平民の女の子ズルいズルい
母の『背中で魅せる』ドレスのおかげで、今度は既婚女性のための、背中の大きく開いたドレスが大量に作られた。
飛ぶように売れた。
さすがに未婚女性が着るには露出度が高いので、若い淑女たちはこぞって、背中に凝ったリボンや飾りボタンを連ねたドレスを求めているらしい。
……私はドレスよりも、本が欲しいけど。
さて、そんなある日。
「エルヴェルート、ここにいたのか。
君とディアレットに、新しいドレスを仕立てようと思っているんだ。都合のいい日はあるかな?」
「お義父様」
図書室で次に読む本を物色していると、義父が入ってきた。私を探していたらしい。
「またですの?
私はもう充分服を持っております。その費用は私よりも、領地の屋敷の補修にでもお使いくださいな」
さもなければ本が欲しい。
「いや、それがね」
義父が、面白そうにニンマリと笑った。
「最近、服飾を扱う商会や工房に投資を始めたんだ。金も出すけど口も出す投資家としてね。
それでこの前、ディアレットがマーゴルートに勧めた……『ズルいズルい!』っていうアレだがね……ドレスを見てから、大急ぎで注文をつけたんだ。
『これから背中の大きく開いたドレスが流行るぞ! 後ろに長い首飾りもだ!』ってね。
大当たりだよ。おかげで、君たちの服を買い足せるくらいの配当が出た」
彼は母のような昔風の貴族と違って、お金の話をすることに抵抗がない。そういう金銭運用能力を買われて、母と再婚したらしい。
ちなみに母も、資産運用の知識も経験もある。ただ母に言わせると、執務室の外でお金の話は『はしたない』ということらしい。
「ディアレットのおかげですわね」
「いや全く。あんな才能があったなんて。だが……」
義父は口元を引き結んで、深刻な表情になった。
「僕は、あの子のことが心配なんだ。
美しい子だが、勉強が嫌いで、わがままで、だから友人もできない……。
エルヴェルート、申し訳ない。義姉妹になったのも何かの縁だと思って、あの子に色々教えてやって欲しい。
男親よりも、年齢の近い同性の方が、言うことを聞いてくれるんじゃないかと思うんだ」
う〜ん。わがままというか……発想が他の人と違って独特だから、喋っていて話が噛み合わないというか。
友達がいないというのも、そのあたりに原因があるのだと思うけれど。
「正直申しまして、まだディアレットのことはよく分かりませんし、私も人付き合いが上手だとは申せません。
ですが、出来るだけのことはいたしますわ」
義父にも頼まれたことだし。
次の日、義妹の部屋を訪れてみた。
「ディアレット。いい天気だし、どこかへお出かけしないこと?」
ディアレットは、侍女のリルフィーンと何か話していたが、退屈していたところらしく、ぱあっと顔を輝かせた。
「お義姉さま!
最近、ローレンス通りに素敵なカフェがあるんですって。お菓子が美味しいらしいのよ!
連れて行ってくださいな!」
「カフェ? それは確か、富裕な平民向けのお店じゃなかったかしら?」
私の言葉に、リルフィーンが困ったようにうなずいた。
それは……母は許可を出さないわね。
『食べたいものがあるなら、料理人に申しつけなさい。平民と同じ店で食事なんて!』とか何とか。
でも、そうね。
「いいわね。お義父様の許可をいただけたら、行ってみましょう」
「エルヴェルート様」
私の侍女のアンナリーザが、やんわりとたしなめた。
叱られてしまったが、彼女にはその権限がある。私に淑女らしくない言動があれば注意する、それが彼女の仕事だから。
私は、彼女の方を振り返って言った。
「あら。これからは、平民が経済力も政治力も身につけていく時代になるのよ。
だから私たちの世代は、家門を守っていくために彼らを理解しないといけないわ。
これは、そのための視察よ」
アンナリーザに近寄って、小声で付け加える。
「それにお義父様は、ディアレットのアイデアのお陰で利益を出したとおっしゃっていたわ。
これは、義妹へのご褒美よ。
でも、お母様には内緒にしてね」
首尾よく義父の許可を得て、私とディアレット、それに私たち2人の侍女の4人でカフェに出かけた。富裕層向けの治安の良いエリアなので、女性だけの入店に問題はない。
念のために店の外では、男性の召使いが待機している。お店の前でうろうろしているなんて、迷惑でなければいいけど……。
「わあ、素敵ね!」
ガラス窓を大きく取った、明るい店内。
新しい建物だが、内装は擬古典的な様式で、貴族屋敷のホールを彷彿とさせる。
何人かの友人同士で来ている人もいれば、恋人らしき男女で来ている人たちもいた。盛況である。
「声が大きいわ。他の人の迷惑になるわよ」
予約していたので、奥まったところにある、一段高いエリアに通された。
席について見回すと、店内は広いが、テーブルを小さめにして多くの客を詰め込んでいるのが分かる。
平民のお店では、これくらいの狭さが普通なのかしら?
しばらくして、お茶とお菓子が運ばれてきた。
お菓子の乗った3枚の皿が、金属製の鳥籠のような器具に並べられている。
ディアレットが、目を輝かせた。
「わあ、綺麗ね!
