ネアスの心
レテたちが食堂の奥に顔を出すと、ドロスが真剣な顔つきでお皿を見つめている。テーブルの上にはサンドイッチとサラダが並んでいる。ドロスは唸り声を上げ二人には気づいていないようだ。
「ドロス、悩み事はガーおじに相談しなさい。今は朝食の時間よ、手伝ってあげるからみんなで食べましょ、食べましょ」
レテとミヤが無造作にお皿にサンドイッチを並べようとするとドロスが手で二人を阻む。
「もう少しだけお待ち下さい。すぐに準備は出来ますのでお二人は戻っていただけますか。一人で集中して考えたいのです」
ドロスは真剣な顔つきで考えにふけろうとする。
「ダメです、ドロスさん。ラーナ様もお腹が減っています。考える時間はゼロです、レテ様もお怒りです」
ミヤはドロスの相手をするのに慣れているようだ。
「私は怒ってはいないけど理由次第では怒るかもしれないかな。朝の時間は大事、大事。どうでも良いことで潰されたくないわ」
レテはキツめにドロスに話しかける。彼は慌てて答える。
「ラーナ様にお似合いの盛り付けを考えていたのです。あの方の美しさとにじみ出る知性に相応しいとなるといくら考えても考えたりません」
ドロスはため息をつく。ミヤはイライラする。
「きれいな方がいらっしゃるといつもなんです。今日は大丈夫だと思ったんですけどダメだったみたいです。レテ様、よろしくお願いします」
ミヤは今日の目的を果たす。レテは軽くうなずく。
「私の事は無視するのかな、ドロス。きれいでやさしくてかわいい私に合う盛り付けは考えないみたいね」
レテはドロスをからかってみる。
「レテ様の盛り付けを考えるなど私には恐れ多い事です。他の方々にお任せ致します。私はラーナ様に専念します」
ドロスは上手くかわす。ミヤはレテの援護をする
「ラーナさんにお伝えします。レテ様の盛り付けは難しいけどラーナ様に関しては何とかなりますで良いですか、レテ様?」
ミヤはレテを見つめる。
「ミヤ、先輩にイジワルするのはダメ。事実を伝えるだけで構わないかな。きれいでやさしくてかわいいレテ様に相応しい盛り付けは思いつかないのでラーナ様の盛り付けを必死に考えて遅れていますかな」
レテの発言でドロスの顔色が悪くなる。ミヤはニコッとする。
「分かりました、きれいでやさしくてかわいいレテ様です」
ミヤが駆け出していくとドロスが素早く立ちふさがる。
「ミヤさんは私に不満があるのですか。教育係が嫌われるのは仕方がないことですが良い機会です。ぜひ私の悪い所を指摘してください。レテ様もいらっしゃるので安心してください」
ドロスは話をそらそうとする。ミヤはまんまと引っかかる。
「きれいな人だけに弱い、甘い、やさしい、サービスする。きれいじゃない人には興味がなくて図書室に籠りっきりです。神官長が注意しなかったら大変です」
ミヤは辛辣な意見を述べる。レテは苦笑いをする。
「良く見ているわね、ミヤ。でも、男は誰でもそんな感じだからドロスだけを攻めるのはかわいそうかな。みんな、最初だけやさしくて後は一緒、一緒」
レテは気分転換に盛り付けを考え出す。
「レテ様、かばってもらうのはうれしいのですが何かあったのですか。かなり棘のある言葉です。レテ様にそのような扱いはされないはずです」
ドロスはレテに気を使ってしまう。ミヤはドロスをにらみつける。
「もう忘れたんですか、ドロスさん。レテ様はネアス様が挨拶さえしないから傷ついているのです。ホンの少し前の話です」
ミヤはドロスの体をバンと叩く。彼は瞬時に思い出す。
「ラトゥールの力に目覚められたネアス様はおかわりになられたんでしたね。私はまだ顔を合わせていないのでピンと来ませんがレテ様がおっしゃるのであれば間違いないでしょう。どうしたものか?」
ドロスは言い訳をしつつもネアスの事が心配になってくる。
「気にしない、気にしない。良くあることよ、苦労を共にした人とは一緒にいたくないんでしょ。私たちは苦労してない気もするかな。でも、ネアスは大変だったのかな」
レテは考えてみる。
「石職人ギルドで大変だったみたいです。アーシャさんが昨日の夜にお話してくれました。とても悲しそうな顔をして部屋の中で床を見ていたそうです」
ミヤはアーシャと話が出来て楽しかったみたいだ。
「ギルド!あそこでの話をネアスはしてくれないの、どうしてなのかな。昨日は確かにタイミングがなかったけど、それは言い訳に過ぎないわ。いつでも話そうと思えば話せたハズなのに変よ、変!」
レテの周りに強風が巻きおこる。サラダが飛ばされそうになるのをドロスとミヤは協力して防ぐ。
「レテ様に心配を掛けたくないのでしょう。今日、挨拶がない理由も腑に落ちました。昨日の事をレテ様に話したくないのです。確定です」
ドロスはサラダが風にも負けないような盛り付けを考え始める。ミヤはとりあえずお皿二枚で抑えた。
「男の子には女の子に秘密にしておきたい事があるみたいです。私はまだ理解できていないのでお二人に教えて頂きたいです」
