ドアマット令嬢ズルいズルい
「ディアレット、それを大声で言いなさい。
今回は私が許可します」
「え? え〜と、はい!
グリゼルディア様ズルいズルい! 今はそんなにお痩せになっておいたわしいけれど、養生なさって適正体重になったら間違いなく肉感的官能的ゴージャス美少女大・降・臨ですわ! お化粧は今みたいな白塗りじゃなくて赤と橙をメインに! ドレスは当然真紅! どれだけ派手に装っても美貌の方が勝つに決まっているからズルいズルい!
そして衰弱なさっている今とゴージャス美少女状態とのギャップで、存在するだけで男女問わずハートを射抜きまくる賞賛の狩人と化すのですわズルいズルい!」
予想以上に長台詞だった。
全員呆然。
子爵夫妻とセルシエナ様も呆然。
言われたグリゼルディア様も呆然。
そこへ、私がわざとらしく大声で合いの手を入れる。
「まあなんてこと! ディアレットの『ズルいズルい』が出ましたわ!
義妹は鋭い審美眼の持ち主ですの。彼女のファッションチェックに従えば、どんな令嬢でも一気に垢抜けること請け合いですのよ!」
我ながら、発言があまりにも唐突過ぎる……。
ああ恥ずかしい! グリゼルディア様のためとは言え、精神的社会的に色々なものが削られるわ!
だけど、これが私の次なる一手。
私の羞恥心と引き換えに、相手を追い詰める犠牲を伴う策略。
「グリゼルディア様も是非、お召し替えをなさいませ!」
と言いながら、私はグリゼルディア様に近寄ろうと一歩踏み出した。
要するに、着替えと称して服を脱がせ、身体の状態を見ようという作戦だ。
『それどころかセルシエナさまのご家族も、グリゼルディアさまをないがしろにして虐げてろくに食べ物も差し上げないで暴力を振るって』
ディアレットの判断の根拠は、グリゼルディア様のご様子だと思う。ああ見えて、義妹の観察眼はかなりのものだ。
化粧が濃いのは、顔色の悪さを隠すため。
夫人が彼女を抱えているのは、長時間立っていられないほど衰弱しているため。そしておかしな動きをされないように拘束するため。
そして動作がぎこちないのは、怪我をした箇所が痛むため。
グリゼルディア様の具合の悪さが、病気ではなく飢餓や怪我によるものだと看破したのだろう。
服を脱がせれば、おそらく虐待による怪我の痕を確認できるはず。
そうすれば傷害事件であることが証明される。
「何をする!」
子爵が、近寄る私の前に割り込んだ。夫人は相変わらず彼女の両肩に手を置いて、抱えるような姿勢のままだ。
「なんと不躾な娘だ!
不愉快だ、帰るぞ!」
「ええ、あなた。
エルヴェルート嬢、この無礼に関しては改めて抗議をさせていただきますわ!」
セルシエナ様が私の横をすり抜けて、夫人の隣に並んだ。強気な言葉とは裏腹に、どちらも焦った表情をしている。
2人はそのまま踵を返して、グリゼルディア様を引きずるように引っ張って部屋の出口に向かおうとした。
周囲の人たちも、道を開けて彼らを通す。
まずいわ、ここで逃がすわけにはいかない!
だけどまさか、力ずくで引き戻すわけにはいかない。
どうすれば──。
「あら。わたくしもグリゼルディア様のお召し替えを是非拝見したいものですわ」
誰かが、子爵夫人親子の行く手にすっと入りこんだ。
エイルローズ様だった。
エイルローズ様は、あくまで優雅に挨拶をする。
「ご機嫌よう、子爵ご夫妻並びにセルシエナ様。レッドグライフ公爵の長女エイルローズでございます。
実はわたくし、『ディアレット様ズルいズルいクラブ』の会長でございまして」
何ですか、そのクラブは?
