魔力の泉
古くから泉では不思議な力を秘めた水が湧き出ていることが旅人の間では有名であった。王国で一般にも魔法が広まって行った時にその効能が確かめられて、魔力の泉と名付けられた。ちょっとしか回復しないので、最近は人気があまりない。
「ゴブちゃんかな、最近ゴブゴブだらけでイヤになっちゃうわ。しかたない、しかたない。誰かがやらないとイケナイコト。頑張ろ、頑張ろ」
レテはシルフィーを呼び出す準備をしつつ、泉にまっしぐらに向かっていく。男二人はついていくので精一杯のようだ。
「レテ殿に任せて、ワシらはのんびりと行こうではないか。ネアス殿、ここで置いてきぼりを食らうこともないじゃろ、ハハッ。」
「それも一つの作戦ですね、ガーおじ。でも、何が起きるか気になるしな。どうしようかな」
男二人はひとまず、ゆっくりと様子を見つつ進んで行こうと決める。
「聞こえているよ、ふたりとも。ガーおじはララリがないでしょ。そんな事ばっかり言っていると、街に置いていっちゃうよ。きれいでやさしくてかわいい私だけどお人好しではないのよね」
レテは笑みを浮かべる。
「それは困るのじゃ。もうちょっと面倒を見てほしいのじゃ。せめて武器と防具を揃えねば、行くぞ。イクゾー」
ガーおじがダッシュする。ネアスが置いていかれそうになる。
「ネアスも余計な事考えないで、私のそばにいなさい。遠くにいると助けられないからね。ダッシュ、ダッシュ」
レテは振り返らない。
「女の子も助ければデートできるかもね。頑張れ、ネアスくん」
レテはチラッと後ろを見る。
「助けるのはレテだと思うけど。何も考えず。それも良いね。突っ走るぞ」
ネアスもダッシュ。
「ストップって言ったら止まってね。ゴブちゃんじゃないかもしれないからね。違ったら一万ラリリにしようかな」
泉の手前に複数のゴブリンたちが集まっている。その奥に女性が怯えた素振りで地面に座り込んでいる。
「ストップ!」
レテが掛け声を上げる。
「止まるのは得意みたいじゃ、ワシは。前方にゴブリンを確認。武器のないワシはここで待機じゃ。危なくなったら、体当たり。任せるのじゃ」
ガーおじは体を伏せて、万が一の戦闘に備える。
「僕はこのまま突っ込んで行くよ。あのくらいのゴブリンなら、なんとかなるさ」
ネアスが勢いそのままにゴブリンたちに剣を振り上げ、向かっていく。
「頑張るのじゃ、ネアス殿。ゴブリン退治の時間じゃ」
ガーおじは応援する。
「ストップ、ストップ。耳の良いネアスくんはどこにいったのかな。それとも、やっぱりお空が好きなのかな」
レテとシルフィーは準備を整える。
「レテ、レテ」
モラも元気いっぱいで準備万端のようだ。
「モラもいつも通りにお願いね。大きめの風を起こすから、注意してね」
モラはキャッキャを楽しそうに、シルフィーの出番を待っている。
「ネアスも素直に空を飛ぶの大好きって言えば良いのにね。流石にさっきのことは覚えているだろうし、聞こえているでしょ。ね、モラ」
ネアスは掛け声を上げ、ゴブリンたちに立ち向かっていく。座り込んでいる女性も彼に気づいたようだ。
「冒険者最後の仕事だ。終わりよければ全てよし。良くなくても、戦うのはこれでお仕舞い。神官目指して、頑張るぞ」
ネアスは気合を入れる。
「助けてくださるのですね、ありがとうございます」
女性が声を上げる。
「かっこいいですぞ、ネアス殿。最後のお仕事頑張るのじゃ。ガーおじはこれからの男じゃ」
レテの前方に風がそよぎだす。静かな風がゴブリンたちに向かっていく。
「シルちゃん、お願いね。モラも一緒にお空までお願い」
シルフィーの風に乗りモラが空に舞い上がっていく。穏やかな風が上空まで吹き渡る。
「ゴブちゃんだけ吹っ飛ばしちゃってね。ネアスと彼女はシルちゃんに任せるわね。始めましょう」
バン!ネアスとゴブリンが強風に気づいた時には、彼らはすでに大空の上に飛び上がっていた。
「良い風ね。私も一緒に乗りたいけど、今日は人助け、人助け。六千ララリかな。結局、ゴブちゃんだけしかいないみたいね」
魔力の泉の周囲からゴブリンが飛びかかってくる気配は感じない。レテの起こした風が渦巻いている。
「便利なものじゃな。精霊使いの知り合いは初めてかもしれないのじゃ。記憶にない気がする。それにしても、ネアス殿。楽しそうじゃな」
ネアスは大空でポカンとしている。ゴブリンたちはすでに遠くに吹き飛ばされている。
「ガーおじもそう思うよね。シルちゃんもだいぶサービスしているみたいだしね。楽しいのが一番よね。今度はみんなで飛んでみようか」
レテは興奮する。
「ワシは高いところは苦手じゃ。地面に立っていないとソワソワしてくる。土のにおいが大好きじゃ」
ガーおじは地面をスリスリしはじめる。
「春の草の香りは私も好きかな。ここは水辺だからチョットだけジメジメしてて、顔をつける気にはならないけどね。ガーおじも良いところあるのね」
レテはガーおじの顔を見る。土で汚れている。
「土が顔に付くのがたまらないのじゃ。おー、記憶が戻るか。ワシは土が好きなのか。大地よ、ワシに力を与え給え、記憶を蘇れ」
大地から何も反応がない。
「大地の声ね。私はあんまり興味がないけどなあ。好みは人それぞれかな。記憶のカギになりそうかな、ガーおじ」
レテは空を見る。
「大地の戦士ではないようじゃな。記憶が戻ったような、どうでもいいような。スリスリするのを思い出しただけで十分じゃ。寂しい時はこうしていた気がするのじゃ」
ガーおじは寂しがり屋だったようだ。
「あの、命を助けていただきありがとうございました」
美しい女性が二人に駆け寄ってくる。お辞儀をして、レテの手に触れて感謝を伝えようとする。ガーおじが代わりに手に触れようとするが美しい女性は手を引く。
「どういたしまして。最近はゴブちゃんが多いから、迂闊に出歩かないほうが良いわよ。騎士団からの伝達も行っているハズなのに、注意しなさい」
レテは距離をおき、女性に返答する。
「申し訳ありません。どうしても魔力の泉に来なければならない理由があったので。本当にありがとうございました」
美しい女性は涙目を浮かべて、ガーおじに救いを求めるように見つめる。
「レテ殿、そのとおりじゃ。女性が一人で出歩くのは危険じゃ。それはワシでも覚えておるぞ」
ガーおじは女性と握手できなかったことを根に持ったようだ。
「ええ、レテ様の言う通りですね。ガー様、ご助言ありがとうございます。お礼をさせていただけますか」
美しい女性が丁重に申しでる。
「じゃ、一万二千ララリでどうかな。もちろん、値引き交渉には応じるわ」