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第4章――勇者の悲鳴と、無敵の槍

突如響いた“あの叫び”の意味は――

そして、裸で迫る美少女AIの無自覚な行動が、勇者の理性を試す。


未知の世界、未知の種族。

地図に記された地名の先に、何が待ち受けるのか。


しかし、彼らがまだ知らない。

森の外には、“化け物”だけでなく――もっと厄介な存在も潜んでいることを。


 

夜だった。


ジョンとチップは、森の奥にある岩に囲まれた温泉へ向かおうとしていた。

チップがこの場所に家を建てたのは、この温泉があったからだ。

何もない静かな場所に、湯気が立ち込める天然の隠れ家だった。


「ふぅ…あの修行の後で温泉とは、これぞ人生ってやつだな」

ジョンが腕を伸ばしてあくびをする。


「へっ、ここは特別なお客様だけに開放してるからな!」

チップは得意げに胸を張った。


ふたりがタオルを手にしたちょうどその時――


カラカラ…と木の引き戸が開き、ニナが入ってきた。

そして、何のためらいもなく服を脱ぎ始めた。


 


「――うわあああああああああああああああああっ!!!!!」


ジョンの叫びが森に響き渡る。

あまりの大声に、夜の鳥たちも飛び去るほどだった。


「や、やめろ! な、何やってんだよ、ニナ!?」


顔が真っ赤に染まったジョンは、混乱しながら必死に止めようとした。


ニナはというと、何の気なしに上着を下ろしている最中だった。

まるで、それが自然な行動であるかのように。


ジョンは、長い間ひとりで生きてきた。

恋人はもちろん、親しい友達すらいなかった。

そう、生まれてこの方ずっと“童貞”だったのだ。


そんな彼の前で、突然美少女が脱ぎ出したのだから、動揺しないわけがない。


「い、いいから服着ろってば! 頭おかしいのか!?」


ニナは首を傾げて、淡々と答えた。


「フロに入る準備をしています。服を着たままでは入れません。」


 


部屋の隅でチップが固まっていた。


目が小刻みに震えている。

ジョンよりもさらに真っ赤な顔で、なぜか何も言わない。


普段はスケベな態度を見せる彼も、実は未経験。

こういう場面に慣れておらず、本当はとてもシャイだったのだ。


カバンで目を隠そうとしていたが、その隙間からしっかり覗いていた。


 


「……何か間違えましたか?」

ニナが静かに尋ねる。


ジョンは大きく息を吸い、目線を必死に保ちつつ言った。


「な、なんというか…お前は人間の反応に慣れてないよな?

特に、男のさ…」


彼は指を震わせながらニナを指した。


「綺麗な女の人が…その、裸とか…見せたらヤバイってこともあるんだ。危険ってやつだ。」


「危険?」


「そう。好きでもない男に身体見せちゃダメだぞ。

それは…『愛してる人』にだけにするもんだ。」


「“愛する”とは?」


ジョンがフリーズした。


その瞬間、彼は思い出した。

ニナは世界中の知識を持っているが――

感情や人間の心に関しては、まるで生まれたての赤ん坊のようだった。


そして、もう一つ気づく。


自分だって、“愛”の意味なんてうまく説明できない。


「え、えっと…つまり…その…愛ってのは…こう…えーと……」

しどろもどろになりながら、ジョンは助けを求めて横を向いた。


「チップ! 代わりに説明してくれ!」


チップがビクッと体を震わせた。


「はあ!? お、俺が!?

人間の感情なんて知らないし! 関係ないし! ムリだし!」


顔を背けて真っ赤になりながら、チップはぼそりと呟いた。


「…そもそも、俺もわかんねぇし…」


 


