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第一話

その名をキュウカ、若くして隠遁の生活に身を置き、自らを号して「至聖」と名乗っておりました。

彼の人は、双子として生まれ、更には誕生の時より、目が開き歯が生えているという奇相であったが為に、古き因習に捉われる一族の者から不吉とされ、共に生まれた双子の妹と一緒に、川流しにされてしまいます。

幸いにも、生命を失うこと無く、生き延びた彼は、権力者の悪政に逆らって野に暮らし、悪行ある人間から財を奪って、日々の生きる糧としている<野賊>と呼ばれる集団の頭領に拾われ育てられます。

数年の歳月が経ち、成長したキュウカですが、その生い立ちの故か、他の子供達と馴染んで、共に戯れ遊ぶよりも、独りで山野に入って散策し、時に物思いに耽る日々を好みました。

孤高に活きるキュウカを、周囲の人々は理解しきれず、キュウカも又、敢て理解されようとはしませんでした。

拾われてから今日に到るまで、頭領を始めとする仲間達の為に役立つ事が出来ないことを密かに憂えていた彼は、ある日、常の如く入った先の奥山で一人の老隠者と出会います。

キュウカの心に憂いが在る事を見抜いた老隠者は、彼の憂いを晴らす為に、武芸を教え授けるべく修行をしてくれます。

その修行の末に、<武の道>を会得したキュウカに、老隠者が、憂いが晴れたか尋ねると、彼は、「武では、一握りの者しか護れない」と応えて、満足しませんでした。

それを聴いた老隠者は、次に知略を教え授ける修行をしてくれます。

修行の末に、<知の道>を会得したキュウカに、老隠者が再び憂いが晴れたのかを尋ねると、彼は、「知では、他者の困難を解決できても救う事は出来ない」と応えて、まだ満足しませんでした。

そこで老隠者は、仁徳を教え授ける修行をしてくれます。

しかし、<仁の道>を会得したキュウカは、「仁では、他者を慰められても、本当にその人間を助ける事は出来ない」と応えて、満足しませんでした。

最後に、老隠者が、統率を以って他者を護り安んじる事を教え授けると、キュウカは、遂に自らの想いに適うモノを得たと、大いに満足しました。

その邂逅の果てに、キュウカの成長を認めた老隠者は、彼に最早教えられるモノは何も無いと悟り、自らは再び流浪の旅に出ると告げます。

その別れを惜しむキュウカに対し、老隠者は、別れの言葉の代わりに、

彼の行く末を遠見し、その宿命の助けとして、一つの解(忠告)とそれに対する報い(手助け)の誓いを授けてくれました。

その解とは、彼が大望を懐き、その想いを人間の世に在って叶えようと求め望むのならば、その想いは、千の味方の死と引き換えに、万の敵の生命を奪い、その屍を積み重ねてのみ到る事のできる苦難の道であること。

それを望まないのなら、その身を隠遁に預け、決して深く人間の世の事に関わってはならないというモノでした。

そして、それでも尚、キュウカがその宿命を受け入れ、自らの大望のために戦う意志を固く懐いたのならば、その時には助けとなる物を授けから、再びこの場所を訪ねて来るようにというモノでした。

師たる老隠者の大きな恩と思い遣りに感謝するキュウカに対し、老隠者は、唯ただ穏やかに笑んでその元を去っていきました。

その修行の末に、憂いを晴らしたキュウカは、自ら進んで仲間達の為に尽くし、その才覚を以って、養い親である野賊の頭領を始めとする周囲の人々から信頼されるようになります。

キュウカにとって、決して平穏とは呼べなくても、その苦難の中に穏やかな安らぎのある日々はしかし、長くは続きませんでした。


生まれながらにして捨て子となったキュウカが、その求める先に得た居場所は、時の為政者達によって奪われる事となります。

それは、キュウカが身を置く野賊に対し、為政者たる領主が討伐の兵を挙げたからです。

如何に百戦錬磨の野賊達といえども、多勢に無勢で討伐隊に敵うべきもなく、奮戦も虚しく敗れる事となります。

集落に攻め込んだ討伐隊は、其処に居る者全ての生命を無差別に奪っていきました。

死を覚悟して戦う事を選んだ野賊の首領、キュウカも又、彼や他の仲間と共に戦う事を望みます。

しかし、首領はそれを許しませんでした。

そして、キュウカに対し、生き残った戦う力の無い者達を護って、逃げ生き延びる事を求めました。

それでも尚、共に戦う事を望むキュウカに対し、首領は、自分が彼のことを実の子供のように大切に想っていること、そして、何より彼を信頼し、自分達のように権力者に虐げられる人間がいない世の中を造って欲しいという想いを託します。

