お義姉さまの婚約者ズルいズルい
カフェでの会話に思うところがあったので、帰宅してから義父の元へ向かうことにした。
執務室で書類仕事をしていた義父に、カフェでのことをひととおり話す。
そして、ひとつの提言を行なった。
「ガラスと針金でアクセサリー?」
「はい。私も詳しくありませんが、要は、安価な素材で平民向けにアクセサリーを制作販売するということです」
「それはすでに、いろんな店がやっていることだよ。
今さら僕らが参入しても、旨味がない」
義父の言葉に、私はうなずいてみせた。
「確かに、通常の品ならそうでしょう。
ですが、今の平民は生活に余裕が生まれています。私はカフェを訪れて、彼らの、豪華な貴族の生活への憧れや、より高級な品物を求める気持ちを感じました」
カフェの内装は、貴族の屋敷を思わせる様式だった。小さなテーブルに、ティースタンド。
中流層の平民だって、紅茶とお菓子で優雅な時間を過ごしたい。経済的余裕はある。
「そこに私たち貴族の流儀を持ち込むのです。方法としては2通り考えております。
まず、デザイナーとして、貴族向けの品でも制作できる優れた者を雇います。
そしてガラスや卑金属、水晶のような安価な素材で、貴族向けのデザインでアクセサリーを作ってもらうのです。この素材なら、豪奢な装飾でも平民の手の届く値段に抑えられます。
もちろん、細部まで手を抜くことなく、丁寧に仕上げてもらいます。高級感が必要ですから」
義父は、腕を組んで唸った。
「ううん、冒険だな。僕は門外漢だから、まず会社や職人に相談してみないと。
もう1つは?」
「同じく安価な素材で、今度は伝統や様式を全く無視した、それでいて上質なアクセサリーを作ってもらう、という案です。
これもデザイナーが優秀でなければいけません。全く新しい斬新なデザインで、流行を生み出してもらうのです」
「さらに難しいな。
その戦略に、勝ち目はあると思うかい?」
「ディアレットが、ズルいズルいと言ったのです。
自分は、猫のデザインのペンダントや、お菓子を模ったブローチが欲しいと。平民の女の子なら、ガラスと針金でこしらえても似合うはずだと」
「ディアが……」
義父の目つきが真剣なものに変わった。
彼女の『ズルいズルい』の、神託のごとき先見の明は無視できない。
「よし、投資している商会に話を持っていく。興味深い提案をありがとう、エルヴェルート。
あちらの判断もあるが、賭けてみる価値はありそうだ」
この提案は、投資先の商会の興味を引いたらしい。しばらくして、安価な素材で凝ったつくりのアクセサリーが販売され始めた。
結論から言うと、大当たりした。
まずは様子見として、伝統的なデザインのものを発売。
ガラスといっても色々あるらしい。半貴石のように不透明なもの、真珠のように白く光るもの、縞模様の濃淡をもつもの……。
それらをふんだんに使い、真鍮や合金の細工と組み合わせれば、独特の風合いを持つ豪華なアクセサリーの出来上がり。
デザイン料と精緻な細工代が乗るからそこそこの値段はするけれど、それでも本物の宝石で作るより圧倒的に安い。
貴族的な生活に憧れのある平民の富裕層は、こぞってこれらを求めた。
舞台衣装のように派手で、宝石と比べて安く、それでいて上品。商会はこのアクセサリーを『コスチュームジュエリー』と命名して、外国にも輸出を始めたらしい。
これに味を占めた商会は、さらに次の企画を展開する。
新進気鋭のデザイナーたちに、伝統を無視した自由なデザインのアクセサリーを作らせたのだ。
デフォルメされた動物、踊るピエロ、幾何学模様、流行の演劇の一場面などなど。
シンプルなデザインが多く、豪華さには欠けるものの、その分さらに安く仕上げることができる。これらは一般的な平民の子女でも、少しお金を貯めれば買うことができた。
平民の女性たちの間で飛ぶように売れたことは、言うまでもない。
これらはたったの1年で莫大な利益を上げ、投資していた男爵家も大いに恩恵を受けた。
「では、屋敷の補修ができるのですか?」
「それどころか。もう何件でも邸宅が買えるよ。
いっときの流行が収まっても、コスチュームジュエリーはひとつの服飾ジャンルとして定着するだろう。その配当は今後もずっと続く。
我らがゼフィルリース家は、完全に復興を遂げたと言っていい」
義父は私を見下ろして、困ったように微笑んだ。
「これから、君への求婚者が列をなして押し寄せるぞ」
ゼフィルリース家の女性たちの、社交界をリードするファッションセンス。それを活かしたアクセサリー事業で得た、莫大な財産。
他の貴族が、誼みを結びたくない訳がない。
「これは全て、私への釣書ですか……?」
サンルームのテーブルに置かれた釣書の山。その向こうで、母がうなずいた。
「無論です。ディアレットはまだ14ですからね。
それにしても、とんだ手のひら返しだこと」
財政難だった時は、向こうからの求婚どころか、こちらから見合い相手を探しても全く決まらなかったものけれど。
「相手方の心情としては、当然でしょう。
私たちだって、窮乏しておられる家と縁を結ぶことは躊躇しますもの」
1枚ずつ見ていく。知った名前がいくつもあるので、それらを取り出して積み上げた。
「これらの方々は、お断りしてください」
「ずいぶん早い決断ね。何故?」
「彼らは以前、私のことを『理屈っぽい』『つまらない』などとおっしゃっていました。
結婚したところで、仲睦まじくなれる気がいたしません」
母が柳眉を吊り上げた。
壁際に控えていた執事を見る。
「アルフレート! こちらに積み上げた忌々しい紙束を焼き捨てておしまいなさい!」
「かしこまりました、奥様」
執事のアルフレートが、流れるように釣書を回収する。
彼がそのまま外に出ていくのを見送ってから、母は私に改めて向き直った。
「エルヴェルート。次代の女男爵は貴女なのです。貴女を軽んじる殿方に用はありません。
釣書を全て見せたのは、この中に、もしや貴女の好いた方がいるかと思ったまで。そうでないなら、こちらが精査して候補者を絞り込みます。
そこから添い遂げる方をお決めなさい」
「はい。ですが……。
お母様。お相手が結婚するに足る方だと、どのように判断すれば良いのでしょうか」
突然、結婚という話が現実になったのだ。一生に関わる問題だから失敗できない。
多分、私は不安そうだったのだろう。
母が、私を勇気づけるように微笑んだ。
「まずは、実際に会って話をしないことには始まりません。そして見定めるのです。
わたくしの経験からすると、『生理的に合うかどうか』は重要ね。
貴女のお父様も、今の旦那様も、そこを重視して決めました」
生理的?
