ズルいとは
ゼフィルリース家は、私と母の斬新なドレスに続いて、画期的なアクセサリーの販売でさらに貴族社会からの注目を浴びている。
そのおかげで秋の社交シーズンになった今、私たち義姉妹が招待されることが増えた。
「明日のお茶会は、レッドグライフ公爵の主催よ。
随分な高位貴族にお呼ばれしたものね」
テーブルに置いた招待状をあらためて眺めていたが、近くのソファーに座っているディアレットは嬉しくなさそうだった。
「わたし、お茶会に行きたくないわ。
だって、みんなおかしな目でわたしを見て、黙ってしまうんですもの」
「それはそうよ。
だってあなた、いつも自慢か『ズルいズルい』しか言わないじゃないの。それは話が続かないわよ。
相手の話を聞いて、ちゃんと返事をしないと会話にならないわ」
ディアレットは身を守るように大きなクッションを抱えて、眉を寄せた。
「だって、それが難しいんですもの……。何を話したらいいか分からないの。
『ちゃんと』って、何?」
『ちゃんと』。
地味に難しい質問をしてくるわね……。
「そう言われると、そうね。
『ちゃんと』とか『しっかり』って、何か言った気分にはなれるけど、情報量ゼロの漠然とした言葉よね。
『ちゃんとしなさい』とか言われても、具体的に何をすればいいのか全然分からないわよね」
ディアレットがクッションを抱えたまま、ソファーから身を乗り出す。
「そうでしょう? そうですよね!」
「じゃあ私は『ちゃんとした会話』が何なのか確かめに、お茶会に行くわ。
あなたは礼儀作法がまだ未熟でもあるし、病気で欠席ということにしておきます」
「ありがとう、お義姉さま!」
そんなわけで、お茶会に単身乗り込んだ。
数人の少女たちのお茶会でも、やはり話題の中心はわが家のファッションだ。
今日のお茶会の女主人であるレッドグライフ公爵令嬢エイルローズ様が、微笑みを浮かべて私を見ている。
私と変わらない年齢だが、いかにも公爵令嬢らしい高貴な、社交的な朗らかさを持つ女性だった。
大粒のサファイアのように強く輝く瞳。気の強さを思慮で抑制した微笑み。傲慢というより、上に立つ者として公平に下々を従え導こうとする意志を感じる。
流行の(流行させたのは私たちだが)背中に凝った刺繍を施したティードレスに結い上げた金髪。右側だけ、横髪をはらりと落としている。
「エルヴェルート様、今日のお召し物も素敵ですわね」
最近は普通のドレスしか着ていないので、これは要するに『また地味に戻ったのね』ということだ。
「いつもいつも、あんな奇抜なドレスは着られませんわ。
義妹のディアレットが、また面白い趣向を思いついてくれれば良いのですけれど」
令嬢たちが顔を見合わせる。
義妹があれらのドレスを思いついたことは、彼女たちにも知れ渡っているようだ。
「ディアレット様って、素晴らしい服飾のセンスをお持ちなのね」
「でも、あの方……」
意味ありげに、令嬢の1人が声をひそめた。
確か、リングレー子爵メルティーズ家の令嬢、セルシエナ様。清楚な愛らしさを持つ方だ。家の紋章をアレンジしたらしき、藤と星を模った髪飾りがよく似合っておられる。
「いつも、自慢なさってばかりじゃありません?
さもなければ、『ズルいズルい』って」
ああ。
これは、義姉の私に彼女の悪口を言わせたがっている。そして、皆でディアレットを笑いたいのだ。
皆が私の返事を待っている。ひっそりとした悪意。
公爵令嬢エイルローズ様も黙って、面白そうな眼差しで私を見ている。悪意からではなく、私の反応を見て評価を下そうとしているのだ。
私はふっと息をついて、話し始めた。
「ええ。でもあの子の『ズルいズルい』は意味が違いますの。
『お義姉さまはわたしよりも異国的な意匠が似合う、ズルいズルい』
『お義母さまは背中の開いたドレスをとても美しく着こなす、ズルいズルい』。
彼女の『ズルい』は、自分より優れた者への感嘆であり、そこに至れない自分への悔しさなのです。
皆様、次に『ズルいズルい』と言われたら、どうズルいのかお聞きになって下さいまし。必ず、賞賛と的確なアドバイスを受けることができますわ。私や母のように」
また、令嬢同士が顔を見合わせた。
「『ズルいズルい』と言われたら、むしろ有益なアドバイスを受けられるということですの?」
「その通りですわ。新たなお洒落のヒントが得られるかもしれませんわよ。
さらに申し上げれば、義妹は人を貶めることはございません。
たとえ自分が可愛らしいと自惚れても、ただ自分が素晴らしいと満足するだけです。他の方と比較はいたしませんし、ましてや他の方を下に見て相対的に自分を持ち上げる、そのような真似は決していたしません」
『他人を下に見ない』のくだりにわずかな棘をこめて、義妹の悪口を言わせようとした令嬢に言ってやる。
やり返されたのに気づいたらしく、彼女が頬を染めてうつむいた。
「そう言われれば……」
他の令嬢たちも顔を見合わせた。
「確かに、ディアレット様が人を悪く言うところは見たことがございませんわ」
エイルローズ様も、納得したようにうなずかれた。
「エルヴェルート様は、ディアレット様のことをよくご覧になっているのね。わたくし感心いたしましたわ!