その想いに従い、キュウカは活きる道を選びます。

戦火烈しい集落を脱したキュウカ達を、討伐隊は見逃すことなく、執拗なまでに追撃してきました。

その追撃から逃れ走る道中に、キュウカは幾度とも無く、残忍な人間の振る舞いによって、同じ人間が無残に生命を奪われる残酷な現実の有り様を見せ付けられます。

その光景を目の当たりにする中で、キュウカは、「他者の物を奪って生きる野賊の行いが罪としてこの様に裁かれるのならば、他者の者を奪わなければ生きられない世の中を造った権力者達の罪は誰が如何さばくのか」と、天と、そして自らの心に問いかけます。

仲間を護る為に、必死で敵と戦い続ける中で、キュウカと仲間達は散り散りになり、彼は何時しか独りとなった逃走の道中で、大切なモノを何も護れなかった自らの非力さに絶望します。

絶望に打ちひしがれる心を抱えて、当ても無く孤独に流浪するキュウカは、活きる希望すら見失おうとしていました。

それでも尚、活きなくてはならないと自らに言い聞かせ流離う彼は、故郷を遠く離れた地で、一つの運命的な出会いを果たします。

それは、若くして隠遁の生活に身を置く、女隠者・リアとの出会いです。

リアは、心身ともにやつれて倒れていたキュウカを見付けると、自らの庵に連れて行き、介抱してその生命を助けると共に、彼が心に懐く深い苦しみが癒えるように、一時だけその悲しみを心の奥に仕舞って活きることを教え諭しました。

キュウカは、世の中の有り様を憂え、これ以上に心を疲れさせる事を忌んで、リアの言葉を受け入れ、彼女を師として、隠遁に己の身を置く事を選びました。

若くして隠者の身となったキュウカは、その身の目指す先のお想いを込め、自らを何時か神明の悟りに至らんとする者という意味を以って、「至聖」と号するようになります。

そして、彼は、師たるリアの教えの許、唯穏やかに生きる日々を過ごしていきました。


その身を隠遁の生活に置いて生きる道を選んだキュウカでしたが、その心の憂えを経つ事が出来ずにいました。

そして、キュウカは或る時、師の目を盗んで街に出掛けた際に、己の心の憂えを持て余して、廃屋の壁に、憂国の想いを込めた詩賦を書いてしまいます。

それを見たのが、キュウカ達師弟が身を寄せる公国の宰相たる人物・コウショウで、キュウカに興味を抱き、その人物と才識を深く知ると、彼を大いに気に入り、彼とリアの為に多大な援助をし、更には、キュウカを自らの娘婿に迎えようとまで望みました。

リアとキュウカ自身の辞退により、婿入りの話が叶わなかった後も、コウショウは、キュウカの事を実の子の如く慈しみ、キュウカも又、彼を実の父親に対するが如く敬いました。