ミヤは風には負けない。
「石職人ギルドにかわいい女の子がいたのかな。私と一緒にいるよりもその子と仲良くなりたくなったかもしれないわ。傷ついたネアスをやさしくなぐさめてあげた子がいるのよ。ほぼ間違いないかな」
レテは確信を持つ。ドロスが誤った推論に異議を申し立てる。
「レテ様には申し訳ありませんが私の言った意味を履き違えています。我々は女性の事を考えている事が多いです。しかし、いつもではありません。ネアス様は石職人ギルドで精神を傷つけられる事を言われたのです。外傷はありませんでしたが石職人は気が荒い連中です。この街に住んでいれば誰でも分かる事です。私も絡まれた事があります」
ドロスが長々としゃべる。ミヤは途中から聞いていない。
「ウソをつく時って急に話が長くなるよね。怪しいかな、ドロスは秘密を知っているの?」
風がさらに強くなりレテも周囲の異変に気づく。彼女は精神を集中して風を抑え込む。
「私も動揺しているみたいね、どうしてかな。ミヤは心当たりがあるかな。何でも話してね、間違っていても構わないわ」
レテはミヤに尋ねる。彼女は喜んで答えた。
「ラトゥール様です。私も昨日は興奮しました。レテ様が一緒にいてくれなかったら眠ることが出来なかったです。昨日は安心して眠れました」
ミヤはレテとモラの感触をまた味わいたいと思う。
「疲れです」
ドロスは短文で答える。レテはムッとする。
「そういうとこがドロスのイヤな所かな。私も人のことは言えないけど露骨よね。私はきれいでやさしくてかわいいから気にしない、気にしない」
レテはドロスに注意する。ミヤは幸運の女神に感謝する。
「私も疲れているのでしょう。外の人々の相手をすることを考えると気が重くなります。ラトゥールの末裔のネアス様を人々の前に出すわけにもいきませんし……」
ドロスは盛り付けの事はすっかり忘れてしまう
「ネアスは王都に行くのが一番かな。この街では顔がバレている可能性があるわ、王都ならしばらくは静かに生きていけるかな。その間に今後の事を考えないといけないかな」
レテの考えがまとまってくる。
「レテ様たちは街から出ていってしまうのですか、悲しいです。せっかく知り合いになれたのにもったいないです」
ミヤは残念そうだ。頭の上のモラがミヤの頭をなでてあげる。
「どうしようもありません、ミヤさん。どのみち王都の使者がネアス様のもとに来るでしょう。ラトゥールの末裔は王に仕えるべきです」
ドロスは現実的な意見を述べる。
「ネアスの冒険者の夢も意外な形で終わるのね。これからはララリには困らないかな、私はこれからどうしようかな。ラトゥールは何をしたい?」
レテはラトゥールに問いかけてみる。風が光輝き、周りを照らす。ドロスとミヤはびっくりする。
「きれいです。風が光る事があるなんて知りませんでした。すごいです」
ミヤは光に魅了される。
「ラトゥールの末裔はネアス殿。しかし、レテ様もラトゥール様に認められているように私は思います。あなたは何者なのですか?」
ドロスはレテに問いただすが、すぐに訂正する。
「出過ぎた事を言いました。申し訳ありません、今日は失礼な事ばかり……」
ドロスは言葉が出てこなくなる。レテはやさしく答える。
「ウィルくんのいたずらかもしれないわ。ラトゥールの力かどうかは誰にも分からない。そうでしょ、ラトゥール」
レテはラトゥールにさらに問いかけてみる。ウィルオーウィスプが天井をフラフラと漂い始める。光はさらに強くなる。
「こちらがウィルくんですね。よろしくお願いします」
ミヤは挨拶を忘れない。
「ウィルくんが我々に回答を与えてくれました。答えは一つです」
ドロスは答えに満足する。レテもうなずく。
「ウィルくんはイタズラをするような子じゃないもんね。真面目で親切なウィルくん、ちょっと方向音痴なのかな」
レテはフラフラしているウィルオーウィスプを楽しそうに眺めている。中の光に気づいたラーナが様子を見に来る。
「食事の用意に行ったと思ったら精霊を呼び出しているなんて!油断した私がバカだったわ、ノケモノは許さないわ」
ラーナも興味津々で観察をする。
「ラーナ様、申し訳ありません。いつもはこんなことにはならないのですがすぐに準備をします」
ドロスは光に包まれながら盛り付けを始める。ミヤもお手伝いする。
「ここでこのまま食べましょ。あの子たちのじゃまをしちゃ悪いかな、二人には仲良しになってもらいたいな」
レテは願いを込める。
「精霊と一緒に食事を出来るなんて、本当にこの街に来てよかったわ。ラトゥールの光ね、昨日の夜の光と一緒に見えるわ」
ラーナはサンドイッチを遠慮せず食べ始める。
「美味しいわね、マリーさんのお店に今度行ってみたいわ。レテ、紹介してね」
ラーナは気に入ったようでドリンクにもすぐに手を出す。
「任せなさい、ラーナ。マリーも喜ぶかな。みんなで一緒に遊びに行きましょう」