「ディアレット様がズルいズルいと褒め称えたご令嬢を磨き、その美を賞賛し愛でる美の探究者の集まりなのです。
グリゼルディア様、貴女こそ美を内包した薔薇のつぼみ。お化粧とドレスを直せば、貴女も社交界の大いなる薔薇となれるのです。
ねえ、会員の皆様?」
「「はい!!」」
人垣の中から、ざざっと何人もの令嬢が現れた。
「ディアレット様のお告げですわ!
グリゼルディア様、是非お着替えとお化粧直しを!」
「グリゼルディア様、幸い私は赤いドレスを着ております!
お召し物を交換して、いかに美しくなれるか私たちにお見せくださいまし!」
「召使いに命じて、部屋を用意させました。
さあ、こちらへ!」
口々におっしゃって、グリゼルディア様を囲んだ。
子爵家親子は、彼女たちが邪魔で移動できない。
えっ? 方便として今適当に設定を作ったんじゃなくて、本当にそんなクラブができていたの? いつの間に?
「お前たち! 娘に触るな! こら、離れんか!?」
業を煮やしたのか、子爵が令嬢の1人の腕をつかんで、無理矢理引き離した。
貴族らしからぬ乱暴に、非難のざわめきが起こる。
さらに別の令嬢に向かったその腕が、別の人物の手によってそっと押さえられた。
「リングレー子爵。私はシュライエン・モルダーランスと申し、司法に係る仕事をしております。遅ればせながら、お目にかかれて光栄に存じます。
ですが、お若い淑女の皆様に乱暴な態度はおやめ下さい」
シュライエン卿が、子爵と令嬢たちの間にさりげなく割って入ったのだ。
子爵という目上の人物であるために、声も表情も柔らかいが、その目の中には強い圧がある。
司法という言葉も聞いたせいか、夫妻が明らかにたじろいだ。
「な、なんだ突然!? 邪魔をするな!」
「子供たちの、ほんの座興でございます。
病弱な令嬢がパーティーに来られたのです。せっかくですから、同年代の方々と交流させてはいかがですか?」
話しながら、すっと手を子爵夫人に伸ばして、グリゼルディア様をつかむ手をあっさりとほどいてしまった。
「あっ!?」
すかさずエイルローズ様がグリゼルディア様の手を取り、さっさと子爵夫婦から離脱してしまった。他の令嬢たちも後に続く。
「ま、待って! 待ちなさい!」
後を追おうとしたセルシエナ様。
今度は私が、その前に立ちふさがる。
「あら、どうなさいましたの?
まるで、グリゼルディア様がお着替えをなさると困るかのようではありませんか?」
「それは! 貴女たちが勝手に!」
「そうだ! わしは許可を与えておらんぞ!
当主であるわしの許可もなく、勝手な真似をするな!」
シュライエン卿も、素早く子爵たちの前に回り込んだ。
「別に、目くじらを立てることでもないでしょう? レッドグライフ公爵令嬢が目を配っておられるのです、心配することなどありませんよ。
そうでしょう?」
口元は微笑んでいるが、目は全く笑っていない。
ただでさえ大柄で威圧感のある顔立ちなのに、警察官として鍛えられたであろう目力で睨んで──もとい、ひたと見つめてくるのだ。子爵家の3人は、息を呑んで絶句してしまった。
夫妻とシュライエン卿が無言で睨み合っていると、ややあって、令嬢の1人が、青ざめた顔で部屋に入ってきた。
令嬢らしからぬ大声で叫ぶ。
「大変です! お医者様を! 警察を! ああ神様!
グリゼルディア様のお身体に大変なお怪我の痕が!
