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第3章――記憶の重みと心の残響

世界が崩れたあと、人々は「魔法」にすがった。

だが、それは“希望”か、それとも“過ち”だったのか――


ひとりの少年が目を覚ます。

記憶の欠片、謎の声、そして彼の中に眠る理論ロジック


この章では、風が語る。

まだ名もなき“魔法使い”の第一歩を――

それが、やがて世界を変えると知らずに。


ジョンは気絶していた。

ニナとチップが彼の周りで慌ただしく動き、どうにか目を覚まさせようとしていたが、うまくいかなかった。


「ジョン! ジョン! 起きて!」


ニナは心配そうにバイタルサインを確認すると、彼の呼吸が浅いことに気づき、応急処置を始めた。


「人工呼吸を試してみる」


真剣な表情で彼に顔を近づけたそのとき——


「ま、ま、まってぇぇ! 何してんのさーっ!?」


チップが飛び出してきて、両手(前脚)を広げて立ちはだかった。


「これは標準処置よ。彼の呼吸が弱いから、試さなきゃ」


ニナは冷静だが急いでいた。


チップは目を見開き、青ざめた。

(え、ええっ!? この役立たずと……初キスを消費!? ダ、ダメだ……そんなの絶対ダメぇぇぇ!)


(そ、そうだ! ボクが身を捧げよう! そう、紳士たる者、淑女の名誉を守らねばっ!!)


