて素敵なデザインは、いずれ貴族の間にも受け入れられますわよ。

 その時には是非、宝石と貴金属(ファインジュエリー)でこしらえていただきたいわ」


「いいお考えですこと。義父に申しておきます」


 そこで、エイルローズ様が悪戯な微笑みを浮かべた。


「セルシエナ様は、今日はいらっしゃらなくてよ」


 セルシエナ様と言えば、先日のお茶会でディアレットの悪口を言わせようとした令嬢だ。


「そうなのですか?」


「ご両親がご家族の都合で、数日前から領地に戻っておられるそうなの。その間、あの方は王都屋敷(タウンハウス)でお留守番ですって」


「あら、それは仕方ありませんわね」


 確か領地には、セルシエナ様の姉君がいらっしゃったはず。病弱で移動が難しいらしいから、そちらのお見舞いなのだろうか。

 その間、留守番中のセルシエナ様はお茶会などには出られない。貴族令嬢は、親の許可なしに外出はできないから。


「あの方、ゼフィルリース家に敵愾心(てきがいしん)を燃やしておられるわ。

『ファッションに造詣が深いのはわたしの方よ!』ですって」


 冗談めかしていらっしゃるが、これは忠告だ。自分の身に起こった軋轢(あつれき)を上手く処理しなさい、と。

 

 などと、裏の意味はともあれ、皆で楽しく談笑していたのだけれど。


 その隙に、横にいたディアレットが盛大にやらかした。


 広間の壁際にたたずんでいた招待客の1人を指さしたのだ。


「あの、前髪で目を隠している男の人、ズルいズルい!」


 その人物は、成人したかどうかくらいの若い紳士だった。

 分厚い前髪が目を覆い隠すほど長い。仕立ては良いが地味な服で、誰とも話をする様子もなく会場を眺めていた。ディアレットの大声に気づいて、こちらに顔を向ける。

 私は思わず、光の速さで義妹の手をつかんで下ろさせた。


「人を指差すのはおやめなさい」


 だけどディアレットはわたしの方を振り向いて、さらに大声で言い募った。


「だってあの方、外国の王子様じゃないですか!

 あえて地味変装をなさってますけど、前髪を上げたら超美形とか、演出がズルすぎます!」


 周囲がざわついた。

 外国の王子様? この子、何を言っているの?

 ──それが嘘だろうが本当だろうが、人目のあるところでそんな話はまずい。すぐさま彼女を黙らせるか隔離してしまわなければ。両親は離れたところで他の大人たちと喋っている。私が対処するしかない。


 これだけ考えるのに1秒弱。

 私は流れるようにエイルローズ様の方を向いた。


「申し訳ありませんエイルローズ様。義妹の気分が優れないようですので、どこか部屋をお借りできますか」


「えっ、ええ……こちらにいらして頂戴(ちょうだい)な」


「行くわよディアレット」


「ええ〜なんでですか〜」


 ディアレットの腕を取ってそそくさと移動を開始。


「さあ行こうか、ディアレット嬢」


 ソリドール様も、ディアレットの背中をぐいぐい押して別室に誘導を補助してくれる。

 さすがエルヴェルート様、反応が速いわなどと呟きながら、エイルローズ様自ら先に立って、会場から少し離れた小部屋に案内してくださった。

 私たちもその後に続く。


 小部屋は談話室らしく、いくつも椅子が置かれていた。ソリストール様、私、ディアレットと長椅子に並んで座る。エイルローズ様はローテーブルを挟んだ椅子に腰掛け、壁際にメイドが控えた。

 改めて隣の義妹に尋ねる。

 

「ディアレット。どうして初対面の方に、あんなことを言ったの?」


「だってどこから見ても、絵に描いたようなお忍び王子様じゃないですか!」


「お忍び王子様の絵を見たことがあるの?」


 私はない。


「何もしなくても超美形なのに、己の美貌にもはや飽きて前髪で隠してしまう圧倒的強者の余裕!

 きっとあまりの美貌と社会的地位の高さゆえにちやほやされることにうんざりして野暮ったい擬態をして、ほーらみんな俺の外見しか見てない俺の内面は見てくれないんだろって悦に入るんですけど、そう言う自分だって、王子様なんだから気を遣わないといけない他の人の気持ちなんか全然分かってない視野狭窄に陥っているのですわ!」


「前から思っていたけれど、あなたってズルいズルいモードになると突然語彙力が豊かになるのね」


 よくノンブレスでそこまで語れるわね。


「というか、普通に悪口の領域に入っているからおやめなさい」


「は〜い」


 ディアレットは不満そうに頰を膨らませたが、とりあえず黙った。


「君たち、ものすごく息がぴったりだよね……」


「さすがエルヴェルート様、ディアレット様を見事に制御なさってますわ……」


 ソリドール様とエイルローズ様が呆気に取られていらっしゃる。

 

