守護者
お昼時はとっくに過ぎ去ってお昼寝の時間も終わる時間に入ろうとしていた。二人はテーブルの横で話を続けている。ガーおじが遅いことは今忘れているようだ。
「守護者ね、ネアスもその守護者さんを尊敬して目指していたりするの?」
レテは気になることを質問する。
「僕にはそんな勇気はない。守護者は一人で村を守ったのさ。誰の力も借りずに森で一人怪物を戦って、勝ったのさ」
ネアスの口ぶりからレテは守護者に憧れていると判断する。
「怪物が出てきたわね。どんな恐ろしい姿をしていたのかな。伝承で伝わっているの、ネアス」
レテは怪物に興味があるようだ。
「守護者だけしか戦っていないから姿は分からない。でも、何人もの村の人たちが犠牲になったらしい」
ネアスは自信なさげに語る。レテは残念がる。
「面白くないわ。言っていることは分かるけど、大きい爪とか巨大な足跡が残っていたりはしないの、ネアス?」
レテはさらに質問をする。
「いつのことかも分からない話だし、村長さんも代々伝えられた話を村の人たちに話しているだけだ。レテの期待するような証拠みたいなものはないよ」
ネアスも残念がって答える。
「ネアスのせいじゃないわ。でも、怪物がいたかもしれないね。王国の守護するラトゥールは世界を守っているって話だし、ネアスの村の守護者さんも関係あるかもね」
レテは空の雲を眺めて、ラトゥールの姿を想像する。
「ラトゥールと一緒に世界を守った後に僕の村に流れ着いたって伝承は残っているみたいだけど、他の村や街にも同じような話はたくさんあるみたいだから。信頼は出来ない」
ネアスは伝承を疑っている。
「本当かもしれないわよ、ネアス。他の街の伝承がキミの村を真似たのかもしれないわ。守護者さんに失礼な事はしないほうが良いわよ」
レテはネアスをからかって楽しんでいる。
「僕の村が真似をしたって方が本当っぽいけど、レテが言うならこれからは信用しようかな。今までは信じてなくてごめんなさい、守護者さん」
ネアスは小声で謝る。レテはウンウンうなずく。
「王様がラトゥールと一緒に戦った英雄の知り合いじゃないなんて言ったらタイヘンよ。貴族たちだって許さないわ。同じようなことよ、信じていれば良いのよ」
レテはラトゥールにふさわしい雲を見つけたのでネアスに教えようとする。
「ネアス、あの雲を見て?!」
レテが指し示す方をネアスは見上げる。そこには大きな雲が広がっている。
「大きい雲だ。明日は天気が悪くなるのかもしれない。雨になったら調査が出来ないな」
ネアスは雲を見て不安になる。
「違うわ、ネアス。ラトゥールはあの雲くらい大きかったのかな、どう思う?」
レテがネアスに問いかける。彼は悩みながらも答える。
「ラトゥールは空を覆う闇の中を羽ばたいて、シャルスタン王国を建国した王様のもとを訪れた。そして、その場にいた英雄が王様の代わりにその背に乗って闇の中で敵を打倒したんだから……」
ネアスは大きさを考えている。
「英雄は名前を告げずに去っていった。王様は彼の事を誰にも語らずにシャルスタン王国を建国した。英雄がそれをキラッたって話ね」
レテは英雄に思いをはせる。
「あんなに大きなラトゥールに乗って闇の中を飛んでいくなんて想像もつかない。僕はシルフィーさんがやさしくしてくれるから空に上がっても大丈夫だけど、敵もいるのか」
ネアスは自分にはそんな事は訪れないと確信する。
「英雄さんは勇気があるのか無謀なのか、それとも何も考えていなかったのかな。暗い中を飛ぶのは危ないわ。シルちゃんがいても危険よ」
レテは経験したことがあるようだ。
「王族の方はすごいなあ。英雄の知り合いだもんな、そんな人たちが治めている国に住んでいるなんて信じられない」
ネアスは今更ながら実感をする。
「ずいぶん昔の話だけどね。キミの村の伝承と同じで正確な話は伝わっていないみたいというか、英雄さんは何も言わずにどこかに行っちゃったのよね。だから何が起こったかは誰もしらないようなものよ」
レテは不満げに語る。
「それを追い求めるのが冒険者の仕事だ。英雄はどこに行ったのか、この王国に他にも何か残していかなかったのか。王族や貴族が知らないことがたくさんあるはずだ」
ネアスの目に輝きが宿る。レテがその目を見つめる。
「ネアスの夢かな。英雄の足跡を辿って真実を知る。良い夢よ、叶うハズ」
レテはネアスを励ましてあげる。
「どうなのかな、冒険者になる人たちが一度は目指す夢さ。僕も興味はあるけど英雄って柄でもないしなあ。他の事を目指そうかなとも思っている」
ネアスは大きな雲から目を離さない。レテも視線を雲に戻す。
「他にどんな夢を持っているの、ネアスは?!気になるかな」
レテはチャンスとばかりにネアスに問いかける。
「きれいな女の子と出会いたい。これはレテと出会って達成した。ララリが欲しいは未達成というか、必要な分もない。冒険者の夢は保留中」
