第12章 チップの過去・後編
血がすべてを決めるわけじゃない。
絆は、共に過ごした日々の中で刻まれていく。
だが――その絆を守るためには、痛みを知る覚悟がいる。
あの日から、何年もの月日が流れた。
グレイソン家は、今でも変わらず温かい家だった。
笑い声が絶えず、家族が一緒に食事をし、賑やかな声が廊下に響いていた。
血のつながりがなくても、チップは本当の家族のように愛されていた。
――いや、時にはそれ以上に。
だが、外の世界はそう見てはいなかった。
使用人たちは陰で囁き、来客たちは噂を交わした。
「どうしてあんなによくできた家族が、他人の子をあそこまで可愛がるのかしら?」
嫉妬に満ちた声が、屋敷のあちこちで響いていた。
チップは気づかないふりをした。
笑い、冗談を言い、明るく振る舞った。
けれど、心の奥ではいつもチクチクと痛みがあった。
――自分は、ただのマスコットみたいな存在なんじゃないか?
そんな思いを抱えながら、ある日、チップは中庭で兄のアンソニーが稽古する姿を見つめていた。
太陽の下、汗を流す兄の背中が、やけに眩しく見えた。
「……ボクも、強くなりたい。」
小さく呟いたその瞬間、胸の奥で何かが燃え始めた。
もう、家族の優しさだけに守られるのは嫌だった。
自分の力で、この家を――この家族を守りたかった。
そして何より、父や兄たちのように、“役に立つ存在”になりたかった。
その夜。
夕食の席で、チップは突然立ち上がった。
食器の音が止まり、全員の視線が集まる。
「今日から……ボク、決めたんだ!」
声が震えた。
「ボクは、“グレイソン家の英雄”になる!
この家に、もっと名誉と誇りをもたらすんだ!」
沈黙が落ちた。
チップは顔を真っ赤にして俯いた。
――きっと、笑われる。そう思った。
だが、誰も笑わなかった。
家族はただ、静かに視線を交わしていた。
その時。
父のレオン・グレイソンがゆっくりと顔を上げた。
黄金の瞳が鋭く光り、空気が一瞬で凍りつく。
全身の毛が逆立つ。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
目の前の男は――“獲物を見つけた獣”のようだった。
それでも、チップは拳を握りしめた。
「は、はいっ……それがボクの夢です! 誰にも止められません!」
アンソニーが慌てて口を挟もうとする。
「父さん、落ち着い――」
しかし、レオンの一瞥で全てが止まった。
その眼光だけで、アンソニーは椅子に押し戻された。
屋敷の空気そのものが父の威圧感に支配されていた。
チップは震えながらも、一歩踏み出す。
足がガクガクと震えて、視界が揺れる。
「だ、誰にも……止められませんっ!」
その勇気に、家族全員が息を呑む。
――そして次の瞬間。
レオンが豪快に笑い声を上げた。
「ハハハハハ! それでこそ我が息子だ! 英雄に必要なのは力の前に“勇気”だ!」
張りつめた空気が一気にほどけた。
チップは呆然とし、座り込みそうになる。
レオンは笑みを浮かべながら言った。
「明日から――ローガンが、お前の訓練を担当する。」
家族が驚きに声を上げる前に、父は続けた。
「だが、普通の訓練ではないぞ。」
低く響く声。
「それは、“祖父レオニダス・グレイソン”が作り上げた伝説の修行――**《グレイソン祖父の修練》**だ。」
その言葉に、全員の目が見開かれた。
アンソニーでさえ、ゴクリと喉を鳴らす。
ローガンは呆然とした表情で言った。
「父上……まさか、本気で?」
レオンは腕を組み、威厳のある声で答えた。
「決定は覆らん。」
ローガンは深く息を吐き、乱れたたてがみをかき上げる。
「……了解しました。」
そして弟に向かってニヤリと笑った。
「可愛い弟よ、今夜はしっかり食べて、ぐっすり眠れ。
明日からは――“幸運を祈る”しかないからな。」
アンソニーが眉をひそめた。
「そんなに……やばいのか?」
ローガンはそっと耳元で何かを囁いた。
その瞬間、アンソニーの耳がピクリと動き、表情が真っ青になる。
ローガンは立ち上がり、楽しそうに笑った。
「これは、父が俺に受けさせた修行だ。そして、その父も“祖父レオニダス”から受けた。
つまり――チップ、お前は“幸運”か……それとも“とんでもない不運”か、どっちかだな。」
チップ「はぁ〜、思い出すだけで震えるよ……“グレイソン祖父の修練”って、あれは訓練じゃなくて“殺人未遂”だったんだ!」
ジョン「へぇ〜、それは気になるな。拷問――いや、“訓練”がどんな感じだったのか、ぜひ聞きたいね。」
サミ「ふむ……興味深い訓練だな。次は俺たちも試してみるか。」
チップ「はぁ!? アンタ、ボクを殺す気かぁぁ!!?」
ニーナ「観察結果:チップ。精神的トラウマ、現在進行中。」
チップ「やめてぇぇぇ! それ以上言わないでぇ!!」
ローガン「――では、次回。“訓練編”だな。」
チップ「ちょ、ちょっと待って!? “訓練編”じゃなくて、“チップの過去・パート3”でしょ!? ……え、まさか本当にやるの!?」




