作戦会議をしよう
店内にレテたち以外の姿は見えない。店員たちも厨房の方で夜に向けた準備で忙しいようで彼女たちに注意を払っていない。レテはそれを確認した後で二人に話を始める。
「石職人ギルドで怪しい動きはないわね。でも、ガーおじをさらってどうするつもりなのかな。記憶喪失のおじさんよ」
レテは素朴な疑問を口にする。
「ガーおじが大棟梁なのさ。僕たちは騙されていた。救出する必要はないのさ、心配ない、心配ない」
ネアスが都合の良い予想をする。
「レテ様がガーおじさんに騙される訳がありません。信じられないです、ネアスさん」
アーシャは声が大きくなってしまい、すぐにレテに謝る。
「気にしなくて良いわ、アーシャ。ここに石職人はいないようだし安心して。ネアスも変な事を言っちゃダメ、ガーおじにも失礼よ」
レテはネアスに注意をする。
「だとすると、ガーおじの記憶の秘密を知っている人がさらったのかな。ララリを要求する相手もいないしなあ」
ネアスの考えはまとまらない。
「ガーおじさんをさらう理由がないです。でも救出はしないといけません」
アーシャは再び自分を奮い立たせようと試みるが成功はしない。
「相手の目的を分からずに突っ込むのは好みじゃないかな。そうも言っていられない時間になりそうだけど……」
レテはギルドを観察しているが特に気になる点はない。
「風の神殿でドロスさんに話を聞いてみるのが良い。最後にガーおじがいた場所だ」
ネアスが手がかりになりそうなことを思いつく。
「それが良いかもしれません。ガーおじさんが庭の手入れだけをしていたわけではないかもしれません」
アーシャもネアスに賛成する。
「私の直感は動かないわ。風の神殿は違うかな、引っかかる事が他にあるのかな。うーん、難しいわ。仕方がないから風の神殿に行こうかな」
レテはそのまま突っ込みたくはないようだ。
「僕が偵察に行く。二人は騎士で警戒されるだろうし、レテは特に顔でバレるから僕の出番だ」
ネアスは急にやる気を出す。
「危ないです、ネアスさん。ガーおじさんをさらった人たちです。油断は出来ません」
アーシャは反対する。
「それを言ったらネアスもガーおじとずっと一緒にいたわ。相手もキミの顔を覚えているわ、きっとね」
レテはやんわりと反対する。
「二人みたいにきれいな顔をしていないから大丈夫。僕は目立たない事には多少は自信がある。偵察は向いている」
ネアスは二人の反対を押し切ろうとする。
「ネアスさんはレテ様を一緒にいるから目立っています。顔もしっかり見られています。でも、レテ様を一緒にいなかったらどうなんでしょう」
アーシャの反対が弱くなる。
「私と一緒にいないネアス。想像してみるわ」
レテはネアスが一人でいる所と考えてみる。
「ガーおじをゴブちゃんから救出出来ていたのかな。出来たとして、その後街までなんとか辿り着く。ニャンにララリをもらう。魔力の泉まで無事に到着出来るのかな」
レテはかなり不安になる。
「想像の話です。実際の出来事とは違います。私とも出会いません。それとも私と先に出会うんですか?」
アーシャも一緒に想像をしてみる。
「アーシャにガーおじは嫌われる。ネアスは冒険者をやめるのかな。それともデフォーさんに助けてもらうのかな」
レテはフムフムとうなずく。
「騎士団にお誘いはしないかもしれません。いえ、勧誘します。大丈夫です」
アーシャはネアスに気をつかう。
「幸運の女神のいない僕はその程度さ。でも、今はレテが一緒にいるから幸運が僕に微笑んでいる。偵察も運良く成功するさ」
ネアスは運頼みのようだ。
「幸運も大事、ネアス。準備も同じくらい大事よ。偵察に行ってもらう、決めたわ。私の直感が告げている。これは良い作戦」
レテは決断する。アーシャは不安げだ。
「危ないことにはかわりはありません。しっかり準備をしましょう。ガーおじさんのように箱に詰められたら大変です。苦しいと思います」
アーシャはネアスを不安にさせるが彼の決意は揺るがない。
「何を聞き出そうか。変な事を喚くオジサンはいないか聞くのは当然として、大棟梁さんについても聞いてこようか、レテ」
ネアスはレテにアドバイスを求める。
「ガーおじがこの場にいたら、きっと不機嫌になったわよ。変なオジサンなのは真実だけどネアスに言われたらショックかな」
レテはガーおじを助けた後にこの事を話すか考える。話すことにした。
「ガーおじさんの事は伏せた方が賢明です。ギルドの中の様子や人数を見てくるだけでも充分な収穫です。不思議なおじさんを見かけなかったかは聞いても問題ないと思います」
