第14章 チップの過去・第4編
月が照らす夜に、真実は影の中で笑う。
恐怖も、優しさも、全ては鍛錬の光に包まれる――
突然、彼女は現れた。
静寂を切り裂くように、夜の中に立つその姿はまるで幻のようだった。
「私は――マスク・ムーン。」
その瞬間、月の光が彼女を包み込み、青白い輝きが輪郭を照らす。
その光は強く、眩しすぎてチップの視界を奪った。
チップは顔を真っ青にして叫んだ。
「ま、まさか……母さんっ!?」
だが、彼女は腕を組み、涼しい声で言い放つ。
「母親じゃない。私は正義のヒーロー。
訓練をサボる悪い子羊を懲らしめる者だ。」
その言葉を聞いた瞬間、チップは崩れ落ち、呆然と呟いた。
「……もう、俺の世界は終わった。」
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その時、チップの脳裏に過去の記憶がよみがえった。
あの日の夜、家族と食卓を囲んでいた。
父のレオンは少し酒が入ってご機嫌。兄たちも笑っていた。
だが――母がゆっくりと立ち上がった瞬間、場の空気が凍りついた。
あの時、父ですら背筋に冷たいものを感じた。
「立ったら終わりだ……。」
その恐怖が今、再びチップの胸を締めつけた。
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マスク・ムーンは不敵に笑い、声を響かせた。
「さあ、始めましょう。」
チップは震える声で答える。
「……イ、イエス、サー。」
ロガンは何も言わず、ただ黙って目を伏せていた。
「では、訓練開始!」
次の瞬間、マスク・ムーンはチップの体を掴み――
全力で空へ投げ飛ばした。
「これが体術強化よ!
落ちる前に、風を感じて! 周囲のエネルギーを掴みなさい!」
ロガンが慌てて叫ぶ。
「な、なんの意味があるんですか、それ!?」
「命が懸かっている時こそ、人は本当の“魔力”を感じるの。
その瞬間こそ、全てを引き出せるのよ。」
ロガンは冷や汗を流しながら小声で呟いた。
「……オーラを覚えておいて本当に良かった。」
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空中でチップは絶叫した。
「死ぬっ! 本当に死ぬぅぅぅ!!」
風が刃のように体を切り裂く。
しかし――その瞬間、時間が止まったように感じた。
チップは“風”を見た。
流れ、方向、密度――すべてが鮮明に見える。
「もし、流れを変えて……濃度を高めれば……!」
そのわずかな直感で、彼の周囲に小さな旋風が生まれた。
落下の速度が、ほんの少しだけ緩む。
「……やった!? これで――」
だが、まだ足りなかった。
地面が迫る。
その瞬間、マスク・ムーンが片手を掲げた。
「風魔法――トルネード!」
地面から突き上がる風が渦を巻き、チップの体を受け止めた。
落下の衝撃は和らいだが、結果は――痛烈な着地だった。
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それが訓練初日だった。
次の日からは、まさに地獄。
火山の噴気孔に投げ込まれ、急流に流され、雪山から突き落とされる。
焚き火、滝、崖、そして氷の峰。
チップは何度も叫び、泣き、そして立ち上がった。
幸運にも、彼には魔法の素質があった。
それがなければ、とっくに命を落としていた。
痛みと恐怖は、彼の魂に深く刻まれていった。
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九ヶ月後――
彼の身体と魔力は、まるで二十年修行したかのように鍛え上げられていた。
だが、グレイソン家の中ではそれでも“基礎レベル”だった。
それでも、誰もがチップの才能を認めた。
そして彼は思った。
「もう十分だ。みんなを驚かせてやる。」
誰にも告げず、旅立つ準備を始めた。
“英雄”になるための旅――そう思っていた。
だが、道の途中で、少しずつ気が緩んでいった。
強くなるための旅は、いつしか生活のための商売に変わっていった。
日々の暮らしに慣れ、戦いを避けるようになった。
やがて、戻る勇気も失った。
そして彼は森の奥に小さな小屋を建て、
ひとり静かに暮らすようになった――
あの日、ジョンとニーナに出会うまでは。
チップ「し、信じられない……あの訓練、まさか“地獄ルート”だったなんて!」
ジョン「……いや、今なら少しだけ同情するわ。」
チップ「だって! ムーン様が“ちょっとスパルタ”って言ってたんだよ!」
ニーナ「解析結果:『スパルタ』の定義――死亡率99%。生存者は研究対象として追加分析予定。」
チップ「ま、待って! また分析とかやめてぇぇぇ!! もう無理ぃぃ!!」
サミ「……まあ、生き残っただけでも奇跡だな。」
ジョン「それより、“ムーン様”って……お前の母さんじゃないのか?」
チップ「ち、違う! ただ似てるだけ! ……たぶん!」
ニーナ「声紋照合:類似率99.8%。」
チップ「うわぁぁぁぁ!! やっぱり母さんだったぁぁぁ!!」
ジョン「……ご愁傷様。」
チップ(今にも泣きそうに)「ぼ、僕……ただ普通の訓練がしたかっただけなのに……。」
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次回予告:
第15章 冒険者ギルド