と、内心で叫びながら、地雷原に飛び込む英雄気取りで、チップはポーズを決めた。


……


「……ここは……?」


広い公園。周囲にはサッカー場が点在し、夕暮れの金色の空の下で子どもたちが走り回っていた。


ジョンの前には、一人の背の高い男が立っていた。

だがその顔は黒い靄に覆われ、記憶そのものが拒絶しているかのように判別できなかった。


男はジョンに向かって穏やかな声で話しかけていた。ジョンの手にはすでにアメフトボールが握られており、男は彼に投げ方を丁寧に指導していた。


「腹の前でボールを持って……そう。右へ体を軽く傾けて、腕は後ろへ、肘を90度に。

ボールは頭の上に構える。胴を40度回して……それから投げるんだ。

指で時計回りに回転を加えながら、ゆっくり……君ならできる。絶対に」


少年の姿のジョンは、初めてボールを投げようとした。

しかし、うまく手を離れず、ぎこちなく地面に落ちてしまった。


男は落ち着いた手振りで「もう一度」と促した。


深呼吸し、全身の力を込めて投げるジョン。

今度は技術的には完璧だった……が、狙いが大外れ。

ボールは近くの木の枝に当たって跳ね返り、地面に跳ねて、なんと彼の腹へ直撃。


その衝撃の瞬間——


「うぎゃっ!」


ジョンは飛び起きた。


チップが彼の腹に飛び乗っていたのだった。


「バカかっ!? 何すんだよ!」


「だってまた気絶したじゃん!」


……


ニナはうなずいた。

ジョンはまだ目をしばたかせながら尋ねた。


「……オレに何が起きてるんだ?」


ニナはしばらく沈黙した。

目の奥で何かを探すように。


「ごめん……最適な説明を検索してるの」


その言葉に、ジョンは少し驚いた。


「……感情の扱いがまだよく分からない。

だから、こういう場面で何をすべきか、戸惑うの」


ジョンは深く息を吸った。


「元々はAIだったんだもんな……急に身体を持って、いろいろ慣れるのも大変だよな」


その時、チップが割り込んだ。


「AIってなに? それ、美味しいの?」


ジョンは苦笑しながら説明した。


「AIは人工知能のことだ。人間の手助けをするための技術で、アシスタントだったり仲間だったりする。

時には人よりも忠実だったりするし、アドバイスしたり難しい作業もしてくれる」


「なにそれ! 知識と助けの魔法!? それでいてこんなに美人とか最高じゃん!」


ジョンは咳払いして話を逸らす。


ニナが真剣な表情で近づいた。


「ジョン、質問してもいい? 嫌だったら止めて。無理しないで。

脳に負荷がかかるから」


彼女は簡単な質問から始めた。足し算、引き算、かけ算、割り算。

ジョンは問題なく答えた。


しかし、徐々に高度な内容になるにつれ、額に汗がにじみ、目まいが始まった。


ニナはすぐに手を止めた。


「おそらく……解離性意味記憶喪失の一部症状」


チップは腕(前脚)を組んで考え込んだ。


「つまり……ジョンは“脳みそパンケーキ症候群”ってことか?」


「……今、何て言った、チビ?」


ジョンが睨みつけながら返した。


「サイズだけじゃなくて、脳までパンケーキ。

ぺっちゃんこで、しょっぼしょぼってな」


ジョンは腕を組み、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


チップはぷくっと頬をふくらませ、ムキになって反論しようとするも、言葉が出てこなかった。


ニナは冷静に説明を続けた。


「彼は自己認識や感情、顔の識別は保っているけど、技術的な知識へのアクセスが断たれてる。

たぶん、トラウマか何かで一時的に脳が保護されたのかもしれない」


ジョンは深くため息をついた。


「つまり……脳みそまでストライキってことか」


彼は腕を組み、開き直る。


「記憶が戻るまで、じっとしてるわけにもいかないし……魔法の練習でもするか」


そしてチップを見下ろしながら、挑戦的に声をかけた。


「なぁ、お前、なんか簡単な魔法教えられないの?」


チップは目を見開いて驚いた。


「おおっと、ついにオレ様の真の力を求める時が来たか!」


ジョンは悔しそうに口をひん曲げて言った。


「お願いしますよ、偉大なるチップ先生……」


その皮肉は、チップには通じなかった。


「うむっ、よろしいっ! では、第一回・チップ魔法学校、開講だっ!」


チップは芝の上に立ち、どこからともなく拾った棒を手に、まるで舞台俳優のように劇的なポーズをとった。


「よーく見てな! これは風魔法の基本構造だぞ!」


そう言って地面に四角い枠を描き、その中に記号や数式のようなものを刻んでいく。


「空気の流れ、重さ、方向、圧力……ぜーんぶ理解しなきゃダメなんだ。

中心には“風”の漢字(風)を置くのが決まりだ」


チップが描き終えると、円陣が淡く輝き、中央から風が噴き出した。


「ふぉおおおおおおぉっしゅ!!!」


乾いた風がピュッと吹き抜ける。


「な? 魔法ってのは、ぜーんぶ数式と幾何学!

大きさ、形、流れるマナの量、それに自分の体が耐えられるかどうか、ぜんぶ計算するんだ!

だから魔法を使えるのは、全人口の15%くらいってワケ!」


ジョンはじっと観察していた。


すると、ふと夢で見た男の姿が脳裏に浮かんだ。


――完璧な角度、ちょうどいい力加減。強すぎず、弱すぎず。


彼は自分の足元に魔法陣を思い描いた。すると、描いた線が実体を帯び、魔方陣の外周に沿ってルーンや記号がぐるぐると回転し始めた。


その回転は徐々に加速し、空気が震える。


中心の「風」の文字が輝きを増す。


(エネルギーは……E=½ρv²……)


ニナの説明が頭をよぎった。


数式の全ては思い出せなくても、概念は理解していた。


(いける……)


心の中で誰かの声が再びささやく。


「落ち着いて。君ならできるよ」


深呼吸。

集中。


魔力はどんどん縮まり、密度を増していく。


そして――


「ピュウウウウウウウウッ!!」


極細の風が一直線に放たれ、空気を切り裂いた。


チップはその場に崩れ落ち、腹を抱えて爆笑した。


「はっはっは! これが“偉大なる魔導師様”の魔法ですかい!? へっへっへっ!」


ジョンは少しバツが悪そうに苦笑いした。


「やっぱ魔法なんてくだらねぇな……」


だが、ニナが静かに指をさした。


「ジョン……あなた、本当に凄い魔法を使ったのよ」


彼女の指先の先――


静穏の木の幹に、くっきりと空いた穴。


ジョンは目を見開いた。


チップが慌てて走り寄った。


「なななな……何だって!? 風魔法で“静寂の木”に穴を開けただと!?

ありえない! この木はマナを吸収する性質があって、普通の魔法なんてぜーんぶ無効化されるんだぞ!?


マナそのもの――つまり無属性のエネルギーなら、木はそれを普通のマナとして吸収しちまうんだ。

だから、抵抗も反発も起きずに、ただの“無効化”で終わる。


たとえば、無属性の“魔力”を直接ぶつけた場合、木はそれをマナとして自然に取り込んで終わり。

だから、あの“マナの斧”みたいな武器は、この木でも切れる。

木が“抵抗”とみなさないからだ。


でもな、風とか火みたいに“属性”がついたら話は別だ!

木はそれを“自然の一部”として捉え、適応しようとする。


だが……

魔法の構造が完璧だった場合……

木の方が処理しきれなくなる!


そしたら……こうなるわけよ!」


そしたら……こうなるわけよ!」


チップは言葉を噛みながら続けた。


「魔力そのもの、つまり無属性のエネルギーなら、木はただ吸い取って終わり。

でも、風とか火みたいな“属性”がつくと、木はそれを“自然”として認識し、抵抗しようとする。

でも……

魔法が完璧な構造を持ってると……

木の方が耐えきれなくなる!」


ニナは後ろを指さした。


「それだけじゃないわ」


ジョンが振り返ると――


一直線に並ぶ、十本以上の木。

すべての中心に、貫通したような穴が開いていた。


「…………」


ジョンはゆっくりと笑った。


「君たちには……この偉大さが分かるまい」


どや顔でチップを見下ろす。


チップは真っ赤になった。


「しょ、初心者のくせにぃ!

い、いーいか!? これはオレ様の完璧な指導あっての結果だからな!!」


ジョンは軽く手を振り、ニナに声をかけた。


「もういいだろ。今日は休もう。明日また探索再開だ」


三人は小屋に戻っていった。


……


そして、数分後――


「うわあああああああああああーーーーー!!!」


夜の静寂を切り裂く、ジョンの悲鳴が響いた。


――次回へつづく。





チップ「ふぉぉぉ……こ、こんなのってアリ!? 静穏の木を風で貫通なんて、物理法則どこ行った!?」


ジョン「だから言っただろ。“俺は天才”ってな」


チップ「はぁ!? こちとら懇切丁寧に教えた結果でしょーが!? “チップ様の力”あってこそでしょーが!!」


ジョン「うんうん。君のサイズに合わせて、説明もだいぶ“縮小”されてたしな。助かったよ」


チップ「誰がチビだあああああ!!!(怒)」


 


チップ「……てかさ、なんで うわあああああああああああ!! って叫んだの?」


ジョン「それは……あの後、ニナが……ふふふ、まあ見てからのお楽しみだね♪」

 


――次回、衝撃の展開!?

**「第4章――勇者の悲鳴と、無敵の槍」**で、お会いしましょう☆

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