アーシャはしっかりと助言をする。
「偵察も難しい。何を隠せば良いのか分からなくなってきた。ガーおじはダメでダメおじさんについて聞くのは構わないのか」
ネアスの耳が悪くなったようだ。
「アーシャはそんなヒドイことを言ってないわ。ほんとに後で告げ口をするわよ、ネアスくん。ガーおじ嫌われるわよ」
レテはネアスをからかい始める。
「ガーおじに嫌われても大丈夫さ。それに僕が悪口を言うとガーおじは思っていないから、さらに大丈夫さ。何でガーおじの悪口が出てきたんだろうな、不思議だ」
ネアスはレテの顔をじっと見た後、アーシャの顔を見る。
「私のせいではないです。私はガーおじさんの悪口は言っていません」
アーシャは必死に否定する。
「事実を述べただけ、私もヒドイことを言っていないわ。ネアスの勘違いかも」
レテもごまかそうとする。
「ガーおじの事を黙る。これだけ守れば良いの、レテ?」
ネアスはレテに最終確認をする。
「観察をしてくるだけで充分、充分。無理はしちゃダメよ。後はバレないように用心をしたいわね」
レテはお店の中を見て役に立ちそうなものがないかを考える。
「ネアスさんの顔を覚えている可能性はあります。帽子を被ることを提案します」
アーシャは積極的に意見を述べる。レテはうなずく。
「良いアイディアね。帽子は怪しまれるかもしれないから変装の方が良いかも、どう思う、ネアス」
レテはネアスに意見を求める。
「変装か、初めての経験だ。石職人の格好でもしようか」
ネアスは乗り気である。
「石職人だとバレた時に大変です。誰も知らないってなったら、かなり怪しいです。騎士団にそんな人がいたら槍でやっつけます」
アーシャはネアスの提案を却下する。
「石職人は手が早いみたいだからやめたほうが良いかな。そうだ、私も良いアイディアが浮かんだわ。ちょっと奥に言って相談してくるわ」
レテは二人を残して厨房の店員に声をかける。店員は急いでレテに近づき、注文を取ろうとするのを彼女は制止する。
「頼み事あるの、良いかな。迷惑は掛けない、ララリもしっかり払うわ」
レテは神妙な顔つきで店員に伝える。
「はい、何でしょうか。レテ様の頼み事ならどんな事でも請け負います」
店員は奥の料理人に声を掛けて呼び出す。
「店長、レテ様が頼み事があるそうです。よろしくお願いします、チャンスです」
奥から店長が歩いてくる。彼は丁重にお辞儀をしてレテの話を聞こうとする。
「えっと、事情は説明できないんだけどこの店の服を借りたいの。構わないかな」
レテは言いづらそうに伝える。
「簡単なお願いです。いくらでも貸します」
店長はがっつき気味に答える。
「後、これから石職人ギルドにサービスでサンドイッチを届けようと思っているんだけれど良いかな、ちょっとした遊びで騎士団の子に変装して届けてもらおうと思っているの」
レテはとっさに思いついた事を口にする。
「構いません。これでおしまいですか」
店長は難しくない依頼でホッとしたようだ。
「忙しい時にごめんね、私は席に戻るから準備をよろしくね」
レテはララリを店長に無理やり渡そうとすると店員が間に入る。
「代わりにですが、このお店の事を騎士団の皆様に宣伝してください。ララリはいただけません。感想は先程耳に入りました」
店員はステキな笑顔でレテにお願いをして、店長の背中を押して準備を始めようとする。
レテは二人の様子を眺めた後に席に戻っていく。席ではアーシャがネアスに質問をしていた様子だ。
「お待たせ、私の準備は万端よ。後は待つだけかな、二人はどんな話をしていたのかな。気になるかな」
レテはネアスの顔色を確認する。彼は赤くならない。
「たいした話じゃないけど、槍の使い方を聞いていたのさ。アーシャさんの槍さばきはカッコいい」
ネアスは憧れの眼差しでアーシャを見つめる。
「訓練のみです。毎日、槍を持つことから始めるって話をしていたんです。私の腕前もまだまだなので実践的なアドバイスは出来ません」
アーシャは槍の話になるといきいきしている。
「アーシャはいつも訓練ばかりしているわね。尊敬しているわ、私も剣術の訓練を本格的に再開しようかな」
レテは剣の訓練をサボりぎみだったことを後悔している。
「訓練をたくさんしたレテの剣術も楽しみだ。もう店員さんがやって来た」
ネアスは準備の速さに驚く。
「さて、ネアスの変装は上手くいくかな。重要な局面に突入よ」




