怪しいが消えない
緑岩亭の一室ではドロスがネアスの体の具合を見ている。レテとガーおじは黙ってその様子を見ている。一通り確認するとドロスはカバンから瓶を取り出しネアスに飲むように促す。
「風の神殿特製の魔力のポーションね。こんな貴重品をネアスにあげても良いのかな、彼は私と違ってララリ不足よ」
レテは治療費を考えてドロスを止めようとする。ネアスは瓶を受け取ろうとしていたがレテの言葉を聞いて、手を後ろに回す。
「ネアス様にはこれから呪いの研究でお世話になります。そのお礼を先払いさせていただきます。気にせず飲んでください」
ドロスは事情を説明する。
「今飲まないで取っておくのも作戦じゃ、ネアス殿。貴重品ならば用途はたくさんあるのじゃ」
ガーおじはネアスにアドバイスをする。
「ガーおじはそういう事を言うから信用を無くすのよ。私はきれいでやさしくてかわいいから気にしないけど?」
レテはさすがに焦ってガーおじにアドバイスをする。
「しかし、このポーションを飲まないと最低一日は休まないといけません。お礼ですからネアス殿に差し上げますが飲むことをおすすめします」
ドロスはガーおじの意見に反対する。
「ガーおじの言うことにも一理ある。こんな貴重品を手に入れる機会はもうないかもしれない。ララリ不足は僕の課題の一つだし、どうしようか」
ネアスはドロスの手の瓶をじっと見つめる。
「一日中部屋の中にいるのは飽きちゃうからさっさと飲みなさい、ネアス。私のアドバイスが聞けないのかな」
レテはドロスから瓶を受け取りネアスに渡そうとする。
「ワシも引かないのじゃ。売ればララリになるかもしれないのじゃ。にゃん殿に頼むのはどうじゃろうか」
ガーおじは名案をひらめく。レテとドロスは一緒になって反論をしようとするがネアスが口を挟む。
「ガーおじの意見も捨てがたい。それにレテが魔力のポーションをそのまま持っているのも良いかもしれない。僕よりレテの方が魔力を使う機会は多い」
ネアスは背中から手を出そうとしない。
「魔力のポーションは私もほしいけどネアスから奪い取る事は出来ないかな。それならこうするだけ!」
レテは瓶をネアスの口に近づけて飲ませようとする。ネアスはすぐさま口を閉じる。
「ニャンにララリに変えてもらうつもり?!今日もやることがたくさんあるのよ。全部私に押し付ける気なの、ネアスくん」
レテはネアスをいつものよういからかいはじめる。
「このポーションを売るのは難しいはずです。盗賊ならば売れるでしょうが一般のお店では引き取ってもらえないでしょう。ネアス様、気をつけてください」
ドロスはネアスに助言をする。ネアスはかなり迷っている。
「ワシはニャン殿に相談した後に決めるのが良いと思うのじゃ。今すぐに決めることはないのじゃ、急いては事を仕損じるに一票じゃ」
ガーおじは自分の意見を決定する。
「今すぐ飲むに一票。健康が一番よ。ララリはそのうち貯まるわよ、今日も一緒に頑張りましょう、ネアス」
レテはポーションを大事そうに両手で持っている。二人の意見を聞いたネアスはドロスを見る。
「ネアス様にお任せします。ご自身でお決めになるのが一番でしょう。お礼に貴重な品を持ってきた私は間違っていました。呪いの研究が出来ると興奮してしまったようです」
ドロスはネアスに丁重に謝る。
「三人とも違う意見か。早く決めないと、今日も忙しい一日になりそうだし、どうしようか。どうするか決めないと……」
ネアスの頭が働かない。
「迷ったら誰の意見を採用するかは明白よ。私のアドバイスが一番よ」
レテは自信を持ってポーションをネアスに手渡す。彼は決心する。
「レテと一緒にいるから上手くいっている。迷うことはないけどレテに頼りっきりなのも良くない気がするな」
ネアスは決心できなかった。
「ネアス殿、人に頼ることは悪いことではないのじゃ。それに我々は仲間じゃ、レテ殿もネアス殿に助けられているはずじゃ。詳しくは聞かないでほしいのじゃ」
