お義姉さまズルいズルい
──エルヴェルート様は、お洒落もお喋りもお好きでないから。
──本ばかり読んで、お友達になりにくい方ね。
──そこそこ美人なんだけど、愛想がない。地味。
──淑女にしても、本当に表情がなくてつまらない。
──理屈っぽいんだよなあ。
ええ、そう、全てその通り。
今まで何度となく言われてきた言葉。それらを、悲しみでもなく劣等感でもなく、ただの事実として受け入れている。
それが私。
エルヴェルート・ゼフィルリース。
オルロット男爵ゼフィルリース家。それが私の属する家であり、将来相続する爵位でもある。
産業が発展して近代化が進み、平民が総じて豊かになっていく。一方、相対的に貴族の凋落はゆるやかに進んでいる。今はそんな時代。
わが男爵家も、代を重ねるごとに領地を切り売りして一時的に金銭を得ていた。だから当然、領地からの収入は先細りになっている。
領地では200年も前に建てられた先祖伝来の屋敷に住んでいるけれど、最新の給湯施設はおろか、隙間風の入る壁の補修もままならない。
私も17歳だから、そろそろ婚約を考える頃なのだけれど、そんな話も一向に来ない。
親の世代はまだ、働かなくても一生食べていけるけれども、果たして私の代はどうなることやら……。
さて、こんな時代でも、貴族には見栄もあれば社交もある。
春の社交シーズン。貴族は皆、全国の領地から、王都の屋敷に大移動してくる。そしてパーティーやらお茶会やらを連日繰り広げるのだ。
私たちゼフィルリース家の者も、ご多分に漏れず王都に来ていた。
その屋敷でのこと。
わが家では、夕食後のひとときは全員が居間に揃って、家族の時間を過ごす慣わしになっている。
といってもさほど会話はなく、本を読んだり刺繍をしていたりと、思い思いの時間を過ごすだけ。
その夜私は、安楽椅子で経済学の本を読んでいた。
「エルヴェ。来月の伯爵家のパーティーのドレスは準備してあるの?」
刺繍をしていた母が、私に声をかけてきた。
「ええお母様。
藍色のドレスがありましたでしょう。それをコサージュか何かで手直しするつもりです」
正直、私は服に興味がない。だから着飾れと言われても、似合っているかどうか自信がない。
適当にドレスを見つくろって、髪型や装飾品は侍女たちに任せてしまう。その方が、自分で決めるよりよっぽど信頼できるし、センスが良いと思う。
こういうことを言うと「あなたは17の若い娘なのよ? ファッションに興味がないなんて!」などと言われるので口にはしないけれど。
いいじゃない別に。世界は広いのだもの、服飾よりも数学や歴史の好きな娘だっているでしょう。
私とか。
「あの、裾のタイトなドレス? 地味ではないかしら。
まだ肌寒いのだから、せめてショールを重ねるとか──」
私と母がドレスの話をしていると、雑誌を読んでいた義妹のディアレットが顔を上げて、突然叫び出した。
「お義姉さま、パーティーに出るなんてズルいズルい!」
……この子にズルいと言われるのも、もう何度目だろう。
この子──ディアレットは、つい半年前に義妹になったばかり。母の再婚相手の連れ子だ。
明るい金髪に緑の強いハシバミ色の瞳。小柄でふんわりした感じの、砂糖菓子のように可愛らしい少女である。
この、何かというと飛び出す『ズルいズルい』さえなければ、ではあるが。
母が嘆息気味に注意する。
「ディアレット、このパーティーは子供は出られないのよ。
あなたはまだ13歳で、まだデビュタントを済ませていないのだから」
「そうだぞディア。
わがままを言って、義姉を困らせるんじゃない」
義父も彼女をたしなめてくださった。
義父のエイムダンは、小太りで優しいハシバミ色の目をした男性。
言葉はもの柔らかだけれど的確で、親しみやすい親戚の小父さまといった感じ。実際に遠縁にあたる方だそうだが、再婚されるまではお会いしたことはなかった。
1年前、実父が病で亡くなった。
元々子供の頃に大病を患った後遺症で身体が弱かったのだが、去年の流行病でついに亡くなってしまったのだ。
元々、静養で遠方に長期滞在したり、家にいても顔を合わせなかったりと、心理的にも物理的にも距離の遠い父娘であった。だから、薄情だけれど、亡くなってもさほど悲しくはない──と思う。
男爵は母であり父は婿だったために、当主に変動はない。
だが女男爵1人では、社交や財産管理などに支障がある、補佐をする配偶者が必要だ、というのが世間の一般常識である。母──オルロット女男爵マーゴルート・ゼフィルリースは親戚の紹介で、同じく流行病で妻を喪ったエイムダン卿を婿として迎えることにした。
この義父エイムダン卿の前妻との娘が、今ズルいズルいと言っているディアレットで……。
閑話休題。とにかく義妹をなだめなければ。
「ディアレット。ズルいって何がズルいの?
私たちだけでパーティーに行って、あなたはお留守番すること?」
なだめるというより、質問をした。
何がどうズルいのか思う存分言わせて、それから私たちがそれに答えて納得させる。そのつもりだった。
まあどうせ、『そうよズルいズルい』とか叫ぶんでしょうけどね。
と、思っていたら。
「いいえ!
