第10章 狼と羊
血よりも濃い絆があるのか。
それとも、血だからこそ避けられぬ宿命なのか。
家族――それは時に最強の味方であり、
時に最も恐ろしい試練となる。
ギルドの応接間に、静かな緊張が走っていた。
チップと灰色の狼は互いに一歩、また一歩と近づき、鋭い視線をぶつけ合う。
狼は獲物を食いちぎるような真剣な表情、
一方のチップも一歩も引かず、震えることなく堂々と前進した。
ジョンと仲間たちは固唾をのんで見守る。
「サミ、止めなくていいのか?」
「ふん。面白くもない。俺は休む。」サミは退屈そうに肩をすくめる。
ジョンは介入しようと身を乗り出した。
だがその瞬間、チップが飛びかかる。
狼も反射的に飛びかかった――
「えっ!?」「これは新しい戦闘法か?」ニナも首をかしげる。
……が、次に響いたのは、衝突音ではなく――笑い声だった。
「はっはっは!」「あははは!」
二人は抱き合って大笑い。
「……すまねぇ、驚かせたな!」チップが照れ笑い。
「紹介するぜ。こいつは俺の兄貴、アントニー・グレイソン!」
「兄弟!?」「お前は羊で、こっちは狼だろ!?」ジョンは絶句する。
チップは肩をすくめた。
「うちの家系はちょっと特殊でさ。」
アントニーは姿勢正しく一礼した。
「先ほどは失礼しました。会えばいつもあの調子でして……改めて自己紹介させていただきます。私は王国近衛隊副隊長、アントニー・グレイソン。弟チップの友人諸君、よろしくお願いします。」
あまりの礼儀正しさに、皆さらに混乱する。
「兄貴はこんなに上品なのに……なんでチップは……」ジョンが小声で呟く。
アントニーは溜息をつき、チップを見やった。
「父上がお前を探していた。ようやく見つかったと知らせてある。」
その時、重厚な気配が廊下から漂った。
現れたのは――たてがみを後ろに流した堂々たる獅子の男。
「やっと見つけたぞ、この馬鹿息子!」
「ひっ、父さんっ!?」チップは真っ青になり、アントニーの背中に隠れた。
ジョンとニナは呆然。サミだけがにやりと笑う。
「……フッ、これは面白くなってきたな。」
「父上、どうしてここに……」チップが恐る恐る尋ねる。
レオンは厳しい目で睨みつけた。
「お前、なぜ訓練に戻らなかった! 将来は決まっていたのに、突然商人などに……!」
「だ、だって羊にハードな訓練は無理だよぉ!」チップは必死に言い訳。
「お前は“偉大な勇者になる”と豪語していたではないか!」
「そ、それは……っ!」チップの顔が真っ赤になる。
「父上の言う通りだ。お前はいつもそう言っていた。」アントニーが追い打ちをかけた。
レオンはさらに仲間たちに視線を移す。
「お前たち……息子を利用しようとしていないだろうな? この弱い子を……!」
「ち、違います!」チップは勇気を振り絞り、仲間の前に飛び出した。
「彼らは本当の友達なんだ!」
レオンはしばらく黙って見つめ……やがて口元を緩めた。
「……そうか。ならば良い。改めて自己紹介しよう。私はレオン・グレイソン、帝国親衛隊将軍だ。さあ、別室で話そう。」
⸻
応接室に通されると、レオンは「座れ」と命じ、すぐに給仕に茶と菓子を運ばせた。
「これは息子の大好物だ。」
「父さんっ、余計なこと言うなよ!」チップはまた顔を真っ赤にする。
ジョンたちは理解できずに首をかしげる。
アントニーは静かに説明した。
「我らは五人兄弟。チップは末っ子です。すでに皆に知らせました。弟が見つかったと。」
「五人!?」ジョンが呟く。
「ならば説教は不要だな。すぐに揃う。」レオンは意味深に笑った。
チップの顔は青ざめ、魂が抜けたように項垂れる。
「なんで……俺、何をしたんだ……?」
アントニーは口元を押さえて笑いを堪え、レオンもまた厳しい顔を装いながら目の奥では楽しそうだった。
⸻
数分後、扉が再び開いた。
現れたのは、美しい雌ライオンの女性――母親だった。その後ろに二人の若い娘、チップの姉たちも続く。
三人の視線がチップに注がれた瞬間――
「きゃあああ! ふわふわのチビ羊が帰ってきた!」
獲物を狩るように飛びかかり、チップを捕まえる。
「うぐぁっ!? や、やめろおお!!」
三人はぬいぐるみのように抱きしめ、頬ずりする。
「可愛い~~!」「もちもち~~!」
ジョンは吹き出しそうになり、必死にこらえた。
――ああ、なるほど。これがチップの“サイズ・トラウマ”の原因か。
サミはただ納得して目を細め、ニナだけが真顔で呟いた。
「……食料ではないのですか?」
部屋の空気が凍りつく。
全員が一斉にニナを見つめた。
そこへ、さらに扉が開く。
背の高い若者が入ってきた。レオンに似た端正な顔立ち、しかし若々しい威厳を放っていた。
「やめろ。弟を壊す気か?」
彼はチップに歩み寄り、優しく手を差し伸べる。
「可愛い弟よ、なぜ逃げた? 俺たちの訓練は楽しかったろう?」
「楽しいわけあるか! あれは地獄だ!」チップは泣きそうに叫ぶ。
「地獄? 違う! 俺たちは最高に楽しんでいた! お前は俺の誇り、最強の勇者になると信じていた!」
一同は驚きの声を漏らす。
若者はニナをまっすぐ見据えた。
「弟は食料などではない。我らが誇る勇者、最愛の弟だ。疑問があるだろう。ならば――俺がすべてを説明しよう。」
チップ「うぅぅ……なんでみんな揃ってボクを潰そうとするんだよぉ!」
ジョン「いや、可愛いからだろ。完全に抱き枕扱いだったぞ。」
チップ「抱き枕じゃない! 勇者候補だぞ!?」
サミ「ははっ……まあ、過去を知れば納得するかもな。」
ニナ「次は“チップの過去データ”を解析する番ですね。」
チップ「ちょ、ちょっと待って! ボクの黒歴史を公開する気かぁぁ!?」
ジョン「じゃあ次回――チップの過去、ふわふわ羊編!」
チップ「ふわふわはいらないっ!! ただの“チップの過去”で十分だぁぁ!!」