ガーおじは自分の意見を曲げてレテの意見に賛成する。
「気にする必要はないです、ネアス様。人の噂など気にしないことです。レテ様の噂話をする人々は皆さんひどい目にあいます」
ドロスは王都の神殿で修行をしていたのでそのへんの事情は知っている。
「いろいろ考えすぎはいけないわよ、ネアス。変な妄想をしちゃったのね、気にしない、気にしない。私は気になるけど、とりあえず飲んでから話しましょ」
レテが最後のひと押しをするとネアスはポーションのフタを開けて一気に飲み込む。
「ありがとう、みんな。そこまでレテに頼っていることに悩んでいなかったけど、気持ちが楽になった」
ネアスは魔力が回復して頭も体もすっきりしたようだ。
「そうなの、ネアス。やせ我慢はしないほうが良いわよ。悩みがあったらいつでも私に相談すれば良いのよ。女性に話しにくいことはガーおじでも構わないわ。仕方がないものね」
レテはガーおじに相談することに反対のようだが、男の子の悩みもあるから仕方がないと諦める。
「ワシも頼りになるのじゃ。ガーおじはネアス殿の味方なのじゃ、それは変わらない」
ガーおじは誠意を持ってネアスに伝える。
「悩みか。これからどんな事が起きるかと思うと興奮する。ゴブジンセイバー、呪い、記憶喪失、きれいな精霊使いの騎士さん。細かいギルドの仕事をしてララリを稼いで生活しようと思っていたんだよなあ」
ネアスはレテに出会う前の事に思いをはせる。
「環境の変化ですね。ネアス様は戸惑っているのです。呪いに関しては私に任せてください。他に頼りになる人などいません」
ドロスは笑みを浮かべて返答する。
「それだけ、全部吐き出したほうが楽になるわよ。私はきれいでやさしくてかわいいから何でも言いなさい」
レテはネアスの膝の上のモラに手を触れる。モラはまだ離れようとしない。
「さすがレテ殿なのじゃ。ワシは悩みを全て言い尽くしたと勘違いしてのじゃ、ネアス殿は奥ゆかしいのじゃ」
ガーおじはネアスの謙虚さに感心する。
「アーシャさんとのデートの約束、ラーナさんとの結婚の約束。からかわれているのは分かるけど今まで経験したことがないから頭が混乱している」
アーシャの名前にドロスが即座に反応する。
「ネアス様はアーシャさんとデートの約束をしているのですか。どのようにしてお誘いになってのですか」
ドロスは早口でまくし立てる。
「ワシも聞いていないのじゃ。ネアス殿の方が裏切り者じゃ」
ガーおじはショックを受けて地面に倒れ込む。
「どうやって誘ったんだっけ、ネアス。確か、うん。思い出したけど参考にはならないから問題ないわ、ドロスさん」
レテは自分がアシストしたことは言いたくないようだ。
「デートの約束をしたのは覚えているけど、その方法を忘れるなんて僕は抜けているな。一度で良いからデートをしてくださいだっけかな」
ネアスは思い出そうとするほど記憶が遠くなっていく。
「諦めるのじゃ、ネアス殿。記憶喪失の専門家のワシのアドバイスじゃ。こうなったら思い出せないのじゃ」
ガーおじはネアスに無駄な努力をさせないように助言する。
「一度で良いからですか。私はそこまで謙虚にはなれません。一度デートをしてしまったら次のデートの約束もしていしまいます」
ドロスはあきらめきれずにネアスの様子を伺っている。
「ドロスさんは神官だからデートは出来ないから関係ないでしょ。それともアーシャとデートの約束を取り付けたら神官を辞めるつもりなのかな」
レテはドロスが必死になっているので気になって質問をする。ネアスもその事に気づく。
「そっか、神官さんは結婚出来ないはずだ。無理して思い出さなくても大丈夫なのか、安心したよ、レテ」
ネアスはすぐさま思い出すのをあきらめる。
「きれいな女性とデートをするのと結婚することは違います。楽しいお話をすることは生きる活力に繋がります。我々神官にもその権利はあるはずです」
