古文書登場
町長の邸宅の外では雨が降り続いている。応接室ではレテが特製クッキーをかじる音だけが聞こえる。ラーナは彼女の食欲と歯の力に驚きを隠せない。町長は必死に特製クッキーをガマンしているが限界は近い。
「それともマリーが私に気を使ったのかな。私のいないところでは二人とも悪いことばかりしているのかな、シルちゃん」
レテがシルフィーに問いかけるが反応はない。
「いや、こちら側に非がある。昨日の夜にそいつらを締め上げて白状させた。ずいぶんと粘られたが素人ではアレが限界だ」
ファレドは話を進める。
「こういう話は嫌いだから簡単に説明させてもらう。ガーおじさんを出しにして女が男の気をひこうとした。王都に遊びに行く予定だったみたいだが中止になったようでこの街で遊ぼうとしたが男が断った。それでウソの告げ口をした」
ファレドは一度レテたちの様子を見る。レテは特製クッキーを食べる手を止める。
「それでガーおじは箱詰めでさらわれたの、ヒドくないかな。デートに行けなかっただけで部屋に閉じ込められちゃう町なのここは?」
レテは攻めるように町長を見る。レテの背後の槍が空中に舞う。
「平和な街だと思っていたのですが、それは町長の私の責任です。やはりストーンシールドの失敗が問題だったのでしょう。町長の信頼が失われてしまいました」
町長はレテに平謝りをする。
「私の責任です。兄を止める事が出来たのは私だけです。町長の責任ではありません、兄はどこまでもこの街に迷惑をかけ続けてしまいます、申し訳ありません」
ルアは涙ぐむ。
「落ち着きなさい、事情は詳しく知らないけど悪いのはその男と女よ。どこにでもヒドイ事をするヤツラはいるわ。騎士団がいてもしょうがないわ」
ラーナは助け舟を出す。空の風の槍は2つに分裂してクルクル回りはじめる。
「責任は私が取る。話の続きだが、男が街で遊ばなかった理由は賭けでララリを全部使い切ったそうだ。王都で遊ぶララリを全部使ったって話だ。むしゃくしゃしていた時にガーおじさんの話を聞いて正義感に火がついたそうだ」
ファレドの言葉を聞くとレテは何も言わずに席を立ち、ルキンのもとに向かう。
「ルキン、そいつの事を知っているでしょ。噂好きの石職人さんにお願いがあるわ、私もむしゃくしゃしたからそいつの所に案内してくれるかな」
レテはルキンにお願いをする。
「レテ様のお願いであれば何でもお聞きします。そいつらはギルドのガーおじさんが閉じ込められていた秘密の部屋にいます。逃げられないようにギルドの仲間が監視しています」
ルキンは迷わず答える。ファレドは止めようとはしない。
「レテ、熱くなりすぎよ。騎士がそんな事をしたらイケないわ。私が代わりにお仕置きをしてあげるわ。魔術の実験にちょうど良いし、ギルドについたら二人でどうしようか決めましょう」
ラーナも立ち上がり二人についていこうとする。
「ギルドで用事が済んだら戻ってくるわ、それまでファレドはここで待っていてね。町長たちはお仕事、お仕事」
レテはルキンに案内を促す。ルアが思い切って口をはさむ。
「お待ちください、レテ様。ラトゥールの末裔であるレテ様が関与するほどの問題ではありません。私の兄のような人は王都にもいるはずです。放っておけばよいのです、幸いガーおじ様とネアス様は無事で宜しいのですので関与しないのが賢明です」
ルアはファレドから事情を聞いているようだ。
「無事じゃなかったら、のんびりここには来てないかな。棘があるわね、ゴメンね、ルア」 レテはルキンのお礼を言って席に戻る。ラーナはせっかくなので部屋の中を歩いてみる。
「おお、レテ様。ありがたいことです。石職人にもファレドさんのようにしっかりした人物もいます。荒々しい者が多いですが悪い連中ではありません」
町長がレテを刺激する発言をする。
「こっちが悪いヤツに引っかかったのがイケなかったみたいね、町長。今度からは良い石職人、悪い石職人、どうでもいい石職人に後は何かな。間抜けな石職人、女ったらしの石職人って書いておいてほしいわね、大棟梁さん。今日はダメね、後はラーナに任せるわ」
レテは部屋を見終わったラーナにお願いする。
「仕事の出来ない石職人、悪事を働く石職人、これは同じね。詐欺師の石職人、出来損ないの石職人。私も調子が出ないわ、ルアは思いつく?」
ラーナはルアに話しかけつつ席に座る。彼女は返事に困る。
「何かしらの目印をつける事は検討するように提案はする。実際に荒くれ者も混じっているのが石職人の現状だ。この街の者は多めに見てくれるが困っている人もいるかもしれない。家がなければ人は生きていけない」
ファレドはレテの提案を受け入れるつもりだ。
「真面目に検討されても困るかな。面倒事はたくさん、たくさん。結局暴れ出して後の始末をするのは騎士なのよね、何もしないのが一番、一番」
レテはルアのアドバイス通りに厄介事に関わらないようにする。
「自滅するのを待つのも作戦ね。私には関係のない街だからどうでも良いわ、困ったら王様に泣きつけば解決してくれるわ。優秀な大臣もついているし問題なし」
ラーナは結論を述べて決着をつけようとする。