ディアレット様はきっと、ある種の芸術家なのでしょうね。
ファッションに関する天賦の才がおありで、無垢な心をお持ちで……ふふ、面白い方だこと。
具合が良くなられたら、是非こちらにいらして欲しいわ。エルヴェルート様、そうお伝え下さいまし。
わたくしにも『ズルいズルい!』っておっしゃっていただきたいですもの」
言って、悪戯っぽく微笑んだ。
追従するように、さざなみのようにお淑やかな笑いが広がる。
「本当ですわ」
「あの『ズルいズルい』は、神託みたいなものだったのですね」
「なら、是非そのお告げを受けたいものですわ」
私は微笑んでお茶を飲みながら、和気藹々と話し合う令嬢方を眺めていた。
ふう。なんとかなりそうね。
お茶会の女主人であるエイルローズ様が、ディアレットを肯定した。そのおかげで、出席者にも『ディアレットには友好的に接するべし』という共通認識が広がった。
とりあえず、ディアレットの評価を上げることはできた。
これ以降は、本人の立ち回り次第だけど。
「ただいまディアレット。『ちゃんと』の意味を探って来たわ」
帰宅して、居間で雑誌を読んでいたディアレットを見つけるなり、私は開口一番に宣言した。
「はい? そうなのですか? お帰りなさいませ?」
若干混乱して挨拶のタイミングを失うディアレット。
「お茶会で、あなたのことを良く言っておいたわ。
あなたが『ズルいズルい』と言う時は、ファッションのアドバイスが受けられるチャンスということ。だからお相手に、『どこがどうズルいのか』を具体的に教えてあげてね」
「は、はい」
「それと、あなたは自慢ばかりするけれども、他人を悪く言うことは決してない。あくまで『自分が素敵』なことに満足しているだけで『だから他の人は自分より劣っている』と言うことはない。それは美徳よ。なかなか出来ることではないわ」
「そ、そうなのですか? ありがとうございます……?」
あっけに取られた顔で聞いている。
「今日のお茶会の主催者は、公爵令嬢エイルローズ様だったの。
エイルローズ様は、あなたをお気に召したみたい。
名指しであなたに会いたいとおっしゃっていたから、次は出席しないといけないわよ」
「ええ……。
わたし、また変なことを言って嫌われるんじゃ」
「嫌でも怖くても、やらなきゃいけないことはやって来るの。私だって社交は好きじゃないけれど、『えい、やあ!』という勢いで乗り切っているわ」
「えいやあ……勢い……」
義妹が鸚鵡返しする人になっている。
「いいこと。今のあなたは芸術家のような立ち位置なの。まだ子供の、ファッションアドバイザー令嬢。
このアドバンテージを活かさない手はない」
「は、はい……」
忘れないうちに、考えたことをどんどん伝えていく。
「芸術家というのは、優秀でさえあれば少々エキセントリックでも許されるし、むしろもてはやされる時もあるわ。
今の時期なら、何か粗相しても芸術家ゆえと目こぼししてもらえます」
「はい……」
「とは言え、いつまでもは通じません。ブームは一時的なもの。
世間にもてはやされている間に、あなたの礼儀作法を向上させておきます。会話術よりは身につきやすく、手っ取り早く好感を得られますからね。
礼儀作法はあなたを裏切らない。立ち居振る舞いがしっかりしていれば、何かしでかしても好感はそうそう下がりません。
可愛い自分の演出のためにも、美しい振る舞いを身につけましょう」
「「はい……」」
「前にも言ったけれど、会話には知識も要求されます。
あなたの家庭教師には、文学や地理歴史の授業にファッションを絡めて教えさせると良さそうね。
この時代の服装はこうだったとか、この地域の特産物はドレスの素材に使われるとか。多少なりとも記憶に残るでしょう。
お義父様とお母様に、後で申し上げておきます」
「「はい……」」
「あらお義父様、お母様?」
いつの間にか両親が増えていて、ディアレットと一緒に呆然と私の伝達事項を聞いていた。
「あまりに滔々と語るものだから、話に割り込めなかったよ……」
「お茶会での反応から考えたことなのですが。
いかがでしょうか、お義父様、お母様?」
母が重々しくうなずいた。
「ええ、理にかなった方針だと思います。でかしたわ、エルヴェ。
先生方にも、そのように話を通しておきましょう」
というわけで、家族総出でディアレット改造計画を実施。
言い出した私も、
「ディアレット、そんな猫背では可愛いドレスが泣くわよ! 背筋を伸ばす!」
「まあ、良い点数ね。以前も思ったけれど、あなた興味のあることは随分細かく記憶していられるのね? 羨ましいわ」
などと硬軟織り交ぜて指導。
ディアレットは青息吐息になりながらも、なんとか家庭教師の指導についていけるようになった。
「もう……お義姉さまったら、わたしよりもわたしのことが分かっていて、ズルいんだから……」




