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お義母さまズルいズルい

 私の義妹仕込みの奇抜な衣装は、社交界で大流行した。


 様々な、左右非対称に結い上げた髪型。それに合わせる髪飾り。

 女性はみな、異国的な装飾紋様の刺繍を施したドレスを身にまとい、大きな耳飾りを下げるようになった。


 仕掛け人のディアレット本人は、「やっぱりお義姉さまったら! ズルいズルい!」と文句を言っていた。


「いえ、私じゃなくて、あなたの発想のおかげなのだけれど……。

 さすが、ディアレットの目利きは大したものだわ。

 私の方が羨ましいくらいよ」


 と言ったら、あっという間に上機嫌になった。

 元々、怒りや不満が持続しない性質(たち)なのだ。



 ディアレットは金髪に縁取られた小造りな顔、ぱっちりした大きな目に、小さな唇の美少女だ。

 手足は細いけれども敏捷で、子供らしいエネルギーに溢れている。まるで子鹿のよう。


 彼女とは義理の姉妹になって半年くらいしか経っていないけれど、ディアレットはちょっと変わった女の子だった。

 まあかく言う私も、女の子らしいお洒落には興味がなくて、知識を蓄えるのが好きという変わった女の子なので、人のことは言えない。


 お洒落と、可愛い小物と、美味しいお菓子が大好き。


 特にファッション。飛び抜けて高価な物を欲しがるわけではないのだけど、手持ちのドレスや髪型や装飾品を、あれやこれやと付けたり外したり交換したり、飽きずに色んなパターンを試している。メイドも大変ね……。

 そして、特に上手く調和した(らしい)時は、『ご覧になって! 今日のわたしは特に可愛いでしょう!』と大喜びで自慢するのだ。


 私はまあ、義姉で家族だから自慢されてもいいのだけれど。

『私はファッションの良し悪しは分からないけれど。素敵なのは分かるわ、ディアレット』と、褒めるようにはしている。


 これくらいなら、よくいるタイプの女の子なのだろうけれど。


 問題は、とにかく自分と他の人とを比べてはズルいズルいと言うことだ。

 そのリボンが可愛いズルいズルい、わたしよりもお勉強ができてズルいズルい、等々。

 ただでさえ自慢する癖があるうえに、同世代の子にも遠慮なくズルいズルいと言う。おかげで当然のように友達がいない。これは心配だわ……。

 もちろん両親は彼女を甘やかすことなく、その都度叱るのだが、不満そうに頰をふくらませるだけで、直そうとする気配はない。

 そういえば、こんなことを言い出したこともあった。


「お義姉さまは将来女男爵になるの? ズルいズルい!」


 ……ええと。それはズルいの?


「ディアレット、あなた女男爵になりたいの?」


 聞いてみると、逆にきょとんとした目で見られた。


「いいえ、まさか?

 女男爵というお立場と、お勉強に励むお義姉さまとがこよなくお似合いで、羨ましいだけです。

 わたしと女男爵との組み合わせでは、全然似合いませんもの!」


「…………?」


 よく分からなかった。

 変な子。

 



 さて、私の、というかディアレット発案の、斬新なファッションが社交界に轟いた結果。


「次のパーティーは、どのようなドレスでいらっしゃるのですか?」


「あの異国風? それとも、さらに新しいデザイン?」


「ああもう、待ちきれませんわ!」


 とまあ、皆の期待が大変なことになってしまったのだ。


「いや、新しい趣向のファッションなんて無理よ」


 わが義妹は、あれから『ズルいズルい!』を発動していない。

 それに彼女に頼るのも、筋違いというものだろう。

 自力でなんとかしなくては。


「仕方ないわね。今後は普通のドレスを着てお行きなさい。

 時間が経てば、社交界の話題は他のことに移っていくでしょう」


 と、お母様もおっしゃっていたのだが。




「お義母さまズルいズルい!」


「「えっ」」


 家族で行った仕立屋の個室で。

 お茶を飲みながら、側に控える女性店員がデザイン画を何枚も差し出して、向かいに座る年配の男性店長とあれこれ話し合っていた最中に。

 何故か義妹のズルいズルいが発動した。

 それも何故か、母に。


「ディアレット? 私じゃなくてお母様なの?