「そうなのでしょうか?」


 などと話していると。

 ノックの音がした。エイルローズ様が入室の許可を与える。

 

「失礼いたします」


 長身の男性が入ってきた。

 30前後で、正装の上からでも鍛えられた体格がうかがえる偉丈夫だ。威圧感のある強面(こわおもて)だけれど端正な顔立ちで、生真面目な騎士を連想させる。

 男性は一礼した。

 

「紳士淑女の皆様。私はシュライエン・モルダーランスと申し、とある職務に従事している者でございます。

 こちらのディアレット嬢にお伺いすべきことが持ち上がりまして、こちらにうかがった次第であります」


 私たちも自己紹介をする。

 シュライエン卿は、これはご内密に願います、と私たちに言って微笑んだ。それから真剣な顔に戻ると、ディアレットに質問した。


「なぜ、あの紳士がとある外国の王族であることが、お分かりになったのですか?」


「「……は?」」


 エイルローズ様とソリドール様、そして私の3人で、仲良くはしたない声を上げてしまった。


 はい? 本当に王子様だったの?


 国家機密ということで詳細は語られなかったけれど、あの前髪目隠れ紳士は本当に、外交上の折衝のためにやって来た某国のお忍び王子(そこまで継承権は高くない)だったらしい。

 そしてシュライエン卿は、その警護を行う公安警察の1人とのこと。

 警察の方なのね……。


「まあ、わたくし存じませんでしたけれど……」


 エイルローズ様も驚いていらっしゃる。

 

「はい、このことは公爵ご夫妻と、ごく一部の使用人にしか知らされておりません。

 我々は、殿下を目立たせぬように警護していたのですが、ディアレット嬢に見破られてしまいました。

 何故分かってしまったのか。どこか不手際があったのなら、今後のためにもご教授いただきたいのです」


「ええ〜……なんでって……だって王子様っぽかったし……」


 だから、それがどこなのかを聞いているのだけれど?


「ええと、ご自分でも何故そう思われたかお分かりでないのですか?」


 シュライエン卿に聞かれても、要領を得ない。

 仕方ないので、私が口を挟んだ。


「どうも義妹は直観型といいますか、無意識のうちに複雑な判断を行っているようなのです。ですからその根拠を聞かれても、言葉で説明できません。

 ですがディアレットの言葉が正しいのならば、そこから逆算して根拠を推理することはできます」


 指を1本立てる。


「まず、あの方が美男子であるのは明らかです。

 長い前髪越しでも目元は見えますし、鼻や口が整っていることでも見当はつきます」


 もう指を1本立てる。


「それに、いくらなんでもあの髪型は目立ちます。

 目を隠すほど前髪が長い男性貴族など、わが国の社交界では見たことも聞いたこともございません。それが外国の方という判断になったのかもしれません」


 話しながら、さらに指を立てる。


「さらにあの方は壁際に立っておられるだけで、誰とも話そうとなさいませんでした。

 公爵家のパーティーなのです。積極的に社交を行うべきでしょう。なのに、他の方々を眺めるだけ。

 おそらくかの方は、自分から社交に励む必要がないのでしょう。つまり、非常に身分が高い」

 

 4本目の指を立てる。


「私は気になりませんでしたが、そばにいた人たちの挙動も不自然だったのかもしれません。

 客や使用人に扮して王子殿下の警備を行っている方々は、殿下から遠く離れることができないでしょう。

 その動きが、義妹は気になったのかもしれません……ディアレット、どうなの?」


「そう言われると、そうかも……」


 ディアレットは相変わらず首を傾げているが、シュライエン卿は感心したようにうなずいた。


「なるほど、なんとなく分かりました。上司にはそのように報告いたします。

 ご協力ありがとうございました、エルヴェルート嬢、ディアレット嬢。

 それでは、これで失礼いたします」




 その後、どこやらの国の王子殿下はつつがなく出国なさったそうだ。

 だけど後で、別のパーティーでシュライエン卿に偶然お会いした。休みの日だったらしい。

 そこで、


「パーティーの後に、エイルローズ嬢が貴女方の言葉をお伝えなさいました。

『誰も自分の内面を見てくれないとか視野狭窄』『前髪越しでも美貌は分かる』とかですね。

 殿下はそれをお聞きになって、若干決まり悪そうにしておられました。

 これで、変装ごっこに飽きてくだされば良いのですがね」


と、聞かされてしまった。


「あんな言葉を……? お恥ずかしい……」


「ご友人の慧眼(けいがん)を自慢なさりたかったのですよ」


 シュライエン卿は面白そうに笑っておられたけれど、私は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

 

 もう、エイルローズ様ったら……!



 メカクレ王子様は出オチキャラでした。

 残念ながら、もう出てきません。

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