師・リアの許、穏やかに暮らす日々を過ごすキュウカですが、ある時、彼が身を置く公国に、一つの変事が起こります。

それは、嘗て、現国王・ナシカと王位を競い、今は領主の地位にある人物の反乱でした。

彼の領主は、自領の豪族や有力者の子弟を人質にとって自分に従わせ、その治める城に立て篭もり、王へと反逆の刃を突きつけます。

臣下の生命を重んじるナシカ王は、相手の城を囲みますが、それ以上の攻撃を仕掛ける事を憚りました。

それを聞き及んだキュウカは、コウショウの恩に報いるためにも、師の戒めに逆らい、密かに単独で城に潜り込みます。

そして、言葉巧みに、人質達を見張る兵を欺き、遂には人質を解放する事に成功します。

人質が解き放たれた事により、反乱軍は瓦解し、鎮圧される事となります。

キュウカは、師に逆らっての自分の行いを隠すため、助けた人々に自分の存在を口止めし、庵に帰りました。

しかし、その行いの全てを隠す事など叶うはずも無く、コウショウとそして、その主たるナシカ王の知る所となります。

ナシカ王も又、キュウカの人物を気に入り、遂には息子である公子・カムサと彼を友として親しく交わらせます。

カムサも、キュウカの非凡なる才と、何よりもその人柄を気に入り、二人は良き友として親交を深めていきました。


良き師や良き親友と廻り逢い、心落ち着く日々を過ごすキュウカでしたが、その師・リアとの別れを迎える事となります。

それは、師であるリアの病に始まり、二人は永遠の別離を迎えました。

亡き師の喪に服すキュウカを励まし支えたのが、親友であるカムサや後見人となったコウショウの存在でした。

しかし、師の喪が明けた後も、キュウカの心が晴れることは無く、彼は自らの庵に籠もり、書を読み耽る隠遁の日々を過ごしました。


亡き師が望んだように、隠者として隠遁するキュウカですが、変転となる大事が彼の身の回りに起こります。

それは、彼が身を置く公国にとっての盟主国に生じた、皇太国(皇帝の義父)による皇帝暗殺未遂に端を発する内乱でした。

その大難に備える為の皇帝からの招聘による国都への出師に際し、病を得ていたナシカ王は、自らの王位を公子であるカムサに譲り、その助けとなる事をキュウカに望みました。

親友たるカムサとの縁と、ナシカ達の恩に報いる為、キュウカはその想いに従い、出仕を受け入れます。

しかし、そんなキュウカの出仕を好ましく思わない者も在りました。

その中でも、コウショウの娘婿達は、義父やナシカ王達がキュウカの才を高く評価し、重く用いる事に敵意を抱いていました。

自らに敵意を示し、それによって主たるカムサにまで不信の気持ちを抱く彼らに対して、キュウカは、自分が一歩身を引く事で、調和を図らんとします。

自分の存在を認め受け入れられない故に、カムサの出師にも易々とは従えないと主張するその言葉を受け、キュウカは、自分に従う兵は自らの力で集めると言って、事を収めました。


その言の通りに、キュウカは、公国の街々で兵を募ります。

今回の出師の理由と、両者の兵力の違い、それらの事を踏まえて、大きな争いになることなく、皇太国の一派が降伏で事が収まると計っていたキュウカは、国都見物として自分に着いて来ないかと語って、腕に覚えある者達の関心を集めました。

キュウカの示した言葉と、その内にある誠実なる人柄により、彼の求めに従い、五百余名の者達が傭兵として集まりました。



募った傭兵達を自らの親衛騎として統べるべく、その練兵に励むキュウカの許に、訪ねてきた人々がありました。

それは、嘗ての公国における内乱の際に、キュウカによって窮地を救われた者達でした。

彼らは、キュウカがこの度の出師に従うと聞き及んで、嘗ての恩に報いる為に、武具や兵糧、兵馬の類を贈ろうとやってきたのでした。

その思いに感謝するキュウカの目に、暴れる軍馬の一頭を抑えようと必死になっている馬丁の姿が映ります。

その軍馬は、馬丁が抑えようとすればするほど、却って烈しく暴れようとしました。

そして、その軍馬が暴れるのに触発され、他の軍馬達も落ち着きを失い始めました。

キュウカは、その暴れる軍馬に近付くと、その眼をじっと見詰め、そっとその鼻先に触れ、少し落ち着くにつれて、軍馬の頭や首筋を撫でていきました。

すると、軍馬は、自らその四肢を折って、キュウカの前に伏しました。

その手並みに感嘆と賞賛の言葉を掛ける者達に対し、キュウカは、「彼らとて、我々と同じ心あるもの。無理に従えさせようとすれば、より逆らおうとするのも致し方なきこと。私は、その心にある誇りに対し、惟、報いて接しただけです」と応えました。

そうして、臆することなく平然と目の前に伏せる軍馬に跨ぎ乗って、それを走らせるキュウカの姿に、見ていた者達は彼の篤実さを伺い知りました。


出師の時を向かえ、キュウカは練兵成った親衛騎を率い、新王となった親友カムサの軍の一翼を担って、共に国都を目指します。

そして、カムサを始めとする諸侯達は一同に国都の西、白陽の地に集いて皇帝を盟主に仰ぎ、会盟に臨みます。

盟主として、諸侯達へ戦いに臨む上での方策を如何にするかを問う皇帝に対し、キュウカは進んで自らの意見を述べようとします。

それは、ここに集った諸侯の大軍を以って、敵の本営を囲み、その武威を示す事で相手に降伏を促すという、双方に無益な血を流させない為の方策でした。

真に国の行く末を想う者なら、その意味を理解できるキュウカの最善と思われる方策は、皇帝に仕えその信任の厚い一人の人物の言によって覆されます。

その人物の名は、ハイス、智謀知略に長ける策略家であり、その心にある冷酷さで、他者から恐れられるそんな人間でした。

彼は、キュウカの策を第二の反逆差を生む下策と評し、他の不心得な者達を抑える見せしめとして、敵の一族とそれに従う者達の全てを尽く処刑する事こそ上策さと主張します。

そして、彼は、キュウカの身分の程を問い、その身の出自が庶人のモノであると知ると、それを衆人の前で憚ることなく嘲笑いました。

盟主たる皇帝の第一の臣が示したその態度に追従し、その場に在った諸侯の大半がキュウカを嘲りました。

キュウカは、唯その出自が貴族の出に無いが故に、自らの言の理が計られること無く、更には、恥辱までも加えられた事に、憤りと悔しさを抱きその多くの事に絶望します。

その会盟での仕打ちにより、戦う意味を見失ったまま、キュウカは後に、<月里の大戦災>と呼ばれるその戦いに臨むこととなりました。



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