「身も蓋もない言い方だが私も賛成だ。先代の石職人の棟梁には世話になったがここに身を埋めるつもりは元々なかった。丁度よい機会だ」
ファレドが意味深な事を言う。レテは彼女を見て問いただそうとするがファレドが先に口を開く。
「先にもう一つの用件を言わせてもらう。その方が話が進みやすいだろう。私は大棟梁も石職人も辞める。町長には世話になったから伝えに来たが決意を変えるつもりはない。アイツラの面倒を見るつもりはない」
ファレドの発言に町長が動揺する。
「シューティング岩翠祭りはどうするのですか、石職人が主導権を握って企画するとの話でした。ファレドさんがいなければ話になりません」
町長は必死に止めようとする。
「町長の言う通りです。せめてシューティング翠岩祭りの準備が全て終わった後にしていただけないでしょうか」
ルアも町長を援護する。
「石職人もいろいろあるのね、とりあえずファレドは役職なしって事で話を進めても良いかな。これからの事も関係ないし、さっきの話だとファレドも詳しくは昨日の時点では知らなかったんでしょ」
レテはいざこざには興味がないのでさっさと片付けようとする。ファレドは驚くが首を縦に振る。
「レテ様、ありがとうございます。私の望み通りです。しかし、昨日の責任は取らせていただきます」
ファレドの顔が険しくなる。レテはイヤな予感がする。
「責任か。魔術師が規則を破ったら協会から追い出されて研究を禁止されるわ。でも、ファレドはギルドを辞める。石職人も続けないから罰則は難しいわ。魔術師も勝手に研究は続けるから問題はないけど……」
ラーナはファレドの考えを読めない。
「シューティング岩翠祭りに参加できないことは罰則です。ファレドさんは楽しみにしていたので大棟梁を受け入れたと聞きました。私も特製クッキーを食べられないのは痛恨の極みです」
町長はガマンの限界のようで一個だけ大事にガリガリ食べ始める。
「ま、三日だけだったが石職人どもの厄介さを味わえて良かったな。私は古文書に書いてある通りに建物を壊すように指示しただけだ。その理由を教えろ、他の建物の方がちょうどよいとかうるさいヤツラばっかりだった」
ファレドはストレスが溜まっていたようでテーブルに古文書を叩きつける。ラーナは急いで目を通す。
「街の地図ね。古い感じだけどバツ印の所を壊せって事ね。空き地になっているわ」
ラーナが瞬時に意味を読み取る。
「おお、ラーナ様は飲み込みが早い。確かにこのバツの所には現在は建物があります。古文書の通りにするには破壊するしかないでしょう」
町長も初めて古文書を見る。
「バツばっかりじゃない、この地図?!ホントにこの通りにするつもりだったの、ファレド。石職人が文句を言うのも仕方がないかな」
レテも前のめりで古文書を見る。
「流星が落ちた後への備え。この指示に従え、全てはラトゥールの導き」
ラーナが中央に書いてある小さな文字を声に出す。
「古文書の言う通りになっています。レテ様が現れラトゥール様の力で私たちを導いてくれようとしています」
ルアが風の槍を見ながら話す。町長とファレドも一緒に見つめる。
「ここにラトゥールの名があるとは思わなかったわ。この街は関係ないと思っていたけどシャルスタン王国全てでラトゥールが関与していてもおかしくないわね。後でクロウに話しても良い、レテ」
ラーナは興奮しているようだ。
「構わないかな、私もデフォーに会えたら来てみるわ。後でそっちの情報も教えてくれる?ネアスもよろこんで聞いてくれるかな」
レテはラーナの提案を受け入れる。ラーナは古文書の観察に戻る。ルキンも熱心に聞き耳を立てている。
「昨日のお詫びも兼ねてレテ様に差し上げます。石職人共は信用していないようですから受け取ってください。失くなったら文句は言うと思いますが気にしないでください」
ファレドは大棟梁の証の石の紋章もテーブルに置く。
「こんな小さい石にラトゥールの大鳥を描くなんて、この街の石職人の腕は確かなようね。触っても良い?」
ファレドにテーブルから取り、ラーナに手渡す。彼女は目を近づけて観察し始める。
「石職人が大事に保管していた物でしょ、簡単に私たちにプレゼントしても良いのかな。きれいでやさしくてかわいい私に送り物をしたい気持ちは分かるけどみんなに報告した方が良いかな」
レテはファレドにやさしくアドバイスをする。
「責任だけを押し付けられて何も思う通りに出来ないのは理解できる。しかし、どうでも良い文句まで聞く筋合いはない。私が持っていると面倒なのでレテ様がお持ちになってください。次の大棟梁になるヤツがいたらそいつにレテ様から渡してください」
ファレドは頑として譲らない。レテはうなずく。
「分かったわ、必要になった時に隠されてもイヤだしね。とりあえずは私が保管しておくわ。面倒なら私も王様に渡そうかな」
レテはラーナが入念に観察している様子を見る。
「私が見ても何も分からないわね。専門の人がいれば良いけど、ラトゥールの専門家なんて
王都にもいないでしょ、レテ」
ラーナは好奇心を満たしたのでレテに手渡す。レテは大事にカバンにしまう。
「この街の門番をしているセオはラトゥールに興味があるわ。彼のせいで私はラトゥールの末裔にされたわ。この後、話を聞いてみようかな」