エピローグ
夜明け前の静寂――
リュクレオンは胸の奥で、何かが崩れるような感覚に目を覚ました。
息ができないほどの、重たい痛み。
掌を見つめた瞬間、そこにあったのは剣ではなく──ハンドル。
銀の車体。夜の雨。
対向車のヘッドライトが視界を白く塗り潰す。
そして、あの音。
「……嘘だろ」
心臓が一度止まり、再び脈打つ。
視界の端に、誰かの悲鳴。
コートの女性が泣き叫んでいた。
製薬会社の同期──
恋愛ゲームを笑いながら押し付けてきた高宮真希。
『ねぇ王子ルートってホント地獄なんだって!
アンタがやって感想聞かせてよ!』
明るい笑顔。
無邪気な声。
ゲームオタク仲間。新作のゲームを買いにいくから車を出せと言われて………
ブレーキ音。
光。
衝突。
重たい金属の悲鳴と血の味。
リュクレオンは膝をついた。
冷たい石畳の上で、息が震える。
思い出してしまった。
自分は──
一度、死んだのだ。
「……俺は、死んで……この世界に来たのか」
王子として生きる身体に、血の気が引く。
リュクレオンの記憶と前世の記憶が交わり一つの答えに結びつく。
『罪と月の王国』
セレニティ。
ユリア。
リュクレオン。
これは
ゲームの世界だ…………
笑えない。
笑えるわけがない。
「……俺は、彼女を断罪した」
心臓の奥が、ぞわりと凍りつく。
(俺は知っている……この世界の地獄を)
歪んだ運命。
理不尽な断罪。
救いのない結末。
もし、やり直せるのなら。
「──救う」
呟きは夜に溶けた。
痛みも後悔もまだ消えない。
けれど、確かに火は灯った。
遠くで鐘が鳴る。
静かに、しかし確実に。
――断罪の日まで、あと一年。
運命はまだ、彼を知らない。
王子リュクレオンが世界を壊すことを。