ドロスはきっぱりと言い切る。そこの言葉にガーおじが反論する。
「男と女じゃ、何があるかわからないのじゃ。危ない橋は渡るべきではない、ドロス殿。研究に没頭するのが一番なのじゃ」
ガーおじは真っ当な意見を述べる。レテとドロスはガーおじの発言に無言になる。
「でも、好きなら結婚すれば良いさ。ガーおじも全てを捨てても構わないって恋をしたことはあるさ。記憶が戻ったら意見を変えるよ、きっと」
ネアスがガーおじの意見に答える。
「二人ともデートもしたことないのにすごいことを言うわね。仕事は大事だし、ララリも大事。何事もバランスよ」
レテも意見を言う。三人はドロスの発言を待つ。ドロスは窓の外を見て話をそらそうとする。
「日が昇ってきました。私も風の神殿に戻って役目を果たさなければいけません。レテ様たちも用事がたくさんあるはずですよ」
ドロスはカバンの中をあさり始める。
「そうね、ネアスも元気になったし私たちもお仕事の時間ね。今日は町長の家から始めましょう。二人ともいいわね」
レテは気持ちを切り替えて二人に今日のスケジュールを伝える。
「ドロスさん、ありがとうございました。貴重なポーションのお陰で元気になりました。今日も一日レテの手伝いが出来ます」
ネアスはピョンピョンジャンプして体の調子を確かめた。
「ワシもマリー殿、レテ殿、ネアス殿の共作の特製ドリンクを飲んだから筋肉痛はふっとんだのじゃ」
ガーおじは三人に心配されてとても嬉しかったようだ。
「ガーおじ様、それは良かったですね。最後にこれをレテ様にお渡しします」
ドロスはカバンからなんとか風の神殿特製ポーションを見つけ出し、レテに差し出す。
「受け取れないわ、ドロスさん。貴重品を二つも貰うなんてダメかな。必要な人に上げるのが良いわ」
レテは丁重に断る。ガーおじは欲しそうだ。
「実は先程のポーションが神官長からレテ様への贈り物。これが私のポーションです。見つけるのが面倒だったので逆にしてしまいました」
ドロスは三人に内緒にしてくれるように伝える。
「僕が神官長のポーションを飲んだのか。貴重品中の貴重品だったね。でも、中身は同じですよね」
ネアスは一応確認する。
「もちろんです。しっかり決められた配合で作られているので私のポーションも同じ効果があるので安心してください」
ドロスは胸を張って答える。
「神官長からの贈り物なら断れないわね。失礼になっちゃうわ。騎士団にお願い事でもあるのかな、ドロスさん」
レテはカマをかける。
「貴族の魔法使いに依頼をされて作ったのですが余ってしまいまして、レテ様なら有効に活用できるはずとのことです」
ドロスが神官長の伝言を言う。レテはポーションを受け取り自分のカバンの中に収める。
「ワシには何か贈り物はないじゃろうか、ドロス殿」
ガーおじが手を差し出す。ドロスは急いでカバンの中を漁るが良いものは見つからなかった。
「ガーおじはがめついのよ。でも、貴族もケチよ。バレたら大変なんじゃないの、ダイジョブ、ダイジョブとはいかないかも」
レテは心配げな顔つきになり、ドロスに問いかける。
「材料だけを渡されて作らされているのです。我々をタダ働きさせているのですから彼らも文句は言えないでしょう」
ドロスは不快感を示す。
「魔力を一気に回復するポーションを作るのは大変そうだ。僕はサンドイッチを作るのにも苦労するからよく分かります」
ネアスはウンウンうなずく。
「特製サンドを作るのとは違うと思うけどタダで作る品物ではないわね。貴族たちは本当にケチなのね、信じられないわ?!」
レテは不愉快になり、誰かをふっ飛ばそうかと思ってしまう。
「申し訳ありません、余計な事を言い過ぎました。神官長にもよく注意をされます。では、皆様が暖かい風に包まれますように」
ドロスは三人に祝福を与えて部屋から去っていく。
「今日はスタートダッシュに失敗したけどこれから挽回するわよ。私たちの一日も始めましょう。頑張ろう、ガンバロ」