お義姉さま、あの藍色のドレスに新しいチェーン状装飾品を左右非対称にお掛けになって、貂のショールと外国から取り寄せた黒い扇を合わせて、異国的な雰囲気を出そうとなさっているんでしょう!
そんな、わたしにはできないしっとりした高貴な魅力全開だなんてズルいわ!」
………………はい??
義妹以外の全員が固まった。
え? 今の長文は何?
「……何ですって?」
「しかも、髪型も左右非対称にして右側だけに団子を作って、そこを中心にもう1本ラリエットを流すようにあしらうおつもりなんでしょう! ズルいわ!
お義姉さまの黒っぽい髪色に、きらきら光るラリエットは絶対映えるもの! わたしみたいに髪色が明るいと到底真似できないわ!
その上に、房飾り型の大きなイヤリングを合わせてごらんなさい!
異国的な神秘の美しさに、会場中の視線はお義姉さまに釘付けですわ! ズルいズルい!」
聞き返したら、さっきの1.5倍くらいの台詞が返ってきた。
「ちなみに、異国ってどこ」
「どこでも良いのです! 正確でなくともそれっぽいフレーバーを演出して、皆の意表をつくのですわ!
お義姉さまったら、美と大胆さと異国情緒の掛け算で、パーティーの支配者となるなんて! ズルい! ズルすぎます!」
ついに、やってもいないことをズルいと言われてしまった……。
義父が、困惑しつつもたしなめるように声をかけた。
「何を言っているんだディアレット。
そんな訳の分からないことを言わなくとも、エルヴェルートはそんな……」
「……いえ、試してみようかしら。
アンナリーザ、着替えをするわ。ドレッシングルームの準備をしてちょうだい。髪結い係もお願い」
壁際で控えていた侍女のアンナリーザに、声をかける。
「かしこまりました」
両親が私の方を見る。
「エルヴェルート、彼女に気をつかう必要はないんだよ?」
義父の言葉に、私はかぶりを振った。
「いえ。実際に試してみなければ、ディアレットの言葉が正しいかどうか分かりません。
何を着ていくか悩んでいたところですし、一度彼女の言う通りにしてみます」
とは言っても、滑稽な取り合わせになるでしょうけれど。
地味な私と地味なドレスに、ラリエットを2本も使う? しかも片側だけシニヨン? 左右非対称の髪型だなんて、なんて非常識なの!
でも、おかしな格好の方がいい。義妹の言う通りにして『ほら、やっぱり変でしょう? 何もズルいことなんてないのよ』と言えるのだから。
あの子はまだ子供なのだから、頭ごなしではなく、納得させてから言い聞かせた方がいい。
……と、思っていたのだけれど。
「これは……!」
「驚いたわ。とても似合っていてよ、エルヴェ」
藍色のドレスに着替え、大きなタッセル型イヤリングと黒の扇を装備。右側だけシニヨンを作った代わりに、左肩に毛皮のショールをかけてバランスを取る。
頭部のラリエットは右上のシニヨンから左下に流れるように巻き、逆に胸部は左肩から右上腕にかかるようにゆったりと巻く。暗い色の髪とドレスを、煌めく銀と宝石のチェーンが自在に流れる。
私の細い茶色の目も、薄い唇も、なんだか遠い国のお姫様のよう。
左右非対称という髪型の非常識さも、2本のラリエットの非対称な配置に上手く吸収され、むしろ『異国の神秘』という強い主張にまで昇華されていた。
「派手すぎないかしら」
他人事として見ているぶんには美しいかもしれないけれど、自分となるとこれは落ち着かないわ……。
「ズルいですわ! そんなことをおっしゃって、本番ではもっと派手になさるおつもりなのね!
きっと、もっと濃い青系統のアイシャドウで目元を吊り上げて、強くて高貴な異国の女王を演出なさるに決まっているわ!」
「決まっているの?」
「今決まりました!」
ふと扉のあたりを見ると、壁際で控えていた侍女のアンナリーザが目に入った。
何故か目をくわっと見開いて、握り拳をぷるぷるさせている。
「どうしたの、アンナリーザ」
「わたくし確信いたしました。
エルヴェルートお嬢様の、圧倒的大勝利でいらっしゃいます」
「私は何と戦っていたの?」
「悪いことは申しません。ディアレットお嬢様のおっしゃる通りになさって下さいませ。
そうすればパーティーの翌日から、社交界の話題はエルヴェルートお嬢様一色になること請け合いでございます」
アンナリーザの言う通りだった。
「あの異国的な美女は何者だ?」
「エルヴェルート嬢? あの目立たなかったエルヴェルート嬢?」
「エルヴェルート様、髪結いはどこに申しつけましたの? わたくしにも是非ご紹介くださいませ」
「わが家でお茶会を開く予定なのですけれど、招待状をお送りしてもよろしいでしょうか?」
『大胆な左右非対称の髪型と、異国的なドレスとの新たなファッション』の話題が席巻し、私は一夜にして社交界の寵児となってしまったのだった。