これは何という道具なの?」
「ティースタンドと申します、お嬢様」
給仕の言葉に、私たちも感心してうなずいた。
なるほど。貴族の屋敷のテーブルは広いから、皿を何枚でも並べられるけれど、こういうお店では縦に積み上げて場所を節約するのね。
「素敵ね。こんな道具を使えるなんて、ズルいわ……」
うっとりしたディアレットの声を聞いて、私と侍女2人は素早く視線を交わした。
この美しい道具はいずれ、貴族の屋敷でも流行する。
いや、「オルロット男爵家のファッションの考案者、ディアレットが注目した品」と宣伝すれば、必ず流行する。
このことは義父に報告しよう。
それはさておき、私たちはお茶とお菓子にとりかかった。
「ケーキがどれも小さくて可愛いわ!」
「どれも、随分小さくカットしてあるのね」
「少しずつ、たくさんの種類を食べられていいわね!
それに一口で食べられるから、お口が汚れないわ」
なるほど。テーブルマナーにうとい平民でも、これなら綺麗に食べられるのね。
メニュー1つ取っても色々な工夫がされていることに、ひそかに感心した。
「でもディアレット。平民ならともかく、あなたが食べる時に口元を汚すのは感心しないわ。
あなたの家庭教師が『お嬢様は気が散じやすく、長時間集中することが苦手でいらっしゃいます』とおっしゃっていたわね。
マナーも勉強のひとつよ」
義妹が、酸っぱいものを飲んだようなしかめ面をした。
「うっ……だって、面白くないんですもの。
お義姉さま、どうしてお勉強なんかしないといけないの?」
出た。勉強嫌いの子が必ず言うフレーズ『何のために勉強が必要なのか』。
私はディアレットの目を見て、きっぱりと断言した。
「それはもちろん、可愛くて美しくなるためよ」
「…………はい??」
目を丸くする義妹。
「考えてもご覧なさい。
絶世の美少女が素晴らしいドレスを着て、高貴な美男子にダンスを申し込まれるとします。
その時にステップを全然覚えていなくて、殿方のリードに全く応えられなかったら?
彼女の美しさは半減、いえ、駄目な方の意外性で9割減になるでしょう」
「ま……まあ……そうかもですけど……」
「逆に、殿方とお話する時に、古典文学や歴史からチラッチラッと引用したりすると、『この女性、できるな……!』と、魅力が倍増するのよ」
「でもお義姉さま、知識をひけらかす女性を嫌いな殿方もいらっしゃいますわ」
「その時は、『私、何も知らないんですー、貴方は物知りでいらっしゃるのねー』って、学のないふりをすればいいわ。使い分けるの。
私は、そんな殿方とお近づきになりたくないけれどね。
いいこと? 知識があるのに知らないふりはできるけれど、その逆は絶対にできないのよ。だから知らないより知っていた方がいいの」
「うう……可愛くなるためにはお勉強……」
『可愛くなれる』というワードに惹かれている模様。
「ファッションにも役立つわよ?
ほら、例えばこの指輪」
右手の指に嵌めた、祖母からいただいた翡翠の指輪をかざして見せる。
貴族の女性はこんな風に、母や母方の祖母、女系の先祖から骨董装飾品を代々受け継いでいく慣わしだ。
「翡翠は昔から、病気避けの魔力を持つと言われているの。それにこの、正方形のカット。四角は信仰、奉仕、節制、思慮の、婦人の4つの徳を表しているのよ。
こういう、デザインにまつわる物語を知っていたらよりお洒落を楽しめるわ」
ディアレットはうなずいたけれど、不満そうだ。
「うう……そうなんですけど……。
でも、貴族の服の模様とか、アクセサリーのデザインって、伝統とか格式って感じの、似たようなものばっかりですよね?」
と言われて、今度は私が考え込んだ。
「そうね……。宗教や歴史的背景から生まれた意匠とか、伝統的な図案ばかりね。
貴族なのだから、着るもの身につけるものには意味を持たせないと」
「わたしは、意味なんかない、ただ可愛いアクセサリーが欲しいんです! 猫の形のペンダントとか、お菓子の形のブローチとか!」
「「猫……お菓子……」」
私と侍女2人とで、リピートしてしまった。
「たとえば鹿なら、それが紋章に入っているシストリー家とか、鷹の紋章を持つイーグルケリー家なら鷹を、装飾品の意匠として使うこともあるけれど。猫の紋章はないわね……お菓子はもっとないわね……」
「平民の女の子たち、ズルいズルい!
貴族みたいに伝統に縛られずに、好きなデザインのアクセサリーを身につけられるんですもの!
たとえ色ガラスと針金でも、好きな形を作ってペンダントにしたら、みんな絶対可愛くて似合うわ! ズルいズルい!」
「ディアレットお嬢様。
さすがに平民を羨むのはいかがなものでしょうか」
リルフィーンが苦笑まじりに諭すが、私はその言葉に考えこんでしまった。
「ズルいのかしら……。
でも、それも一理あるわね……」