ああ神様! 殺人未遂に違いないわ! 警察を早く!」
大騒ぎになった。
ディアレットの言ったことは正しかった。
グリゼルディア様のドレスを脱がせたところ、背中と言わず脚と言わず、至るところに赤や青の痣があったそうだ。
さらに手足は骨と皮だけ、というほど酷く痩せており、診察した医者をして『酷い飢餓状態だ。よくこの身体で歩けたものだ』と言わしめたらしい。
子爵夫婦は、彼女に対する殺人未遂で逮捕された。
聞くところによると、数年前から虐待が始まったらしい。最初は躾と称する叱咤や体罰だったのが、他の貴族は気づかず、召使いにも止める者はおらず、どんどんエスカレートしていったらしい。
最終的には、食事を与えずに衰弱死させて病死と偽るつもりだったらしい。セルシエナ様に子爵位を継がせるために。
後継者変更手続きは、グリゼルディア様への脅迫の結果であるとして撤回された。
セルシエナ様は未成年であるために逮捕されなかったが、犯罪に加担していたために修道院に送られた。後ろ盾である両親が逮捕されたのだから、まず還俗はできないだろう。
彼らはそんなにもグリゼルディア様が憎かったのか。そこまでして排除したかったのか。
いや、止める理由──他の貴族に虐待を知られるとか、警察に逮捕されるといった抑止力──がなければ、人はどこまでも堕ちていけるしどんな酷い所業にも慣れてしまうものなのだ。
きっと、彼女を殺そうとするのにも、大した理由はなかっただろう。
虐待が続いても、エスカレートしてもばれなかった。だから何をしても大丈夫。そんな成功体験が、あの3人の中で、殺害しても大丈夫という雰囲気を醸成していったのだ。
ただそれだけだ。ただそれだけで人が殺される。
……暗澹とした気持ちになる。
だけどもグリゼルディア様は、かろうじて足掻いてくださった。
ご自分から次の子爵位を辞退する、だからその手続きのために一度王宮に行かせて欲しい。自分の同意があることを周囲にアピールすれば、義妹への爵位移譲もスムーズにできる。そう懇願なさった。
例え王宮に連れて行ったところで、自分たちの所業が知られることはない。ついでに、少しくらいセルシエナ様のためにパーティー会場をのぞいても大丈夫──彼らには、そんな意味不明な万能感があったに違いない。余計なことを言わないように脅して、王宮ではグリゼルディア様を徹底的に監視した。
そこに、わが義妹ディアレットが『ズルいズルい!』と叫んだのだった。
子爵は犯罪行為によって爵位を失い、自動的にグリゼルディア様がリングレー女子爵となられた。
殺人未遂であったために極刑はまぬがれたけれども、夫婦には長い監獄暮らしが待っている。もし刑期が終わって釈放されても、改めて子爵家領地のどこかに幽閉されるだろう。社交界に返り咲くなどもっての外だ。
女子爵の後見は二代前の子爵、つまりグリゼルディア様の父方の祖父がなさるのだけれど……なにしろ別居していたとはいえ、長期の虐待に気づかなかった人物である。肝心のグリゼルディア様から隔意を持たれてしまったらしい。
何故気づけなかったのかと、今はたいそう悔いておられるとか。
逆に、私たち義姉妹は『あの地獄から救い出してくださった』と、グリゼルディア様から大変に感謝された。
前子爵の逮捕で、突然新たな女子爵として立つことになったのだ。虐待のせいで勉強などの前準備はできなかったし、体調も簡単に戻るものではない。
自然と、年齢の近い私とディアレット(義妹はファッション以外は頼りにならないが)、それに女当主の先達である女男爵夫妻、つまり私の両親に相談なさることが増えた。
今は家族でお見舞いにうかがったり、子爵家の乗っ取りと言われない程度に助言を行ったりして、親しくお付き合いさせていただいている。
「でもディアレット。よく、シストリー家の紋章が鹿だと覚えていたわね。
それで、あのペンダントがグリゼルディア様のものだと分かったのでしょう?」
「いいえ?
あれは何年も前に、元気だった頃のグリゼルディア様がつけておられました。1度見たことがあります。
だから、セルシエナ様が奪ったと分かりました」
「……驚いた。
貴女、途轍もない記憶力を持っているのね」
「えへへ」
ディアレット。貴女は1人の女性の命を救った。
一生分の善行を積んだわ。
そして彼女は自分でも気づかぬままに、私に大事なことを教えてくれた。
1ヶ月後、私とソリドール様との婚約は解消された。