「生理的とは……?」
「難しいことではないわ。話して楽しいか、触れられて嫌ではないか。
そんな感覚的なところから始まるものよ」
「でも、貴族ともあろう者が、そのような曖昧な要素に囚われてよいものでしょうか?
もっとこう、家格であるとか、家の利害などを鑑みるべきでは?」
「あら、随分と殊勝なことを言うのね?
でもそれは、わたくしと旦那様がちゃんと選別しています。選別してこの量の釣書なのよ。
ともかく、結婚するだけならある意味簡単だけれど、結婚生活を続けるのは難しいわ。
そのためには、一時的な恋愛感情よりも時間をかけて培う『慣れ』が必要なの。手と手袋が、長い時間をかけてしっくりと馴染むように。愛情でなくとも、少なくとも相手への好意と添い遂げる努力が必要なのよ。お互いにね。
昔は好きだった配偶者のしぐさが、今は見るだけでもゾッとするなんてよくある話……結局、生理的に合う合わないなんて言葉は、好意の有無を言い換えただけなのかも知れないわ。
ちなみに一般論だけれども『生理的に無理』とか『もう疲れた』と言うようになったら、離縁待ったなし。
この二大フレーズが出てきて関係修復できた夫婦を、わたくしは知りません」
「生々しいですね……」
婚約前から離婚の話……。
「あら、余計なことを言ってしまったようね。
エルヴェ」
母が私を愛称で呼ぶ。
「わたくしも旦那様も、貴女を信頼しています。
貴女が好意を抱く殿方なら、それは貴女とこの家を任せるに足る立派な人物に違いないわ。
わたくしたちが全力でサポートします。あなたは、自分が納得できるお相手を探しなさい」
それから数ヶ月後。
何人かの候補者と会ってみて、その中の1人との婚約が整えられた。
アーガスライト伯爵令息、ソリドール・ネヴァンシード。伯爵家の次男で、私より2歳年上の19歳。
少し癖のある、明るい茶色の髪。青い瞳。少し困ったような垂れ目の、優しい顔の美青年。背が高くて、腰をかがめて丁寧に私をエスコートしてくれる。
物腰は柔らかくて人当たりが良く、社交性に長ける。私は口数が少なくて社交に苦手意識があるので、そこを補ってくれる人選だったらしい。
社交シーズンは終わっているので、貴族は皆領地で暮らしている。
婚約後の改めての顔合わせは、わがゼフィルリース領の屋敷で行われた。
うちの家族と一緒に食事をした後、2人で庭をそぞろ歩く。
「わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございました」
「いや、今は鉄道もあるし、道路もよく舗装されているから苦ではなかったよ。
……僕を選んでくれて有難う、エルヴェルート嬢。嬉しいな」
穏やかで優しい感じの方だ。
生垣を迷路のように刈り込んだ庭園。夏の斜めに差し込む日差しを、私は日傘で遮る。
「私も、ソリドール様に望んでいただいて光栄ですわ。
これからお互いをよく知って、2人の関係を育んでいけたらと思っております」
「そうだね。
今後ともよろしく、かな?」
照れたように笑うソリドール様。
私もつられて微笑みがこぼれた。
「お義姉さまの婚約者だなんて、ズルいズルい!」
ソリドール様が帰った後。
案の定というか、久しぶりにディアレットの『ズルいズルい』が発動した。
「ソリドール様がいらっしゃるところで言わなかったのは進歩ね」
とりあえず褒められそうなところは褒めておく。
褒めた方が伸びるタイプのようなので。
「でも、私ももう18なのよ。ズルくてもズルくなくても、さすがに婚約くらいするわ」
「優しくて理知的で思慮深い、しかもお背が高くてキリリとした美人のお義姉さまと結婚できるなんて、なんて幸運な方なんでしょう!
ズルいズルい!」
「え、そっちなの?」
私じゃなくて、私の婚約者の方に嫉妬?
あら、でも、それは。
「私のこと、褒めてくれているの?」
「はい? もちろんですわ!
お義姉さまのような方がわたしのお義姉さまだなんて、なんてわたしは幸運なんでしょう!」
ディアレットが、目をキラキラさせている。
いつも周りを顧みずにズルいズルい言う彼女は、人を褒める時もとても率直だった。
そこには、何の嘘も忖度もなかった。
……なんだかちょっと、くすぐったくて恥ずかしい。
「……ふふっ、ありがとう」
以前、博物館でコスチュームジュエリーの展示があった時に、見に行ったことがあります。
ジュエリーそのものだけでなく、その特徴や流行した経緯の説明もあって面白かったので、この話に使いました。
何が小説のネタになるか分からないものです。




