ララリはコワイ
ストーンマキガンの町長の邸宅は静けさに包まれていた。ララリ不足のため職員の数も最低限に抑えられているため、大きな邸宅には町長とルアしか勤めに出ていなかった。応接室では三人が固唾を飲んでルアの話を聞こうとしている。
「お兄さんは不幸なことだったわね」
レテがルアの様子からカマをかける。町長がそっとうなずく。
「自業自得です。責任も取らずに街を逃げるように飛び出して行きました。私は構いませんが母親が不憫でなりません」
ルアが目に涙を浮かべた。
「レテがなかなか本題に入らなかったわけだ。借ララリはみんなを不幸にする。僕はこれからも気をつけていこう」
ネアスはルアに聞こえないようにそっとつぶやく。
「彼のせいではありません。彼の話に応じた私が悪かったのです。これは街の皆さんに説明すべき事なのですが、彼女が誤解を与えることになりかねないと止められています」
町長は真剣な面持ちで語る。
「お兄さんの事も公にすることになるから難しい問題ね。ルアの判断は間違っていないわ」
レテは話の続きが気になるがルアのことも気遣う。
「噂はコワイのじゃ。ワシの事も噂になっていないだろうか。ストーンシールド三個は多すぎたのじゃ」
ガーおじは今になって本当に後悔を感じ始めている。
「昨日はストーンシールドを提案したのは私だと言いましたが、実は私の一番上の兄が提案しました。この街と石の事が大好きな人でした。あの盾も名産品としては悪くはないと思います」
ルアは失踪した兄をかばっている。
「売り物にはしないほうが良いけど、この部屋とかに飾っておく分には話題作りとしてはよいかもしれないかな」
レテは一応同意を示す。ネアスはレテがわずかでもストーンシールドの肩を持った事に驚く。
「レテもストーンシールドの良さが分かってきたのか、僕は分からないままだ。このままだと置いてきぼりになるから、宿でちゃんと手に持って観察しよう」
レテはあえてネアスの勘違いを訂正しない。ガーおじがウンウンうなずいている。
「ストーンシールドはやはり良い盾じゃ。ワシの審美眼はレテ殿に優るか、信じられないのじゃ」
レテはガーおじの発言を訂正したかったが、話の邪魔になるのでスルーすることにした。
「素晴らしい盾です。それを私が売れると判断したのが間違いでした。私財を投じる事はなかったのです」
町長はくやしそうに三人に語りかける。
「兄は町長が集めた調度品が日に日に失くなっていくのを寂しそうに私たちに家で語っていました。その時の私はここに勤めていなかったのでピンと来ていませんでした」
ルアが悲しい顔つきで話を続ける。
「そうなのね、噂ではルアさんも一緒にいたような話を聞いていたからやっぱり本人に話を聞くのが大事ね」
レテは怪しくないように話を進めようとする。
「ルアさんのお兄さんの代わりに街の職員になったのか。僕だったら焦って何もできなくなりそうだ。ルアさんはしっかりしていますね」
ネアスはルアの事を尊敬の目で見る。
「ルアには本当に助けてもらっています。ララリの返済を待ってもらえているのも彼女のお陰です。感謝しかありません」
町長は涙をながしてしまう。ルアがハンカチを取り出し手渡す。
「全てはララリのせいなのか。ワシは本当に恐ろしくなってきたのじゃ」
ガーおじはレテを見ることが出来ない。レテはウンウンうなずいている。
「せめてもの罪滅ぼしです。兄はそれだけの事をしました」
ルアは一呼吸置き、本題に入ろうとする。三人は固唾を飲み見守る。
「町長の私がやはり説明します。私は盗賊ギルドの話を持ちかけられたのです」
町長が盗賊ギルドの名前を出すとレテは悲鳴にも似た声をあげてしまう。
「盗賊ギルド!ウソ!シンジラレナイ、完全に犯罪よ。もし上手く言っていたとしてもバレたら私たち騎士団が動く事案よ。信じられない」
レテは動揺して自分が情報集めていたふりをしていたことを忘れてしまう。ルアは瞬時にハマられた事に気づいたようだ。
「レテ様、全てを知っていたとはウソだったのですか。私を騙したんですか」
ルアはレテを咎めようとする。レテは急いで言い訳を考えようとするとガーおじが口を挟んでくる。
「レテ殿、ウソはいけないのじゃ。いや、ウソは構わないのじゃがバレてしまったら素直に謝るのが一番なのじゃ。ワシが代わりに謝っても良いのじゃ、レテ殿はやさしいので何にでも口を挟んでしまうじゃ、ワシが気づいて止めるべきじゃった」
ガーおじは立ち上がり深々と頭を下げる。
「申し訳なかったのじゃ。ルア殿。すみませんでした」
他の四人は急にガーおじが謝ったことにキョトンとする。
「ガーおじ、レテがウソをついたとは限らないさ。盗賊ギルドとの関わり合いについての噂話なんて一瞬で広まるから別のウソの情報を掴まされたかもしれない」
ネアスの言動にルアは口を抑える。思い当たる事があるようだ。