ネアスは指を折って確認している。
「きれいでやさしくてかわいい私と出会えた事で目標が一つ達成しちゃったのね、ネアス。だとすると他の夢も叶うわ、どうするの?」
レテは心地よい気分になり、さらにネアスをからかう。
「そうだ、思い出した。さっきの話の続き、儀式の時に村の安全を祈るのが決まりなんだけど。僕はその祈りともう一つだけお願いを守護者にしたんだ」
ネアスは大事な事を思い出し、レテの方を見る。彼女は大きな雲を見ていたがネアスの方がすぐさま見る。
「ネアスは不真面目な所があるよね。私だったら一人だけでもしっかりと王国の安全を祈るわ。そう思うと私は騎士に向いているのかな」
レテはネアスを咎めている様子ではないように見える。
「レテはしっかりしているよ。僕はぼんやりしていることも多いし、真面目な事を考えている時も少ないかもしれない」
ネアスはレテとの違いを感じる。
「私だっていつも真剣に取り組んでいるわけじゃないわ。決める時は決める、それが私よ。だから、しっかりしているように見えるのかな。それで、もう一つのお願いは何?」
レテはネアスをじっと見つめて願いの話を聞こうとする。
「一瞬忘れた、ごめん。僕のもう一つの願いは精霊伝説みたいに女の子と冒険の旅に出たいって願ったのさ。僕は心が幼かったみたいだなあ、今考えてみると王国の平和を願うべきだった」
ネアスは今更後悔をする。
「それで私と一緒にいるって話につながるのね。きれいでやさしくてかわいい女の子と一緒にいる。願いはかなったのかな、ネアス」
レテは真剣な顔でネアスに問いかける。
「精霊伝説みたいにけんかはしていないし、冒険はしているような、していないような。なんとも言えない。村の守護神様だから充分さ」
ネアスは自分を納得させる。
「精霊伝説みたいにか。私も子供の頃は憧れたかな。でも、ヒロインは気が強すぎるわよ。精霊にも主人公にも強く当たりすぎているわ」
レテは物語の不満を口にする。
「主人公も火の精霊も自分勝手に動くから仕方がないさ。ヒロインがしっかりしていないと物語が変な方向に進み出す危険がある!」
ネアスはヒロインを擁護する。
「ネアスはあのヒロインが好みなの?物語としては良いけど好き嫌いでは私は苦手な方かな。うるさすぎるわ」
レテはさらに不満を口にする。
「にぎやかな旅で楽しそうだった。けんかも当事者じゃないなら面白い。精霊物語の四巻をドロスさんから借りようかな」
ネアスはヒロインが好みだったとは言えない雰囲気を察した。
「黙っているよりは良いわ。私ならもっと上手く物事を運べる自信があるかな。王都に帰れば私の精霊物語を貸してあげられるけど、しばらくこの街を離れる事はむずかしそうね」
レテは今日の夜にでも王都にシルフィーにお願いして帰ろうかと思案する。
「レテの精霊物語か。ドロスさんの本を借りるよりそっちの方が良い。楽しみにしているよ、レテ。王都に行くのが楽しみだ」
ネアスは女の子から本を借りるのは初めてなのでとてもうれしい。
「楽しみにしていなさい、ネアス。きれいに扱っているから新品同然よ。私も一巻から読み直そうかな」
レテは今日の夜に精霊物語を持ってくる決心をする。
「てっきりボロボロになるまで読んでいたと思っていた。それだと借りるのは緊張する。ドロスさんの本を読むことにする、ありがとう、レテ」
ネアスは本を丁寧に扱う自信がないので前言撤回する。
「もう一冊あるから大丈夫。子供の頃からの分と最近本棚に入っているネアスに貸す分。後は倉庫に保管してあるからダイジョブ、ダイジョブ」
レテはネアスを安心させる。ネアスはホッとしたようだ。
「レテはしっかりしているね。僕は子供の頃に親に買ってもらった二巻をなくしてしまったんだ。今あるのはボロボロの一巻と三巻だけ」
ネアスは二巻の行方を今でも探している。どこかにあるはず。
「これからは好きなだけ読めるから問題ないわ。ネアスが精霊伝説の四巻を読むのが私も楽しみだわ。早く王都に戻りたいわね」
レテは今すぐ行こうかと考え始める。
「三巻で火の精霊が力を使い果たして火山を復活させて、世界に暖かさが戻ったんだよね。それで二人は二回目の最初の使命を果たした」
ネアスは最後のところを思い出す。
「だいたいあっているかな。二回目の最初の使命って知っているのは読者だけよ。二人は役目を果たしたと喜んでいたわ。続きがあるって最後に書いてあったから私たちは旅が続くのを知っていたわ」
レテがさらに本の話を続けようとすると背後から声を掛けられる。
「レテ様、遅れました。まだいらっしゃって良かったです」
アーシャが息を切らしながらも二人を見つけたようだ。
「アーシャさん、こんにちは。今日は忙しかったようですね、騎士は大変だ」
ネアスは立ち上がりテーブルに水筒を出す。
「騎士団が忙しいなんてめずらしいわね、アーシャ。話を聞かせてもらおうかな」