 ちなみに、どのあたりがズルいのかしら?」


 私の隣に座って、頬を膨らませている義妹に尋ねる。

 

「お義母さまは姿勢が良くて、お背中がとっても綺麗でいらっしゃいます!」


「いつお母様の背中を見たのよ」


「この間、お義母さまとお義姉さまとわたしで採寸した時にですわ!」


「記憶力がいいわね……」


「お義母さまは次の夜会では、ドレスを大きく背中の開いたものにして、後ろに石を垂らしたチョーカーをお召しになるに違いありませんわ!」


「それ、一瞬前まで誰も考えていなかったけど」


 私の突っ込みにも、ディアレットはびくともしない。


「高貴な大人の女性が、前は詰まっているのに後ろは大胆にカットした、落差のあるドレスで攻める! 絶対目立ちますわ、ズルいズルい!」


「背中が開いているですって? この歳で? そんなドレス、わたくしは着ませんよ?」


 母は眉をひそめている。昔風の保守的な考え方の人だから、背中の露出が高いドレスなんか着たくないに決まっている。


 女性店員と男性の店長が、素早く目配せを交わすのが視界の端に見えた。


 今の案、どう思う?

 全然イケると思います。


 私と義父が、視線で参加した。


 母はそういうドレスは嫌いなんです。

 そこを何とかできませんか、お嬢様?

 僕から薦めてみようか?

 旦那様、いいお考えです! お願いします!


「ああ、僕の素敵なマーゴルート。君の大胆なドレス姿、是非見てみたいなあ」


「あなた、何を突然!?」


「エルヴェルートの時も、なんだかんだで似合っていたじゃないか。

 なに、ちょっと試着してみて、気に入らなければ別のドレスを選べばいいんだよ


「まあ、あなたがそうおっしゃるのなら……。

 いいですか、試すだけですからね?」


 母が渋々うなずいた。




「これがこの店で、最も背中の開いたドレスですが、いかがでしょうか」


 みんな何となく予想はしていたが、物凄く似合っていた。

 母は少し痩せ気味だが、高貴な冷たさを持つ美人だ。40代になっても、充分美しい。

 そして確かに、母の背中も美しかった。

 肩甲骨の間を、三角形に切れ込むカット。白くなめらかな背中に、チョーカーの後ろに着けられた三連のエメラルドがひと垂らし、優美に飾っている。

 一歩間違うと下品に堕ちる露出だが、母の背中と毅然とした物腰が、逆にその姿を芸術にまで高めていた。


「こ、こんな、破廉恥(はれんち)な……」


 母は合わせ鏡を見て、わなわなしていらっしゃる。


「「最高です奥様!」」


「わ、わたくしは女男爵……このような姿で夜会に出るなど、はしたない……」


「はしたないどころか、大変高貴でございます!

 奥様こそが、次の夜会の女王! いや女神です!」


「いいえお義母さま! もっと開いたドレスじゃないと、お義母さまの魅力が半分も出せませんわ!

 時代がお義母さまに追いついていないなんて! ズルいズルい!」


 妬んでいるのか褒めているのか分からないことを言う義妹。


「『ズルい』の使い方を間違えてない?」


 冷静に突っ込む私。


「素晴らしいよマーゴルート!

 よし、このデザインのドレスを仕立ててくれ。背中のカットはもう少し、幅と深さを広げて……。

 首飾りも再考の余地があるな。ドレスのデザイン画を後でよこしてくれ。宝飾店に持っていって、新しいチョーカーを注文するから。

 ああ、これは僕の予算から出すよ。ちょっと考えがあるんだ」


 軽く興奮した様子で、母と店長に話す義父。


「あなた! 本気なの!?

 エルヴェルート、貴女からも何か言ってやって頂戴(ちょうだい)!」


 難色を示す母に対して、私は重々しく口を開いた。


「お母様、諦めてください。

 私も、左右非対称の髪型なんてどうかしていると思いましたが、それでパーティーに出ました。

 次はお母様の番です」

 

「そんな……なんてこと……」




 やはり、と言うべきか。

 母の、挑発的かつ高貴な背中露出ドレスは、会場に雷が落ちたかのような衝撃をもたらした。


 おかげで、左右非対称の髪型に続いて今度は『背中で魅せる』ファッションが大流行。


 背中が大きく開いたドレスや、後ろに長くチェーンを伸ばした首飾りを身につける女性が続出。


「もう、お義姉さまもお義母さまもズルいズルい!

 わたしみたいな子供じゃできない大技を、軽々と使いこなすなんて!」


 ディアレットはぷんすか怒っていたけれど。


「すごいわディアレット! 

 よく、あんな素晴らしい髪型を思いついたわね」


「た、確かに恥ずかしかったけれども、あの斬新なドレスは皆様から褒めていただいたわ。

 全て、ディアレットのおかげよ。ありがとう」


「マーゴルートもエルヴェルートも、ディアの力でさらに美しく魅力的になったんだよ。

 大したものだよ」


 みんなで褒めまくったら、まんざらでもない顔で大人しくなった。




 そして。


「娘のエルヴェルート嬢の次は、ご母堂のオルロット女男爵が!」


「あれらは、妹君のディアレット嬢の発案らしい」


「あの方々をパーティーにお呼びしないと、流行に遅れてしまうわ」


 なんということか。


 ゼフィルリース家は、ファッションリーダー一家となってしまったのだった。


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