その場に静寂が戻る。


湯けむりの音だけが、空間を満たしていた。


まるでコントだった。

童貞の勇者、純情なマスコット、そして感情を知らぬ天才AI。

そんな三人が、温泉に立っていた。


翌朝、風に揺れる木々の音で三人は目を覚ました。


ジョンは大きく伸びをしながら、決意に満ちた声で言った。


「決めた。もっとこの世界のことを知りたい。

俺、唯一の人間なんだろ? この世界のやつらって、みんなお前みたいなのか? チップ?」


チップはプイっと横を向き、鼻で笑った。


「ハッ、こんなにカッコよくて可愛いのは、俺だけだっての。」


ジョンが冷たい目で睨むと、チップはさらにドヤ顔になった。


「じゃあさ…俺みたいな“普通の人間”も他にいるってことか?」


「うん、いるいる。たくさんな。

でもそれだけじゃないんだぜ」


チップは前足をピンと伸ばし、なぜか教師風のポーズを取る。


「まずはエルフ。尖った耳が特徴で、自然魔法が得意だ。

次にドルイド。世界のマナと繋がって、動物や木と会話できるヤバい奴ら。

それからドワーフ。小さいけど超頑丈で鍛冶の名人。ただし、キレやすい。

亜獣人ってのもいる。人間っぽいけど、耳とか尻尾とか動物の特徴があるやつらだ。

神獣――つまり俺な! 賢くて、魔法も使えて、何より可愛い♪

最後にドラゴン。言わずもがな、でっかくて超強い。説明不要!」


「他にもいーっぱい種族がいるけど…

あんまり一気に教えると、またお前の“脳みそ”ショートするかもしれねぇしな。」


「ふーん…」

ジョンは首をかしげながら、軽く笑った。


「ちっこいのに、意外と教え方うまいじゃん。

…さすが、“チビ先生”。」


「誰がチビだああああ!!」


チップがのけぞるように反応する。


 


ジョンは少し真剣な顔に戻る。


「で、ここって…どこなんだ? この世界の名前は?」


チップはムスっとしながらも答えた。


「ここは**静穏のせいおんのもり**だ。」


もじゃもじゃの毛の中から、くしゃくしゃの地図を取り出して広げる。


「この森は、マルシカとイルントールの間にある。」


ジョンは眉をひそめた。


「…え? マルシカ? イルン…何それ? 地球じゃないよな?」


チップが少しだけ真剣な目で言う。


「ここはな…ミルジョネ大陸だ。」


 


ジョンはニナを見た。


「ニナ、お前その名前知ってるか? どっかの記録にある?」


ニナの目が淡く光り、内部で検索しているような仕草を見せた。


「“ミルジョネ”という単語は、既知のデータベースには存在しません。」


その瞬間、ジョンの心にズシンと何かが落ちた。


 


もう、ここは地球じゃない。


自分は本当に、別の世界に来てしまったんだ。


 


チップが地図を指さして説明を続ける。


「この森がここ。

こっちがマルシカって街。商業都市で、いろんな種族が集まってる。買い物にも冒険者にも人気だ。」


「で、こっちがイルントール。

…あそこはちょっと違う。人間ばっかで、他種族には冷たいんだよな…」


ジョンは無言でうなずいた。

この世界には、人間の世界にも似た排他的な場所も存在するらしい。


朝食の後、ジョンは勢いよく小屋を出た。


「マルシカに行こう。」


チップが片眉を上げた。


「は? 誰が命令していいって言った? 俺は行きたい時にしか行かないぞ。」


その時、ニナが静かに歩み寄った。


「私は行きます、ジョン。一応、地図は覚えました。」


チップがすかさず前に飛び出した。


「うっ…ダメだ。熟練ガイドなしでこの世界を歩いたら、迷って死ぬぞ?

俺、そんな責任は背負えないからな。…仕方ねぇ、俺が案内してやる。」


ジョンがにやっと笑った。


「へぇ? 行きたい時にしか行かないんじゃなかったっけ?」


「今は行きたい気分なんだよっ!」


ジョンが爆笑する中、ニナは空気を読まずに微笑みながら口を開いた。


「フフフフフ……フアッハッハッハッハッハ!!」


突然の悪役級の大爆笑。


その声を聞いた瞬間、ジョンとチップの顔が引きつった。


「な、なんだ今の笑い…!? 怖すぎだろ…」


ニナはきょとんとしていた。


「“何かを感じた”ので、それを再現してみました。

…でも、何かが違った気がします。」


ジョンとチップはガタガタ震えながら抱き合う。


「感情ってのは、もうちょっと繊細なんだよ!」

「笑いにもいろいろ種類があるからなっ!」


互いに気まずくなり、すぐに離れるふたり。


「…これからもっと分析します。」

ニナは真顔で言った。


 