「こちらこそ申し訳ありません。レテ様、ガーおじ様も頭をあげてください。私が余計な事をしたのがいけないのです」
町長はガーおじが座るのを待って話を続ける。
「ウソの情報を流したのは私です。冒険者ギルドと結託してララリを返そうと試みたがギルド側に断られたと盗賊ギルドに頼んだのです」
レテは町長の発言にさらにショックを受けたようで言葉が出てこない。
「違います。私の提案です。最後に盗賊ギルドの使者に町長がお会いになる時に提案するようにお願いしました。隠し通すためです」
ルアは心底悔やんでいるようだ。
「冒険者ギルドのはぐれものたちが集まった所って聞いた事はあるけど詳しくは僕も知らない。盗賊もいれば山賊もいるし、すごい達人の傭兵もいるって噂しか覚えていない」
ネアスの顔色はみるみる悪くなる。ガーおじもネアスの表情を見てビビってしまう。
「コワイのじゃ、謝って損をしたのじゃ。こんな危ない話をする二人は放っておいて記憶を求める旅に戻るのじゃ。聞かなかったのじゃ、ワシは記憶をまた失ったのじゃ」
ガーおじはソファーから立ち上がり扉に向かおうとする。
「二人とも怖がりすぎよ。それこそ噂話よ。タダのあぶれ者の集まりにすぎないかな。ろくでもないことをするってお話、真面目に生きていれば関わり合いになることはないわ」
レテは二人を安心させようとする。ガーおじはレテの声を聞いて、あっさりソファーに戻ってくる。ルアと町長は三人が落ち着くのを待っている。
「それにしてはレテはすごく驚いていた。もしかしてウソをついたのか、僕にはもうわからない。どうすれば良いんだ」
ネアスは疑心暗鬼になる。レテは反省をする。
「ネアスとガーおじにはウソをついたことはないわ。そうでしょ、二人とも。危ない連中がいるのは確かだけど、それは騎士団で捕まえちゃうからダイジョブ、ダイジョブ」
レテは二人にマリー特製のドリンクを手渡し、休憩をするように促す。
「そうじゃ、悪いやつは捕まるのじゃ。だから、みんな変な事をしないように生きているのじゃ。レテ殿の言う通りじゃ、ワシはレテ殿にララリを借りて良かったのじゃ」
ガーおじは特製ドリンクをやっと飲めて満足気だ。町長はガーおじの言葉に少し傷ついた。
「レテ様、我々も騎士団に捕まるのでしょうか。盗賊ギルドと関わり合いと持つことを禁止されているのは知っています」
ルアが怒りの原因をさらけ出す。町長は観念したようだ。
「もともとレテ様が来られた時からこうなることは分かっていました。今回は気づかれていなかったようですが時間の問題だったでしょう」
町長は静かに立ち上がり一つだけ残っているストーンシールドに手を触れる。
「交渉するつもりじゃなかったのかな、二人とも。さっきの話の流れだと捕まる気はなかったみたいだけど、不思議ね」
レテが疑問を口にするとルアは慌てふためく。ガーおじは気づかれないようにソファーから離れて、町長の隣でストーンシールドを一緒に触り始める。
「レテ様、私は捕まるわけにはいきません。母と弟と妹がいます。三人を残していくことは出来ません」
ルアがきっぱりと決意を語る。
「町長さんだけ捕まえれば良いのさ、レテ。僕は騎士団のやり方を知らないから判断できない。僕の村で盗みがあった時は警備のオジサンがこっぴどく説教をしていたなあ」
ネアスは警備のおじさんのいかつい顔を思い出す。
「私たちは王の命令で動く騎士。王様が二人とも捕まえないと王国の利益に反するって判断したら、私たちはそれに従うのみ、貴族と違って勝手な判断はしないわ」
レテはネアスに騎士の役目を教えてあげる。ネアスとガーおじは真剣に耳を傾けている。
「いつもの手順だと騎士団から大臣に報告して、王に判断してもらうわ。もちろん、まともな貴族の助言は聞くわ。ほとんどいないけどね」
レテは不機嫌になる。
「貴族か、面倒な気がするのじゃ。ワシは貴族には関わりたくない気がとてもするのじゃ、きっと嫌な思いをしたのだろう」
ガーおじはルアを見つつ、記憶の糸口にならないか考えている。
「私だけが罪を被るわけにはいかないでしょうか、レテ様。そのために今日はお待ちしていたのです。おやさしいレテ様ならば我々の事情を理解してくださるはずです」
町長はレテに期待を寄せる。ルアはだまってレテの回答を待っている。
「ルアさんのお兄さんが盗賊ギルドと関係があるのかな、話の流れだとそう取れるけど良いかな、ルアさん」
レテはルアに問いかける。
「もちろんです。私たちの家族は何も知りませんでした。兄がいなくなった後に町長から事実を聞き出しました」
ルアはすぐさま問いかけに答える。
「ルアさんのお兄さんが盗賊ギルドに接触して、町長に話を持ちかけた。それでこの部屋の様子だと盗賊ギルドにも騙されたみたいね」
レテは事件の推測をする。
「そのとおりです。さすが、レテ様です」
町長が相槌を打つ。
「じゃあ、盗賊ギルドが提案したララリを簡単に手に入れる方法を教えてもらえるかな」