第7章「怒り(いかり)」
守るべきもののために、人は時に理性を捨てる。
その瞬間、怒りは剣となり、魂を燃やす――
世界がスローモーションのように回っていた。
ジョンは地面に倒れ、体中が傷だらけで、息は荒く、目は虚ろだった。あの獣――分厚い殻に覆われたフリンクの成体――が近づいてくる。一歩ごとに大地が揺れ、爪が岩を削るような音を立てる。
「はは……ここで終わりか……やっと会えると思ったのに……」
彼の脳裏に両親の顔が浮かぶ……はずだった。だが、霧がかかったように思い出せない。
「運が悪いにもほどがあるよな……これが、オレの終わりか……」
その時、心の奥底から誰かの声が聞こえた。
――生きろ。おまえは、守るべきもののために強くならなきゃ。
ジョンの目がゆっくりと前に向く。
そこに、ニナがいた。
ただ、まっすぐに彼を見ている。
「……そうか。ニナがいたから、オレはここまで耐えられたんだ。」
喉の奥から、感情のすべてを込めた咆哮がほとばしった。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
その一声に、フリンクが動きを止める。
空気が揺れた。ジョンの周囲に、オーラと――そしてマナが混ざった気配が広がる。
遠くから様子を伺っていたサミが、目を見開いた。
「まさか……」
ジョンは壊れた剣の破片を掴み、それを思いきり獣に投げつけた。しかし、硬い殻にはじかれてしまう。
そして獣が飛びかかってきた――!
体が動かない。終わりだ、と思った、その瞬間。
空から、毛玉の塊が飛来し――
ガキィン!
鋭い爪を狙ったその攻撃は、寸前でジョンを救った。
「セーフ!あの咆哮のおかげで牽制できたよ!」
チップが現れた。汗だくで息を切らしながらも、いつもの調子で笑っていた。
※直前の回想:
ジョンの叫びを聞いたチップは全速力で駆け出した。だが間に合わない。そこで、地面に落ちていた棒をてこの原理で使い、近くのツタを利用して空中から飛び込んだのだった。
「はぁ…間に合った…」
チップは小さな魔法バッグから一本の剣を取り出す。
「ほら、これ使いなって。壊すなよ?高かったんだから!」
ジョンは受け取った。以前の剣とは違い、輝きがまったく異なる。
「古代鋼の剣。さっきのはただの鉄だよ。こっちは丈夫で高いんだから、頼むぞ。」
「……ありがとな、チップ。」
ふたりは並んで立った。ボロボロで、疲労困憊。でも、諦めていない。
ジョンの攻撃は的確だったが、徐々に動きが鈍くなっていく。一方、魔法を使っていたフリンクも疲れが見え始める。
その時、サミの声が響いた。
「ジョン。おまえがやろうとしたことは、ほぼ正しかった。ただ、オーラを剣先じゃなくて柄に集中させて、衝突の瞬間に解放してみろ。」
ジョンの頭に、訓練時のタケダ将軍の姿がよぎる。息を吸い込み、打撃の瞬間にすべてを吐き出す――あれだ。
「……まるで、ショットガンだな。」
呼吸を整えようとするが、感情が邪魔をする。
“またダメなのか…オレは…”
その時。
「集中しろよ!」チップが叫んだ。「ほら、あの可愛い子が見てるじゃん!オレだったら、迷わず全力出すけどねっ!」
ジョンは目を閉じた。
熱いものが体内を巡る。
オーラとマナ――普通は混ざらない。だが、今の彼は違った。
「……行くぞ。」
すべてのエネルギーを剣の柄に込めた。
フリンクが突進する。
剣を突き出す。
刃が届く前に、緑色の光弾が剣先から発射された――!
ズドォン!!
フリンクの胸に直撃。だが……
「……外した……」
ジョンは膝をつき、崩れ落ちた。
「ジョン!!」チップの声が森に響く。
……だが、フリンクは動かない。
そのままの姿勢で、完全に静止していた。
サミが静かに近づいた。
「よくやったな。次はもう少し早く頼むぞ。」
「……倒せてない。あれじゃ、無理だった……」
サミは笑う。
「おまえの技は、オレの“貫きの槍”に近い。ただ、マナまで混ぜてくるとはな。」
チップは絶句していた。
「オーラは肉体、マナは魂。普通なら混ざった瞬間に体が内部から爆発する。だが、おまえは違った。調和が起きた。」
ジョンは、もはやその言葉すら意識の外にあった。
「フリンクがまた動くかも……」
そう呟いた時。
サミが獣の胸に、そっと指を添える。
ドォォォォン!!!
背中が爆発した。
獣は吹き飛び、後方の木々をなぎ倒す。
ジョンもまた、静かに意識を手放した――
チップ「ふぅ~!やっぱりボクがいなきゃ全滅だったね!もうボクが主人公でいいんじゃない?」
ジョン「お前、ツタを飛び移って飛んできて、顔面から地面に突っ込みそうになったくせに……それでヒーロー気取りかよ、オレ羊?」
チップ「なっ…あれは全部計算通りだったし!しかも、高級な剣まで貸してあげたのに~!」
ジョン「そうだ…はい、これ。お前の剣。」
(ジョンが剣を渡そうとした瞬間、剣は白い粉になって崩れ落ちた。)
チップ「……え?」
(静寂。)
チップ「…………………いやあああああああ!!」
チップ「なんで!?どうして粉になるの!?高級な剣だったのにいいいい!!」
ジョン「多分、エネルギーが強すぎたんだよ…“自発的崩壊”って感じでさ。」
チップ「うぅ…ボクの財産が…ボクの希望が…」
(チップ、地面にどさっと崩れ落ちる。)
ジョン「大げさすぎだって。所詮、剣じゃん。」
チップ「“所詮、剣”……!?請求書、後で送ってやるからな!」
(その時、遠くから不気味な鳴き声が響く。)
???「――――――グゥゥゥ……。」
チップ「……な、なに今の音……!?」
ジョン「…たぶん、“ボス”が目を覚ましたんだな。」
(次回、『走れ』)