三人は小屋に戻り、荷物の準備を始めた。


チップは部屋の隅に積まれた木材の山を指差した。


「これ持っていくぞ。**静穏のせいおんのき**の材木はマルシカで高く売れるんだ。

この木、うまく切れるやつが少ないからな。俺は神獣様だし、マナ操作で綺麗に切れる。だから…」


彼の目がギラッと輝いた。


「高額買取間違いなしだぜ!」


ジョンはその量に目を丸くした。


「それ全部…どうやって運ぶ気だよ?」


「フフフ…」

チップは誇らしげに、魔力のオーラを放つリュックを見せる。


「このバッグに入れるんだよ!」


「はいはい。じゃあそのうち小屋も森も岩も全部詰め込むんだな。」


「いや、マジで何言ってんの?」

チップが真顔で言いながら、木材をバッグに向ける。


次の瞬間――


ゴゴゴゴゴ…


木材が一つずつ、すべてバッグの中に吸い込まれていく。


ジョンは無言だった。


「……コメントできねぇ。」


そして、旅が始まった。


 


森を抜ける途中、チップが突然立ち止まった。


「ストップ。」


目の前には…2メートルはあろうかという巨大な肉食ウサギが現れた。

筋肉モリモリ、牙はナイフのように鋭い。


「こいつは“カーニバルバニー”だ。もう結界の外だから、モンスターが普通に出てくる。

ここから先、俺の指示に従え。でないと死ぬぞ。」


その時だった。


――シュッ。


音もなく、一人の男が姿を現した。


長い黒髪、無精ひげ、そして深く疲れた目。


背中には槍。

だが今、彼が手に取ったのは落ちていた2メートルの木の枝だった。


 


モンスターが飛びかかった瞬間――


男は一歩も引かずに、ギリギリのタイミングで回避。


その動きは、まるで計算された武術。


「これは…」

ジョンが呟いた。


(攻撃を誘導し、自分の得意な角度で反撃する…

こんな動き、ただの素人にはできない。完璧に訓練された動きだ。)


 


バニーのスピードは矢を超えていた。

それでも男は、一度も攻撃を受けない。


そして――


バニーが大技の回転蹴りを繰り出した瞬間、男の槍が青く光る。


「――貫通突き。」


ズンッ!


その一撃は、バニーの眉間に一直線に突き刺さり、動きが止まった。


ドサッ…


大きな音と共に、バニーはその場に崩れ落ちた。


身体は傷一つなく、まるで眠っているようだった。


 


三人は隠れたまま固まっていた。


男はゆっくりとこちらを向く。


「…で? 君たち、こっちから出てくる? それとも俺が行こうか?」


ジョンとチップは慌てて飛び出した。


「いやいや! 攻撃なんてしませんから!」


「そ、そうです! 僕たち、ただの商人ですし!」


チップは急いで金色の一つ星が描かれたバッジを見せた。


男はそれを見て微笑む。


「ほう。一つ星商人か。

それでこんな所で迷子ってわけね。」


男はゆっくりと名乗った。


「俺の名前は――サミ。

さすらいの旅人だ。何を求めているのか、自分でも分からないけどな。」


ニナが静かに近づいた。


「サミ…素敵な名前。」


サミは笑った。


「そう言われると嬉しいな。」


そしてジョンとニナを交互に見て、言った。


「…君たち、ここ出身じゃないね?」


ジョンの顔がこわばる。


「な、なんで分かった?」


サミはニナを指しながら、軽く言った。


「その“AI”っぽい子、ここじゃ見ないタイプだ。」


ジョンが一歩引く。


「なっ…なんでそれを…?」


サミはにっこりと優しく微笑んだ。


「うっふふ…

君はそのうち分かるよ。」


 


―――

ジョン「…なぁチップ。あの男、ニナがAIだって…どうして分かったんだ?」


チップ「うん、それな。しかも全然驚いてなかったしな…

で、正直に言って、あいつに勝てる自信ある?」


ジョン「当然だろ? なんてったって、俺は天才だからな?」


チップ「はいはい、そういうと思ったよ。」


(サミ)「うっふふ…面白いな。」


 


ジョン&チップ「(ゾクッ…)……や、やっぱりこの話は次回にしよう!」


 


――次回、「敵か、味方か?」


(ニナ)「フフフフフ……フアッハッハッハッハッハ!!」


 


ジョン「…チップ、今の方が100倍怖かったぞ。」


チップ「同感だ。完全にホラーだろ、あれ。」


ジョン&チップ「(ぎゅっ…)」


挿絵(By みてみん)

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